031「《反射》を超えろ」
〈二〇二五年 七月二十四日 御加実市 深海区域 一階〉
────軍服男は苛立っていた。
ついに始まったタリアとの親子みず入らずの時間に水を差され、謎の水蒸気によりタリアは隠れてしまった。
煙幕を張られ、あの喪服女と一対一になったのはよかった。
しかし、追い詰めたものの、脅威の粘りを見せ、殺しきる前に隙を突かれて逃げられてしまった。
あの状況からの逃亡は果てしない難易度であり、それを成し遂げた彼女は誇ってもいい。
そんなことは軍服男に関係がないことだろう。
事実として、軍服男は最愛の娘と別れてしまったのだ。
ただ、自身の不甲斐なさに焼かれ、軍服男はフラフラとキキョウの気配のする場所へと向かう。
もはや、彼女への記憶すらあやふやになり、頭からすり抜けていく。
すでに軍服男は狂っていたのだ。
そう、すでに彼は根本から歪んでいた。
彼が、ここで何かを探したとして、それは虚しく的外れな行為にしかならない。
「──────ハッ、おいおい、なんだ?随分な殺気じゃねぇか!?」
そして、曲がり角から現れたのは、確かにタリアであった。
あの頃と何も変わらない。
──────我が娘、我が愛しのタリア……!
「──────おお、神に感謝を……ッ!我が親愛は彼女ともう一度邂逅することを許したもうた!!タリア、今度こそ君を離さないっ!」
もはや、整合性など関係がない。
そして、彼は悪魔のように、人間のように────空っぽな心で嗤うのだった。
◆◇◆◇◆
「(────ッチ、当然ケルベロスも居やがるか。つまり、《反射》は健在。喪服女は死んだか逃げたか」
キキョウは、自らの相棒である猟犬が変じた盾とショットガンを手に、軍服男とケルベロスを観察していた。
先ほど囮にした喪服女はすでに姿がない。
ナギトとの作戦会議の時間を稼いでくれたので、彼女には感謝せねばならない。
「────ッ、二対一が卑怯とは言わねぇが、流石にちょっと面倒くせぇな!」
吠えるキキョウ、彼女を迎え撃つは軍服男……彼は余裕の表情で微笑んでいるだけ。
咄嗟に番犬の放った初撃を盾で受けて、上に跳ね除ける。
勢いのまま、空いた股下へと滑り込んで、流れるように射撃。
撃った勢いで離脱し、反射された散弾を回避する。
背後から迫った軍服男に、腕をしならせて遠心力で弧を描いた軌道の盾を突き刺す。
無論《反射》されるが、その勢いを利用したキキョウは彼らと距離を取る方向にあえて飛ばされる。
前に出てきたのはケルベロス……軍服男も言動の割に慎重らしい。
先ほどから、前衛にケルベロスを置き、自分は攻防の隙を縫って攻撃してくる。
とてもよい性格をしている。
ナギトといいコイツといい……どいつもこいつも良い性格をしてやがる。
ふと思い浮かべた少年の顔を思い出し、キキョウはふっと勇気を貰うように口の端を歪める。
「テメェなんぞ、アイツに比べりゃ可愛いもんだなァ!」
「おお、タリアそれは酷いではないか!!」
獅子奮迅の如く、戦いながら彼女はナギトが言っていた作戦を頭で反芻する。
あの作戦が決まれば全てを、この不利な状況を覆せる。
故に、キキョウは一旦後方へと下がり、背を見せて逃げる。
先ほどの啖呵と真逆の行動に走ったキキョウに戸惑いつつ、軍服男は彼女を追う。
すぐそこの通路を左に曲がったキキョウは、すぐ後ろに来ていた主従の二人を尻目に、合図を出した。
「────今ッ!!」
そして、キキョウは短く彼に合図を送った。
彼女は囮、軍服男を釣るための餌だ…………本命は彼────
「────解放」
声が聞こえた方へと目を向けると、あの時の少年がいた。
あの、何もできないと高を括って逃した少年が確かに、戦意を持ってこちらを見据えていた────
軍服男は、咄嗟に身構える。
キキョウの、そして少年の…………おそらく渾身の策だ。
そう軍服男の本能が警笛を鳴らしていた、が彼の目的は軍服男ではない。
そして軍服男から先行しているケルベロスを、彼は見ていた。
────彼は光り輝く青いステンドグラスのようなカードを掲げた。
アルカナのようなその見た目の鬼札は、ナギトの宣言により光り輝く
そして────ケルベロスは水《・》に包まれた。
◆◇◆◇◆
あのボスサメの戦利品である、カードを手に入れたのは戦いの後だった。
使用方法も、効果も、その他全てが説明なしの不親切なアイテム。
しかしナギトは周りの情報からそのアイテムの詳細を予測した。
この〝イベント〟は単純な構造をしている。
しかし、〈区域〉を三つに区切った意図が不明だった。
この〝イベント〟は要するに狩猟遊戯だ。ただ、三つのエリアに分かれて個人でそれぞれのテーマに沿ったモンスターを狩るとだけあった。
しかし、ボスというものが存在し、各〈区域〉のモンスターには生態系のようなものが存在した。
ナギトはこの〝イベント〟が初参加だ。
しかし、キキョウから聞く限り、前回や前々回のイベントでも隠しルールや裏ルールなどがあった。
要するに、当たり前なんだが……この【ゲーム】を作ったGMは性格が悪い。
そんなひねくれた奴の企画した〝イベント〟など、まともに攻略はできないのかもしれない。
そう、辺りをつけた俺はこれまで得た情報の中で違和感を探ってみた。
まず最初、〈大地区域〉でレイと霧の銀狼。
あそこにいた銀狼はレイに聞くとあの大部屋に元からいたわけではなかった。
そして、次に〈深海区域〉の大螺旋階段にいたボスザメだ。
ボスは大部屋に配置されるのだろう、つまり〈大地区域〉にあり、銀狼のいた地下広場にも本来ボスは配置されていたはずだ。
しかし、俺たちが行ったときには居なかった。
そう、軍服男の従えているケルベロスが、〈大地区域〉のボスだと俺は仮定を立てた。
ケルベロス自体、あり得ない能力であり、軍服男の召喚したものであると考えづらいこと。
軍服男の能力が年齢操作であり、ケルベロスに使用すれば……幼くなったボスを刷り込みによって従えることができるだろう。
過去の〝イベント〟でルールを破ったとしても、ルール破りの対策も基本的なもの以外されていなかったこと。
そも〈大地区域〉のモンスターテーマが犬であるのだ。
それのボスはケルベロスであるというのは納得できる。
そして、最後にこの〝イベント〟の裏ルールに関してだ。
この〝イベント〟自体、三つのエリアを渡ることができるが、そのコストは重い。
故に、エリア間の移動こそがこの〝イベント〟の裏ルールを解くヒントになる。
大階段のサメ、それを倒すとカードを落とした。
カードの絵には倒したサメの絵が描かれており、しかし何の説明もなく使用などもできなかった。
しかし、ここに来て軍服男のケルベロスに近づくと、ボスザメが落としたカードが反応したのだ。
少なくともカードはケルベロスの反射を越えうるもの、でなくともケルベロスの対策になる何かであることは間違いない。
そう当たりをつけたナギトは、自らにしか反応しないカードを使うに至った。
全ては予測、もし間違っていればその時点で全ての策は失敗に終わる。
しかし、おそらくこれ以上の策はない。
予想が正しければ、それぞれのボスを倒すとその能力が手に入り、別のボスの攻略を優位に進めるカードが手に入る。全く、大体のボスがほぼ初見殺しみたいな性能で、倒さなきゃ別のボスが攻略できない……しかも倒したとしても高額なエリア移動券を交わされるって、やってることやばいな。
かくして、確かな考察を元にしたが、それでも一か八かの賭けに勝った俺はそのカードを掲げた。
◆◇◆◇◆
突如、ケルベロスの体は水中に放り出された。
ケルベロスを守る《反射》は、恐るべき海の王を体現したカードの効果に押し切られ、ケルベロスを水中へと誘う。
「──────ガ、ゥ″ッ!?」
水中にもがくケルベロスの《反射》は一時的に無効となってしまう。
その様子を軍服男は瞠目して、見ることしかできない。
「────ッ、なんだ?これはッ!」
それを成したであろう俺を見てそのまま襲いかかる軍服男だが、結界に阻まれてしまう。
ゴン、と彼の拳が結界を打ち据え、そして彼女が吠える。
「────ハッ、どうした!!お得意の反射がなけりゃ、戦えませんとでもッ!!」
威勢のいい声と共に、盾とショットガンを持ったキキョウが軍服男へと迫る。
咄嗟に、振り向いた軍服男は荒れ狂う暴風のような攻めに対応する。
盾を目隠しに、ショットガンを棍棒の如く振るうキキョウは、軍服男のカウンターを回避する。
そして、伸ばされた腕を盾で跳ね除け、空いた胴にショットガンを打ち込む。
衝撃により仰反る軍服男、しかし彼は依然として立っていた。
「────それでも、問題はないのです。あなたの全てを慈愛の心で包みましょう……タリア!」
「いいぜ、遊んでやるよ!ロリコン野郎ッ!!」
愛しい者を呼ぶように、軍服男は娘の名前を呼びかける。
その粘ついた愛を一笑に伏し、キキョウはさらに盾とショットガンを重戦士の如く振り回して、軍服男を圧倒していく。
しかし、表面上は優勢だが、キキョウはかなり苦境に立たされていた。
残りの電力も少ない。
ケルベロスと《反射》はナギトのカードで越えることができた。
それでも軍服男の能力で、身体が幼くなり弱体化したキキョウは既に限界が近かった。
出された腕を、身を捻って避ける。
軸足を入れ替え、反対の足で真上へと軍服男の顎を蹴り上げる。
入った、しかしキキョウの蹴りを顎にくらった軍服男はそれでも平気な顔をしている。
キキョウは軍人であり、《機械猟犬》の所有者である。
常人を遥かに凌ぐ身体能力と叩き上げの戦闘技術が備わっている。
しかし、この幼い体では、本来の力の半分も出せない。
そして、この呪いの厄介なところは、身体能力だけでなく、異能にも弱体化が入るということ。
不幸中の幸いとして、この〈機械猟犬〉は多機能であり、それぞれの能力は弱体化しても使えたことだ。
まさか、あの狂人が追加してきた絶対いらない機能が、こんなことに役に立つなんて思いもしなかった。
結局、使えないことは変わらないが。
故に彼女は本領を発揮できず、どうにか今の電力でやりくりしていた。
「──────ッ」
キキョウは焦れたような表情をして、自らの傷の入った盾を自壊させる。
その様子を見ていた軍服男は咄嗟に下がり、明らかに何かを狙ったキキョウの隠し球をいつでも回避できるように警戒し────
──────そして、軍服男は横目で自らに迫る弾丸を見た。
軍服男の動体視力では止まって見えるほど遅い弾丸……それを放ったのは先ほど茶々を入れてきた少年だった。
キキョウの《工兵役》で作成された拳銃。
キキョウ自身の機械猟犬が変形した銃から放たれる球は強化されている。
そのため、そうでない銃弾は軍服男でも遅く感じられるほどであり、威力もお粗末だ。
「(────外している)」
しかも、おそらく少年は素人だ。
五発撃った内の一発の弾丸も軍服男を捉えていない。
凝縮された時の中で、軍服男は的外れな弾丸を瞳に写し、嘲笑の笑みを浮かべる。
しかし、ここまで無鉄砲でおかしな輩を見たことはないだろう。
とにかく、少年は一度無視して────
そして、迫り来る弾丸を回避すらせず、放置しようとした軍服男は目を見開いた。
「──────ッ!?」
完全に外れていたはずの弾丸の弾道が全て補正され、あまつさえ加速して彼の体に打ち込まれる。
完璧な不意打ちの銃撃だ。
『油断、君にとっては当たり前の反応かな?』
「そうだな、こっちとしては助かったぜ?」
そう、彼の性格を揶揄し、嘲るようにどこからともなく声がした。
無論、その弾丸は彼にとってダメージにはならないものだった。
────しかし、それは次までの間を潰す。
「────《破盾》!」
それは、自壊した盾に受けた衝撃、それによって消えゆく盾の最後の抵抗。
そしてこれまで彼女に打ち込んだ全ての衝撃を軍服男自身に返す一撃だ。
背後のケルベロスまで射程を伸ばし、かなりの威力の炸裂が彼の身を何度も打ち据える。
それは軍服男のこれまでしてきたことへの、応報の結論であり、キキョウの怒りの具現でもある。
その攻撃で、悪辣なる軍服男は倒れ────
「──────いえ、まだ幕引きには早い」
────ない。そう、彼の中の何がそうさせるのか、ところどころ血に濡れた体で、それでも彼は立っていた。
すでに、ケルベロスは消えかけていた。
それでも、彼の魔人は歪んだ笑みを湛え、こちらを見据える。
「────ハッ、しぶてぇ野郎だ。でも、お前気づいてねぇのか?」
そう、冷や汗をかいたキキョウは賞賛とも嘲りともつかない言葉を発する。
そこから続いた言葉、それは。
「やっぱ、狂ってやがるのか?左手を見てみろよ」
「…………?──これはッ!!?」
そして、軍服男は割れた小さな自身の異能の核である鏡が見た。
◆◇◆◇◆
「────あの軍服男の能力は十中八九、年齢操作だ」
俺は周りを蒸気で包まれた結界内で言った。
「んなこた解ってる」
「ええ、キキョウ様もその能力に幼くされていますし……」
そんな分かり切ったことを言い、そして二人の反応もそれ相応のものだった。
だが、その能力も違和感が随所にある。
「でも、おかしくないか?幼くなったのはレイとキキョウ(ついでにノワ子)でも、俺とクアリはそうならなかった」
「──確かにな」
そう、キキョウは気づいた表情で言った。
そう、そして何より能力の効果に差異があることだ。
「んで、その効果もバラつきがあった。レイは小学生くらいだったがノワ子は中学生だった」
「小学生が何かわかんねぇが、確かにアタシらでアイツの能力をくらったのはアタシだけだ。二人なら差もわかるかもな」
そう、小学生になったレイ、中学生になったノワ子、全く効かなかった俺。
その差は、軍服男の能力の詳細を紐解くヒントになる。
「次に、軍服男の能力をレイたちが受けた時、腕が光ったような気がした」
「……そうなのか?」
訝しげに聞くキキョウは眉を顰めた。
キキョウは能力を食らい気絶していたので、見ていないのだろう。
「アイツ、軍服男って確か時計みたいな小さいアクセサリをしてただろ?」
「そういや、そうだったような……」
そう、軍服男は腕にアクセサリ、小さな丸いものに腕輪のようなものがついた時計のようなものをしていた。
最初は時計だと勝手に思っていた、しかしだ。
「────あれは鏡だ、も一度対峙してはっきり解った。そんで、映った者を精神に相応しい姿にする鏡だ」
「──────は?」
「……えっと」
あっけに取られるキキョウと、気まずそうな表情になるクアリを前に俺は言う。
「あ、確かにそうだな、すまん。キキョウはともかく、レイとノワ子はまるっきり当てはまる。鏡の能力の解釈もそれらしいしな」
あくまで予想だが、それでも合っている自身はある。
レイは小学生低学年くらい、ノワ子は中学一年生くらいになっていた。
「…………ま?アタシがガキなのはあってるし?全然傷ついてないし?」
「き、キキョウ様が、スネスネモードに!」
なんだよスネスネモードって……
ともかく、キキョウを元に戻す目算は既に立っている。
そして、俺は思いついた作戦を話すべく口を開いた。
◆◇◆◇◆
あの炸裂する盾は全て囮、あの時間稼ぎが本命だった。
故に、あえて外れる(普通に外した)弾を撃ち、リティアに弾道修正してもらった。
そして、そのうちの一つの弾丸を操り、軍服男の鏡に当てる。そこまでが作戦だった。
故に、踊らされた軍服男は自身の異能である年齢操作を────
「────ふふ、はははッ!!あっはははは!!!まさか、舞台上の端役が大役に化けるとは!これいかに!!」
────それでも揺るがぬ、笑みを湛えた魔人を見てキキョウは戦慄した。
不気味なほどの余裕、いやそう見えるだけの狂気が彼の中に渦巻いていることにキキョウは愕然とした。
「──────チッ、解けてない!」
様子を見ていた俺は、舌打ちをした。
遅れてキキョウが自身の状況に気がつく。
年齢操作、自身を幼くしている元凶である呪いが解けていないことに思い至る。
「………嘘だろ?」
キキョウは目を見開いて、己の身体を確認する。
小さいままだ、万全の状態には程遠い。
「いいえ、夢じゃあない……タリア。おお、我が愛をこのような下卑た手で揺るがせるものではないのだ!我が魂は道具など必要としない!」
「────なるほど、異能は二つ。同じ年齢操作だからこそ気が付かなかった」
俺は思い詰めた顔でそう口にする。
そう、精神年齢に体を追いつかせるその能力に思い至ったとき、違和感があった。
キキョウとレイが同じ精神年齢ということだ。
確かに様々な解釈ができる精神年齢だが、それでもキキョウがここまで幼いのは違和感だろう。
「─────キキョウを蝕む呪いは、精神年齢に関係のない幼児化だ」
俺は軍服男と対峙するキキョウに伝えるように言った。
そう、それは鏡を用いる精神年齢を肉体に伝えるものではない、軍服男のタリア専用の呪いだった。
「──クソ、アタシたちの努力はなんだったんだよ!」
「ええ、ええ!その頑張りを、タリアの愛を認めよう!ゆえに、受け入れるのです。我が大海の如し親愛をッ!!」
そう、言い放つ軍服男は、まさしく魔人であるような笑みで、魔力を放出する。
「─────キキョウっ!プランBだ!!」
だが、それでもナギトは頭を回し、高速で思考を回し策を組み立てていく。
その様子に即座に対応するように、クアリは結界を解いた。
言葉と同時に俺が、キキョウに投げたのは画面がつかなくなったスマホである。
「────ハ、プランBかよ。上等だッ!テメェの薄ら嗤いごと噛み砕いてやるよ!!」
キキョウは俺から受け取ったスマホを握りつぶし、バッテリーから電力を《機械猟犬》に供給する。
そして、静かに彼女は宣言した。
「《────形態変》《大砲役》ッ!!時間設定、三分間ッ!」
顕現するは二股の電磁砲だ、これがまさしく最後プラン。
そして、砲身は光を湛え始め、軍服男を睨むように照準に入れていた。
かくして、大舞台の幕引きにふさわしい、最後の三分間にわたる決戦の火蓋が切って落とされた。
◆◇◆◇◆
──軍服男はただ冷静に状況を分析していた。
自らの正気と狂気を天秤にかけ、今は何より冷静な行動をしなければならないと考えたからだ。
目の前の電磁砲、英語での宣言、時間制限は三分、砲塔の照準はそこまで早くないが遅くもない。
そこまで羅列し、軍服男が導き出した解は──
「──逃げるは恥だが役に立つ!」
反転、逃走……向かうは、近く後方にある階段。
その姿を見たキキョウは、彼の背を追い走る。
あまりの身軽さに呆気を取られたナギトも、遅れて続く。
クアリは、ケルベロスの脅威が消えた今、結界はそこまで必要がない。彼女の安全も考慮し一旦その場で待たせる。
だが、この中で身体能力が一番高いのは軍服男だ。
故に、彼女らは追いつくことができない。
狂気に染まっているはずの軍服男のここにきて冷静な判断に、キキョウは舌を巻いていた。
そして、階段を上がり始めた段階で、軍服男はあの電磁砲を横目で眺める。
相変わらず自身の方に向いていたが、高さは対応していないようだ。
軍服男が見抜いたのは、電磁砲が構造的に横に回転できても縦には回転できないという弱点だった。
ナギトは、後方から追いつつ、軍服男の前方へとキキョウからもらった手榴弾を投げ放つ。
しかし、すでに手を全力で振って走り、階段を昇り始めた軍服男は意に介さない。
ナギトの攻撃はすでに威力がないと看破されているらしい。
何度かの妨害虚しく、二人はまんまと最上階である四階への逃亡を許してしまう。
階段を登り切った軍服男は、振り返って魔人の微笑みを顔に貼り付けて口を開いた。
「────おお、可愛い作戦だ。しかし、子供の浅知恵でしかないだろう?」
してやったりという表情で、軍服男は笑う。
ナギトは彼の予想外な行動に内心冷や汗をかきつつ、 それでも余裕は崩さない。
「いいや、お前は負ける。侮りと狂気に甘えたお前は……俺とキキョウの敵じゃない?」
「────ほう?」
軍服男は割り込んできた俺に苛立ちつつ、首を傾げた。
────ああ、そうだよな、ナギト……アタシはお前と共に戦って、このクソ野郎をぶっ殺す。
「……ハッ、その通り。お前を倒すのは【撃墜狂】キキョウ=ヒイラギだぜ?」
そして、キキョウは全幅の信頼を含んだ口調で、そう不敵な笑みを浮かべた。
すでに、彼女は後ろを気にしない。
決して狂ってもいない、それでも敵を撃墜する者だ。
「ならば、お相手しよう。我が娘よ!子の我儘を聞くことも親の勤めであるが故に!!」
軍服男はなおも、高らかに宣言する。
そして、彼らの最終決戦が始まりを告げた。
その終幕はほんの数瞬で、決着がつくのだろう。
────電磁砲のタイムリミットまであと、二分……すべては二人の奮闘に託された。
〈Tips!〉
・アルカナについて
ボスザメがドロップしたアイテム。
本来使われるべきは、ケルベロスが大ボスとしている広間であるが、軍服男の幼児化の能力によってボス部屋から連れ出されてしまった。
故に、それはケルベロスの反射を完封するどころか、その行動自体を封じるキーカードになる。
この〝イベント〟の裏ルールである『三つ巴』を看破しなければできない芸当でもある。
・軍服男の第二の能力について
軍服男の第一の能力は、そのものの精神に相応しき年齢へと体を戻す能力。
精神年齢の基準は、軍服男ではなく鏡の能力が決めている。
そして、二つ目は娘の為の娘のみの能力。
故に、キキョウは軍服男の娘と似ていたため、娘の年齢まで戻されている。
偶にキキョウの言動が幼くなったりするのは、身体に引っ張られているからである。




