041「トラップ・トリップ・トレイン」
かつて、オカルト部の部活動において、私は……間下部凪斗が何かに挫け、折れてしまう場面を見たことが無い。
苦悩もあった、葛藤もあった…………だが、挫折だけは、ない。
この私は、一年にも満たない間下部凪斗との交流の中で、彼が何かの停滞をしているのを一度も見たことはない。
そう、それは憧れの押し付けであり、期待の押し売りである。
だが私にとって、ナギトの存在自体は光であるのだ。
闇を自称する私にとって、対を成す憧れで、もっとも近く、最も遠い存在。
──────そして、それは今も、この時も私は彼を眩しいかのように見つめている。
◆◇◆◇◆
〈二〇二五年 七月二十九日 御加実市 中央広場前〉
──────そして、私は彼に追いつきたいと思い、振り落とされまいと、醜くしがみついていた。
「いいのかぇ、ナギト。今朝は……その────」
私は、彼に最も期待し、そして同時に案じている。
しかし、全てが上手くいくわけではない
彼が傷つきながら、それでも前へ進もうとする度に、思ってしまう。
────ナギトが誰かを助けようとする度、彼は苦境に陥る。
それを助けることができない、だけの私に、彼の隣に立つ資格はあるのか。
「ん、そりゃショックだけど。アイツのことだ、また誰かの痴情に首突っ込んで遂にあの世にいったんだろ。ただ、殺人事件ってのなら見過ごせねぇ」
そう、今も彼は見知らぬ誰かのために、傷心の中そこに立っている。
ナギトの幼馴染が死んだ、しかし彼はそれを悼むよりも、御加実市にいる他の作家たちの身を案じたのだ。
そして、従妹に掛け合い、とりあえず御加実市在住の作家に連絡をしたというわけだ。
「ナギトが、そこまでする理由は無いと思うがの。それに……」
「まあ、出来ることは少ないかもな。警察やら出版社やらが動いてるだろうし。ただ、相手は【空想現界人】かもしれない。なら、止められる人間は俺たちくらいしかいないだろ」
そう、しかしそれでもナギトがやる必要は、命を賭ける必要はない。
ただでさえ、彼は無力で、異能力なんて全くない人間だと言うのに。
「魔術師…………そう、魔術師に頼ろうぞ!ならば──」
「確かに、確実かもしれない。けれど、良い魔術師がいる保証はないし。まあ、なんだ……心配してくれてるのはありがたいが、少なくとも現実空間なら安全だ」
彼が言っていることはもっともだ。
そして、それは理路整然と頭に入り、納得を呼び起こす。
だが、それでも私の感情の部分が、それを拒否する。
そして私の勘が言っている、例え彼が身体的に無事で、【ゲーム】を順次進めようと……いつか彼が深い傷を負ってしまう、そんな気がする。
「何を言っても駄目なことは分かった。妾も微力だが、手伝ってやる。精々、励むことだな」
「まあ、ぶっちゃけありがたい。でも、無理はすんなよ」
月並みな答えが出た。
ここで、不確定なことを言っても意味はない。
それに、何を言っても彼は止まらない。
ならば、精々私は彼を日常に引き戻すことに留意しよう。
「────お待たせ」
「おう、色々買い込んできたぜ。それにしても、こんなに買ってもよかったのか?」
「良きに計らえ!ってのはカナっちの真似だけど、せっかく推しキャラに会えたんだからお布施させてーな?」
そして、買い出しに行っていた三人が帰って来た。
姉上が連絡してくれた作家の待ち合わせは都心部にある広場である。
だが、ついてから、待ち合わせ時間に余裕があったため、これから【ゲーム】で使えそうなものを買い出しに行っていたという流れだ。
「よし、とりあえず揃ったな。んで、待ち合わせの時間は結構過ぎてるんだが……」
「アッハハ……秋紗先生は結構そういうとこルーズな人だからねー。流石にそろそろ来ると思うけど」
とはいえ、また女の人らしい。
なんか、ナギトの会う人会う人女の子ばかりな気がする。
クアリって子も、明らかに盟友を見る目が違ったし、色々警戒せねば。
ともかく、私たちが雑談に花開いていると、数分後に声をかけてくる人がいた。
「────なんや、大所帯ですな。鉄男センセ?コスプレイベでもいくの?」
「あ、秋紗先生~!急に呼び出してごめんね?こっちは従妹とその友達、今日は……まあ色々後で話すから」
そこで現れたのは、少し関西弁の混じった口調の糸目の女であった。
その髪は後ろに短くまとめてあるものの、裏にカラーがあった。
黒いスカジャンのようなコートと、踵が厚く大きいヒールに、短いパンプスに脚は黒タイツ。
片側だけのスカしたような、流線形の輪になったイヤリングに、口元にはビアスにチェーンと装飾品を盛りに持っていた。
明らかに、苦手な人種、そしてチャラそうである。
「な、ナギト……やっぱり、止めとかない?中盤、終盤、隙が無く裏切ってくる見た目なんじゃが!?」
そして、私は涙目になりながらナギトの後ろに隠れるのであった。
◆◇◆◇◆
「ほぇー、大体理解したわ。創作のキャラが現実に、魔術師が暗躍、デスゲーム参加ね」
驚くほどの理解を示す秋紗さん。
どうやら、思ったより話が早いらしい。
むしろ涼子さんの反応の方が、共感できるくらいだ。
「いや、俺たちが言うのもなんだけど、こう……もっと証拠とかを見せる流れになるかと」
ともかく、秋紗さん……『秋雨前線●』先生はハードパンクアポカリプスな世界観でとある国の王様が主人公の貴種流離譚『硫酸とリコイル』を連載中の漫画家らしい。
「漫画家なら、こういう状況くらいスルっと飲みこままなな?」
「それにしても、順応が早すぎますよ!?普通ドッキリとか疑いません?」
涼子さんも、どうやら漫画家同士の繋がりで知り合ったらしく、きちんと敬語だ。
「嘘、言ってるか言ってないかなんて、顔を突き合せて話したら分かるわ。んで、金髪の子と茶髪の子は立ち方が達人みたいや。その年齢でそれはおかしいしな」
「────やはり、こ奴……敵の首魁と繋がってる可能性があるのぅ」
「失礼すぎるぞ、ノワ子。別にただの見た目と話し方だろ」
まあ、確かに糸目の関西弁で、パンキーな見た目と来れば怪しさはある。
創作なら裏切り役満キャラとSNSで騒がれそうだ。
それに洞察力もずば抜けているらしい。
「へぇ、一目見ただけで分かんのか?」
「んまぁ、アニメーションにも手ぇ出したことあるしな?身体の構造やら、可動域やらのために武道家に弟子入りしたこともある」
その話を聞き、マジか……という顔になる俺、そして質問をしたキキョウも感心していた。
本物の漫画家はそんなことまで……いや、涼子さんの顔を見るにこの人がおかしいだけか。
「────ちょっと、変わってるけど……秋紗さんは良い人ですよ。人の身体勝手に触ったり、突然シャドウボクシングしたりするけど」
「ちょっとちょっと、本人おる前で言いますか?それ」
笑顔を浮かべて、涼子さんは秋紗さんを紹介してくれる。
秋紗さんも、思ったよりもいい人そうだ。
というか、変人なだけで裏切ったりなんてことは無いと思う。
「そう、そしてこの中にユダがいるとは、この時、誰も思いもしなかったのである……」
「勝手にモノローグを付け足すな……」
それでも、厳しい顔で腕を組み、憮然と言い放つノワ子に俺が突っ込む。
どうせなら、相手に聞こえる声で言え……
「────なんや、ノワ子ちゃん?聞いてたより、面白そうな子やん」
瞬時、するりとノワ子の背後に回り込んだ秋紗さんは、後ろから顎クイと、抱きしめるように距離をなくす。
美女と美少女との絡みは眼福だ。
「な、ななななんだ!?貴様、そういうシュミか……あ、ちょま────」
「そういう、ノワ子ちゃんはどう思う……?私はなぁ、どっちでも────」
さらに、声は艶めかしく、手つきに色を帯びていく。
つい、俺はその様子を無言で眺めてしまう。
「────待てよ、アタシらを置き去りにすんじゃねぇ」
「いくら秋紗さんでも、私のカナっちに手を出せば怒りますよ?」
その様子をキキョウと涼子さんが静観するはずもなく、二人の間に割って入り、引きはがす。
「悪い悪い、思たより好みでな?」
「んもう、相変わらず見境ないんですから!」
引きはがされた秋紗さんは悪びれもせず、形だけは謝っていた。
ふむ、秋紗さんと涼子さんも思ったより、仲が良さそうだが……そういう関係じゃないのか?
でも、似てるノワ子に興味を示したってことは……
「うむぅ、ナギト……お主、今不純なことを考えておらんかぇ?」
「────いや、全然?むしろ心配してたところだ」
「それにしては、助けに入るどころかまじまじと見ていたような気がするが?」
ノワ子にしては鋭い、百合好きであるということは黙って置いた方が良いな。
むしろ、ここにいるユダは俺だったかもしれねぇ……
そんな戯言はともかく。
「────ん、ちょっと目立ってるかも」
「確かに、それはいかんなぁ?私はあんまり魔術師とかは分からんけど、場所変えた方がええかもな」
レイの呟きに、即座に返答したのは秋紗さん。
やっぱり、彼女は頭の回転が速いというか、妙に機転が利く。
このまま、広場の一角で話していてもいいが、俺たちが色々目立つ集団であることを忘れてはいけない。
「俺もちょうどそう思ってたところです」
「ううん?敬語はあかんで、ナギトくん。私は敬語が一番嫌いでなぁ?あ、リョーコちゃんは仕事仲間やからな?」
「あ、ああ、そうか。んじゃ、秋紗さん、どこか別の場所でも──」
そう、ズイっとこちらに顔を向けてきた秋紗さんに俺は若干気圧されてしまう。
ともかく、ここに居ては魔術師たちが嗅ぎつけてくるかもしれない。
「────私の家がなぁ、二駅先やねん。喫茶店でもええけど、どうせならそっちの方がマシやろ?」
「へぇ、そういえば秋雨先生の家に行くのは初めてですね?」
「汚い所で良ければ、いくらでも貸したる。その作家殺人事件ってのも気になるしな?」
────どうやら、本当に話が早いようだ。
だが、ここで素直に頷いてもいいものか……
「おう、わかった。んじゃ、ありがたく招待を受けるぜ」
そう、悩んでいるとキキョウが代わりに応えてくれる。
「ん、ありがと、キキョウ」
「ああ、こういうのもアタシの役回りっぽいしな。お前は堂々としてりゃいい」
そう、耳元でキキョウに感謝を伝える俺、どうやら警戒しているのはキキョウもらしい。
だが、むしろここで変にそれが伝わるのも避けたい。
キキョウが警戒してくれるなら、俺は安心して話を聞きに行ける。
「なんか、エモいなぁ……キミら、取材させてほしいくらいやわ」
「ふ、こ奴らは鍛え方が違うからのぅ?」
「なんでお前が得意げなんだよ」
ノワ子が何故か誇らしげにするのを半眼で見る。
実際、秋紗さんは怪しいというわけではない、だが最低限警戒は必要だ。
どこで、どんな魔術師の罠があるかも定かではない。
例え、自覚のない裏切りとしても、可能性としては考えられる。
「────んじゃ、行こか?」
そう、薄目を開けて微笑む姿は何とも怪しい印象を受ける。
だが、ナギトは努めて冷静に、それに続いて彼女の家を目指すのであった。
◆◇◆◇◆
「────ナギトくんは、なんでこんなデスゲームに参加してんの?」
あれから、電車に乗り込み、皆で雑談やらこれまでの情報を秋紗さんに話していた。
だが、小難しい報告はすぐに終わり、各自電車内で雑談となった。
まあキキョウも【ゲーム】空間ならともかく、現実なら襲われる心配はない。
少し離れたところで、涼子さんと話すキキョウも警戒してくれるだろう。
故に、この用意されたような、二人だけの問答に俺も警戒はそこまでしていない。
「レイのため、かな。といっても、ほぼ自己満足のためだと思ってはいる」
「なるほど、あくまで自分がやりたいからってスタンスなんね?」
もちろん、レイのためとか、親友の事やら幼馴染が殺された理由やらもある。
だが、一番は自分がやりたいから、だからこそレイを助けて【ゲーム】に勝たせたいというだけだ。
「基本的にはな。理由なんて、そんなに大切でもないだろ?」
「いやぁ?理由も意味も一番大事やで、それが無かったら人は死んでまうからな」
まるで、それが最も大切なことだと言いたいような言い方だ。
確かに、彼女のいう事はもっともだ。
「創作でも、主人公の目的は大事だからってことか?そんで、超えるべき壁も」
「現実にも大事やで。今、自分がいる場所を確かめて、行きたい場所に、行きたい理由を確かにする。なんでもかんでもあやふやなままで、それをせんのは駄目やで」
大仰な理由も、崇高な使命もない。
そういう状況に至ったから、ここにいる。
彼女の言葉は耳が痛い、事実として理由もなく、状況の赴くままに流されているのが今の現状だ。
「俺は……確かに、理由はない。だから、それを見つけるためにここにいる」
「結果ではなく、その過程で意味を見出すってことか?まあ、それもええな」
「実際、明確に理由をもって生きれる人間なんていないだろ。俺も秋紗さんも、結局は周りの環境と自分の性格や状況に考え方が左右される。フラットに意味を考えられる奴なんていない」
人間とは移ろいやすい生き物だ、そして環境や遺伝子に作られ、思考を育たせる生物だ。
それは、どんなことにも正解はないと言っているようなもので。
「────だから、俺はレイを不平等に助ける。他の要因も、理由も、俺には関係ない」
「あっはは、それで、私も助けるっちゅーわけか?そりゃ、大層なこった」
「んー、まあ強いていえば、危なっかしいって思ったから?放っておけば、死にそうだったから」
そう、それだ。
全てはそれに帰結する、親友から唯一引き継いだ理不尽を正すという意思。
無論、それは俺のエゴであり、引き継ぎなんてしてはいないただの残骸を、取り繕っただけ。
だが、それでも、レイは親友との約束を思い出せる唯一の起点なのだ。
「はぁん、あんまり踏み込んだことは聞かんけど、メンドイ性格してんねぇ。目につく人間を助けたい、けれどあくまで不平等と言い張る。おもろいわぁ、その矛盾……」
「まあ、色々矛盾してるのは分かってるけど……やっぱり、あきらめたくはない」
色々な理屈をこねようと、結局、だ。
────あの黄金の中学時代を取り戻したいのかもしれない。
ただ、それだけのことで、レイやノワ子、キキョウまで迷惑をかけている。
そう思いたくなかったからこそ、大層な理由をごねていたのかもしれない。
「よし、取材は終わり!いいネタになったわぁ」
「あんたも、良い性格してるな。おまゆう案件かもしれんが」
俺がどうこう言える立場ではないが、それでも秋紗さん、『秋雨前線●』先生はやはり変だ。
「ハッ、作家なんてのは他人の事情を食い物に飯を食う、寄生虫みたいな職やで?創作と言いつつ、重いの丈を世に叫ぶ声の大きいクレーマーみたいなもんや」
「そこまでは言ってないが。そこに安易に言及すると火傷しそうだな。まあ、人それぞれとだけ」
事実、秋紗さんが言うようにそういう側面もあるかもしれないが、それも含めての作家であろう。
まあ、【空想現界人】なんていうありえない現象があるからこそ、それを問う機会が多くなっているかもしれない。
「面白味のない答えやなぁ……ま、ともかく、ナギトくんも頑張りや」
「はぁ、まあ『硫酸とリコイル』のキャラに会ったら連絡するかもな」
「バカ言い、会いたくなんてないわぁ。よく言うやろヒーローに実際には会わんほうがいいって、ペンが鈍りそうで嫌やわ」
そういうものか、確かにスタンスは人それぞれだ。
涼子さんとは違う作家としての考え方が、秋紗さんにもあるのだろうか。
「……秋紗さんは────」
「────悪い、なんかちょっと疲れたみたいやから、座っていい?」
そう、質問を遮られ、問答無用で空いていた席に、座り込む秋紗さん。
その様子は何か、様子のおかしい動作であった。
「……どうし、ん、なんか────」
その様子を見て、口を開こうとするが、俺自身にも身体に違和感を感じる。
浮遊感のようでいて、まるで全身が水に沈んでいくような感覚が襲う。
膝をつく、そして俯く秋紗さんを下から見て、彼女が目を閉じていることを確認する。
そして、薄れゆく意識にしがみつくように這い、辺りを見ると先ほどまで居た乗客は忽然と消えていた。
そして、キキョウたちも同じく、俺たちのように床に伏せ────
────そこで、ふ、と俺の意識が途切れ、辺りに静寂が流れるのであった。
◆◇◆◇◆
────目を開けると、そこには異質な模様の空が広がっていた。
ナギトの目に映ったものを正確に言うなら、座席とその上にある車窓とそこから見える景色だ。
ぼんやりとした意識で辺りを見回すと、無人の車内……そして、空いた片側のドアから見えるのもまた無人のホームであった。
そんな異質、だがそれでも既視感のある景色にナギトの頭は一瞬で覚醒する。
そう、そこはあの時、〝イベント〟で見たあの景色と同じであった。
あの時、〝イベント〟の終了間際に軍服男、ガリアスが放った言葉は『駅』であった。
それが忠告であったとするなら、それは全く言葉足らずであったものの、確かに的を得た言葉であったのだろう。
そして、ここが何であるか、憶測の域を出ないが一つだけ言えることはある。
「────罠、か。ガリアスさん、もうちょい正確に言ってほしかったな」
そう、苦笑いを浮かべたナギトは立ち上がり、辺りを見回す。
キキョウたちはおろか、近くに居た秋紗さんすらいない。
それが示すことは────
「……これって、滅茶苦茶ピンチじゃね?」
────また一人、隔離され罠に掛かってしまったらしいことを、ナギトはため息を吐いて、理解したのであった。
〈Tips!〉
・ダンジョンについて
【ゲーム】にはかつて〝ダンジョン〟という要素が存在した。
GMが気まぐれに始めたそのシステムは、結局没となった。
その理由は単純、【空想現界人】が殺到し、速攻で完全攻略されてしまったからだ。
理外の異能を持つ彼らには難易度調整が難しかったのだろう、故に〝ダンジョン〟は数個ほど作られた後、生産されず。残ったものも攻略され消えてしまった。
ただし、噂によると消えずに残っている〝ダンジョン〟が存在するらしい。
そして、そこでは幾人かが行方不明になっていることも噂されている。




