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029「かくてすべては覆る」

〈二〇二五年 七月二十四日 御加実市 Dekopoモール 安全区域(セーフエリア)


────三つ巴の激戦は尚も続く。




「────チッ」

 舌打ち一つして、キキョウはケルベロスの振り下ろしを飛び込んで回避した。


 キキョウ、軍服男、喪服の魔術師で始まった三つ巴の戦い。

 初めは三者ともに拮抗を見せた戦いであったが、徐々にキキョウが押され始めていた。

 三者の間に明確な実力差はない……しかし、既に何戦か経たキキョウの体力は尽きかけていた、

 様子を見るに軍服男が多少なりとも手を抜いており、喪服女もそれに合わせて様子をうかがっているという状況だと鈍る頭でキキョウは分析する。


「(そもそもの話、全開で戦える電力がねぇ。いや、電力が万全だからといって……)」

 そう、キキョウは軍服男の能力によって、明らかに規格縮小(スケールダウン)されてしまっている。

 年齢だけでなく、能力までも……これはレイも同じ。

 ()()()()()を出せれば、喪服女ごと軍服男を屠れる自信がある。


 とはいえ、無いものねだりしても仕方がない。

 今は、配られたカードで勝負(ベッド)するしかない。


 追い打ちとばかりに振り下ろされた影の手をキキョウは後方に下がって回避する。

 後ろにあった鉄筋につかまりポールダンスの要領で回る。

 そのまま、通路を曲がったキキョウを、軍服男は捕捉する。


「────おお、タリア!また鬼ごっこでしょうか!?」

「ハッ、鬼はお前じゃなくてアタシだ!」

 瞬時に軍服男の方へと向き、大き目も瓦礫を蹴る。

 しかし、その一撃も反射でなかったことにされる。

 が、それを間に挿んで、肉薄し至近距離で銃撃を入れるがまるで壁を殴っている手ごたえしかない。


「(間接攻撃も駄目、けど近接は掴まる可能性もある。捕まったら反射の能力で脱出は困難だ)」

 銃撃の反動と共に地を蹴って、後ろ向きに軍服男の追撃を回避する。

 そして、そのまま冷静に観察しつつ、キキョウは攻略の糸口を見つけ出そうとする。


────だが、瞬間……足元から生えてきた手に脚を掴まれる。


「あら、私を無視するとは、少し連れなくてよ?」

 瞬時に、地面に縫い付けられたキキョウ…………しかし、それよりも衝撃な光景が目に映る。



────軍服男の脚にもその腕が掴まった、()()()()()




「────幕引きの時が近い、舞台上から蹴落とすぞ?アリの分際で!」


 しかし、瞬時に軍服男の手刀が影の手を切り裂く。

 そして、上から天井を突き破ってきたケルベロスに、喪服女は下敷きとなった。

 掴んできた手も解除され、流石に死んだかとキキョウは思ったが。



「────あらら、少し早計ではありませんの?それとも、何か考えがおありで?」

 潰されたように見えたが、ケルベロスの反対側……割れた窓ガラスの影から喪服女は出現した。

 本当にゴキブリのようにしぶといと、キキョウは更に舌打ちをする。


「(────この女が最も厄介、いや老獪っていやぁいいか……のらりくらり翻弄されちまう)」

 能力もしかり、実力や戦略も厄介だ。

 三つ巴の拗れた戦闘……油断すれば一瞬で死ぬような状況に慣れている。

 キキョウは感じていた、伝え聞いていた魔術師の強さ以上の実力を。


 ともかく、何よりも軍服男に影の手が触れれたのだ。


 考えうるケースは二つ……一つ、あの手が反射の能力が効かない。

 二つ、本人を害する攻撃以外は働かない。

 おそらく後者、何に応用できるか分からないが、確かに見えた《反射》攻略の取っ掛かりだ



「……うふふ、踊りましょ?この楽しい舞踊(たたかい)を楽しみましょ!」

 影の手をドレスのように着飾った喪服女はそう笑った。

 キキョウもさらに熱狂(ボルテージ)が身を上がっていく。


────────制御してみせる、コイツの能力を軍服男にかます為にッ!



 されど、彼らは己が為に踊る──────たとえ、()()()()()()()()()()()()()でも。



◆◇◆◇◆





────速射に優れた、二丁の拳銃を両手で豪快に振り回して、キキョウは弾を撃ち出す。


 取り回しもだが、弾丸の速度も脅威であるソレ(弾丸)は喪服の魔術師を捉える。

 しかし、彼女は恐るべき動体視力で全ての弾丸を回避し、まるで踊るように反撃に転じていた。


 舌打ちし、ハイキックを繰り出したキキョウ……しかし、喪服女も後方に当たらないギリギリの位置まで飛んで回避する。

 さらに、軸足を変えて後ろ蹴りのようにキキョウは追い撃ち……しかし、影の手に受け止められ、放り投げられる。

 全てを受け流され、虫の如く払われてしまうキキョウ。


 宙を舞うキキョウは、空中から二丁拳銃で弾丸をを喪服女に撃ち込む。

 しかし、影の腕に守られた彼女は弾丸を黒い水面に吸い込ませ、それをお返しとばかりに撃ち返してくる。


「うふ、必死の抵抗も可愛いわね」

「っ、言ってやがれ!」

 影の腕に自ら掴まれた喪服女は、キキョウの眼前までやってきて……そう嘲る。

 彼女の頭上からさらに大きくなったケルベロスが降ってきて、地面へと影の手ごと叩きつけられる。


「────タリアを可愛がっていいのは私のみだ……脇役は退場願いたいッ!」

 影の手で、叩きつけられた衝撃を緩和した喪服女は……前方から怒れる軍服男に顔面を打ち据えられた。

 そのまま、喪服女は壁へと突っ込んだ。


「……うふ、いいのを喰らったわぁ?」

 むにょん、と彼女の顔の前に出された腕が、打撃痕を治す。

 影の腕は形だけでなく材質も変化できるのか、とキキョウは舌を巻く。

 思ったより厄介な性質の能力だ…………応用力ならキキョウの《機械猟犬(ハウンド)》にも匹敵するかもしれない。



──────そして、三者の戦端は形を変えて捻じれていく。



 キキョウは感じていた……喪服女が立ち回りを変えていることを。

 喪服女のそれは、先ほどの様子見の位置取りではない。

 三つ巴の正三角形を明らかに崩しに行っているそれであった。

 詳しく言えば、やけにキキョウへと突っかかる行動が多くなった。

 問題は本気では攻めず、煽るように行動しているということだ。


 追いすがる無数の影の腕を、体を捻って回避する。

 軍服男も腕を取り回し、キキョウへと攻撃してくる。

 手数の多い喪服女の巧く、苛烈な攻勢についていけなくなっている。

 軍服男自体は娘とやらの要素で、本気では攻撃していないことも拍車をかけていた。



────何を考えてやがる?



 キキョウは考える、喪服女の狙いは何かと。

 ここにきて、均衡を崩してまで、キキョウを執拗に狙う理由は何か。


 軍服男に、反転攻勢を仕掛けるためか。

 単純に取りやすいキキョウを取るため?


……それはない、その場合軍服男と一対一を強いられるのは彼女なのだから。

 だが、さらにキキョウの立場が悪くなったのは確かだろう。

 

────わからない、だが喪服女が何かを企んでいることは明白だ。。



 そして、三者の均衡は崩れ去り、状況は動く。

 


「どちらにせよ。貴女には退場してもらいたい」


 軍服男がキキョウに肉薄してくる。

 そして、同時に小さくなって俊敏になったケルベロスが物陰から喪服女を強襲する。


 ケルベロスの死角からの体当たりにより、喪服女はキキョウ達と反対側に吹き飛ぶ。

 


──分断、先に動いたのは軍服男だった。


 喪服女が何を考えているかわからない以上妥当な判断と言える。

 ただ、軍服男の意図としては面倒臭い喪服女はケルベロスに任せ……キキョウと二人っきりとなるためだろう。



「──────っ、ここッ!!」


 瞬時にチャンスと判断したキキョウは、自らの持つ二丁拳銃の安全装置を逆側にさらに押し込む。

 《拳銃役(ガンナー・ロール)》の奥の手、それは炸裂する弾丸を一時的に打ち込めるようになる形態へと移行することである。



────十秒ッ!ここで決める!



 三角形の三つ巴、しかしキキョウはそれでも軍服男を一人で狩ることにこだわっていた。

 喪服女の思惑がふいになった以上、キキョウは邪魔者のいないこの状況を好機と判断する。

 喪服女の能力を利用する算段は途絶えたが、それでも一気に押し切れるという目算での行動。




 どどどどごん、と破砕音がなり、軍服男を弾いていく。

 

「(予測通りだ!反射は術者を害する要素は反射する、だが害さない衝撃まで反射できない!)」

 そして、炸裂する弾丸は、軍服男をとある場所へと誘う。

 そこは、キキョウの仕掛けたものがある地面だ。


 それはキキョウの別形態、《工兵役(メイカー・ロール)》によって作られた光学迷彩地雷が仕掛けられた場所。



「────吹き飛べ、クズ野郎!」


 軍服男は自らその地点へと近づいて踏み、そしてゼロ距離で地雷を爆破させた。

 すなわち、キキョウの予測が正しければ反射を超えうる攻撃である。



「……やったか?」

 確かな手ごたえ、しかしそれを無に帰すのが《反射》だ……直接見なければ判別できない。

 ナギトが居れば、フラグじゃんね……それ☆と言うだろう発言をするキキョウの前に人影が見えた。



「無駄、無茶、無謀、しかし、私は貴女の全てを許そう────タリアッ!」


────無傷、キキョウが観察した限り、全く地雷は通っていなかった。


 二丁拳銃形態の奥の手も当然効果なしだ。

 無論、こちらとて電力はすでにカツカツ……それでも、子供たちを狙われ、また狙われるかもしれない可能性がある以上……相打ちしてでも軍服男を始末するしかない。



「ああ、クソ……思いつく手を全部試すしかなくなっちまったじゃねぇか!」

 そう、それでも戦闘続行をしようとするキキョウ……だが────



──────彼女を影から見つめる、()()()()



◆◇◆◇◆




 私の名前は、ローズ=シャドール。

 〈七聖円卓〉に属する、聖教派閥の魔術師だ。

 聖教派は、その母体を宗教団体とする特殊性のある派閥で、戦闘員も数は居ない。

 そんな数少ない戦闘員の『戦乙女(シスター)』や『神斧(プリースト)』ではなく、外部の傭兵……いわゆる雇われ魔術師が私の立ち位置だ。


 ただ、扱いは正規の戦闘員と変わらない。

 役職として低く発言権はそれなりにないだけだ。


 しかし、私たちも、ただの駒とは違って、意思はある。

 聖教派の神体(アイドル)である、エミリーたんとお目通りすること……それが私の一番の目的だ。


 そう、私は小さい女の子が好きなのだ。

 恋愛対象というわけではなく、あくまで信奉者(ファン)として。

 そう、私は彼女に会うために聖教派に雇われ傭兵として所属している。


 まあ、こっちの世界でも、小さい子が好きだと言うと顔を顰められるらしい。

 しかし、そんなことで私の愛は揺るがない。

 まあ、任務中に出会った女の子に目移りしそうになったが……それはともかくとして、だ。

 私の任務は空想現界人を聖教派に勧誘するということ。


 私は、魔術界の貴族だ。

 特にシャドール家は代々、魔眼を継承する魔術師の家系。

 魔眼には階位(ランク)があり〝原色(シングル)〟、〝ニ重色(ダブル)〟とあり、魔眼に入る紋様の色が少ないほど希少で効果が高いとされる。

 私の《影の魔眼》は、〝四重色(クインテット)〟であり、それなりに強い方だ。


 魔眼自体の能力は、影を集め操ることができると言うことだけだ。

 ただ、《術式》によって、それらを魔力で覆い……材質や物を吸い込むと言う効果を付与している。


 そして、私の奥義はもう一つある。

 影とはすなわち、物質の写し。

 本当の物質と同じ質量を影に付与するというものだ。


 これまで集めた影を超重量の攻撃として放つ……必殺の一撃。



──────それを()()()()()に放つ、それが全ての行動の狙いだった。




◆◇◆◇◆




────それは、突如彼女の前に出現した、()()であった。



「──────ッ!?」


 あの喪服女が、自身の背後から迫っていた。

 意識外からの攻め、キキョウがその一手を察知できたのは背後を見ていた軍服男の反応からであった。


 目の前で対峙していた軍服が唖然としていたから気づけた。

 軍服男の顔は喪服女がこの場にいることへの驚愕を滲ませていたから。

 地雷による爆炎の煙幕を抜け、喪服女はキキョウへと迫る。


 咄嗟に、キキョウは直線状に迫る喪服女と垂直方向に離れようとする。

 軍服男を避けるためと、この位置取りなら三者の三角形が保たれ、軍服男の攻撃が喪服女に通るからだ。


「(──────狙いはアタシ!軍服男が攻撃しにくいアタシを盾にできる位置ッ!)」


 必死にキキョウは頭を回転させ、状況の打破を鑑みる。

 狙いは単純だ。

 キキョウを打破し、そのまま軍服男の追撃を逃げ切り彼女を持ちかえることだろう。


 己の限界は、キキョウにはよくわかっている。

 キキョウの防御では、おそらく、喪服女の影の必殺を防ぐことはできない。

 あそこまで、防御や立ち回りに長けた魔術を持つ喪服女だ。

 攻撃手段の必殺技も強力だろう……勝算無しで近づいてくるはずがない。



 軍服男は考えていた。どうしてこの黒い虫はここにいるのだろうと。

 この虫に関してはケルベロスに任せていたはずだ。

 だが、なぜ彼女を逃がし、しかも契約(パス)で報告すらしていないのだろうか、と。


 その答えは彼女の能力に会った。

 喪服女、ローズが得意とする魔術の一つに《瓜分つ影(ドッペルゲンガー)》という分身魔術がある。

 精巧な分身体を作り出すにはそこそこの魔力がいるが、あのケルベロスを騙すのにそこまでクオリティの高い身代わりは必要としない。

 今、ケルベロスはオートで操縦される分身と遊んでいることだろう。



「────ごめんなさいねぇ!?《影より来る穴(シャドウ・ホール)》ッ!!」

 

 あまりにも誠意の薄い、謝罪とともに喪服女の手から巨大質量の影の塊が撃ち出される。

 全てを凌駕する穴のような球体をローズはキキョウへと射出した。

 

 回避?いや、避けられない。

 デカすぎるし、速度も速すぎる。

 目の前に迫る純黒の宝石は、彼女へと吸い込まれていく。

 ローズとて、宝石が全身に当たればキキョウが死に至ることを理解していた。

 だからこそ、掠る程度の軌道であり、なんなら投げた後も少しは操れるので回避する意味はない。


 むしろ回避も想定したそれはキキョウの小さな体を覆うように彼女に迫っていく。


 キキョウは、その瞬間すべての景色が静止した感覚に陥る。

 頭の中に連隊の仲間……孤児院のガキども、ババア、クアリ、そして────


 ふと、あのいけ好かない青年の顔を思い浮かべた瞬間────



『──────ッ!?』

 


 そして、突如耳をつんざくほどの破砕音とともに、ローズは()()()()()()()()()()





──────そして、キキョウはなぜか自分と離れた()()に倒れたローズを目にした。


 そして、辺りは謎の霧に包まれ、お互いが見えないほどの視界へと陥った。


◆◇◆◇◆



「──────これならどうだろ?」

 キキョウが驚愕する少し前のこと。

 建物の中で、激闘を繰り広げるキキョウと軍服男、そして喪服女を俺たちは見つけた。


 今すぐにでも参加したいとは思うが、一度話し合うことを俺は提案する。

 リティアとクアリに、キキョウを助けるだけでなく……一度状況をひっくり返した方がいいと考えたからだ。

 故に、それを可能にする作戦を共有するために、この席を設けた。


『問題ないと思う、君の予測は多少粗があるが理にかなっている』

「えっと、私にはそこまでナギトさんの言っている通りにはならないのでは?」

 クアリは自身なさげに言う。

 反対意見を言うことに少し忌避感を持っているようだった。


「ありがとう、できれば理解できないとこはじゃんじゃんいってほしい」

「────は、はいっ!」

 そこまで硬くならなくてもいいと思うぞ。

 ともかく、こういう時に否定意見を出してくれるのはありがたい。


「……おそらく喪服女が狙っているのは、キキョウの身柄だ。そんで、それに邪魔な存在は軍服男だ。それは軍服男側から見た喪服女も同じく邪魔だ。つまりあの戦いは三つ巴と言いつつ、実質的に喪服女vs軍服男だ。キキョウはすでに息切れを起こしてるし、子供化で弱体化している。相当上手く立ち回らないと勝ちの目は生まれない。」

『そうだね、強いて言えば、喪服女が来てくれてどうにか勝機が出た。だからそのキキョウは一人で三つ巴に赴いたのだろう』

 正直俺からしてみれば細すぎる線だ。

 策すら用意できていないのに、熱意と意思が行動から先行し過ぎている。


「喪服女が仕掛けるなら必ず、三つ巴から喪服女が退場させられ、軍服男とキキョウが一対一になった場面だろう。軍服男は喪服女とキキョウが近づくことを忌避する。だが、それは喪服女から見ても予測に易い。だからあの応用の効く影の能力で、何らかの奇襲をかけてくる。」

「そ、そこまで予想を立てていたのですね……」

 クアリが少し驚き、感心したのか、頷く。

 そう、ここまではキキョウでも思いつく筈だ。

 ただ喪服女がどうやって奇襲を仕掛けてくるかは分からない。


「ああ、状況をひっくり返すにはそこしかない……だから、罠を張る────()()()姿()()()()()()()っていうな」



『ああ、どうせ。予想が外れた場合は私が臨機応変に行動すればいいんだろう?』

「すまんが、頼んだ……何が起こるかはわからないからな。その場合はこっちで合わせるしかないな」


 リティアは、あきれた声でそう言った。

 どちらにせよ、かなり不利な状況だ。

 戦局を読み切らなければ勝ちの目はない。

 なら、精々大穴……と言う程でもないと思うが、薄い可能性に一点張りさせてもらおう。


 そして、笑みを浮かべたナギトは細かい作戦を二人へと共有する。



◆◇◆◇◆



──────最初に、何が起こったかわからなかった。


 だが、起こったことははっきりわかる。

 大質量の攻撃をあの少女へと放ち、着弾したと思った瞬間────()()()()()姿()()()()()のだ。


 幻影魔術、それに類するものを使われた。

 ローズがそう理解したのは、全身に大質量攻撃を返された後であった。


 おそらく、少女と軍服男の位置を逆に見えるように幻覚を施していた。

 そして、それだけでは相手の反応は説明がつかないから、外側と内側にそれぞれ幻影が貼られていたのだろう。

 私にはキキョウと軍服男の位置が逆に、キキョウと軍服男は私の強襲してくる方向が逆に見えるように。

 単純だが、恐ろしいほど効果的な幻影だ。

 故に私は最大の攻撃を少女ではなく、軍服男へと放ってしまったのだ。


 これを仕掛けた何者かに、ローズはまんまと一杯食わされたようだ。

 《反射》自体、魔術の制御を奪っているわけではない。

 だから、必殺攻撃の解除は当たる寸前にできた。


 しかし、それでも弾けた質量の残滓がローズを傷つけた。

 それだけで先ほどまでの優位は消え失せ不利になった。

 身体強化自体、ローズはそれほど得意とするわけではない。


 強化派生に類する自己回復強化も使えるが、完全回復には時間を要する。


 そして、先ほどから立ち込める、この蒸気のような霧……

 明らかに視界を遮る用途であり、少女の姿を隠すことが目的だろう。

 だが、更なる意図にローズは気が付く…………目の前で怒りに滾る軍服男を目に収めて、致命的な策が成されたことに。




「────おお、運命は開かれた。貴女を踏み潰せという命運、まさしく天啓かッ!!」

 


──────とんでもないことをしてくれたものだと、ローズは心の中で悪態をつく。



 そして、手傷を追った状態で怒れる強敵と戦うハメになったローズは……静かに逃亡を決意した。



◆◇◆◇◆






「──────なんで、なんでお前がそこに居やがる?逃げろっていったよなァ……」

 まるで、牙をむき出しにした狂犬のように、キキョウは怒りを露わにする


 一連の騒動、俺の狙い通りに事が進んでくれて心底、ほっとした。

 そして、喪服女と軍服男の対面を作った。

 一方、俺たちはリティアの魔術で作り出した蒸気に紛れ、建物の端へとキキョウと一緒に来ていたわけだ。

 ちなみに、キキョウはクアリの結界の中にいるので、治癒されている状況だ。


「────子供たちにせっつかれてな。でも、ここに来たのは俺の意思だ」

 あまりの怒気に、目を逸らしそうになるが、それでも彼女の瞳を真っすぐに映す。

 本心、というには表層的に見える言葉を放つ。

 俺の飄々とした態度に、キキョウはさらに苛立ち顔をしかめる。


「バカ野郎ッ!お前がアイツらの元に居てやらねぇと……」

「その、子供たちに頼まれて来たんだ。キキョウ姉を助けてくれってな?」

 キキョウはそれでも言葉を荒げて、乱暴に俺を壁へと押し付ける。

 まるでヤンキーにカツアゲされているみたいだ。


「ふざけんな!お前だって何の役に立たない雑魚だろ!」

「随分な言い草だな……一人じゃなにもできないくせに。さっきだって、俺たちが助けなきゃ死んでたぞ?」

 少し挑発するようにキキョウの怒りに火をつけてしまう。

 しかし、彼女が怒っているのなら、俺も怒っているのだ。

 自己犠牲は尊いが、それでも何も話し合わずに終わるなんてことだけは駄目だ。


「ああ、そうかもな……んで、お前が来て共倒れだ!全部無駄にしやがってッ!!」

 罅が入るほど、拳で壁を叩くキキョウ。

 いや、普通に怖いのでやめてもらえます?恐喝かな?


 たぶん、キキョウは軍服男と刺し違えることはできなくても、子供たちの逃げる時間を作るつもりだったのだろう。


「別に無駄じゃない。アイツを倒す方法なんて、いくらでもあるだろ」

「バカ言え、あの反射は多分無敵──てか、そういう話じゃねぇ!お前がどうしてここにいるかだろ!?今すぐあのレイとかいう奴と逃げろっていってんだ!」

 どんどん言葉を荒げていくキキョウに、俺は少しの間黙る。


 彼女は頑なだ。

 俺の知る限り、あのトラウマが……おそらく、()()()()()()()()の記憶がそうさせるのだろう。

 故に、彼女は最も弱い者たちを守るために、犠牲になろうとしたのだ。


「────()()、お前が頑ななら、俺も頑固になる……あの軍服野郎を一緒に倒そうぜ?キキョウ」

 そして、俺は不敵な笑みで、彼女の名を呼んだ。


「────ああ、よおくわかった……お前も結局はわからないんだな。ならいい、頭に風穴開けられたくなかったらさっさと去れ」

 まるで、作られたような、それでもあまりに強烈な殺気を向けられ、俺は銃口を額に突き付けられる。


 そう、ここまでは予想通りだ。

 彼女が自身の過去に縛られているのなら、きっとキキョウは意地でも意見を曲げない。

 それは、彼女の活躍を作品越しで見ていた俺にとってはすでに知っていることなのだ。


「いや、いくらなんでも強引すぎるだろ?てか、時間がねぇから手短に言うぞ?」

「──────おまっ、真面目に……」


 そう言いかけた彼女に、俺は冷や水をかけるように言葉を放つ。

 そう、俺は彼女の過去(トラウマ)を知っている。

 『錬鉄のフェアリス』では主人公と出会い、克服した筈のトラウマ……ただ、違和感があったのだ。


 キキョウの様子から、キキョウが来た作品の時系列ではまだ主人公に会っていないと考えた。

 だからこそ、ここで、俺が彼女の支えになる言葉をかけなければならないのだ。


「──────お前は敵も、仲間も撃墜する操縦士(パイロット)……だから『撃墜狂』なんて二つ名をつけられたんだろ?」


 そして、自分の古傷をえぐるかのような俺の言葉に、彼女は顔を青ざめさせた。



〈Tips!〉

・ローズの《術式》について

 彼女の《術式》は、《影の魔眼》で質量のある影を操作し、その影に様々な効果を付与できる能力。

 《影の魔眼》で動かした影に、《術式》で物質を吸収し本来以上の重さや威力を付与できるといった応用もある。

 魔眼は血筋によって継承でき、彼女で五代目の保有者である。

 彼女より強い妹がいて、妹は帝国派に属している。

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