033「イベントリザルト」
──────何の曇りも淀みも、私にはなかった。
澄んだ鏡が自らを映すように、そこに映った自分は確かに曇りも翳りもなく、ただ純粋であった。
私は俳優業をやる傍ら、演劇の台本も書きながら自らの食い扶持を担っていた。
最初はただ演劇の脚本を書き、監督をすることが楽しかった。
されど、自分のイメージに合う俳優は居なかった。
故に自身が演じてみようと考えるのは必然であった…………そして、それが周りに認められ、次の主役も私がやることになった。
全ては運命、されど台本があり、演劇がある……故に偶然は作れ、奇跡は演出できる。
それがこの世界の真理であり、全ては望むままに作れるのだと考えていた。
鏡の前で笑顔を作る、それが毎日の行動だ。
すべては曇りなき鏡に、曇りなき自身を映すことによって、運命は決まる。
私は演劇に向いていたらしく……いつしか、国中に名を轟かす演劇俳優となった。
さらに、本拠としている街一番の女と結婚した……そして、一人娘も生まれた。
娘は天真爛漫で、誕生日には手鏡をプレゼントしてくれた。
私が鏡で笑顔を作っている時に、何がおかしいのかずっと笑っていたことが印象に残っている。
舞台の上で演じる傍ら、脚本を書き監督もする。
業務の半分は親友に任せているが、それでももう半分は自身で行なっている。
演劇漬けになった私でも、家族の時間はきちんと取っていた。
特に娘のタリア、彼女はとても?あれ、なにであったか思い出せない。
確かにたった一人の娘を愛していたはずなのに、その感情が思い出せない。
ああ、そうだ……娘が生まれてしばらくして妻が死んだ。
待ちで流行った病だったか、何だったかやはり覚えていない。
抜け落ちた感情はすでに戻らない。
しかし、それでもタリアのことだけは忘れない。
そう、娘への感情も、その姿も……詳細全てを忘れたとしても。
私は絶対に、タリアが居たことは忘れない。
────しかし、それでも娘は私の元を去ってしまった。
ある日忽然と。
何故か、そのことだけはよぉく覚えている。
そして、当然私は娘を探しに行こうとした。
娘は人攫いに攫われたようだ。
私はすぐに彼女を探しだすも、まるで見つからなかった。
三年間、彼女を探していたのだろう。
一瞬のようであり、永遠のようなその時の記憶は曖昧だ。
もはや当時の私でさえ彼女に関しての記憶は虫喰い状態で…………斑らがかっていた。
いつしか娘の顔を思い出せないことに気が付くとぞっとした。
ああ、それでもその時の私は狂ってはいなかった。
あるとき、国一番の俳優の劇場復帰を待ち望まれているらしいと、知り合いに聞いた。
そんなことはどうでもいい、ただし現実は……作られた奇跡も、芝居がかった運命もないそれは私をてにとって離さなかった。
その知り合いは貴族で、娘を探すために融資するから…………一度だけでも舞台に立ってくれ、とお願いされたのだ。
全てをかなぐり捨てた捜索により、資金は底を尽きかけていた。
そう、国を代表する俳優を民衆は手放さなかったのだ。
そこからは──────よく覚えていない。
娘と約束した鏡の前で笑顔を作る日課を、彼女がいなくなっても続けていたこと。私のやっていた演目は鏡に捕らわれた亡国の将軍の悲恋ものだったこと。そして心を空にして行った演技はより洗練されたように観客にはうつってしまったこと。
そう、舞台が、民衆が、彼を離してくれない。
そして、すでに心を空にした俳優は、娘を取り戻すことをあきらめてしまった。
舞台上で役を演じているときだけが、娘を失った苦しみを忘れられる。すでに娘の顔も、声も、感情さえ色あせていた。故に、俳優業に没頭してしまった。
やがて、あの亡国将軍の悲恋ものは人気を獲得し、全世界巡業を始めることとなる。
そう、現実は物語の中でも、脚本に決められた筋書きでもない。
だからこそ、娘を忘れようとする愚かな名舞台俳優の前に彼の心根を正してくれる役など出てくるはずもない。
故に、俳優は民衆の役に準じようとしてしまった。
故に、俳優は悲劇に自らの身を委ねてしまった。
故に、悪魔となる条件を満たした俳優は舞台の巡業の後、失踪したのだった。
自らを映す、曇った鏡の前で、今日も彼は失った娘の為に笑顔を浮かべる。
◆◇◆◇◆
『ある召喚士の報告書』
────────奇妙な変死が相次ぐ、その内容は身元不明の幼児が鏡の前で衰弱死しているというものだ。
詳しく調べると、その町で13歳以上の失踪者が増えていた。
さらに聞き込みをしていくと、失踪者がいなくなったのは時刻は深夜、鏡の前であったことが判明。
しかし、同じ時刻、鏡の前に立っても異常なしであった。
同召喚士である、アイリ上級召喚士にも協力を依頼する。
すると、条件は不明であるが彼女の年齢は10歳ほどとなり、鏡の中に吸い込まれてしまった。
そして、それを追って、鏡の世界へと潜入を成功した。
紆余曲折あり、鏡の中にいた『鏡の悪魔』を発見。
攫った子供、及び幼児化させた大人たちを強制的に舞台で役を演じさせており、概ね当初の予定通り討伐を開始。
幼児化の能力も私には効かなかったものの、身体能力は悪魔王の幹部に匹敵するかもしれない。
苦戦しつつ、何とか強力だった『鏡の悪魔』を討伐することに成功した。
しかし、『鏡の悪魔』は記憶が混濁しているようで、うわごとのようにタリア、という名前を口にしていたが詳細は不明である。
どこかで聞いたことのある名であるが、その後の調べでも判明せず。
崩れ出した鏡の世界からの脱出を終え、事件解決といたった。
──────以上、『デモンズ・サモナー』第二章サブイベント「鏡の中の小さな世界」より抜粋。
◆◇◆◇◆
〈二〇二五年 七月二十四日 御加実市 Dekopoモール 安全地帯 外縁デッキ〉
──────いや、忘れていたわけではない、そうナギトは一人言い訳を思い浮かべた。
ただ、ゲーム原作の作中でアニメ化していない話の登場人物だし、そもそもルート選択次第では出てこない場合が多いキャラだったのだ。
むしろ、あの『鎖の悪魔』の眷属の方はどのルートでも出てくるので知名度が高い。
偶然ではあるが、同じ作品の空想現界人と立て続けに会うとは思わなかったのだ。
「────テメェがどこの何さんなんざ知るか、どんな事情があろうと許すわけねぇだろ」
キキョウは幼女化の祝福(呪い?)が解けなかった怒りをしまいつつも、厳しい言葉を彼に投げかける。
キキョウ自身の事はともかく、彼は孤児院の子供を攫おうとしたのだ。
彼女は例えどんな事情があろうとも軍服男、もといガリアスの事を許しはしないだろう。
彼女の本懐は、自身より弱いものを守る……ナギトとの関係があろうとそれは変わらない。
「────そうだな、正直死んだ方がマシな奴だよ。こいつは」
「……な、ナギト様」
俺の言葉を聞いたクアリが、苦い顔で声をかけてくる。
シスターである彼女はどちらかと言えば、性善説側の人間だろう。
そんな彼女は俺の言葉をあまり喜んではいないらしい。
「──────たり、ア。おお、私の愛しき……」
うわごとのように、かつて愛した……今も愛しているはずの、記憶の隅にある名前をガリアスは呟く。
すでに、下半身は光の粒と化し、やがて消えゆくだろう。
そんな彼を見下ろす勝者は、それでも喜びを顔に滲ますことはなく……
「────タリア、じゃない……リリィだ」
消えゆく、彼の耳朶を打つのはずっと聞きたかった名前。
それでもどうやっても思い出せなかった娘の名前だった。
そう、タリアはかつて彼が演じていた演劇の役の一人であった。
「──ナギト様っ!」
「……いや、なに、間違いは正さなきゃな。それに、死んだ方がマシ、いや生きてる方が苦痛だったとしても、最後くらいは何かあった方が良いだろ?」
クアリは悟る。先ほどの発言はむしろ目の前で消えゆく、愚かだったとしても懸命ではあった軍服の悪魔への慰みの言葉であったと
へにゃり、と恥ずかしそうに苦笑したナギトに、流石のキキョウもその口を閉ざすのだった。
「────なるほど、敗北も必至。手配役に恵まれたようですね、タリア」
「うっせーバーカ。さっさと死んで呪いを解きやがれ」
何故か、思ったよりもしぶといガリアスにそう返すキキョウだが、どこか言葉の棘を感じなかった。
そう、ガリアスは弱きものに弱いままでいることを願った。
キキョウは弱き者にそれでも隣にいて、共に歩むことをねがった。
それが明暗を分けたのだろう。
きっとそう、そんなふうにナギトがそう思いたいだけなのかもしれない。
「──っ、最後に一つ聞きたいお前の目的は何だ」
ナギトは消えゆくガリアスに、最後の問いかけをした。
そう、最後の最後まで、彼の目的はわからず仕舞いだった。子供を集めて、彼は一体何がしたかったのか。
すでに顔まで消えかけていた彼は、少しの沈黙ののち…………ふと口を開く。
「…………駅に──」
そう、言い終わる前に、彼は光の粒と化しどこかに消えていくのだった。
途中だったが、まあ少なくとも最悪の後味ではなかったと思いたいナギトだった。
少なくとも、彼はようやく苦痛を終えられたのだから。
「────いや、まてアタシの呪いは!?」
何かいい雰囲気で終わろうとするナギトたちに、キキョウが割り込むように憤慨する。
そういえば、キキョウの呪いが解除されていない。
「あー、こういうのって施した側が死んでも残りそうなもんだよな?」
「キキョウ様、私の結界も呪いの解呪とかは無理かもしれないです……」
「アタシ、こんなちみっこいガキのままなのかよ……」
そう、息も絶え絶えのように天を仰いで、白目を剥き落ち込むキキョウ
「まあ、若返ったってことで」
「アタシもう二十代後半だぞ?今更子供になりたくなんか──────」
空の向こうで薄くなった軍服男がドヤ顔をしていたような気がするが、たぶん気のせいだろう。
そして、キキョウが呆れた顔で、そう言いかけた瞬間だった。
遠くから聞こえるようで脳内に直接声が届けられたような奇妙な感覚がナギトに走る。
『──────イベント、しゅーりょーッ!!!!』
そして、いい感じに和んだナギトたちに突如として冷や水を浴びせたのは、ここに来た時に聞こえた音声の主の声であった。
長く、それでも実時間では短い、ナギトたちの戦いは幕を閉じようとしていた。
◆◇◆◇◆
『────では、報酬の分配。すなわち狩猟ポイント上位者を発表していきまーす!』
間の抜けた声が響く、咄嗟に身構えたが別に罠とか嘘のアナウンスでもなさそうだ。
『三位、キキョウ=ヒイラギ!!〈深海区域〉のボス、ならびに〈大地区域〉のボス妥当見事でした。『狩猟ポイント』は200万250ポイントでした!覗き見してた私からすれば、正直一位にしてあげたい気分ですねぇ。彼女には【ゲーム】空間で使える50万ポイント、ならびにお得なクーポンを進呈いたします!』
「好き勝手言いやがって、ムカつくなコイツ」
キキョウは声の主に褒められたものの、むしろ半眼で不満そうな表情であった。
だが、キキョウが三位か……案外早く終わってしまったので、仕方ないのかもしれないが正直彼女が一位だと考えていた。
ていうか、クーポンて……なんか思ったより現実的というか、ソシャゲ的だな。
『二位 メアリア!〈天空区域〉のボスの効率的な狩り方を編み出し、周りを巻き込んで何度も討伐。『狩猟ポイント』は305万4000ポイントでした。いやー狡いですねぇ。最後に協力者を出し抜くのも流石怪盗と言ったところでしょうか?彼女には100万ポイントとそして、情報権を進呈いたします』
メアリアもいた。
マジか、アイツまた別のところで、何かやらかしていたのか。
やはりというか、アイツらしいことをしている。
「情報権?」
「GMが与えてる、ゲームに関しての情報を開示する権利だ。それを使えば、ゲームの根幹に関わる情報すら手に入れられる……らしい」
気になった単語をキキョウに聞くとそう帰ってきた。
なるほどな……うん、とはいえまさか知り合いが入賞しているとは。
GMも結構ぶっちゃけてるから、メアリアさんイベント終わりに袋叩きにされねぇ?これ。
『そして、第一位は、デレレレレレレ、デン!!桜木一刃!『狩猟ポイント』550万304ポイントでした!二体のボス討伐、その他の中ボスや雑魚の狩猟数も凄すぎましたねぇ!彼には150万ポイントと【杖】の欠片を進呈!いやー、本当に色々イレギュラーもありましたが、面白い〝イベント〟でしたねぇ!せっかく魔術師を招待したのに少し早い終わりになったのは残念でしたが、ではまた次回イベントでお会いしましょう!チャオ!』
俺たち以外にもボスを二体討伐した空想現界人がいたとは予想外だ。
同じボス討伐数なのに、ポイントがかなり離れている。
他のモンスターを狩りまくったのだろう、相当な強者だ…………合わなくてよかったな。
そして、ふざけたような口ぶりで、声の主はアナウンスを終え、イベントは終わりを告げたのだった。
「────ん、えむぶいぴーの登場」
「……なぜ、妾がランキングにのっておらん!?GMに直訴してくれるわ!!」
そう、キキョウと今後の話をしようと、向き直ろうとした俺は背後からした声に苦笑いを浮かべる。
運命様は終幕の余韻にとことん浸らせてくれる気がないらしい。
「はぁ、うるさいのが来たな。全くそう思うだろクアリ……?」
「えっ!?えーと、はい……?」
「ハハッ、ウチの姫さんに面倒を擦り付けようとすんなよナギト」
かくして、一同はつかの間の安心を得た。
すべてを終えたナギトはため息とも安堵とも取れる息を吐き、仲間の元へ向かうのであった。
──────やがて【ゲーム】にて大暴れをする彼らの一歩が、今踏み出されたのであった。




