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037「楽しい楽しい交渉の時間」

〈二〇二五年 七月二十六日 御加実市 異葬結界 孤児院 応接室〉



「────おう、色々準備は終わったぜ。ババアが呼んでる……来な」


 あれから、少しした時にキキョウが応接室に顔を出した。

 俺たちが居た部屋は応接室とはなっているものの、子供の遊び場となっているらしい。

 

 無造作に開けられた扉から、キキョウが入り、徐にそう言った。

 後ろを見ると、レイも一緒に来ていることが見て取れた。


「分かった。ノワ子とクアリも、行くか」

 降ってわいた招待に、俺は応じる。

 先ほどの和やかな雰囲気とは違い、少し空気が締まっている印象を受ける。


 子供たちに惜しまれつつ、部屋を出た俺たちはエントランスに出て、二階へと向かう。



「思ったより、ここって広いな。管理してるのは、キキョウとクアリ、キキョウの上司にルートとカルネもか?」

「その通りだ。つっても、ここは異空間だからある程度融通が利く。だから少ない人数でもどうにかなってる」

 雑談がてら聞く俺に、キキョウは歩きながら答えた。


「ふむ、食料はどうしてるのだ。あと水やら照明やらも……妾、気になりますっ!」

「古のネタだな。でも、確かに外部とは繋がってないんだろ?ポイントで補うには人数的に無理があるな」

 そう、この孤児院には数十人がいる。

 それを運営するには端末でポイントを使って、生活必需品を買ったとしても到底足りない。


「そこはここにある畑と、発電機、あとは井戸だな。ババア曰く、この結界自体潜伏や拠点作成が目的だったらしいから。元々、水や電気、食料もある程度は備えられてる。足りない分をポイントで埋めてる」

 なるほど、結界自体が外部と隔絶されてても過ごせるように設計されてるのか。

 足りない部分はポイントで埋めてるとはいえ、限界があろうに、この結界にある資源はかなり破格なのだろう。


「ん、外の天気も変わってた」

「ああ、雲やら雨やらも自由自在らしい。畑も農作物の生育は普通の十分の一もかからん。ま、栞も含めババアはやってることがかなりやべぇよ」

 ここまで凄まじい能力で、やっていることが孤児の救済でよかった。

 この能力があれば、余裕で軍事転用など脅威にもなりえたのだから


「私も、アルテラ様と同じ世界出身で、ここに来た時も結界内に居りました」

「へぇーそれは意外だ」

 同じ作品出身の【空想現界人】が、同時に来るなんてあるんだな。


「ともかく、あんまりババアを怒らせすぎるなよ?アタシですら、最初に会ったときに殺されかけたんだからな」

「おおう、本当にやってることがヤバいなそれ」

 幼女化する前のキキョウを殺しかけるって、どんな実力者だよ……呼び方的に結構老齢なはずだが。

 まあ、少なくとも怒らせないようにはしないといけない。

 

 しかし、俺も俺で色々話したいこともある、敵対しないよう細心の注意を払わなければ。



◆◇◆◇◆



 二階の廊下を左に、曲がった一番奥の部屋。

 扉は周りのデザインと変わらないが、それでも何か重い空気がその扉から漏れているような気がした。



「────お入り」


 キキョウがコンコンと二回ノックすると、少しの沈黙の後に皺枯れた低い声が入室を促す。

 ギィ、と木が軋む音と共に、扉が開く。

 中には簡素な執務机と奥に手を組んで座る老婆が見えた。


 俺たちが入ると同時に老婆も立ち上がり、手前にある長机と対になるのソファの上座に座る。

 老婆の対面に俺とレイ、ノワ子が座り、俺たちの左にキキョウとクアリ。

 机を挟んで、見える老婆は当然クアリと同じシスター服を身にまとっていた。


 キキョウは、俺と老婆の間を取り持つように執務机の前に座った。


「────────アルテラ=ザットシュタイン。この孤児院の主を務める、まあただの生い先短い老人さ。間下部凪斗、レイ=エレイン、山田佳奈子。ようこそ、我が孤児院へ……歓迎するさね」


 重い沈黙の後に、老婆は堰を切ったようにアルテラと名乗り、歓待の意を示した。


 これまでの日常はどこへやら、重苦しい空気が辺りを包む。

 さしものノワ子も、本名呼びを怒る気配はない。

 というか、キキョウから名前を聞いていたのか、威圧するために言ったのだろう。


「……あー、間下部凪斗だ、よろしく。キキョウには世話になった、今回来たのも、アルテラ、さんに礼を言いに来たんだ」

「ふぅん、祝捷なことだねぇ。お前さんが、私の娘たちを誑かしたナギトかい。キキョウの言葉通り、小憎たらしい顔をしている」

 どうやら、子供たちとは違って歓迎ムードどころか、警戒心マシマシらしい。

 最初に会ったキキョウのような殺気だ。

 一度、キキョウへ目を向けるが逸らされてしまう、これは何か言われてるな。


「……私の名前はレイ、よろしく」

「おやまあ、可愛らしい子だ。てっきり、孤児院の新入りかと思ったよ」

「────?」

 レイも俺に倣って名乗るが、皮肉で返されてしまう。

 まあ、レイも皮肉と分かっていないらしく、首を傾げるだけだったが。


「────あら、そちらの娘っ子は、どうやら縮こまっているようだ」

「──あ、わ、妾は…………」

 アルテラはノワ子にも柔らかに言葉をかける。

 だが、その殺気は正直に言って、常人に耐えられるものではない。

 俺だって、いつ逃げ出してもおかしくないほど怖い。


「すまんが、これでも可愛い仲間でな。これ以上脅されるのは困る」

「……へぇ、私に意見するのかい?こりゃ勇敢だ。ま、流石に女の子をチビらしちまうのはマズいからねぇ」

 そう、カラカラと笑うアルテラ、しかし愛想笑いを挟める雰囲気ではない。

 キキョウもクアリも黙ったままだ、アルテラさんは彼女らの上司なので仕方がないか。



「んで、いい加減その殺気を引っ込めてくれるか。俺とレイはともかく、コイツは本当に素人でな」

「ほう、自分だけは特別と?お前さんも変わらんだろうて……それでも、私に指図するというかい。ただの能無しの分際で」

 さらに、さっきが強まる。

 仕方ない、そう思い俺は咄嗟にノワ子の手を握る。

 どうにか、これで耐えてくれ……それに俺も怖い、なので勇気が欲しいのだ。


「……ナギト」

「いや、問題ない。レイは黙っててくれ」

 レイが立ち上がりそうになるが、手で制する。


 そう、これは試練だ。

 アルテラさんから俺に与えられた、通過儀礼のようなものであろう。

 あくまで推測だし、彼女の意図は分からない。



「何さ、強がって。本当は一人では何もできない。お前さんはただ、幸運に甘えて成功しただけ。絶対に勝てない相手の前で逃げるしかできない腰抜けだ。それはお前さんが一番わかっているだろう?」

「おい、ババア言い過ぎ────」

 まるで、分かり切ったことを聞くアルテラさん。

 その言い草にキキョウが耐えきれずに口を挟む。



「いや、大丈夫だキキョウ。俺は大丈夫。何を言われようと、揺るがない。アルテラさんも、招致の上だろ」

 だか、キキョウの助けを借りてはだめだ。

 これは、俺が立ち向かうべきこと。


 故に、俺は自分何をすべきかがすでに分かっている。


「ならば、お前を示せ。キキョウの恩人を()()するのなら、全てを賭けて言葉を選べよ?それが最後の言葉になるかもしれんがな」

 語気が強くなる。

 正直恐怖で漏らしそうだ、俺にとってここまですべき問題ではないのかもしれない。

 初対面の老人に、何もわからない老婆に何を言っても意味はないのかもしれない。


 それでも、彼女は俺の目的を既に察している。

 そんな、試練を課そうとアルテラさんに怖気づいている場合ではない。



────レイを助けるって決めたんだろ。



「ああ、精々言葉を選ぶよ。どうせ、人間関係なんて一か八かだ。まあ、俺が無能だの腰抜けだの言われるのは仕方ないし、理解してここにいる。だから、今、俺がアルテラさんに示すのはそれらを覆す覚悟じゃなきゃダメだ」

「……………………」

 そう、彼女は全て分かっている。

 これから俺が何を言うのか、だからこそ殺気を分かりやすく出し、試しているのだ。

 ここにきてアルテラさんは口を閉じた、俺が何かを言うのを待っているようだった。


 キキョウは俺たちが何を話しているか意味が分からず、眉を顰めるだけ。


「────────俺はなんでもする、だからアルテラさんの愛娘を俺に……ください」


 神妙な面持ちの中、俺はここに来た全ての目的を言い放った。

 そして、この場にいる全ての者の時間が止まった。


◆◇◆◇◆



 時間が止まる。

 無論現実世界のではなく、精神的なそれが凍り付く。


「良くもまあ、そんな下心丸出しでいけしゃあしゃあと言うねぇ?」

「まあ、アルテラさんは俺たち、というより俺が何を言いに来たのか何となく理解してただろ。なら、下手に隠す方が不義理だろ」

 おそらく、俺がアルテラさんに会いたいと言っていたことを、キキョウ伝手で聞いていた時から、既に気づいていたのだろう。

 俺が、キキョウを欲し、仲間としたいということに。


「ま、え?は?どういうことだ!ババア、ナギトッ!?さっぱり意味が分かんねぇぞ!?」

「────まさか、やはり求婚ですか!?」

 キキョウは顔を真っ赤にし、目を白黒させており、クアリは顔を覆って耳まで真っ赤になっていた。

 あ、確かにちょっと勘違いさせそうな言い方だったかもしれない。



「あー、いや他意はないぞ?仲間にしたい、キキョウも俺たちについて来てほしい。急で悪かった、予めキキョウに話を通しておくのも、不正みたいで嫌だったから」

「ほう、筋は通していると?本当に小狡い小僧だ、まったく。私の殺気をただの一般人が真っ向から耐えるなんて私もだいぶ衰えたもんさね」

 アルテラさんも、先ほどまでの殺気は抑えて、苦笑いを浮かべていた。

 ノワ子の手の強張りが緩む、どうやら一応は危機を脱せたみたいだ。

 汗が止まらん、知り合いの詐欺師にポーカーフェイスを習っといて良かった。


 

「ふはぁ、普通に色々危なかったの。乙女の尊厳グラグラゲームしてたぞ?」

 大きく息を吐き、脱力するノワ子……いや、さっきまで凄まじい殺気をぶつけられていた人によくはなしかけられるな。

 あと、その驚異的に高そうなタワーゲームの話はいい。


「…………ナギト、紛らわしい言い方すんじゃねぇぞ。てっきり……いや、ともかくだ。アタシの話をアタシ抜きにするんじゃねぇよ!」

「ふん、キキョウ……お前さんが否と言えばそうする。だが、満更でもなさそうだと思ったから、そうしたまでよ」

 アルテラさんは腕を組んで、椅子に深く座って閉目する。


「あ、アタシは…………ナギト、お前のせいだぞ!もっと、色々考える時間とかよこせよ!」

「いや、本当にすまん。けど、キキョウの上司がいる以上、こうなると思ってな。俺も、本気でお前がほしいんだ。手段は選んでられん」


 そう、真剣な眼差しで、キキョウを貫く。

 俺は俺で、色々考えてここに来ている……だからこそ、キキョウは戦力としても、人間としても絶対に欲しいと判断したから、ここまで計算して発言した。


「…………ガキどもの世話もあるし、それは────」

「無理と言いたいのかい?ふ、お前さんは相変わらず、ガサツな割に中身は繊細というか、面倒くさいねキキョウ」

 キキョウに向けられるアルテラさんの表情は柔らかい。

 これもアルテラさんの一面なのだろう。

 孤児たちを保護する精神性と、外敵を排除するという苛烈さという別側面を併せ持っている。


「はぁ?んなわけねぇだろ!アタシは、孤児院にゃ戦力が足りないからアタシが抜けられねぇっていう合理的な判断をだな…………」

「なめるんじゃあないよ。あんたを初対面でボロ雑巾にしてやったのを忘れたのかい?アンタ一人いなくたったとて、問題はないさ」

 アルテラさんは余裕たっぷりの表情で、キキョウに笑いかける。

 実際、この孤児院自体は防備が完璧で、万が一の時にもキキョウより強い、アルテラさんがいる。

 まあ、孤児院がカツカツそうなら、俺も誘わなかったのだが。



「ふむ、あとはキキョウの一存だけかのぅ?」

「ん、キキョウも来てくれるなら私もうれしい」

 レイとノワ子も乗り気だ。

 とはいえ、結局キキョウが首を縦に振らないと始まらない。



「────ああ、そうそう。ナギト、キキョウをただでやるとは言ってないよ」

「…………おい、ババア!?」

 アルテラさんも、真剣な表情となり、先ほどの殺気はないがそれでも迫力のある顔だった。

 そんなアルテラさんにキキョウは置いて行かれているようだ。


「ん、まあ組織のトップとしてただにはしちゃ駄目だよな。そう思って、とっておきの策を用意してある。キキョウの意思はともかく、俺の話も聞いてみてから考えてくれ」

 無論、キキョウを仲間にする条件のアイディアは幾つか考えてある。

 ともかく、この海千山千の老獪な孤児院の長を相手に交渉とは骨が折れる。


「────さあて、それじゃ交渉の始まりと行こうじゃないか。ナギト」



 かくして、楽しい楽しい交渉の時間と相成ったのであった。





〈Tips!〉

・孤児院の運営について

 アルテラの運営する孤児院は、基本的にキキョウとクアリ、アルテラなどがポイントを集めて運営している。足りないものは孤児院内で自給自足を行っており、年長の子供などが手伝いどうにか回っている。

 孤児院の結界自体、アルテラが従軍看護師を行っていた頃に開発した能力であり、国の実験によって彼女に植え付けられた能力でもある。

 今は、結界の核に巨大な魔石を使い、かなり安定した運用を行えている。

 ちなみに、核の魔石が井戸の水を出している。

 発電機はキキョウ作であり、能力で一週間程かけて作った力作。



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