√A その②「彼女たちは参加する」
〈二〇二五年 七月二十四日 御加実市 Dekopoモール 天空区域 三階〉
「──────ここが、〝イベント〟空間、ですか」
フィーネは目の前に広がる、大規模魔術に驚愕していた。
そう、魔術界でもお目にかかれないそれらは度肝を抜くほど、精密に組み上げられた儀式級大魔術であることが一目で理解できたからだ。
優れた魔術師ほど、この結界の凄さが分かる。
それは天地の法則を揺るがすことなく、一切の矛盾も綻びもない常時発動する《異葬結界》。
これがどれほど卓越した技巧の魔術かは、筆舌に尽くしがたい。
「──────おっきい結界。やっぱり危険そう」
クレシェ先輩は相変わらず、のほほんとしている。
それでも彼女は結界術を得意とする魔力適正《結界》の魔術師なので、流石に凄さが分かるらしい。
「……呆けてないで、いきますよ」
「んもぅ、フィーネちゃんは急かしすぎ……」
自分の方が圧倒されていた事実を隠すように、私たちは中へと踏み込んだ。
場所は三階、近くにある駅からの連絡通路からだ。
理由は単に駅から、ここまで《結界破り》で入ってきたので一番近かったのがここというだけ。
かくして、私たちは〝イベント〟に参加したのであった。
「──────誰も、いない、ね?」
──────が、さっそく問題が発生した。
困惑するクレシェ先輩を横目に、私はため息をついた。
あの〝イベント〟に参加したときのアナウンス、この〝イベント〟が魔獣を狩る狩猟遊戯ということを説明していた。
しかし、〝イベント〟空間に足を踏み入れても、一向に魔獣は出てこない。
「おそらくですが、クレシェ先輩の脅威を恐れて本能的に避けているのではないでしょうか」
獣はより強さを重んじ、それを見抜く力を備えている。
故に、化け物じみた強さを持つクレシェ先輩を避けるのは魔獣としては当然のことではあるのだ。
しかし、【ゲーム】と嘯く大儀式魔術とはいえ、ここまできちんと獣の習性を模倣するのものなのか。
悪趣味を通り越し、偏執的な再限度だ。
「んー、私が無理やり見つけてもぉ、いいけど?」
頼もしい先輩の言葉、これが一時間前電車に乗りたくないと号泣していた者のいうことではない。
だが、戦場に立てば先輩……〈アイギス〉にて脅威の強さを見せるクレシェ=エイリアスは思考を戦闘へと切り替える。
「いや、今は──────」
私たちは、〝イベント〟を楽しみに来たわけではない。
あくまで任務であり、調査をしに来たのだ……そう言いかけた私は質問に遮られる────
「──────あなた方は一体どこのどなたで?」
ガラス張りの回廊、通路の向こうから話しかけてきたのは、スーツ姿で眼鏡をかけているオールバックの商社マン風の男であった。通勤時の革製の高そうな鞄を手に下げ、背後からこちらを見ていた。
ただ、その立ち居振る舞いは素人とはかけ離れており、明らかに【空想現界人】であろう。
「GMに招かれてきた魔術師です。私たちに敵対の意思は──」
咄嗟に口を開いた私は戦闘を避けるために、そう伝えようとし……
「いえ、それ以上はいりません。必要な情報をありがとうごさいます──では、死んでください」
──────パリン、とガラスが割れる音がした。
瞬時に、天空回廊へと割り入ってくるのは空飛ぶ金の長髪を揺らす男である。
そして、彼を追尾するように飛んでくるのは光りを湛えた槍、いや柄があるので剣であろう。
「おーい、おいッ!オンナの子じゃんかァ!?嬉しいなァ!!」
発言と同時に、私へと接近し、光る剣と、どこからともなく出した巨大な刺繍針を私へと向ける。
一つは、空中で……一つは、彼自身が握っているものだ。
「──────ッ」
咄嗟の回避行動、迎撃は間に合わない。
だが、生き物のように動いた光の剣が、刺繡針を剣で受けた私の脇をすり抜けて、突き刺さる。
痛みを感じた私は瞬時に、針を抜きさり床に捨てる。
「ああ、抜かれちゃった────」
──────男が言い終わる前に、彼は自らに迫る拳を見た。
どうにか目で追える速度の、細く小さく柔らかそうなその拳骨。
しかし、その見た目とは裏腹に、全ての殺意が込められたその拳が────
「────ッ?」
振り抜かれると同時に、上へと天高く振り挙げられてしまう。
その持ち主である、クレシェは振り上げられてしまった拳の原因になった足元を見た。
「──まったく、その見た目で凄まじい肉体派とか勘弁してくださいよ」
足元には、スーツ姿の眼鏡をかけた男が、上半身だけ映えていた。
そんな姿になり果てたスーツ男が、クレシェの体勢を崩していたのだ。
「────ッ!」
クレシェはそれを見た瞬間、彼を頭ごと踏み潰した。
だが、血肉は吹き飛ばず、灰のようなものが残されるだけ。
「ンもう、スーツさんサァ……でかい方のオンナは抑えるっていったじゃんかァ?」
「すみません、一瞬で走り出してしまわれ、対応が遅れました。ですが、能力で助けたのでいいでしょう?キンパツさん」
衛星のように飛び回る光の剣を携え、刺繡針を持って下卑た笑みを浮かべる金髪男。
ズレた眼鏡を直しつつ、新たな自分を何体も床から複製させるスーツ男。
私たち二人に襲い掛かったのはおそらく、この二人であろう。
隠れている仲間がいるかもしれないが、おそらく二人だけ。
しかし、口ぶりからこの工程をやり慣れたものなのであろうため、苦戦が予想される。
「フィーネちゃんやってもいい?」
「待ってください。生かして捉えたほうが────」
──────瞬間、身を引っ張られる感覚が生じ、重力が一時的に焼失した。
「……ま、もうイイッショ!!どちらにせよ、得物に針はかかってるんだからサァ!!」
不意打ちに次ぐ、不意打ち……すなわち、先ほど刺された針には見えない糸が通っており、私はそれで引き寄せられたのだ。
不意打ちにより、糸を通し、そのまま戦闘に入り有利に事を運ぶ。
それは素晴らしい、連携も達者だ……クレシェ先輩は床から生えてきた大勢のスーツ男に身動きを抑えられていた。本体は金髪男の隣にいるというのに、本当に抜け目がない。
「──────待って」
「待たないヨ?んー遠くからでもオンナの子って良い匂いするよねぇ!?」
「ちょっと、流石にキモいですよ。ま、構いませんけど────」
そう、何事もないかのように遠距離から、完璧な奇襲を仕掛けてきた二人は笑顔で言う
だからこそ、彼らには恐ろしい不幸が降りかかってしまうのだから。
「────待ってください!せんぱ──────」
「──────《術式展開》」
──────そして、それが彼らの聞いた最後の言葉になった。
◆◇◆◇◆
◆◇◆◇◆
────目の前に、肉片になった死体が二つ……光の粒になって消えてゆく。
「────はぁ、ありがとうございます」
一応、そうお礼は言っておく。
しかし、それでも先輩は明らかに暴走し、自らの《術式》を使って彼らを引き潰したのだ。
「ご、ごめんなさい……!つい、カッと、なっちゃって」
そう、縮まりつつそういう先輩に、私はため息をつくしかない。
そう、別に《術式》を使わずとも十分勝てたのだ。
むしろ、彼女の《術式》なら彼らは即死であろう、逆にそれがマズいのだが。
「得れる情報にも限りがあるんです。もし仮に、今の場面を誰かに見られて、情報が【空想現界人】に拡散されたとしましょう。それじゃ、魔獣のようにもう誰も寄ってきてすらくれませんよ」
呆れた顔で、彼女はそう自らの先輩へと小言を言う。
彼女は強さだけは超一流だが、それ以外があまりに拙く、下手である。
まあ、確かに、こちらを心配してくれたのは嬉しかったが、それでも作戦行動を取る上で限度がある。
「……えへへ、でもこの《異葬結界》内で《異葬結界》を発動できることは分かった、よ?」
「はあ、まあ先輩の《術式》が発動できるかを最初に試すのに良いタイミングだったでしょうけど」
先輩は、魔力適性・《結界》であり、七つある魔術師の魔力適性の中でも初見殺しの魔力適正とされている。
ちなみに、私は一番先頭に向いていないとされる《錬金》だ……別に、羨ましいとかないですよ?
ともかく、特に魔力適性・《結界》の魔術師が用いる最上級の技、それが《異葬結界》である。
魔術師からしてみれば、他人の《異葬結界》の中で《異葬結界》は展開できない。
それを展開できると分かったのは良いことだが……
「結果論ですよ、結果論ッ!!教会の魔術師なんだからきっちりと作戦行動くらいこなしてください!」
「……ご、ごめんなさい。本当に、次は、しない……からね?」
先輩といると、大体私がお小言を言ってしまい、あまりよくない空気になってしまう。
私自身、他者に求めるハードルが高いタイプなのだ。
本当はもしかすると、先輩と私は相性が良くないかもしれない。
「────とにかく、いきますよ〈天空区域〉がどういうもので、〝イベント〟とはどのようなものか調べる必要がありますから!」
「う、うん!分かった頑張ってみるッ!!」
相変わらず、私の前では威勢がいいですね……なんていう皮肉はついぞ私の口から出ることは無かった。
◆◇◆◇◆
あれから、幾人かの空想現界人に出会った。
何人かと殺し合い、取引のようなものに持ち込めたのはほんの一人だけ。
それも情報を得る前に逃げられてしまった。
だが、戦って捕虜とし、尋問で得られた情報は幾つかあった。
──────〝イベント〟の情報、このイベントが第三回目である事、〈ショップ〉と呼ばれる場所に〝移動券〟なる物が売っていること、各〈区域〉にボスがいること……などなど。
そして、二人はあの天空通路の前へと戻ってきていた。
「思ったより収穫あったね」
「ええ、何より最初の二人以外誰も殺さずに取引できたことが大きいです」
そう、私たちは誰も殺していない。
当然だが魔術師は殺人集団ではない、そして拷問などは特にしていない。
一応脅してはいるのだが、そういう非人道的行為をする魔術師は〈魔術協会〉にはいないのだ。
「でも、やっぱり〝ランキング〟上位の【空想現界人】は来てないみたいだね」
「ええ、予測するに今回の〝イベント〟は固定化された〝ランキング〟へのテコ入れのようなものでしょう」
おそらく、GMの狙いは〝ランキング〟上位勢がただ他の弱者を蹂躙するよりも、彼らを締めだした〝イベント〟によって【ゲーム】の活性化を図る狙いだろう。
魔術師の参戦も、また【ゲーム】の活性化が狙いだろう。
まあ、GMからしてみれば、これらを盗み見ること自体が娯楽なのであろう……という顔をしかめるような予測もあるが。
「……一度、帰りましょう。この〝イベント〟で得られる情報は出きったと見ていいでしょう、魔獣とは戦えませんでしたが」
「うう、ごめんねぇ、フィーネちゃん」
「ちゃんはやめてください……ともかく、GMへとつながる情報を見出すためには【ゲーム】への潜入が……」
そして、フィーネがそう頭の中を整理するために、独り言を言っていた瞬間……声がかかる。
「──────おお、思ったより上玉が居んじゃねェか?」
「ッスね!結構なビックネームに会えるなんて!サインとかほしいッス!!」
何度もあった【空想現界人】ではない。
赤い槍を携えた金髪オールバック、口に傷の入ったホスト風の男。
そして、上司と思われるショルダーベルトをして、コートを羽織り黒のスキニーと白いシャツを羽織ったサングラスの女。
確かに〈魔聖の盾〉と同格と目される〈龍ノ牙〉に属する二人が、私たちの目の前に立っていた。
◆◇◆◇◆
魔術協会執行部一課────通称〈魔聖の盾〉は文字通り、『魔聖』アルト=リオデルタが個人的に招集した魔術界選りすぐりの魔術師集団である。
魔術協会どころか、魔術界においてもその名を轟かす〈魔聖の盾〉。
その武名に並ぶ者無し、とは限らない。
〈魔聖の盾〉と同格とされる集団も少ないながら存在する────それが、〈龍ノ牙〉である。
あちらは正式名称であり、〈七聖円卓〉で目下二強とされる〈魔術協会〉と〈帝国財閥〉にそれぞれ〈魔聖の盾〉と〈龍ノ牙〉が設置され、睨み合っているという構図だろう。
要するに、〈七聖円卓〉内での発言権を強めるために、協会派が〈魔聖の盾〉を設立し、それに負けじと帝国派が〈龍ノ牙〉を作ったらしい。
そんな、上も下も自他ともに認める敵対関係である二派閥が出会った場合、どうなるか……
「──すまねェな?〈二ノ牙〉でしか相手出来なくてよ」
「私も【其の伍】だから、中くらいだよ」
ありえないほどの殺気、辺りを歪ますほどのそれが私の横から発せられる。
先輩は本気モードになった、というより押し上げられたと見るべきだろう。
おそらく、相手は『四色雷葬』ライカ=ティエリ、伝え聞く見た目と酷似しているので間違いない。
〈二ノ牙〉は〈龍ノ牙〉の下部組織である。
他に〈一ノ牙〉〈三ノ牙〉があり、『龍聖』直轄の〈一ノ牙〉を除いた場合、彼女は帝国派の戦闘部門における最強と言える〈二の牙〉の首領であるのだ。
若くしてその座に上り詰め、魔力適正・《属性》の極致に至った者、属性王、美しき格闘魔術師。
呼ばれ方はいくらでもある、それほど名高いということだ。
そして、片や十人以上いる〈〈魔聖の盾〉〉の上澄みである【其の伍】『死界殲殺』のクレシェ=エイリアス、彼女の打ち立てた武勇伝は両手の指で納めきれない。
魔力適正・《結界》は魔力適正の中でも初見殺しや即死性の強い《術式》が多く、魔術師の警戒になりやすい。事実、《異葬結界》の対策は魔術師にとって当たり前だ。
その中でも天下無双を誇った彼女の結界術は無比だ。
そう、そんな両者が──────
「──────っと、危ない」
「──────横見厳禁ッス!!」
目の前に差し出されるように、突撃してきた槍を上体を逸らして回避する。
そして、咄嗟に間合いを確認して、私はその間合いから体一つ分だけ出た。
赤い槍を持つ、金髪オールバックの青年、年は私と同じくらい。
特徴のある見た目だが、知らない魔術師だ……少なくとも『四色雷葬』より実力は劣っているはずだろう。
ただ、それでもこれまであってきた【空想現界人】など比べ物にならないほどの、濃密な殺気を纏っている。明らかに強者側の人間であろう。
「────っ」
瞬時、踏み込みから綺麗な直線の突きが、顔めがけて飛んでくる。
咄嗟に顔を逸らして回避、懐へと潜った私は距離を詰めて水製の剣で斜めから薙ぐ。
「ッス、思ったより噛み応えありそうッス!」
青年は私の動きに対応し、槍を引き戻し交差させて鍔迫り合う体勢を作る。
押し合いは互角、否相手は長物であるためこちらが若干不利か。
「……待ってください、こちらは戦闘する意思がありません!」
「ッス?やる気ないんすか?」
ただ、魔術師同士がやり合うのはあまり意味がない。
あくまで、任務目標は【空想現界人】であるし、それは帝国派とて同じことではないだろうか。
故に、私は身内で戦うことに反対なのだ。
魔術師らしくはないが、話し合いで解決できるなら、そうしたいし……すべきだ。
「はい、というよりこんなことやる意味がありません。魔術師で争っても……っ!」
さらに、青年は槍を滑らしてこちらに負荷をかけてくる。
「うーん、難しいことはよくわかんないっすけど……そういうのってそんなに重要っすか?」
貼りついたような笑顔で青年はギリギリ、と手元で火花が散るほどに槍の柄へとさらに力を籠めた。
「────ッ!?」
「頭を回して、小難しいこと言ったって結局やることはコレっすよ」
ギィン、と槍の柄で、鍔迫り合いをしている私を強制的に弾き飛ばす。
強い衝撃と共に後退した私は、瞬時目前に迫る高速の刺突を瞳に収める。
咄嗟にさらにバックステップで回避、青年は追いすがるように突きの雨を私に浴びせる。
「────やっぱり、こうなりますか!」
「こっちの方が、わかりやすくていいッスよ!」
両雄は吠える、しかしてそれでも彼らは死地にて笑みを湛えている。
水色に彩られた剣と血の如き赤黒い槍が交わり、火花が散る。
──────かくして、『水彩工房』vs『呪紅槍』の戦いの火蓋が切って落とされた。
◆◇◆◇◆
そして、彼らを横目に向かい合う魔術師が一対。
両者はただ言葉もなく、拳を交わし合うのみ。
片方は魔金剛の如き拳を固め、もう片方は妖精花の如き嫋やかで、しなやかな掌で受け流す。
両社は初めの言葉以外、口を閉ざしたままだ。
〈アイギス〉や〈フェンリル〉の関係など、彼女らの頭にはない。
そう、彼女らは魔術界でも上澄みの中の上澄みだ。
だからこそ、相まみえた瞬間に戦い合うことを決意し、そしてそれを成さぬ限り決着はないと……魔術師としての至高たる血統が、それを彼女らに運命付けている。
彼女らは言葉を発さない……拳を重ね、矛を交えることこそがそれに勝るものはないと理解しているからだ。
『──────』
──────だが、どんなことでも完璧にこなせる人間はいない。
それはクレシェ=エイリアスとて、同じこと。
彼女が竜を屠り、亜神を砕き、戦争を終結させようと、彼女は一人の人間である。
戦闘以外で、彼女に出来ることは少ない。
故に、彼女は愚図な己を決して見放さない少女のことを、大事に思っている……それこそ、同乗者である肉親と同様か、それ以上に。
故に、彼女は常に心配している、少女が他者に害されないかどうか。
故に、彼女は切り札を温存している……彼女にどんな不幸が降りかかろうとも跳ね除け、捩じ切り、縊り殺すために。
交える拳の速度が上がる。
ライカとて、彼女がどこか心ここにあらずという様子に気づいていた。
自らの《風閃》《火花》《月岩》《水鳥》といった至れり尽くせりな、レイにすらやっていない猛攻すべてを涼しい顔で叩き潰す目の前の魔術師が自らに意識をあまり向けていない。
これで、魔力適正・《強化》でないというのが驚きの耐久と膂力は目を見張るものがある。
だが、強靭さはともかく技は正直甘めに見積もって、二流以下だ。
そして、ライカは超一流、多少の能力差は、《術式》と体術で埋め、上回れる自信があった。
だが、目の前の鬼神ともいうべき暴力の化身は、技術や《術式》を超越した次元にいる真正の化け物だ。
これは奥の手を使うべきか、と決心しかけたライカは……目の前のクレシェがとった行動に目を見開いた。
──────逃亡?撤退?いや、あれは……誰だ。
かくして、ライカは現れた自身に匹敵する強者に慄き、クレシェは一心不乱に地を駆けていた。
◆◇◆◇◆
『──────っ』
尚も、戦いは続いていた。
距離をとって、継戦の構えを取った私に、追いすがるように距離を詰める青年。
青年は槍を手に疾駆、一撃目の突きを私に払われ、二撃、三撃と、続けて薙ぎ払い。
助走の勢いの乗ったそれを、衝撃を受け流すように生成したもう一本の剣で二刀流となった私は下がりつつ、受ける。
彼とまともにやり合えば、手傷を負うのは私だ。
反射神経、技術共に一級品……そしてそこに本能的な勘まで鋭いと来たら、近接で戦いを挑んだ場合危ういと判断した私は、退きながら反撃して、一発逆転を狙う。
先輩と離れてしまうのは痛いが、ある程度の距離は維持しつつ、離れすぎないようにはしている。
むしろ、私が離れては先輩が何をやらかすかわかったものではない。
そう、他者の心配をしていた私は向き直って、自らの心配をする。
赤い槍、血、呪い、魔術師的にそれらの言葉が連想できるが、定かではない。
少なくとも、あの槍の一撃を受けるのはおそらくマズい。
回避に専念して、相手が焦れた所をカウンターで狙う。
「────ふッ!」
息を吐いて、槍を突き出した直後の青年へと剣を投擲する。
弾丸の如く放たれたそれは、直線運動して青年の腹部へと吸い寄せられる。
だが、その動きを読み切ったように、半身を逸らした青年は剣を回避する。
その一瞬の間で、地を蹴り跳躍し青年へと肉薄、剣とは逆側の死角の上から振り下ろしを放つ。
対応した青年は矛先を踏んで、シーソーの要領で私の振り下ろしを槍の逆側で跳ね上げる。
手を上げられてしまった私のがら空きの腹部に、青年は槍を一回転させ、振り上げるように薙ぐ。
しかし、床から生えた腕が落ちたもう一本の剣を持って、青年の槍の軌道を逸らすようにさらに投擲。
逸れた槍を足場にして、膝蹴りを放つが青年は首を振って避け、その勢いで私は地面に降り立つ。
瞬時に振り下ろされるのは、天空から射出された槍だ。
凄まじい投擲が、跳んだ青年から落とされる。
一本では受けきれないと瞬時に判断、多大な魔力を支払いもう一本の新しい剣を水にて生成して槍を受ける。
それでも勢いを殺しきれない。
術者の手から離れたとは思えない威力の赤い槍が、重ねられた二本の水剣を貫かんとする。
さらに後退、そして踏張した床には、線路のような焦げ目ができ、それでも止まらない。
ようやく、槍の勢いが弱まり、付与された膨大な魔力は、薄くなっていった。
「──────今の、止めるッスか」
勝算のような言葉をかける青年は、自らの袂に帰って来た槍を無造作に掴んだ。
相対する私は、息も絶え絶えであり、手にした両剣はすでに罅まみれ、全身所々に傷もある。
先ほど投げた剣は時間切れで水に戻り、先ほどの一撃で結構な魔力を消費した……あと一本、剣を生成できるかどうかまで魔力を失った。
「……止めた、といっていいかわかりませんけど」
正直、逸らしたというのが正解だ。
目の前の彼は自身よりもほんの少し格上。
それは戦い合ってからよくわかった、格上とてやれないこともないのだが。
それでも卑怯なだまし討ちや、姑息な作戦が通じないタイプであると私は目の前で笑う青年を分析していた。
本能と勘で罠や策を嗅ぎ分けるタイプ、理屈で行動する魔術師よりも私にとってはよほど厄介だ。
少なくとも、こういう魔術師においては────
「──────来ないんですか?」
「──────いいッスね。魔術師らしく真っ向勝負といきたいッスよ!!」
煽るように、私は不敵な笑みを浮かべた。
そう、小手先でどうにかなる相手ではない。
ならば、泥臭く肉を切って骨を断つのみだ。
「──────ァア!!」
私は自身に喝を入れるように、地を踏みしめ、思いっきり叫ぶ。
「────《術式展か────》ッ?」
青年は自らの切り札を切ろうとして──────目の前に迫る、何者かを瞳に映す。
「──────いいですねぇ、特に弱者の雄叫びは。魂をくすぐられます」
そして、私の背後にいたのは狂喜に染まる『騎士』であった。
◆◇◆◇◆
目の前にいるのは、顔に侮蔑と嘲笑を混ぜた表情の『騎士』だった。
その鎧は精錬された鈍い銀、そして首にかけてあるのはカルールであり、鎧を纏いながらも下に見える礼服は貴族を思わせる。
半分ほど書き上げた紫紺の緩いカールのかかった髪は、彼の仕草とともに柔らかく揺れている。
耳を貫く長い装身具、さらに耳たぶには短い耳飾り。
切れ長の目尻と薄い眉、泣きぼくろに整いすぎた絵画のような顔……おそらく、幾多の女を泣かせてきたのだろう。
血盟貴族を思わすその佇まいと仕草は、見惚れてしまうほどだ。
そう、その顔に孕んだ嘲笑と侮蔑の顔以外は徹頭徹尾美丈夫といった騎士がそこにいた。
だが、私の目が吸い寄せられた場所はそこではない。
その腰に携えられた一振りの剣だ。
魔剣────俗称であり、正式名称は魔術刀剣、彼の持つ魔剣は明らかに常軌を逸した業物であった。
刀匠モドキである私の目から見ても、わかる紛うこと無き大業物。
柄頭から切先まで、芸術品のようでありながら彼の体重で扱うことに合わせた重さと長さを持つ。
そして、持ち手と刀身を分つのは鍔であり、その装飾はシンプルだが持ちやすさを意識した作りになっている。
魔剣の能力自体は定かではない、しかし鍔の中心に埋め込まれた紫水晶のような魔石が異様な魔力を放っていて、魔剣としての能力である刻まれた《術式》もおそらく一級品であろう。
そう、この魔剣はまさしく『聖魔三十六振』に並ぶ程の──────
──────瞬間、自身が見ているものに気づく。
私の目の前に立った『騎士』は、ゆっくりと私に手を差し出す。
何故か、動けない。
それは、強者を前にした弱者の本能であろうか。
理性は逃走を、警鐘の如く鳴らしているが、この男の異様な殺気とありえないほど濃密な魔力によって足が一歩も動けない。先ほど戦い合っていた青年ですらできていないのだ……私ができる筈がない。
故に、自分はただ現実逃避をしていたのだということに今更ながら気が付いてしまう。
荒れ狂う魔術が、やがて男の手によってゆっくりと形作られる。
そんなはずはない、しかしそれでも彼の動きはまるで緩慢で、迂遠で、優雅だ。
それもそのはず、私は今際の縁に佇んでいて、走馬灯のように時間がゆっくり過ぎているからだ。
そうか、私は死ぬのか。
そう思った途端に泣きたい気分になって来た。
ただ、現実の時間はおそらく一瞬しか経っていないので、頬を伝うものはない。
兄を失い、家から勘当され、魔術協会特務部一課に鳴り物入りで入課したはいいものの、特に何も成せ無かった。
兄との約束、先輩との思い出、それだけなのか。
ほとんどの人生を、実家を見返すために魔術の勉強へとつぎ込んできた私にはお似合いの最後なのか。
結局、兄との約束も果たせず、実家の鼻を明かすことも出来なかったらしい。
そう、私の人生はここまでだ。
魔術師になったのならばこんな日が来ると覚悟はしていた。
しかし、それでもこんなにも──────
「いいですねぇ、その絶望的な表情……大丈夫です、直ぐには殺しませんから」
──────ああ、終わる。
早すぎる。
少なくとも、何も成せ無かった人生なのだ。
悔いはあるものの、仕方ないと割り切るしかない。
せめて、恋人とか、友人とか……欲しかったなぁ──────
──────とん、と背中を押された気がした。
そう、これらすべては一瞬の出来事であったのだ。
私の精神時間が引き延ばされていようとも、それでも実際は数秒にも満たない程の瞬事。
しかし、それでも飛ばされる私が見たのは、私へと微笑む先輩の姿であった。
『────まにあった』
声はない、しかし読唇術により理解する。
クレシェ先輩が助けに来てくれた、そして私を庇って代わりに──────
「うふふ、良い絆です……美しいッ!では、《玩具箱の迷宮》」
私たちのそれら全てを嘲り、蹴とばすようにその宣言が下される。
──────そして、この世界から二人の超越者が消え去った。
◆◇◆◇◆
『騎士』と『死界殲殺』の強制転移の後、残されたフィーネはただ、己の内に渦巻く虚脱感を享受していた。
絶望するフィーネに突き付けられた現実は三つ。
──────一つ、先輩が私の代わりに《異葬結界》に取り込まれてしまったこと。
──────二つ、どう考えてもこの状況の全ての責任が私にあること。
──────三つ、私がここに残されても、何をすればいいかなんて……
「──────おいおい、あの女急に飛び出したと思や……居ねェし、なんだよ変な空気じゃねェか」
へたり込むフィーネに、声をかけてきたのはあの『四色雷葬』ライカ=ティエリだ。
その横で、屈んだ体勢の『呪紅槍』ランスが彼女に応える。
「なんか、ヤバそうな奴があのおっきい女を持ってっちゃったス」
「ん、ああそりゃ《異葬結界》だな……あの女もご愁傷様だぜェ。ったく、獲物が横取りされて白けた……帰るぞ」
ランスは笑みを張り付けたまま、ライカへと報告する。
ライカはライカで、白けたように煙草に火をつけてから加え、煙を出しながら歩いていく。
残ったフィーネなど眼中にないように。
「あの子はどうするッスか?」
「ほっとけ、獲物を〝狩る〟のはシュミじゃねェ」
そして、去っていくライカに犬のように付いて行くランスは、一瞬フィーネに一瞥するが、直ぐに向き直りこの場を後にした。
──────残されたのは、言葉もなく膝を折り、地面と向き合う少女のみ。
どうしてこうなった。
フィーネは問うが、当然応えるものなどいない。
それは、分かっている。
早く立ち上がらねばならない、それも彼女は理解している。
だが、それでも喪失感と絶望感に、足に力が入らない。
少なくともあのクレシェ先輩なのだ、心配など必要のないはずだ……それでもフィーネは胸のざわめきを抑えられない。
あの『騎士』が使っていたのは《異葬結界》だ。
《異葬結界》内で《異葬結界》は使えない、魔術師なら知っていて当然の理だ。
クレシェの必殺も《異葬結界》であり、彼女は必殺を封じられた上で相手の必殺に相対しなければならない。
──────それがどれほどのものか、弱き者たるフィーネになど想像がつく筈もない。
故に、彼女は思ってしまう。
自分だったらよかったのに。
《異葬結界》に入ったのが自分だったのであれば、結界解除後に乗じて相手を《異葬結界》に入れることは可能であったのだ。
自分如きを助けるために、戦闘面では何倍も価値がある先輩こそ生き残るべきだった。
彼女はそう思ってしまう、その責の重さに自らを潰してしまいそうになるほどにそう思ってしまう。
「…………いま、は」
そう、それでも全ての感情を押し殺してでも、フィーネは立たなけれはならない。
この件を上に報告、そして本丸である『魔聖』へと繋がなければならない。
故に、フィーネは懐から、《結界破り》を使用するために拳より少し小さい水晶を取り出す。
そして、取り出してそれを見た瞬間、瞠目する。
──────中心を伝う、一筋の罅が入っていた。
先ほどの戦闘で、壊れたのだろう。
いや、破壊痕的にあの戦闘時に『呪紅槍』が狙って壊したのだろうか。
すでに、《結界破り》は使えない。
すなわち【ゲーム】に取り残されたのだと理解したフィーネはしばらく放心するのであった。
──────かくして、フィーネ=トランツェッタの最悪の五日間は、真に彼女に牙を剥き始めるのであった。
◆◇◆◇◆
〈《玩具箱の迷宮》 第一階層〉
アナウンスの始まりを告げる音階が鳴る。
『──────それでは、迷宮攻略大作戦を開始しまぁす!』
「──────っ」
転移の衝撃の後、クレシェは辺りの風景に息を呑んだ。
見上げる程の蒼穹、否全ての色をごちゃ混ぜにした空が迷宮を照らす。
そして、辺りの怪物、罠、仕掛けが彼女へと殺到した。
──────かくして、クレシェ=エイリアスの最悪の二十日間が始まるのであった。
〈Tips!〉
・魔力適性《結界》について
数多く存在する魔力適性において《結界》は、即死性や初見殺し性能が高い適性とされている。
特に、魔力適性《結界》の奥義たる《異葬結界》は結界内の敵にルールを押し付け、自らは有利な強化を得れるなど、初見殺しに特化している。
ただし、《異葬結界》内で《異葬結界》を開くことは出来ず、速いもの勝ちである。
《異葬結界》対策で作られたのが、結界の性質を見抜き、中和させて外壁を破壊する《結界破り》である。




