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035「約束」

〈二〇二五年 七月二十五日 御加実市 郊外〉


 【ゲーム】空間を抜け出し、現実空間へと舞い戻った。

 魔術師という脅威の気配もなく、なんら問題なく家の近くまで来れた。

 時刻は夕方、キキョウと別れた後、俺たちは一駅だけ電車に乗って素早く帰ってきた。

 道行く住宅街には人がおらず、一瞬【ゲーム】空間と勘違いしそうになる。


────ともかく、帰路についた俺たち。


 誰もいない道を三人で歩きながら、俺はレイへとぼやく。



「てか、レイはキキョウについて行ってもよかっただろ?」

 そう、俺の家にレイが勝手についてくることになっている件だ。

 健全な男子高校生の家に少女が泊まるよりも、孤児院で一夜を過ごす方が何倍もマシだったという考えだ。


「…………?」

…………?じゃない、普通に社会常識的にまずいだろ。


「ふ、聖なる乙女の齢は幾つだ?」

 確かに、そう言えば聞いていなかった。

 その呼び方も、もはや定着してしまったのか。


「────えと」

『今年で十五。元いた世界では十六で成人だから、未成年だ』

 指を出し、ゆっくり数え出した少女の代わりに、お付きであるリティアが答えた。

 一歳違いなのか、見た目的にもっと下かと思っていた。


「こっちだと、成人が十八だから普通に未成年だな」

「ナギトもレイも未成年だからセーフでは?」

 まるで、何かあっても構わないように言うのやめてもらえます?


『──私もいる、何か間違いが起こることなどないだろう。レイは君より遥かに強いから』

 そう言われると、なんだか男としてどうなんだろという気持ちになる。まあ、レイに張り合う方が間違いか。


「わかった、家には今誰もいないから。大したもてなしはできないけどな」

「ん、ご相伴に預かる」

 難しい言葉を知ってるな、ああそうか俺の記憶が流れ込んでいるのか。


「もちろん、妾も──」

「お前は、ちゃんと自分の家に帰れな?」

 そう、強めにいっておく。

 流石に家にこれだけ帰らなければノワ子母が心配するだろう。

 彼女の母は放任主義だが、それでも親愛には深い方だと思う。ここで、さらに家を開けたら色々まずいだろう。


「うぬぅ、仕方がない。母上を心配させるわけにはいかぬからの。聖なる乙女よ、あとでお泊まりの感想を書かせてくれ。原稿用紙10枚くらいで!」

 どんな長編を描かせるつもりだ。

 ともかく、彼女とて疲れているだろう。

 早めに帰って休め、ノワ子よ……

 

「妾も明日、キキョウたちに会いに行くぞ?絶対だぞ、絶対だからな!?」

「ああもう、好きにしろよ。やめたくなったら言え、今でもいいぞ」

「行かないと言わねぇ!!」

────ドン!!じゃねぇんだわ……一瞬何言ってるかわからなかったぞ。


 そして、別れ際に彼女は口酸っぱくそう言った。

 ともかく、そうしてノワ子は俺たちと別れ、自らの帰路についた。

 流石にどうしてもと言うノワ子に孤児院に来るなとは言えずに、俺とレイは我が家へと向かった。


 夕焼けが少しづつ落ちていく。

 すでに、よるが迫ってきてるのが、遠くにひかる宵の明星で分かった


 すでに帰宅ラッシュの時間に入ったというのに人はあまりいない。

 休日だからだろうか。



「──ナギトはどうして、戦ってるの?」

 そう、適当なことを考えていた俺は横からの問いかけに、引き寄せられる。

 おもむろに問いかけるレイはまるで、聞きかねていたことがふと口に出たようだった。


「そうだな。特に理由はないな。けど──」

 命を賭けることにおいて特にこれといって理由などない、おかしいことかもしれないが。

 ただ、それでも言っておかないといけないことがある。


「────俺は、あの時……お前を助けた」

「────」

 レイは俺の言葉を噛み締めるように聞いていた。

 そう、レイを助けて、それで放置するわけにもいかず、ただ流されてここまで来た。


「理由は言ったよな。お前の諦めたような顔がムカつくって、馬鹿げた理由かもしれないけど……俺にとっては命を賭ける価値があるんだ」

 あの時、親友を助けられなかった、あの踏切で……俺はすでに心が折れていた。

 それでも、あの時と同じような状況で、また手を伸ばさないということはしたくなかった。


「正直、俺は無責任に誰かを助けるなんて、やりたくない。けど誰かが、死を前に諦めてんのを見るのもムカつく。だから、俺はたぶん狂ってるか間違ってる」

「──────そんなことない。私はナギトが正しいか、そうじゃないかなんて……どうでもいい」

 あの時、とっくに助けることや正義であることに折れてしまった自分は、中途半端なんだ。

 折れて、どうしようもない自分は狂っていて、それでも親友のことを思い出すとつい、助けてしまう。

 そんな矛盾したエゴが……俺にとってのここにいる理由、それでもレイは否定する。


「じゃあ、なんで…………」

「私にはあの時、()()()()助けたいと思っているように見えた。他の誰でもない、それはナギトの〝やりたいこと〟それ以外は、いらない」

「────ああ、そうかもな」

 レイにも、俺の感情が、過去が……契約越しに流れて行ってるのかもしれない。

 確かに、そうだ……親友と過去を引き摺って、行為に意味を持たせようとする。

 自分を何者かにしようとし、逆に自分を何者でもないと宣う。

 本当にどうしようもない奴の、どうしようもない行動に、彼女は巻き込まれてしまったのだ。

 矛盾した、虚無と少しの光が混ざり合ったような俺の感情はあまりにごちゃごちゃなんだ。


────でも、レイを助けた時も、キキョウを説得しに行った時も、全てはシンプルだった。

 


「俺も、レイを助けたことで、助けられたのかもな」

「…………?、よくわからない」

 レイはそう、首を傾げていた。

 今は分からなくてもいい、それでも俺は彼女と共に歩むことで、答えを見つけよう。


 複雑に考えなくても、いい。

 ただそう思うだけで、ただレイが居てくれるだけで…………ただそれだけで、俺は中途半端じゃなくなる。

 彼女と一緒に歩みたい、彼女と一緒なら進んでいられる。



──────今はっきりした、レイと一緒に歩く……それが俺の目標だ。



「レイは、何かないのか。戦う理由とか」

 そう言えば聞いてなかったことを、ふと思い出し俺は口を開く。


「────私は、」

 自分よりもひとまわり小さな少女は少し沈黙した。

 先ほどの饒舌さは鳴りを潜め、少女は逡巡していた。

 だが、どうやら何かを決めたような顔をした後にレイは口を開く。


「…………元の世界に帰りたい。帰って、仲間に会ってみたい。【ゲーム】で勝てば願いを叶えられるから」

 その小さな体にどれほどの感情が渦巻いているのだろう。

 それにレイは記憶喪失のはずだ。何か思い出したのか。


「レイ、もしかして──」

「うん、薄らだけど、思い出してきた。前の世界のこと、私にいた仲間のことも」

 そうか、確かにそれはいい兆候だ。

 帰りたいというのは少し寂しいが、それでもレイのやりたい事はぜひ支援したい。


「私のための願いだから、ナギトを付き合わすのは────」

「いや、俺も手伝う。そうだろ、()()?」

 そう、問答無用で言葉を遮る。

 少なくとも、俺はそう思っている。

 会ったばかりだが、それでも契約で結ばれ、戦場を乗り越えた俺たちは既にそういうことは言いっこなしだ


『一つ、付加情報を上げるなら、軍服男の能力で幼児化したレイは一度契約が切れている。そして、もう一度私が強固に繋ぎ直した。君が近くに居なくても、レイの再生は保つ』

 そう、これまでリティアが捕捉した。

 とはいえ、魂の契約による、俺の寿命の問題もある。

 レイには言わないつもりだが、対岸の火事として見ているわけにもいかない。



「そうじゃなくても、私がナギトと一緒に戦うのは────」

 レイはさらにそう言い淀む。

 俺は少し、彼女の意図が汲み取れず、疑問を口にする。


「────どうした?」

「ううん、なんでもない。ここがナギトの家?」

 そう、誤魔化したレイはそう言った。

 気になるが、その内、きっと話してくれるだろう。


「いや、ここはただの公民館だ。俺の家はもうちょい先だ」

「そう、こうみんかん……」

 沈黙の後、レイは振り向いて俺の目を真っ直ぐ見据えた。

 彼女は彼女で、考えることがあるのだろう。

 戦場にいた、つまり大量に人を殺したこともあるのだろう。

 それについて何か言うことはないが、それでも少女には荷が重い過去なのであろう。

 俺なんかよりよっぽど、しんどい人生を送っている。


「──────私は、【ゲーム】で勝つ。勝って、元の世界に帰って仲間に会いたい。自分勝手な願い……それでも、貴方はついてきてくれる?」

「いったろ、俺はお前の相棒だぜ?ああ、約束だ。必ずレイを元の世界に帰す…………今から、それが俺の願いだ」

 それは願いを同じとする二人の約束だった。


 少なくとも、俺は彼女を助けたい。

 だから、彼女ももっと俺に頼ってくれるように、努力しよう。

 そして俺の行動を見たレイは、一瞬の躊躇いの後…………差し出された拳へと小さな手を握って触れた。



「────分かった、なら約束」

「おう、約束するぜ……俺はお前と仲間を必ず合わせてやるってな」

 片方はいつもの真顔で、片方は不敵な笑みで、少年少女は誓い合う。

 彼女の身にどんな地獄が降り掛かろうと、俺が取り払って見せる。



 そして、二人は約束を己が信念を懸けて交わす。

 宵の街路で、見つめ合う彼らを見ているのは何も言わない妖精だけだった。


◆◇◆◇◆





「──ことの概要はこんな感じさ」

 

────男は、メガネを位置を直しつつ、自らの共犯者の報告を聞いていた。



「…………ハーメルン、いつも言っているだろ。()()()()()()()報告をするな」

 あまりに堅物そうな男の、厳粛な言葉を受け取ったハーメルンと呼ばれた白塗りの男は飄々としていた。


「私が呼んでもまったく反応がなかったからァ、ついね」

 そう答える彼は、まるで反省していないらしく、子供らに朗快にメガネの男の周りにいる子供達へ声をかける。


「皆!今日はこの辺で、一旦部屋に戻りろうよ、ね?」

 メガネの男の周りで、子供達が騒がしく遊んでいた。

 しかし、彼の言葉を聞いた瞬間に子供たちは黙り、部屋から出ていく。

 木目のあるシックな扉から、十数人の子供たちが出て行った。


 そして、ハーメルンはこれでいいか?と言外に目配せし、メガネの男に向き合った。


「────まったく、本来の役割を忘れて、自らの欲を追いかけるとはな」

 メガネの男は、部屋に敷き詰められた本棚に読んでいた本を戻してからため息を吐いた。

 言葉は重く、しかしまるで気にしていないかのような表情で彼は言った。


「ガリアスさんのことは残念ン、本当に悲しい。けれど、彼も我々の役に立ってくれたでしょ?」

「……本気で言ってるのか?確保する手筈の子供たち、それの半分も手に入れられなかった。皮肉にしか聞こえないな」

 泣き真似をするハーメルンに、メガネの男は苦言を呈して肩をすくめた。

 彼の役割は、〝駅〟を使って空想現界人の子供を保護することだった。


 ただ、それに失敗し、なおかつ子供の守護者たる少女に敗北した。これは彼の陣営にとって結構な痛手だ。


「まあ、彼はちょっとアレなところがあったし?そもそも幼児化はシュミじゃないんだよねェ」

 そう、眉を寄せて故人を誹るハーメルンを見て、メガネの男は特に何も思わない。

 そう、あくまで利害関係で動く彼らは、特段絆で結ばれているわけではない。


「確かに、あいつは作戦行動を正確に行える精神ではなかったな」

「そうそう、それに半分はもらったから、それを探しに来た者から()()()()()。そうすれば、結局一網打尽でしょ」

 それもそうだ、とメガネの男は納得する。

 今回の件は、かなり美味しい案件だった。

 そもそもGMが情報提供した孤児院という場所の子供たちが〝イベント〟へ参加するということが始まりであった。

 そして、仕組まれた襲撃作戦であった。

 だが、子供たちの守護者がガリアスを打ち取ったのは誤算であった。

 いや、そもそもGMが罠を張っていた可能性もある……



「とにかく、目下警戒はすべきだな」

()か、自力でここまで辿り着く……まあ網は魔術師用だし、後者でプランを立てようか」

 そう、ハーメルンはメガネの男へ嗤いかける。

 そう、彼らはただ待つだけ、そうすればやがて獲物がこちらにやってきてくれるのだ。


「そんなことより、計画はどうなってる?連合への渡りは?」

「うん、順調さ。同盟を〈魔法少女連合〉は了承してくれた。精兵も順調だけど、〝鬼札(ジョーカー)〟の調整はまだまだ。()はどう?」

 仲間の死をそんなことよりと切り捨てたメガネの男は厳粛に、ただ共犯者に報告を求める。

 ハーメルンは、メガネの男と勧めている計画の進捗を嬉しそうに口にする。


「かかりが悪い、と言っても仕方ない。まあ、魔法少女連合と現行の戦力でどうにかするしかないだろうな」

 メガネの男が言うのは準備、この【ゲーム】の上位勢への一気呵成である。


「さて、他はともかく〝ランキング〟でも少数精鋭の一位や四位には苦戦しそうだねェ」

「ああ、漁夫の利も警戒は必要だ。けど────お前の天使は無敵なんだろ?」

 そう、無機質な表情とは裏腹に、ハーメルンを焚き付けるような声色でメガネの男は言った。

 天使、それはハーメルンの作り上げた最強の武装集団だ。


「…………無論だよォ!我が子らを守るために作り上げた理論なのでェね?」

「──そうだろうな。それと、〝骸〟の操作には慣れたか?」

 ハーメルンは、恐怖を感じさせるほど歪んだ表情でそう答えた。

 それに真顔で反応しつつ、そうメガネの男は淡々と報告を求める。その立ち振る舞いには余計なものを削り落としている印象を受ける。


「無論ですゥ。そっちこそ、()()()()の素性はどうかな?あっちからの接触は少々予想外だったから」

 ハーメルンは当然といった表情で、メガネの男に問う。

 彼が言っているのは、先日訪ねてきた客のことであろう。


「適正アリだ、俺たちに負けず劣らず狂人だったな。彼女もまた途轍もない怪物たちの仲間入りってわけか」

 メガネの男の分析を受け、ハーメルンはその空虚な頬笑みをさらに深めた。



「────準備は万全、とは言い難いけど……手札は揃った。あとは賭ける(ベット)だけだねェ」

「ああ、俺たちはすでに止まれないところまで来た。計画────俺たちの悲願を叶えるために、他の障害を全て引き潰す。すでに手段を選ぶ段階は過ぎた」

 そう、彼らはとうに思い留まる段階ではなかった。

 自らの願いを叶えるため、理よりも感情を優先する彼らは……他者から見れば狂っているのだろう。

 そう、彼らはそれでも進むというだけ、()()()()()()()()()()()



「ふふ、楽しみだねェ。我が天使たちの舞う姿が目に見えるようだよォ」

「ああ、この世の()()()()()()()()()()()()()()()()だけでも」


──彼らは〝ランキング〟七位の〈ハーメルン〉であり、【ゲーム】優勝を狙う強者たちが集う〝クラン〟の一つであった。


 彼らは止まらない、自らが納得できる未来に行き着くまで。

 そして、彼らはきたるべき時が来るまで備え、息を潜めるのだった。


第一章前編 第一部〈遊戯の幕開け〉────完



〈Tips!〉

・メガネの男について

 どうしても、全ての歪みが許せない。

 世界の祝福、特別な魔術、全ての仕組みを許容しない。

 どれだけの犠牲を払おうと、どれだけの痛みに耐えようと、例え守るべきものを踏みつけようと。

 手段を選ぶべき段階はとうに過ぎ、そこにあるのは純然たる使命。


────きっと、これは罰なのだろう。


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