040「夢は甘く、現実は辛く」
〈二〇二五年 七月二十八日 御加実市 住宅街〉
────あれから、キキョウは帰ってこなかった。
ただ、玄関前のスコープを除くとキキョウは玄関先で夜景を見ているらしく、遠くへは行っていなかった。
そして、俺たちが高い寿司を食べている時も、声はかけたが興味を示さなかった。
「うーん、やっぱ考え無しに行っちゃったのがマズかったかなぁ?」
「…………さぁ、キキョウはキキョウで色々考えてることがあるんだろ。まあ、確かに親友を失ったってのは知ってるし、それに対して答えなんて求めてないのは分かる」
そう、キキョウは明確な答えを求めていない。
なぜ、親友が死んだのか。
なぜ、自分は不利な生まれで、修羅を生きてきたのか。
【空想現界人】であるならば、そういったことを考えてきたのだろう。
それで、折り合いもつけてきた。
だが、ここに来て自分を生み出した原作者、創造主ともいえる人間との対面だ。
キキョウも、たぶん明確に答えを出せてなかった部分に、色を塗れるただ一人の人間に会ってしまった。
感情があふれてしまうのも、仕方ない。
「ん、私なら…………ほしい。少なくとも、自分が何故、ここにいてどうして、生きているのかを知りたい」
『まあ、私たちが明確に前世を覚えていないという点が手伝っているだろうけれど』
レイとリティアはそう補足する。
確かに、キキョウもそうだったのかもしれない。
けれど、今は孤児院があって、子供たちがいて……自分で言うのもあれだが、俺たちもいる。
「大丈夫さ、キキョウはきっと大丈夫」
「うむ、あの気の強いお子供は、なんだかんだ言って心も強そうだろうて」
そう、俺は拳を握りしめて言った。
ノワ子も、そう同意してくれるが、実際心配なのも確かだ。
「けれど、あの時のアタシの言い方はちょっと反省かもね。余裕無かったし、創作の部分はつい厳しく考えちゃうから」
「そうなのか?ヒット作出したし、忙しさ的なのはともかく余裕が無いって」
そう『錬鉄のフェアリス』はアニメ化もしたかなりのヒット作だ。
漫画は去年くらいに完結したが、まだ二期のアニメ化を控えていたはず。
「確かに『錬鉄のフェアリス』はかなり売れたけど、次の作品は早くに打ち切りになっちゃって」
「────それは」
知らなかった。
『錬鉄のフェアリス』の作者の次回作があるとは、しかし漫画業界もやはり厳しいらしい。
俺の友達に漫画家はいないが、小説家は居た。
かなりの売れっ子であったが、正直一作品だけ売れただけでは生活すらできないらしい。
「なるほどの、今はストイックに次回作の構想を練っている最中かの」
「あ、いや、君たちが邪魔したとかじゃないよ?むしろ、こういうのは刺激になる。けどね、次も失敗したら、企画会議は通らないから、なんかちょっと焦っちゃって」
売れっ子の漫画家であっても、次回作もそうだとは限らない。
むしろ前作は売れたのに、今作は……みたいな落胆も内外にあるのだろう。
「いやぁ、創作を始めた理由なんて、そういえば忘れちゃってて。ちょっと、変な言い方しちゃったね~」
そう、あっけらかんと笑顔で言う涼子さん。
だが、その裏には様々な葛藤や、苦悩があったに違いない。
俺たちには推し量れないほどの。
「────ずっと待ってますよ。『ラグナ鉄男』先生の新作を」
「そう言ってくれると嬉しいな。待ってなさい、アタシが度肝を抜く新作を出してやんよ!」
過度な期待や、下手な慰めはしない。
ただ、待つ……それが受け手としては最善の態度だと俺は思っていたりする。
そして、涼子さんも屈託のない、彼女本来の笑顔で答え
「────だから、資料頂戴?男の子に会う事なんてなくってさ!!」
「やっぱ、ノワ子ってるわ……」
先ほどまでの感動を返せ。
即座に、どこからか取り出したカメラを手に、そういう涼子さん。
「待て!?何故妾が間抜けの代名詞みたいにされているのだ!!」
「……一枚だけで良いからさぁ。ネットもあるけど、生の方が良いんだよ!さ、早く!」
鼻息を荒くしてレンズをこちらに向け、そして顔を紅くして怒るノワ子族たち。
まあ、仕方ない無理をいって押し掛け、宿泊すらさせてくれたんだ。
人肌脱いでやりますか。
「あ、レイちゃんも撮らせて!」
『彼女とのやり取りは私を通してもらおうか』
「マネージャーかよ」
そして、少し騒がしい夜が過ぎていく。
キキョウを抜きにして。
◆◇◆◇◆
「────あー、ここは禁煙だぞ」
あれから、俺たちは涼子さんの余った部屋で寝ることになった。
とはいえ、やはりキキョウの事も放って置けず、彼女を探すと、玄関先には居なかった。
そして、いつの間に部屋に入ったのか、ベランダで、タバコを咥えたキキョウがいた。
「……あん?火ぃ着けちゃ居ねぇよ。この体に煙は合わんらしいから、口寂しいから咥えてるだけだ」
そう、キキョウはこちらを向き、つまらなそうに閉目して答える
これもまた子供化の影響だろうか、少なくとも以前は喫煙者であったのだろう。
「そか、でも吸ってたんだな。意外だ」
「そうか?作品じゃ、吸ってる描写くらい無かったのかよ」
そう、以外そうに眉根をひそめて言うキキョウに、そういえば会ったと思い出す。
だが、どちらかと言えばキキョウは子供に囲まれてるイメージの方があるのだ。
「こっちじゃ、むしろ子供らと戯れてる方が合ってる気がしてな」
「ああん?アタシがガキみてぇって言いてのか、あ、いや少なくとも体はそうだな」
そう、何となく軽口を言い合う。
少し心地良いやり取り、相手もそう思ってくれていれば良いなと思う程の。
少し、笑顔を向け合って、俺もベランダに手をかけていたキキョウに並ぶ。
「意外と風が気持ちいいな。てっきり熱いかと」
「さぁな、寒暖差が激しんじゃねぇーの?」
雑談、他愛もない話。
キキョウとは会って間もない筈なのに、まるで姉のように話しやすい。
だからこそ、彼女についお節介を焼いてしまう弟を許してくれよ。
「…………涼子さんのことだけど、どう思ってる?」
「────どうって、そりゃあ別に恨んでるとかじゃねぇよ」
そう、少しの沈黙のあと、単刀直入に聞く。
ここで、上手いこと収めたり、宥めたり出来ればいいのだが、俺にそんな器用なことはできない。
「んじゃ、リヨンのことは?」
「…………そう、だな。ぶっちゃけ、微妙だわ。涼子、原作者って存在自体、統率の効かねぇ神みたいなもんだとは思ってたし。でも、アイツを殺す判断をしたのは涼子で、俺たちのクソみてぇな世界を作ったのもアイツだ。理由くらいは聞きてぇって思うだろ?」
そう、苦笑いを浮かべながら話すキキョウはどこか儚げで。
それでも、割り切れない思いを抱えているのだ。
「そうだな」
「んで、その理由は無い。当たり前だ、アタシたちもお前も、生きる意味なんて最初から在りはしない。この世界が生まれた意味なんてのは、哲学者が適当にこじつけるくらいのしょうもないことってわけだ。アタシは、馬鹿だ。んで、この体もあるんだろ?子供みたいに感情があふれちまってどうしようもなねぇ。本当に────」
矢継ぎ早に出たのは、彼女の本音。
キキョウ=ヒイラギの秘めた想い、もし大人の体であれば出なかったような、そんな稚拙な吐露。
だが────
「それは違うだろ。俺たちはそれを探すために生きてるんだから。理由なんて、こじつけでもいい、むしろそれがちょうどいいくらいだ。キキョウは今を生きてるんだろ?」
「…………けど、アタシは涼子の話を」
「聞かなくたっていいし、嫌だって言っていい。俺も、親友を見殺しにしたことがある。それを誰かの掌で書かれたプロットだって言われたら、反目くらいしたくなる」
キキョウの言葉を付け足すように、遮る。
「────だから、お前は…………」
「構わないんだよ。例え、全部作られたお話だって。今はここにキキョウが居て、考えて行動している。これまで、お前にそうじゃなかったことがあったか?俺もない。なら、自分を信じていい」
そう、キキョウの迷いは、意味が無かったことに対するものだけではない。
彼女はこれまで、自分が作られたレールの上で踊っていたピエロだったのではないかと思いかけている。
「リヨンも、連隊のバカどもも……アタシは覚えてるし、それが偽物だったなんてそんなことはねぇか」
「んで、たぶん涼子さんもそう思ってない」
キキョウは、その言葉に目を見開く。
そう、結局はそうなのだ。
決して、創作者は彼らを作り出すことを軽んじてはいない。
「精一杯、考えて愛を持って生み出されるものがキキョウたちなんだ。ま、そう思ってない奴もいるかもしれんが、涼子さんは精一杯向き合って努力してる。あの人の作品は面白いし、それがよくわかる」
そう、無論創作者を一概にいう事もできないし、もしかすれば俺の言葉に当てはまらない奴もいるかもしれない。
俺が言ったのは、そういう奴なら無理に聞かなくても、会わなくてもいいという事だけ。
「ま、結局、意味はないかもしれないけど。ヒット作の作者なんだぜ?会おうと思って会えるもんじゃない。話すぐらいどってことないさ」
そう、気軽に、笑いかける。
キキョウは正直言って、考えすぎだ。
けれど、それも彼女の良さであり、その懊悩は切って捨てられるものじゃない。
だから、まあ意味は置いておいて、自分のやりたいことをやってもいいじゃないか。
別に、器用に論理立てて、慰めるなんてことはできないから、精々言ってみるだけだ。
「お前、ホントズルいよな」
「いや、何が?せっかく、自分の創造主に会えるんだぜ?仲良くした方が、寝覚めいいじゃん」
キキョウは、咥えていたタバコをしまう。
そして、俺へと向き直り、頭を小突かれる。
「でも、そうだな。ちょっとだけ、意味のないことをしたくなるくらいには伝わった…………だから、その────」
「…………?なんだ、改まって」
キキョウが少し、頬を朱に染め、しどろもどろになる。
どうやら、何か言いたいことがあるらしいが。
「────ありがとな。そういえば、〝イベント〟の時も言ってなかったし」
何とも、唐突に感謝された。
「別にいいよ。仲間だろ?まあ、いつでも感謝してくれ賜えよ」
正直、そう改まって真面目に言われると、気恥ずかしいので誤魔化すように言う。
なんかノワ子みたいな口調になってしまった…………クソ、ノワ子めッ(理不尽)
「おう、んじゃアタシも寝るわ。なんなら添い寝くらいしてやろうか?」
「ばっ、お前な!?色々絵面があぶねぇわ!」
そう、からかうように言い、カラカラと笑ったキキョウは手をヒラヒラと振ってベランダを後にした。
熱された頬に涼しい風が染み、そして少しの間涼んでいたい気分になった。
◆◇◆◇◆
そして、翌朝……起きるととんでもない景色が広がっていた。
「────ふぁ、おはよ~。ん?何この懐かしいような匂いは……て、ナニコレ!?」
そして、大分遅起きの涼子さんは眠気眼を見開き、食卓に並んだ料理に驚愕する。
俺も、起きた時には驚愕したものだ。
「ナニコレも何も、ただの簡単な朝食だぜ?別に、嫌いなら食べるなくてもいいが」
そう、驚く涼子さんを尻目にエプロン姿のキキョウは、頬を掻きながら目を逸らしていた。
目の前に並ぶのはベーコンエッグトースト、ミニトマトの乗ったサラダ、コーンスープ。
さらにデザートは地味に時間のかかるフレンチトーストだ。
「な、なななな、ここは天国なのか!?」
「驚きすぎだろ。別に大したもんじゃねぇけど」
「毎食レーションやら、エナドリやらで腹を満たす漫画家を舐めるなよ!?って、まさかこれキキョウちゃんが?あ、でも、私が作った設定じゃ…………」
コロコロと表情を変え、身振り手振りで感情を露わにする涼子さん、でも確かにキキョウがご飯を作れるなんて描写は無かったはず。
「あのなぁ、こっちに来て初めて覚えたんだよ。ま、楽勝だったぜ?冷めるから、早く食べろよ」
どうやら、キキョウの言うとおりらしい。
だが、昨日の今日でここまでするとは、思い切りがある。
まあ、俺もその一助になれたらしいので、よかった。
そして、呆然とする涼子さんはテーブルに付き、無言で、パクリと料理を口に運んだ。
「────う」
だが、彼女は突如として呻きだし──
「うわああああああん、キキョウちゃんありがとぉ!!!?不器用なのに、がんばっだんだねー!!?」
「おわ!?ちょ、離れろ!不器用にしたのはお前じゃねぇか!?」
号泣しながら、キキョウに飛びついた。
キキョウも、目を剥き顔を紅くして引きはがそうとするが、どうにも力が入っていないらしい。
そう、むしろキキョウは不器用だという設定があった筈。
だからこそ、こっちに来て努力したのは、彼女の意思であり、それを涼子さんにも示したかったのだろうか。
「ふむ、一件落着というわけじゃな」
「なんでお前が締めてんだよ」
「ふわ!?このフレンチトースト、甘ああああああぃ!!」
俺の言葉を無視し、色々混ざった台詞を叫ぶノワ子。
まあ、良く見ればこの泣いてる姿も、ノワ子とそっくりだ。
「────まあ、良く考えたら。アタシを生み出したのもお前だしな…………ありがとな、涼子」
「ぶわぁぁぁぁ!?お、おがあざんって呼んでぇぇぇ!」
「だっ、泣くな、涙とか鼻水が大量に付いてんじゃねぇか!?やっぱ、感謝ナシ!もう、二度と言わねぇ!!」
そして、そうした創造主と【空想現界人】のやり取りは見ていて、どこか微笑ましい。
ふと、横眼でリスのようにフレンチトーストを頬張るレイを見る。
彼女は創造主に会いたいと言っていたが、やはり仲間関連だろうか。
だが、もしかすると、彼女の創造主は…………
「おや、もうこんな時間とは!ニチアサアニメが始まっておるではないか。テレビをつけぃナギトよ!」
「へいへい、仰せのままに」
そう、思考に浸らせてくれないノワ子に、ジト目を向けつつ、俺はリモコンを取ってテレビへと向ける。
そして、電源をつけると、朝のニュースがやっており、チャンネルを変えようとしていると。
『────今朝未明、ライトノベル作家である灯塚恒弥さんの遺体が発見されたことが、警視庁の発表で明らかになりました。警察はこれを連続作家殺人事件の可能性が高いと見ていて────』
瞬時、聞こえた言葉に目を見開く。
そう、その只事ではない反応に、周囲が沈黙する。
「…………ど、どうしたナギトよ?何か────」
そして、不思議に思ったノワ子が声をかける。
だが、俺の耳には届かない。
それでも何とか、声を絞り出そうとして、俺は呟く。
「────ツネヤは、俺の幼馴染、だ」
『──────』
そう、今、この瞬間に自分の幼馴染であり、あの黄金の中学時代をともに彩った、仲間の死。
それが、俺の胸中に落とされ、波を起こし、影を差す。
沈黙する一同、そして先ほどの感動がかき消されたかのように、その場は重い空気が流れた。
──────あまりに重い現実が、淡々と軽い言葉で語られるのを俺は、ただ見ているだけであった。




