038「花と散る」
〈二〇二五年 七月二十六日 御加実市 異葬結界 孤児院 書斎〉
「────さあて、それじゃ交渉の始まりと行こうじゃないか。ナギト」
そう、キキョウの事もアルテラさんはきちんと思いやっている。
だが、それでも彼女はこの孤児院の主だ。
数十人の命がその両肩に乗っている、手放しにくださいと言って了承することはできない。
少なくとも、目の前にいるのは本当の大人だ。
これまであったどの人間よりも年上で、より真っ当な価値観を持つ熟成された人。
中学時代にも彼女のような人に会ったことはあるが、むしろまともな大人の方が少なかったくらいだ。
それで言うと、正直アルテラさんを唸らせるほどの交渉が俺に出来るわけがない。
なので、真っ向勝負といかせてもらおう。
「────まず、一つ。俺が約束できるのは、【ゲーム】後の子供たちの保護だ」
まあ、真っ向勝負と言っても、半ば子供たちをダシにした卑怯なやり方だが。
とはいえ、精一杯キキョウに寄り添った提案だと思う。
「…………吹きすぎだよ、お前さん。【ゲーム】が終わるって確約も、【ゲーム】後の安全も【空想現界人】ですらないナギト、お前さんに出来るとは到底思えない」
「ま、そう思うのが普通だよな。けど、だからこそ【空想現界人】に出来ないフラットな考え方も出来る────例えば、魔術師に協力を依頼するとかな?」
アルテラさんも、キキョウもそうだが【空想現界人】は突如【ゲーム】に放り込まれ、必死に生きてきた。
故に、【ゲーム】内の生き方やルールなどは熟知しているだろう。
その中に、キキョウに教えてもらった『魔術師』は敵、という暗黙ですらない了解が染みついている。
「いや、それはつまり、善良な魔術師を見つけ出し、協力を要請するってぇ話だろう。そんな魔術師の話は聞いたことがない。よしんばいたとして、接触するリスクが高すぎる」
「ああ、俺も〝イベント〟で魔術師に会ったけど、あんま話が通じなそうだった。俺より半年くらい長くやってるキキョウやアルテラさんの意見の方が正しいだろう」
そう、魔術師に渡りをつけるというのは、リスクが高い行為だ。
だが、だからこそ、〝今〟提案できることだ。
「だが、それは以前までの話だ。〝イベント〟に魔術師が入って来た。つまり、【ゲーム】が【空想現界人】のみのものじゃなくなったってことだ。会うことができるのが【ゲーム】の外、現実空間のみしかない……ていう前提はなくなった」
「それはハードルが低くなっただけで、以前リスクはそのままってことだろうさね」
そう、魔術師が【ゲーム】に参入してきた。
それは彼らを知るための大きな一歩だ、だが彼らの危険性が下がったわけじゃない。
レイとか、一度襲われて死にかけてるくらいだし。
アルテラさんも理解力半端ない、話が速すぎるだろ。
さすが、孤児院の主だ。
「いや、そうでもない。んー、言い方が違うな。孤児院にとってのリスクはそのままだが、それは俺たちが居なかった場合だ」
「────なるほどねぇ。自分たちがそのリスクを踏むと?」
アルテラさんは興味深そうに顎を撫でて、こちらを見る。
その目はまるで、値踏みするようだったが、悪い気はしない。
「そう、実質的にキキョウは孤児院の仲間みたいなものだ。子供たちの保護の目途が立つまでは【ゲーム】に参加して、魔術師たちと渡りをつける。無論、俺たちも協力するし、〝イベント〟やら〝クエスト〟には参加するから、余ったポイントは孤児院に回せる」
「…………かなりマシな提案さね」
まあ、ここまで行くと孤児院側にメリットが大きいように見えるが、魔術師へ渡りの目途が立てば、キキョウは俺たちの仲間になる訳だ。
実際は五分、それに【ゲーム】が終わる確証はないし、長続きするかもしれない。
「二つ、〝イベント〟で攫われた子供たちの捜索だ」
「それに関しては必須だろう。ま、こちらから依頼してもいいくらいの事さ」
アルテラさんは当然といったように頷く。
少し図々しいとも取れるが、舐められて足元を見られないようにするには当然の態度だ。
「この際、というかどちらにせよ。【ゲーム】で勝ち残ったら子供たちを攫った奴らとも決着をつけなきゃいけないしな」
「随分豪勢な発言だね。今は口を出さないで置いてやるよ」
アルテラさんは一貫して挑発的な態度だ。
彼女の交渉自体、こういう進め方をするのかもしれない。
正直心臓には悪いのであまり強きなのはやめてほしいが。
「そして最後────俺たちがこの【ゲーム】を終わらせる。何の力もない一般人から聞いてもあれだけど。少なくともGMの意図も含めて【ゲーム】なんていう壮大な仕組みを、ただの酔狂で回してるとも思えない。完遂させることが目的だと俺は思ってる。アルテラさんもそうだろ?」
「へぇ、それに関しては同意だ。【ゲーム】の運営自体にGMの意思が感じられない。ならば、【ゲーム】完遂後にこそ、本当の意図が隠されていると睨んでる」
そう、これに関しては同意が取れると思っていた。
【ゲーム】運営と言っても、何の目的もなくこんな大規模なことをしているとは思えない。
GM自体が矢面に立っているのも、運営が思ったよりガバいのも【ゲーム】自体に興味がないことに他ならないと思う。
「なら、俺たちがこの【ゲーム】を終わらせる。例え、長引いたとしても必ずだ」
「吹かすねぇ、お前さんに何ができると?」
「────チッ、ああクソ。ババアも聞いただろ……コイツが〝イベント〟を生き残るどころか勝ち残るような奴だって。その時点でナギトは豪語出来る権利はあるだろ」
キキョウもどうやら追撃をしてくれるようだ。
まあ、正直虚勢も虚勢、する意味もない啖呵だ。
それでも、これは自分に対しての覚悟でもある。
何の能力も持たない、そこまでしないと足が竦んで動けない自分への発破のようなものだ。
「……………………気概だけは認めるが、そんな奴に娘を任せる馬鹿は居ない。って、言いたいところだが、そうだね。両隣の奴に免じて今回ばかりはお前の勝ちとしてやろうさね」
「────────ナギトなら出来る……いや、やる」
「ハッ、もう殺気は効かんぞ、孤児院の主よ!!」
隣を見ると、レイとノワ子が自信満々で真っすぐアルテラさんを見ていた。
「アタシも、昔は仲間が居てね…………すったもんだしたもんさ。何かをしでかす奴の周りには良い目をした仲間が集まる。まだ現役だと自負していたがまったく、アタシも衰えたねぇ」
アルテラさんはしみじみとそう言った。
アルテラさんも色々あるのだろう、軍人のキキョウを下すぐらいだから、軍関係の人間だったんだろうか。
そんな邪推はともかく、どうやら交渉は良い方向に纏まりそうだ。
「おい、だからアタシを置いていくな…………ったく、ほんとに、嫌と言いにくい空気じゃねぇか」
「そうかい?あたしゃ、アンタはそういう気遣いはしないと思ってたんだがねぇ。見る目も鈍ってたかい?」
そう、おどけるように不敵な笑みを浮かべるアルテラさん。
こんなふうに陽気な感じがアルテラさんの本来の性格なのだろう。
「────────良いぜ。っつーか、アタシがお願いしたいくらいの好条件じゃねぇか。ま、どうせなら大言壮語実現できるくらいは頑張ってほしいがな。〝リーダー〟」
「いや、リーダーは勘弁してくれ……柄じゃない」
そう、少し柔らかい笑みで、俺にやり返すキキョウ。
そういうのは苦手だ、誰かを引っ張るリーダーシップなんぞはいつも親友がやってたんでな。
「………………んじゃ、片っ苦しい話はこれで終わり!恩人たちへの祝杯と、キキョウの新たな門出を祝って、パーティーだ!!準備は済ませてある」
「やったのう!肉が食い放題じゃ!」
「流石に、図々しすぎだわアホ」
アルテラがそういい、自然に笑いかける。
ノワ子も少々失礼だが、重い話続きで今はむしろありがたいくらいだ。
そうして、俺たちはどうにか、交渉を良い方向に纏めれたのであった。
◆◇◆◇◆
あれから、どんちゃん騒ぎが幕を開けた。
まあ、言う程騒いではいないが、キキョウやらノワ子、なんとアルテラさんも結構騒いでいた。
この中で唯一酒が飲めるのがアルテラさんなので、俺も散々絡まれた。
キキョウを貰ってくれなんて言われた時には、気まずくて仕方が無かった。
どっちかというと、キキョウは年上の姉貴みたいなイメージだ。
まあ、本人に言ったらあまりいい顔はしなかった。
そんなこんな、ありつつ俺たちは一日孤児院体験とパーティー?をしたのであった。
無論、子供たちの就寝時間はあるので早めにお開きになったが。
もう、結構遅いので、俺とノワ子とレイも孤児院で止まることになった。
俺は一応一人部屋を宛がってもらったものの、少し眠れず夜風に当たりに庭へと出た。
────すると、人影が見え、花壇で夜空を見上げるクアリが居た。
「────すげぇよな、ここ。夜が来るどころか星空まで再現されてるなんて」
「…………な、ナギト様っ!?どうして」
「悪い、驚かせたか?何となく眠れなくて、クアリもそうなのか」
徐に話しかけると、驚いた様子でクアリは声を上げる。
謝りつつも、隣に座る。
ちょっと一人になりたい気分だったが、美少女の隣も悪くない……いや、結構上から目線だな。
「ええ、私も何だか色々ありすぎて、目が冴えてしまって……」
「〝イベント〟に交渉に一手にガーってくると、受け止めきれないよな。分かる、俺も置いてかれないように必死だよ」
そう、苦笑いを作って空を見上げる。
目前には満点の星空、偽物だとしてもそれは多くの輝きを放っている。
「ナギト様でも、そのようなことが?」
「ん、まあそうだな。ポーカーフェイスが上手いだけ、内心は冷や汗ダラダラ」
「ふふ、やっぱりナギト様は何だか、他の人にはない魅力がありますね」
クアリは、俺の発言に微笑みかける。
そうか?まあ確かに昔から悪運が強いとはよく言われるが。
それでも、そう言ってくれるなら素直にうれしい。
「クアリも、素直で誠実なとことか、意外と天然なとことか。いいところがいっぱいだろ?」
「そ、そうですか…………でも、私は……」
そう、返すとクアリは少し顔を紅くし、思い直したように項垂れてしまった。
「そんな人間じゃないんです。私はただ、周りに流されてここにいるだけで」
「そうか?そうか、なら俺と同じだな」
そう、ここに究極の流され野郎がいる。
ここまで、さんざ状況に流されてきただけだ。
「な、ナギト様とだなんて。恐れ多い!貴方は激流に揉まれながらも信念を貫きとおせる、そんな御方です!!」
「ちょいちょい……んーまぁ、そう見えるならどうと言ってくれても構わないが。それでもクアリは俺みたいに自己中心的じゃないし、純粋に人のためを思って行動できる。迷いながらでも進めるのがクアリだ、俺はそういうの、好きだな」
そういわれた瞬間、クアリの瞳が揺れる。
それはまるで覚悟を決めたような、それでもまだ迷いながら模索しているような表情だ。
「ナギト様がそうおっしゃるのなら、私は周りからそう見えているのでしょう。けれど、結局のところ自分が可愛いだけの人間なんです。そう産まれ、そう生きてきたから、そう行動する。そんな信念のない人間なんです」
「別にいいだろ、それで。誰だって自分が可愛いし、信念なんて持ってる方が少ないくらいだ。そういう、何者でもないけど、何者かになろうとする。進もうとする意志こそが信念だと思う。ならクアリも、ここにいる子供たちも全員がそうだ」
話に聞く、ルートとカルネも精一杯自分にやれることをした。
ならば、クアリだって自分に出来る最大以上のことをしている。
信念とか、自己中心的な生き方とか、小難しいことを考えるのは精一杯やり切ってからでいい。
「────ナギト様。私は、子供たちが攫われ、茫然自失となったキキョウ様を置いて、何かできるかもと進んで失敗した私を、貴方は救ってくださいました。次は私があなたを救いたい。私はあなたとともに、進みたい。どうか、私を貴方の隣を歩ませてもらえませんか」
クアリはそう、それでも縋るように信念を込めて、俺を瞳で貫いた。
手を握られる、彼女の手はひんやりしていて、内面の暖かさを示しているようだ。
それでも、俺は彼女を突き放さなければならない。
「……ごめん、俺はキミを危険な場所へは行かせられない」
「────そ、それじゃあ……!」
「キキョウに言っていたことだろ。あの時、キキョウは俺のことを見てすらいなかった。でも、だからこそ、俺はクアリのことをきちんと見て、言う……キミに向き合ってしっかりと考えた上で。俺はこれ以上、仲間を死なせられない」
真っ向から、きちんと瞳を見て。
クアリの吸い込まれそうな茶色の瞳が、俺を映す。
俺は一体どんな顔をしているだろうか、詐欺師のようなヘラヘラと笑っているのだろうか。
────クソ自己中の嘘つき野郎めと、罵られても仕方ない。
「──なんとなく、察していました。きっと、私はあなたの隣で歩むには弱すぎる。能力だけでなく、こころも。申し訳ありません、我儘を……私にもやらなければならないことはありますから」
「…………これから、想像を絶する苦難が降りかかる。俺も誰も無事ではいられないかもしれない、そんな地獄が【ゲーム】なんだ。謝ることはないぞ、気持ちは十分受け取ったから」
クアリは悟ったように言う。
孤児院の運営はキキョウが抜けてギリギリだ、クアリが抜けるわけにはいない。
少なくとも、俺はキキョウを選んだ、確かにクアリが来てくれれば心強い。
だが、言葉でどうにかなる問題じゃない。
「そう、ですね……無理強いはしません。きっとナギト様ならと、そう信じて待っています」
「安心してくれ、きっちり子供たちを救ってくる……孤児院は頼んだぜ、クアリ」
きっと、彼女は行きたかったのだろう。
あのキキョウの説得の時、俺は追いすがった。
だが、クアリはただ聖母のような顔で、俺を受け止める。
その顔がどうも悲痛で、それでも俺にはどうにもできない。
「…………少し、一人にしてもらえませんか」
「分かった。夜は冷えるから、風邪ひかないように」
クアリは切ないものをこらえるように、笑った。
やりとりは短い、されど記憶に刻み込まれた。
やがて、俺は立ち上がり、その場を後にする。
「────最後に、どうか貴方の旅路に祝福を。そして、旅路が終わればそのことを話してくださいね…………ナギト様」
「もちろん、いの一番に話にいくさ。少々話を盛るのは勘弁してくれよな?」
そう、笑い合い、俺たちは眠りについた。
満点の星が、全ての者を見下ろすように輝き、それでもその場は静寂のみが支配していた。
かくして、彼と彼女の夜は過ぎ去っていく。
────そして、彼が去った後、一粒の雨が降り、そして静かに花が散った。
〈Tips!〉
・クアリについて
彼女はシスターとして生まれ、シスターとして育てられた。
神の祝福により能力も得た。
されど、彼女は物語の本筋にすらほぼ関わらず、怪物に殺害されその生涯を終えた。
それは彼女が無力であるからではない、彼女は清廉すぎたからだ。
彼女の登場する物語は、汚泥と泥水に塗れた人間の醜さを煮詰めたような作品だったから。
故に、彼女はただの民として登場することはあれど、名前すら出てこない。
現世に下り立ったのは、原作者がクアリを生かそうか迷ったからであり、暗闇の中の一縷の光に成りえた存在であったのかもしれない。
────作品が違えば、主人公に恋するシスターという役柄もあり得たのだろう。




