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030「さようなら……また、いつか」


────アタシが『撃墜狂(エース)』の二つ名をつけられたのは、連隊に入って幾つかの戦役を潜り抜けた頃だった。


 初めは路地裏の野良犬だったアタシは天涯孤独でああった。親も仲間もおらず、なぜ生きるのかすらわからずに生きていた。死に体だったアタシは、偶然アタシを見つけた師匠に拾われて、よくわからないうちに軍人に鍛え上げられた。


────〝調律者(チューナー)〟自体は、元々才能があったらしい。


 〝機械仕掛け(マキナス)〟も元々顕現でき、《機械猟犬(ハウンド)》は幼いころから一緒だ。


 素行やら言葉遣いの問題もあり、軍の問題児が集められた連隊にアタシは追いやられた。

 ただ、アタシの隊にいた問題児達は思ったより優秀だったらしい。


 本来、体の良いお払い箱だったはずの連隊は、偶然か必然か素行以外は優秀な隊員に恵まれた。

 あっという間に功績を積み上げ、アタシ達は軍のエリート隊とも比肩するとすら言われるようになる。


 相変わらず素行は悪く軍内では毛嫌いされていたが、ともかくアタシの部隊は名実共に有名になっていった。

 そんな隊の中で、アタシは敵の撃墜数にてトップだった。

 アタシが出れば敵が震え上がり、味方は鼓舞される。

 それだけで、野垂れ死ぬだけの野良犬だったあの頃に比べてアタシは誇らしかった。


 アタシは部隊内でも割とまともだと自負している。

 実際あの時は国のために、無辜の民のために、こんなアタシが役立っていることが嬉しかった。

 ただでさえ、ぽんぽん人が死んでいく戦乱の世の中だ。

 アタシみたいな強さを持つ人間が、世間に受け入れられ、人気を獲得するのも当然だった。


 んで、アタシが市民から英雄と呼ばれだした頃、アタシには話しかけてきた(連隊員)がいた。


「私、リオンって言うの!よろしくね?」

「…………」


 普通に無視した。

 そもそも、アタシ自体馴れ合いを嫌う性質である。

 連隊は足手纏いは見捨てる……といった強者生存の利害でのみ、協力し合う集団だったから。

 連体でもピンからキリまで、様々な実力の隊員がいる。

 その中で、リオンは雑魚どころか、戦場にすら立たねぇお遊びの通信員というのが、アタシの認識だった


「私、リオンって言うの!よろしくね?」

 特に天涯孤独であるアタシは、一番そういうのを嫌った。

 多少人間関係の出来上がっている隊内でも浮いた存在で、世間では人気でも隊内では一線を引いていた。

 よく話しかけてくる悪友ですら、必要とあらば見捨てようとするくらいの価値観だった。


「私────」

「……うっせぇ、雑魚が話しかけてくんじゃねぇ」

 悪態をついて、逃げる。

 この時、ふと違和感に気づく。雑魚相手になぜこちらが逃げなければならない、と。


 そして、つかつかと隊の本拠地に用意された庭に戻り……あのクソアマを引っ叩いてやろうと思った。

 しかし、誰も────


「────わぁ!」

 後ろから突如として現れたリオン。咄嗟に、身を翻し、銃口を彼女に向けた。

 この時のアタシは、自分以外は敵か潜在的に敵に回る可能性があるやつだと思い込んでいた。


「…………」

「ちょ!?下ろしてー!」

 そう、大袈裟に混乱していたリオンは両手を上げる。

 本当に引き金を引けばスッキリするだろう……だがなぜか引く気になれなかった。

 引いてもいいと思っていたし、引けるとも思っていた。

 だが、彼女の悪戯に失敗した顔を見たら毒気が抜かれてしまった。


「チッ、二度とすんな。次は引くぞ?」

「えー、いいじゃん!」

 そう返す、リオンを無視して、隊舎に戻った。

 それからリオンはアタシに会うたびに、話しかけてくるようになった。

 アタシは、あのクソ生意気な雑魚が何故話しかけてくるか気になって、アイツの内偵調査をした。


 あの女の名前はリオン、田舎出身で平民出の一兵卒だった。

 彼女は、特殊な能力もなく、戦闘もあまりしない通信兵だ。

 上官の命令に逆らって、この隊に異動となったらしい。


「うーん、なんかいい意味でも悪い意味でも空気読めない感じかな?てか、この後暇?ホテルいかね?」

 三十人以上彼女がいるらしい物知りの悪友(女)の言葉だ。


「思ったよりも良い子ですよ。私の宣教も真面目にきいてくれますし。いや、〝首剃り〟の理論は話してませんよ」

 悪人の首を切ることが趣味の神父もすでに絆されていた。


「リオンはねー!良い子!面白いしねー」

「あ、ですです。わかります。色々な意味で素晴らしい人柄をお持ちです」

「あは、イジメ甲斐があるよねぇ?反応はあんまりだけどぉ」

 明るい、真面目、嗜虐趣味の三姉妹に聞いても、彼女の評判はいい。

────良すぎるくらいだ。


「ガハハ!あの少女もまた愛を抱えておる!少女よ!国を愛せよ!!だ。貴様もそうすべきだろう!!」

 国家を信奉する狂信者も、同音異口であった。

 まあ、そもそもこいつが副隊長なの納得いかねぇが。

 ともかく、方々から入ってくるリオンの風評は、概ね良い印象しかなかった。


 アタシはむしろ焦っていた。

 あまりにもあの一癖も二癖どころではない小隊の連中を、ただの雑魚が懐柔できていたからだ。

 国のスパイ?狂犬を制御する羊飼いか?それとも他国の人間か。アタシの疑問は尽きず、ぐるぐる回る思考に彼女自身が戸惑っていた。

 否、アタシはあの少女と邂逅したとき、戸惑っていたのだ。

 初めて自身に興味を持ってくれた人間に、まるで自分に物怖じせず話してくれる同年代の少女に。


 それからもリオンの熱烈なアタックは続く。


「はあ、あのなぁ……アタシにかまうな。迷惑なんだよ」

「いえ、たとえ迷惑だったとしても、キキョウさんのお話を聞きたんです!」

「────話?」

 彼女に話を聞くと、どうやら本当はアタシの武勇伝的なことを聞きたかったらしい。

 意味がわからない…………それがどうして、毎回興味のない話題を振ってくることになるのだろうか。

 そのことを突っ込むと。


「あれ、お父さんは口説きたい人がいるなら、あえて関係ない話で興味を引けばバッチリだと」

「────バカかよ。はあ……ったく。一回だけな」

 バカだった。

 いや、そもそもスパイだとか彼女がそんなことをできるはずがない。

 そう今更ながら、キキョウは気づいた。


「では、話してくれると!英雄の伝説を!」

「いや、自分のこと伝説とか言う奴の方が恥ずかしいだろ」

 なんというか、身構えていたアタシがバカだった。

 

 そして、アタシはリオンにアタシのことを話していった。一回だけと言いつつ、何度もせがまれて話していった。


 リオンはよく、アタシの武勇伝を聞きたがり、アタシもそれに応じてなんでも話していた。

 リオンは出身はド田舎で、故郷に仕送りを送るほど……彼女は住んでいた町を愛していた。


「キキョウさんは自然とか見たことないですよね!なら、今度一緒に観光しましょう!乳製品とかが有名なんですよ?」

「勝手にアタシが興味ないって決めつけんな……まぁ、そうだな、今度な」

 順風満帆、そう言って良いほど、その時のアタシは人生を謳歌していた。


 リオンに話をせがまれることがなくなり、代わりに関係のない雑多な話が増えていく。

 そう、思い返すとあの時、アタシはリオンにすっかり絆されていたのだ。

 生きるか死ぬか、騙すか騙されるか……そんな修羅を生きていたアタシにとって彼女の光はあまりに眩しかった。


 友達、そう言えなくもない関係が、築かれていたのだと思う。

 あの時のアタシは頑なに認めなかったが。

 彼女はただの通信兵で、アタシは隊の撃墜数トップで、民衆に人気がある。

 弱い彼女を軍人としては認められなかった。


 それでも英雄と呼ばれ、仲間に恵まれ、友に恵まれ……アタシは初めてこんな人生も悪くないと思い始めていた。



────そんな時、とある地域で、戦いが起きた。



 リオンの生まれ育った町の近くで、その武装蜂起が起きた。

 他国の国境線沿いにある、その場所で起こった反乱は他国が関与したという情報もあった。


 国家の下した判断は、即座の封殺だった。

 当時、飛ぶ鳥を落とす勢いだったアタシの連隊もその戦いに参加した。

 特にリオンは故郷もあるため、気合が入っていた。


「私の故郷、この戦いが終わったら観光しましょう!!」

「……ま、考えとくよ。それよりも、作戦に集中しろよ」


 周りに被害の出ないよう、反乱鎮圧の総指揮官は作戦を立て……アタシ達もそれに従って行動した。

 戦いが激化する中、他国の支援を受けた反乱軍に押し込まれそうになったアタシ達の軍は、一度引いて立て直すことになった。



 近くにあるリオンの故郷である町とは、逆方向に撤退する作戦を総指揮官は立てた。

 アタシらの隊に総指揮官の知り合いがいることも幸いした。

 リオンの故郷が反乱軍に踏み荒らされることはなく、その事実にアタシもほっとした。



「────キキョウさん、何を言われようとも私は曲がりません」

アタシ(上官)の命令でもか?ふざけんな、雑魚に何ができる!」

 真顔で、戦地の近くに残ると宣言したリオンはあまりに頑なだった。

 そんな彼女に、ついカッとなりアタシは怒鳴ってしまう。


 軍規違反でも構わない、それでも故郷と共にあるのだ。

 そう、アタシといるのではなく、彼女は故郷を選んだ。

 町には避難しきれなかった民が大勢いた、だから彼女は決して逃げなかった。

 アタシは本来、送り出すどころか付いて行くと、そう言いたかったにも関わらず。


「ええ、何を言われようとも残ります。私は、この国の人間である前に、この街の人間だから」

「…………チッ、好きにしろ!アタシはお前の事なんて知らねぇ」

 ここまで、真面目なリオンは見たことがない。

 アタシは、彼女の方へ敵を行かせない方を選んだ。


 それでも少しの残心があった。

 彼女はアタシよりも故郷を、自分の意思を選んだのだ。

 そして、アタシについてきてと言ってくれなかった。

 ただ、いつもの通り……アタシも、不文律は曲げない。

 強者生存……足手纏いになるくらいなら見捨てる。


 そういう世界に生きてきたどうしても、自分を曲げられなかった。

 たった一人の親友が危機に飛び込むというのに、だ。



────作戦は順次上手くいった。


 アタシは指揮官に掛け合って、反乱軍の後方でリオンの側にも兵を伏せておき、最悪の事態に備えた。

 真逆に引き寄せて逃げつつ敵を削り、疲弊したところに反転攻勢を仕掛ける作戦だった。

 実際にその作戦が始まり、見事作戦は成功……反乱軍は大打撃を受けて、ついには鎮圧することができた。


 

 リオンの街に帰って、凱旋し、彼女と一緒に故郷を観光しよう。

 そうすれば────



「──────っ?」

 

 急ぎ、リオンの町にやってきたアタシが見たのは、()()()()リオンの故郷だった。


 ありえない、そう心の中で叫び……その光景を見て立ち尽くす。


「──────ウ」


 なぜ、何故?作戦は上手くいったはずだ。

 なぜ?反乱軍の侵攻方向は真逆、伏せていた兵からの問題ないと連絡が来ていたじゃないか。


「──────ョウ」


 なぜ?なぜ、何故だ!!

 守れなかった?そんなことがあるはず────



「──────キキョウッ!!」


 ふと、一緒に来ていた仲間が、読んでいた。

 彼女の背後には、十数人の煤汚れ血濡れた人たちがいた。


────そうだ、まだ死んだとはわかっていない。


────探しに……いかないと。


────生きてる、きっとまたあのバカ元気な挨拶を────



「──────あ、」


 そして、仲間の連れてきた人々の中で……リオンに似た妙齢の女性が、手に持っていたものをこちらに差し出した。


 彼女の耳飾りだった。

 煤汚れて、ひび割れていた。

 故郷の花を模したもので、欲しがっていたのでアタシが買ってやった。



「──────っ」

 眩暈がして、膝から崩れ落ちる。

 立っていられない、天と地が混ざり合って、アタシの目の中で溶ける。


────そして、溢れた液体を、ついぞ誰も拭うことはなかった。




◆◇◆◇◆




 リオンは、街の人たちを守り、そして死んだ。

 町を襲ったのは反乱軍を名乗る、敵軍の伏せていた兵だった。

 反乱軍すら仕組まれており、武装蜂起も裏には別の目的が含まれていた。


 事件の真相は、分からない。

 だが、民主から支持を得た英雄扱いのアタシの名声を地に落とすための策略というのが、連隊長の見立てだ。

 首謀者は即刻死刑とされ…………しかしそれもトカゲの尻尾切りであり、黒幕はさらに上層部にあるという。

 だが、確固たる証拠はなど当然なく、黒幕を断罪することは出来なかった。


 事件のあと、アタシは黒幕と目される議会の重鎮の暗殺を企て──失敗した。

 言い渡されたのは、無期限の軍人資格の剥奪。


 隊長曰く、死刑にならなかったのが不思議で、投獄されていてもおかしくなかった。

 だが、民主に対し英雄を虐げすぎるのはやりすぎかもしれない、だそうだ。


 ただ、アタシが先走らなければ、小隊自体が国賊となり犯罪者落ちしていただろうと言っていた。

 偶然だが、アタシが先走ったことが功を奏したらしい。

 連隊の奴らも怒り心頭だったわけだ。



──────ふざけるな、リオンは……アタシのせいでッ!!

 


 言葉が浮かんでは消え、頭の中を綺麗に掃除していく。

 あの暗殺未遂の後のことはあまり覚えていない。

 しかし、気が付けばアタシは焼け落ちたリオンの故郷に居て、彼女を探していた。




「──────ここにいたであるか。探したぞ?」


 ふと、見知った声がした。

 愛国心マシマシの愛国奴である、我らが副隊長だった。

 リオンを飲まず食わずで町中探し回り、力尽きて彼女の家でうずくまっていたアタシは顔を上げる。


「ハ、クソ愛国者様がなんの用だ?また、アタシに来たねぇ説教の唾でも吐きに来たのか」

 痩せこけた頬で、煤こけた顔で、キキョウは精一杯強がって見せる。

 すでに、声は掠れて、まったく威勢などなかった。


「うむ、説教は隊長殿がしてくれた故、違う。残念だったな、私の愛国奴たる所以を聞けなくて」

 皮肉、小隊にいた頃はなんのけなしにかわしていたそれが、アタシの琴線に触れる。


「──ふざけろ、その愛すべき祖国とやらが、アタシの守るべき、民も友も、全部を燃やしたんだろ!!」

 カラカラの喉で、声を張り上げる。

 乾燥した瓜を潰したような声が出て、それが虚しく響く。


「……飲め、出なければ私すら噛みつけんぞ」

 そして、水嚢を投げてよこす副隊長。

 しかし、すでにアタシは生きる希望を失っていた。


「────いやだ」

「そうか。なら、()()無いな」

 何を、という声は掠れて音にならなかった。


「国にとって最も大事なのは民……いや、言い換えよう。国こそ、民なのだ。あの上でふんぞり返っているのは、ただの声の大きい民だ。我々が正してやらんといけない、な」

「──────」

 キキョウは彼の言葉に耳を傾ける。

 精一杯、回らない頭で彼の言葉を反芻する。


「国民にとって大事なのは、〝(未来)〟だ。我々はその守護者だ。それを守らねばならない権利と義務がある。リオンは、それらを行使したまで。お前が、リオンがつかんだものを手放してどうする」

「──────リオンの、次はもう無い」

 俯いて、吐き捨てる。

 そう、全ては燃えて、燃え尽きてしまったのだ。あの夜に、〝全て〟だ


「ああ、そうなってしまったのは仕方がない。ただ、一つ言うなら、〝次〟を守らねば、彼女の、お前の、〝(思い出)〟すら声のでかいクソ愛国者に踏み荒らされてしまうぞ?」

「…………っ」

 その言葉によって彼女は、ふと彼の顔を見上げる。

 彼はとても、悔しそうに唇を噛んでいた。


 愛すべき民を失った彼もまた、被害者なのだ。

 アタシだけではない、ここに住んでいたものは大切な人と故郷を失った。

 彼らは、弱者だ。彼らの〝次〟は吹けば飛ぶだろう。

 リオンもそうだった。

 彼女は弱く、アタシのせいで〝次〟を失ってしまった。


 でも、アタシには〝次〟がある。

 アイツと過ごした、〝(思い)〟がある。


「ああ、それと英雄様に、特別な役職を用意した。『特別戦術指南役』だそうだ。あの作戦の指揮官、アリアスからの罪滅ぼしらしいぞ」


「……ああ、クソ。誰も、リオンですら楽にさせてくれねぇのか。けどま、せいぜい乗せられてやるよ」

 彼女は喉を潤し、静かに立ち上がった。

 確かに、彼女(英雄)は躓いてしまったかもしれない。

 しかし、彼女はそれでも英雄で在らねばならない。

 だからこそ彼女は、〝次〟の戦場へと赴くのだった。




──────心に、棘の如く刺さった呪いを残して。



◆◇◆◇◆


〈二〇二五年 七月二十四日 御加実市 Dekopoモール 深海区域(マリンエリア) 一階〉



「─────『撃墜狂』、軍の上層部に付けられた、嘲りのための二つ名……仲間も敵も撃墜してしまう狂人の名前」

「─────ッ」

 俺が憮然とした態度でそう言うと、キキョウから息を呑む音がした。

 顔は血の気が引き、青ざめており先ほどの熱をあまりにも感じない。


 彼女は『錬鉄のフィリアム』の主人公と会う前のキキョウ=ヒイラギだ。

 作中で、親友を失った彼女は一度弱いと認識した者を徹底的に守り、病的なまでに自己を犠牲にする性格であった。

 しかも、彼女は主人公に会う前に空想現界してしまった。

 故に、彼女に巣食う呪いは解けていないのだ。



「……な、ナギト様」

 祈りを続けているクアリが心配そうに、見てくる。

 とはいえ、俺もキキョウには作品を見ていた時から、元々言いたいことがあったのだ。


「いや、そうだな。あくまでそれをやらかしたのは上層部で、お前のせいじゃない。『撃墜狂』なんてのはただの言葉遊びだ」

「……なに、を」

 キキョウは、驚きに目を開く。

 今更、あの惨状を、あの時の様子を見ておいて、気休め程度の慰みを言っているのだから当然だ。

 どころか、キキョウの戒めの二つ名である『撃墜狂』すら否定するのだ。


「ただ、お前に言いたいことがある────自惚れるなよ?キキョウ=ヒイラギ。何が弱い者を守るだ。これならリオンの献身も無駄だったかもしれないな」

「────っ、なんも関係ない。お前が、知ったような口をォッ!」

 激昂したキキョウは、俺の胸元を掴んで引っ張る。

 顔を歪め、感情を露わにする彼女はあまりに痛々しい。


「────ああ、そうだ、関係ない。キキョウの悲劇をただ安全地帯から眺めていたただの一般人だ」

「だから、だ!お前が、アイツのように無駄に死ににいくのを────」

 キキョウがそう口を開いた時、俺は彼女の胸元掴み返していた。


「────無駄、だァ?んなわけねぇだろ!!」

 感情が発露する。

 傍観者でしかいられない俺の、言いたかったことが爆発する。


「リオンが、なんであの場所に向かったか、わかってんのか!」

「……なんでって、故郷のため──」

 そう、キキョウが困惑に言いかけるのを、俺は遮る。


「──────お前のためだよ。リオンは上層部の計画を偶然知ってしまって、お前を助けるために一人、犠牲になった。仲間に話せば小隊ごと国賊になる、だからキキョウが濡れ衣を着せられる犠牲の人数を減らすために、あの町に行ったんだ!」

「────」

 言葉を失うキキョウ。

 だが、ここは物語の中でもないし、主人公はいない。

 だから代わりに、俺がキキョウに行ってやらなければいけない。



「だから、こそだ────自惚れるなよ?キキョウ=ヒイラギ。お前がリオンの感情を決めつけんじゃねぇ。弱い者を守るために、守るべきものの意思を無視するなんて軍服男とやってることは変わんねぇ」

 そう、キキョウのやろうとしているのは、大事なものを閉じ込めて、その可能性を潰すこと。

 それでは、閉じ込められた側の意思はどうなる?


「勝手に同情して、勝手に蚊帳の外に置く。俺たちは確かに弱い。リオンもだ。けど、それでもお前の側に並び立ちたいって思ってたんだよ!」


 言葉が勝手に出る。

 彼女に会って、ずっと言いたかった言葉が、堰を切ったように流れる。


「なぜ、その意思を無視する。守りたいと思っているなら、リオンのお前と共に立ちたいという意図もそうなんじゃないのか?キキョウだって、一人でなんでもできねぇだろ?なら、頼れよ!仲間を、俺たちを!なんで、一人になる!?」

 キキョウは、頼れるものも、友も一度に失って、一人になりたかっただけだ。

 確かに、仕方がないことなのかもしれない……()()()()、一人になりにいくのなら、俺が止める。


「俺はただの一般人だ。力も能力もない、でもな?俺は少なくとも、お前の背負ってるものをきちんと理解している。だから、それを少しだけでもいい、俺に分けてくれないか?」

「あ、アタシは……」

 キキョウは狼狽する。

 そう、彼女は確かに一人だった。

 それでもリオンがいたからこそ、誰かと共にある喜びを知れた。


 たとえ、彼女が居なくなってもキキョウの中に残った、彼女の想いは無くならない。


「ああ、それともう一つ。俺は────お前が好きだ」

「え?」

「は?」

 困惑する一同、やばい熱くなって変なことを言ってしまった。


「──あ、いやそう言う意味じゃなくてだな。そう、その、お前の勇姿を見てたファンの一人というか、とにかく、お前の助けになりたい。英雄キキョウ=ヒイラギに憧れていた(リオン)と同じように」

 キキョウは俺の目を見て、静かに俯いた。

 かつてのリオンと、同じことを目の前の青年はやろうとしている。

 そして、そんな甘く、どうしようもない幻想をキキョウは拒めない。

 そう、少なくとも彼と彼女を弱いと決めつけていたのはキキョウなのだから。それでも本当にキキョウがやりたかったことは……


「アタシは、なんであれ守るべき弱ぇ奴が戦場に出るのは間違いだと思っていた。今もそれは間違いじゃねぇと思ってる」

「ああ、それはそうだ。だから、こんなどうしようもない。弱い俺を()()()()()キキョウ」

 あの時、少女(リオン)言われたかったセリフを、いけ好かない青年()は言う。

 確かに、青年はただの傍観者だ…………それでもこちらを思いやって、理解しようとしているそのことにキキョウは気づく。

 自信満々に言うことではないが……それでも弱いとか強いとか、関係なくキキョウはただ助けたかったのだ。

 あの時は失敗してしまった、だから〝次〟こそは──


「お前も、俺も、クアリも……覚悟を決めてここにいる」

「ああ、確かにアタシは思ったよりバカだったみてぇだ。アタシについてこれるのも、馬鹿しかいねぇみたいだ」

 そう皮肉を言うキキョウは少し頬を上げ、微笑んでいた。

 本当は分からない、キキョウが立ち直ったのか、俺がキキョウの助けになれたのか。

 それでも俺は、キキョウの呪いを解かねばならない……彼女を見てきた傍観者として。


「ああ、そうだな。だから、俺と一緒にアイツを倒そうぜ?」

 そう、不敵な笑みで、突き出された拳を見てキキョウも、また笑顔を浮かべていた。

 どうにか、時間ギリギリで間に合ったようだ。

 全く手がかかる小さな撃墜狂だよ。


「────キキョウ様!」

 その顔を見て、クアリの表情はパァ、と明るくなる。


「ああ、すまねぇ。アタシとしたことが、迷惑かけちまった。仕方ねぇ、()()()()は乗せられてやる……()()()

 原作通りの、台詞に俺はついニヤリとしてしまう。

 そう、そしてキキョウはこちらを向いて、俺の名前を初めて呼んだ。


「──────さぁて、悪巧みと行こうか。キキョウ?」

「ハッ、とっておきの奴があんだろ?こちとら鬱憤溜まりまくってやがんだ。アイツをブチ殺す作戦だせよな」

「…………むしろ、無茶し放題になってません?」


 悪い顔で、悪巧みどころかどころか、色々なとんでもないことを口走る二人にクアリは冷や汗をかく。


 それでも確かに、ここに来るまでに支えてもらった恩人(キキョウ)の笑顔に顔を緩めるのだった。



◆◇◆◇◆




『ねぇ、キキョウさん』



『多分、私はあなたの隣に長くはいられない』



『私はあなたと歩むには弱いし、地位なんてまるでない』



『それでも、私はあなたの笑顔を見たい』



『あなたが英雄だからじゃない、あなたが憧れだからじゃない』



『友達だから、ちょっと恥ずかしいけどね?』



『きっと私はあなたと同じところを歩むことはできないかもしれない』



『どこかで倒れ、死んでしまうかもしれない』



『けれど、構いません。私の言葉が、思いが……あなたと共に歩めるのであれば』



『キキョウさんはせっかちだし、考えなしだから私の思いには気付けないかもしれない』



『けど、あなたの仲間や友達がきっと気がつかせてくれる。キキョウさんは口は悪いけど、いい人だから、きっと周囲の人間にも恵まれるだろうし』



「────だから、さようなら()()()()……また、いつか」



──『錬鉄のフェアリス』第五十二話「彼女のテープ」より抜粋──


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