043「Just run away」
〈二〇二五年 七月二十九日 御加実市 ???〉
「面倒だが、やり合うしかないってことであってるか?」
「──そうだね?私ってば、ちょー優しいから。このまま、直ぐに立ち去るなら何もしないけど」
────突如として、現れたのは電気を纏った蠢く有刺鉄線の塊。
そして、電線の塊は目の前の軍帽少女、マナナに従うようにこちらの行く手を遮る。
ここが壁と天井のある空間であり、それを理解している彼女は私たちを阻むために有刺鉄線を地面や壁に張り巡らさせたのだろう。
無論、こちらには引き返すという選択肢もある、だが後ろに有刺鉄線が張られなかった時点で、彼女はそれを警戒してはいないという事。
つまり、ここでマナナを抜かなければ、この空間から出ることはできない。
しかし、目の魔の有刺鉄線はただのそれではなく、紫電が迸る電線である。
そして、少女の意のままに動くのだろう、だからこそこの閉鎖空間ではやりづらい相手だ。
「──────ん、殿は私が」
「……チッ、まあマシな策か────一つ聞いていいか、電車ごっこ好きのガキ」
何があったか分からないが、敵対をするしかない様子だ。
多分、私の軽率な発言のせいだとは思うが、そこは気にしない。
レイは作戦を短く伝え、キキョウはそれに頷くが……一つ問いたいことがあるようだ。
「んん?いいよー」
キキョウの煽りを気にも留めず、軽く質問を受けるマナナ、その表情には余裕が滲んでいた。
「……雑魚は殺すのか?」
それは、マナナが放っていた言葉。
その言葉がキキョウの琴線に触れたのか、真面目な顔でそう問いただしていた。
彼女の言葉通りに受け取るなら、【空想現界人】や魔術師以外の非戦闘員には問答無用で襲い掛かっているという事。
すなわち、それは私たちが来る前にもその行為が行われてきたことに他ならない。
「…………分かんないのぉ?雑魚も、それを庇うお仲間も、全員殺せって言われてるし。それが私たちの暇つぶしだよ!」
そう、気軽に満面の笑みでそう言うマナナに、キキョウは何も答えずに沈黙していた。
目的は分からない、以前ならば私も、何も感じていなかったと思う。
だが、ナギトと契約した今は──────
「──────なら、心置きなくぶん殴れるな……《形態変》《拳闘役》ッ!!」
前置きもそこそこ、キキョウは能力を宣言し、《機械猟犬》が金属製の小手と、金属性の靴へと変化する。
そして、噴射口から火を吹かせ、凄まじい勢いで少女へと突貫する。
「えー、怒っちゃった?でもでもぉ、今から謝ったら許してあげるよ?」
「──────っ」
しかし、超速の攻撃に晒されようと、マナナの余裕は揺らがない。
がきん、と張られた有刺鉄線が、拳の侵入を阻んだ。
どころか、おそらく鉄製の小手に電気が伝わり、激痛が走っているだろう。
「大丈夫?」
「ああ、ちょいと痺れただけだ。静電気の方がマシだぜ」
強がっているが、たぶん結構痛いだろう。
私なら、傷は治るし痛みにも強いからこそ、殿は私が勤めると言ったのだが。
「あは、君たちも、敵対しないなら逃がしても全然いいけどぉ?」
「バカ言え……なら、俺たちの仲間を見捨てることになんだろ」
そう、離れた位置で啖呵を切るキキョウ、どうやら闇雲に拳を当てたのではないらしいことに、その表情を見て気が付く。
何か、狙いがあるのか。
「──────次、」
ともかく、私も突貫する。
細かい隙間はあるものの、人が通れる大きさではない有刺鉄線に掴みかかる。
「いや、馬鹿でしょ素手って、せめて手袋でも──────は?」
その行為を蛮行と取ったのか、マナナの表情が嘲りに染まる。
しかし、その後の光景を見た彼女は唖然としていた。
──────ギギギ、と放電現象が起こるほどの高電圧の電流が流れている鉄線を無理矢理こじ開ける。
目の前の少女は表情一つ変えずに行っているそれは、常軌を逸していた。
「…………ナイス、レイッ《形態変》《狙撃役》」
そして、キキョウは《機械猟犬》を狙撃銃の携帯に一瞬で変え、その隙間から弾丸を通す。
凄まじい威力を持った弾丸は、さらに電流を纏いマナナの眉間へと到達し──────
──────バチリ、と鞭のようにしなった有刺鉄線が弾丸を弾く。
「無駄骨ご苦労さん。見逃しても良かったけど、面倒だからやっぱり殺すね」
「そう、か?突破口は見えたんだがなぁ?」
「うふふ、強がり言って。万策尽きたでしょ?」
キキョウはそう、不敵な笑みを浮かべて応える。
マナナも余裕そうな表情を消し、殺気を放つ。
私は既に鉄線を離し、負ったダメージを回復していた。
「──────後ろだ、馬鹿野郎」
「そんな古典的な罠に…………っ!?」
──────キキョウの狙いはそれであった。
マナナの後ろから、現れたのは《機械猟犬》であった。
どうやって、と疑問が頭によぎる前に、《機械猟犬》から銃弾が放たれる。
咄嗟に、鉄線の鞭で防御するが、連続で放たれた銃弾が更にマナナを追い詰める。
「──────ッ!!」
「…………やっぱり、出せる鉄線は有限だな?自分を守った時、通行止めに使ってた奴が減ってた」
瞬時に、マナナは鉄線を呼び戻して、防御に使っていたのだ。
おそらく、キキョウの言っていた《機械猟犬》の地面に潜る能力を使って鉄線を掻い潜ったのだろう。
「────レイ!」
「おけ」
名前を呼ばれ、短く反応した私は、電線の塊へと飛び掛かる。
そして、それにキキョウが続くと見られたが……
「くっ!?そっちが狙い……!」
だが、踵を返したキキョウが、鉄線を纏った少女の脇を抜ける。
そう、キキョウは相手に退かせ、活路を開くために後手に回らせたのだ。
そして、キキョウはあの三人の救助へと走っていく。
それを妨害しようとするマナナに私は鉄線を掴んで、無視させないように時間を稼ぐ。
「──────消化試合だけど付き合って」
「ハ、お前を焼き焦がして、直ぐにあのクソガキの後を追ってやる!」
すでにマナナの言葉からも余裕はなくなり、少女二人の本当の殺し合いが幕を開ける。
◆◇◆◇◆
「なんで邪魔するのぉ?」
「そちらこそ、あんなに仲良く話していたのにどうしてかしら?」
もう一方の片割れと相対するのは、紅蓮の髪の魔術師。
それを呆然と見ることしかできないノワ子と他二人も立ち尽くしたまま。
「──────お姉ぇさんは強いからぁ。でも、あの雑魚は見過ごせないからねぇ?」
「…………っ!?」
瞬時、話の最中にも関わらず、どこからともなく現れた無数の有刺鉄線が、紫電を迸らせて三人を強襲する。
完全に不意を突いた一撃、だがそれに対応できる人は────
「────ふ、お嬢様の隙を突こうなど、甘い考えですね」
「……チッ」
そして、颯爽と現れた執事の格好をした男?が三人を抱えて、安全地帯へと後退する。
ノワ子には何も見えず、口を出すことすらできない。
「流石、私の執事ですこと!」
「いえ、お嬢様こそ、三人が狙われることを見据えて、敵の相手を一人で引き受けられたのでしょう?」
「──────あー、そ、そうですわ!ね?多分!?」
この反応の感じ、絶対何も考えてなかったのだろう。
だが、ともかく、どうにか命は拾ったようだと、ノワ子は安堵する。
「…………そうねぇ、本当は遊びたかったんだけれど。私は親切なあの子と違って、容赦ないものねぇ?」
独り言のような、うわごとのような少女の言葉と共に、虚空から生み出される有刺鉄線は寄り集まり、四肢のある生物のような形状と化す。
蠢く鉄線は化け物となり、そして、少女を肩に乗せて動き出す。
「…………なるほど、相手にとって不足なしですわね!」
「ええ、お嬢様の輝きには足りません」
そう、不敵な笑みを浮かべる赤毛の魔術師、そして執事はどうやら余裕そうだ。
案外、簡単に切り抜けられるかも、そう思うノワ子。
──────そして、ゆっくりと近づく有刺鉄線の化け物、それも紫電が迸る凶悪な特性付き。
「──────やっぱり、撤退ですわ!」
「───了解です、お嬢様ッ!」
「いや、逃げるんかい」
秋紗さんがついツッコんでしまう程華麗な転身で即刻逃亡を決めた二人に、ジト目を向ける三人であった。
◆◇◆◇◆
「──────《吠えよ、炎獅子》!」
「では、お手を拝借、乗ってください淑女たち」
謎の宣言と共に、現れるは炎の大獅子。
そして、それに有無を言わさず、乗せられるノワ子たち。
一瞬で、炎製の獅子の背に乗った一行は、そして凄まじいスピードで走りだした虎に舌を巻く。
「振り落とされないようにしがみ付いてくださいまし!」
「ハイヤー!」
やりたいのは分かるが、多分赤髪の魔術師の魔術なので、操縦などはしなくていいのでは?
ノワ子は、舌を噛みそうになりながら、高速で動く獅子の背で口を開く。
「一応、味方で、いいのかの?魔術師どの」
「ん?ええそうね!貴方たちは見た所【空想現界人】かしら?」
「お嬢様、魔力が全くないので一般人かと」
そう、にこやかに髪をたなびかせる魔術師はそう聞くが、執事がそう訂正した。
「ほ、本当!あ、まだ名乗ってなかったわね。私の名前はフレイア=イースタッド。よろしくお願いしますわ!」
「私の名前はセバスチャン、主共々よろしくお願いいたします」
「え?あ、そう。妾はノワール=リヒテン=シュバルツ。姫か殿下……と呼んでくれ!」
「冗談言うてる暇ないで、ノワ子ちゃん!後ろから、めっちゃ追って来とる!?これ以上スピード出せんの?」
そう焦ったような秋紗の言葉にノワ子も振り向くと、こちらを追って来てる不定形の電線の化け物がいた。
明らかにこちらよりも早く、徐々に追いつかれ始めていることが目に見えて分かる。
「ノワ子ね!よろしく!」
「お嬢様、自己紹介よりも、まずはこの状況をどうにかしないと少々マズいことに……」
早々と名称が決まってしまったことに、悔しがる暇もなく……ノワ子は、追ってくる鉄線の化け物に、顔を青くして叫ぶ。
「迎撃やら、虎をもっと走らせるやら、とにかく手を打たんと全員追いつかれてしまうぞ!?」
ノワ子がそう言っている最中も、じわじわと怪物が寄ってきていた。
「そうですわね……でも、レオニダスちゃんも定員オーバーでこれが限界なのですわ」
「……名前あるんかい、んじゃなくて、走れる面子は降りたらどうや?」
関西人の血が騒いだ秋紗がツッコミを入れるが、ともかく意見を出す。
確かに容赦のない言い方だが、定員オーバーを解消するには効果的であろうとノワ子も判断する。
「レオニダス様の定員は一名でございます」
「ええ!?少なッ!?無茶しすぎじゃない?」
これまで口数の少なかった涼子も、それには驚きの声を上げる。
「私一名の騎乗用の子ですからねぇ。後で、たっぷり労わないと」
「それをやる前に死んだら、元も子もあらへんわ……んじゃ、迎撃しかないやろ?」
秋紗もノワ子も、口を出せる立場ではないと理解していた。
だが、そうこの目の前の赤髪の魔術師を見て、つい口を開いてしまったのだ。
その理由は────
──────明らかに、ポワポワしてる性格、つまり抜けてそうな女であるからである。
執事がいるとしても、主に遠慮してか、むしろ同類であるからか、あまりいい発言はしない。
目の前の赤毛の魔術師はおそらく強力で、実力的には心強いが、判断や能力的には危ういと感じたからである。
「う~ん、でも、ミネネさんの能力的に私の炎と相性が悪そうなのですわ。だから、温存の意味でも今攻撃するのは少々……」
「素晴らしい判断でございます。お嬢様」
確かに、そうかもしれない。
ノワ子も秋紗も、魔術については素人だ。
だが、この抜けてる主人×全行程従者、という組み合わせに危険を感じるのも正しいのだろう。
「いや、でもなぁ?足止めやら、注意を逸らすのもできひんの?」
「そ、それは…………やってみますわ!《弧月、炎矢になりて》!!」
こういうタイプは無駄に行動が早い、直ぐに注意を逸らすための炎の矢を生成して放つ。
正直、少し相談してくれてもと思うが、ノワ子たちと出会ったばかりなので仕方がない部分もあった。
空気を裂き、燃え盛る矢は弧を描いて、少女に迫る。
だが、電線が恐るべき反応で、矢を撃ち落としてしまう。
「駄目ですわぁ!」
「いえ、お嬢様のせいではございません。敵が強かったのですっ!」
そう、涙目になり、落ち込むフレイアを慰めるセバスチャン。
何となく、今のやり取りでノワ子は、相手の能力に判断が付いた。
おそらく、電線の怪物は少女の意図を察知して動く、セミオートの操縦で動いている。
そして、主の危機に際し主への自動防御も備わっている。
問題は、あの強力そうな攻撃でも、怪物は止まりもしなかったことだが。
「…………逃げるべきだの」
「いや、戦闘はフレイアさんに任せて、私たちだけでも逃げるべきやろ」
「秋紗先生、それは…………」
そう、あくまで現実主義的な意見を出す秋紗に、涼子は苦い顔をした。
確かに、秋紗の言っていることも策としては一理ある。
フレイアとセバスチャンに怪物と戦ってもらい、時間稼ぎしてもらう。
そして、ノワ子たちはその間に安全地帯まで逃げる。
理想だが、不確定要素も多い今の状況では危うく、ノワ子たちに利が多すぎる。
「私は別に構いませんですわ」
「お嬢様がそうおっしゃるなら、私めも」
あっけらかんとそう言い放つのは、フレイアたちだ。
その言葉に、ノワ子は目を丸くする。
彼女の献身はどこから来るのだろう?だが、迷っている暇はない。
こうしている間にも、すでに怪物に追いつかれそうになっているのだから。
「────いいや、それはいかん。こんな良い人に犠牲になってもらうなどと、祖国に申し訳が立たんのぅ」
「ホンマに分かっとるんか?ノワ子ちゃん、人の命がかかっとるんやで?」
ノワ子の発言に、秋紗は食って掛かる。
だが、それでもノワ子は冷静な表情でいる。
「……それでも、妾は我が臣下を信じたいと思うが、どう思うかね姉上?」
「────っ?カナっち…………!ううん、その通りかもしれない!」
そして何故か、涼子に話をふるノワ子に、涼子も何かに気が付いたようであった。
呆然とするノワ子と涼子以外の一同。
──────そして、胸に響くようなエンジン音が空から聞こえる。
見上げると、空を切る巨大なバイクとそれを駆る小さな少女が不敵な笑みで笑っていた。
「──────オーライ、少々遅れたが無事で安心したぜ。自分の創造主の前で、能力使うのもなんか変な気分だな!」
言葉と同時に、宙を舞った巨躯が、高圧電線の塊に体当たりをする。
凄まじい勢いと速度でタイヤの前輪が、怪物に突き刺さり、少女を守るように展開された鉄線は勢いを殺しきれずにホームから墜落する。
「んん?なんだ、思ったより軽いじゃねぇか」
その様子を唖然と見ていた一同の眼前で、サイドに車体を逸らしてブレーキをするキキョウ。
その様子に、ノワ子と涼子だけは、見つめ合い、笑顔を交わしたのだった。
〈Tips!〉
・双子の能力について
張られたホームの結界内でのみ使える能力。
高圧電流の流れる電線の怪物を意のままに操る能力だが、実は怪物は生物でホームの怪談の中で生まれた怪異のようなもの。
駅のホーム自体も、人を取り込む能力を有しており、原作よりも細かい設定で人をホーム内へと誘致できる。
・赤髪の魔術師の術式について
術式名《炎銘の理》二つ名『命名炎士』
彼女の術式は自らの魔術に名前を付けることにより、効果を増し、それを宣言することで本来発動に必要なコストと時間を短縮するというもの。
言うは易しだが、その実繊細な魔力コントロールが必要で、特に声に魔力を載せ、それと連動して体内の魔術回路を操作するという技法は、天性の才能が必要だ。
どちらかと言えば、理論派というより感覚派よりの《術式》。
本人の魔力適性は《属性》。




