028「乱入者が現れました」
〈二〇二五年 七月二十四日 御加実市 Dekopoモール 深海区域 ???〉
「────油断、誤算、それでも愛は色あせないッ!」
その男はすでに狂っていた。
自らが掲げる志は、とうの昔に消え失せ……彼には歪んだ愛憎のみが残された。
それでも、人間らしくあるため……仲間に貢献するため彼は自らに渦巻く感情と上手くやっていた。
────しかし、彼女が全てを壊した。
子供達を逃した娘ではない…………偶然出会った我が娘だ。子供を引きつれ、鋭い目つきでをしていた彼女だ。
雰囲気は変わったが、間違いなく我が娘なのだ。
そう、男は間違いなく運命の出会いをした。
事前に子供がくる情報を、GMから得ていたとはいえ……直々に出向いて良かった、と男は思う。
────神に感謝せねばならない、愛しのタリアに再び会わせてくれた運命に感謝を伝えたい。
そして、男は思う。
全てはあくまで、〝ついで〟だ。
子供達を攫ったことは任務だ。
しかし、子供たちに執着するのは……彼らをタリアが求めるならば、再開できると言う確信があるからだ。
故に魔人は、自らの信念に従って、レイたちを追うのであった。
────かつての己の信念も愛憎も忘れて。
◆◇◆◇◆
〈Dekopoモール 安全区域 外縁バルコニー〉
「────っ、ここは……」
遮二無二走っていたノワ子は、ついに駅空間の出口に到達した。
そこから見えるのは、明らかに外……空の見える空間であった。
「ん、〝イベント〟の外……?」
呆けているノワ子とは対照的にレイは、出口の外を警戒しつつ、辺りを確認する。
夜だというのに妙に明るい、【ゲーム】ということだけは判別できる。
「妾もここらは縄張りでないからのぅ……わからぬが、外という様子ではないようだ」
『ふむ、見るに〝イベント〟の結界内だ』
リティアが判別してくれ、どうやら〝イベント〟内ということは分かった。
辺りを見ても空が見えるが、一応建物内であった。
────〈天空区域〉?いや、辺りにモンスターはいない。つまり、この場所はモールの外の安全地帯だが、〝イベント〟内と見るべきだろう。
「ともかく、ここから出────」
レイがそう言いかけた瞬間、後方からドアが出現する。
確かに、彼らが現れたのも瞬間移動ではあったと今更ながらに気づく。
「────逃亡は時として虚しい。ここは私たちの空間、貴方達は諦めるべきだ」
無論、ドアを開けて出てきたのは軍服男であった。
そして、小さくなったケルベロスを手に持ち、レイたちの後方に投げる。
すると、レイたちの背後でみるみるケルベロスは肥大化した。
「ワォォォォォンッ!!!」
主人の言いつけを守るように威嚇するケルベロス…………それを見て、私はさすがに危機を感じてしまう。
前後を挟まれ、まさに、前門の虎、後門の狼である。
すなわち絶体絶命の危機だが────
──────ガコン、と通路の天井のタイルが落ちて……開いた。
そこから降ってきたのは、栗毛で黄色いゴーグルをした近未来風の学生服を着た少女であり……
「────ウラァァァァァァアアアアアッ!!!!」
掛け声と共に床を走った少女は同時に、軍服男へと一瞬で肉薄する。
そして、瞬時に彼女が纏った手甲で軍服男を貫くのだった。
◆◇◆◇◆
──────《形態変》《拳闘役》。
それはキキョウの《機械猟犬》の中でもっとも近接性能が高い形態である。
足には収納可能なローラースケートとジェットもある。
そして、両腕のガントレットで殴る瞬間に地面へと吸着し、踏ん張りも効くブーツも合わせた代物だ。
「────おお、愛しのタリア……!」
彼にとっては最悪の状況が続いたはずだが、そんなことはお構いなしらしい。
そんな軍服男は満面の笑みを浮かべ、歓喜の声でキキョウを呼ぶ。
「よいしょっと………うお!?なんかあのケルベロスめっちゃデカくなってる。お湯にでもつけたか?」
そして、俺も天井の穴から這い出た。
若干、床までが高いので着地すれば足は痛い。
「────う、ああああ!?」
クアリが詰まったようで変な格好で、俺の上から落ちてくる。ふむ、やはりクアリはドジっ子属性か。
結構高い所から落ちており、危ないので受け止める体勢を取る。
そして、空から降ってきた女の子を親方に…………いや親方ってなんだよ。
「……ふ、五十メートルから落下した女の子を受け止めたこともある俺に任せな」
そして、すぽり、とクアリの体が俺の腕に収まった。中学の頃のことだが、本当にあの時はよく受け止められたなと我ながら思う。
「あ、ありがとうございます、ナギト様…………あの、そろそろ下ろしてくれませんか?」
「……あ、すまん、すぐ下ろ────」
トリップしていた俺に、クアリが顔を赤くして、そう言ってきた。
その言葉の通りに下ろそうとした瞬間、俺に三つの視線が突き刺さった。
「────ん、ナギトが幼女連れてる」
『……君もやはりこういうのがタイプなのか』
「お、おのれ、ロリコン軍服め!ナギトまでもロリコンに変えおったのか!?小学生の喜びを知ってしまったか。盟友がどんな性癖でも、ナギトは盟友だ……!でも、三メートル以上は近づかないでくれ」
三者三様に、散々な物言いをしてくる。
否定しようとしても、実際にことが起きているから反論しずらい。
「ノワ子、今すぐお前の頭を弾いてやろうか?」
「じょ、冗談だ……そうに睨むな!?」
ガチの雰囲気で、ノワ子を睨む……いや、ホントに風評被害だ。
クアリも照れてないで弁明をしてくれ。
ともかく、なんか想定してたものと違うが、俺たちはついに再開を果たした、
「は、早く下ろしてくださいぃ……」
そして、頭から湯気が出るほど顔が赤いクアリの言葉で、お姫様抱っこをしていることを思い出す。
やはり締まらない状況に、俺は苦笑をこぼしたのであった。
◆◇◆◇◆
「────随分個性的な、メンツじゃねぇか?連隊の馬鹿どもといい勝負だな」
「そう、だとは思うな」
いや、お前もけっこうアレだぞ?とは流石に返せない。
ともかく、今は雑談をしている場合ではないのだ……本当に。
「それより、タリアってなんだよ?」
「チッ、よくわかんねぇが…………なんかそう呼ばれてんだよ、気持ち悪ぃぜ」
キキョウは、唾を吐かんばりに顰めっ面をして言う。
無論、その間も軍服男への警戒はやめない。
「────キキョウ姉!」
「キキョウ姉さん!!」
なんか、レイ達の後ろにいた子供達もキキョウへと声をかける。
安堵と歓喜が入り混じった声と表情は、キキョウが孤児院でどれだけ慕われているかを察せれた。
「おう、思ったより元気そうじゃねぇか。それに、一緒にいるお前の仲間にも感謝しなきゃいけねぇみたいだな」
「ああ、本当にギリギリだったみたいだ」
「お前じゃない……私はレイ、よろしく。それに当たり前のことをしただけ」
彼女はキキョウの言い草に、フンスとしていた。
どうやら、ここに来るまでも色々あったらしい。が、ともかく今は……
「────やはり、貴女と私は出会う運命……!おお、やはり世界が親娘を祝福している!!」
俺達も無視をしていたが、相手も相手で何か感極まって、心ここに在らずな様子だ
いや、そもそも会話が成立しているかも怪しい相手なので、まともには。
「……いや、本当に何か勘違いしてらっしゃるのか?」
「さあな、あの野郎が勝手に言ってやがるだけだ。誰かとでも勘違いしているとかじゃねぇの?」
冗談めかして言ってみるが、どうもまともに取り合っては駄目らしい。
「私の事をわすれたのか?……タリア!ならば、今すぐに記憶を取り戻させてあげます」
「チッ、お前の事なんて今すぐ忘れてぇな!上等だッ、何もわからなくなるくらい……ボコしてやりゃいいってことだなァ!!?」
すでに、戦端は交わっている。
そう、感じるほどキキョウのボルテージは上がっている。
────しかし、それでもキキョウへは声をかけなければいけない。
「…………キキョウ、俺は」
「ああ、さっきも言ったろ?お前はガキどもと、一緒にいやがれ。わかったな?」
そして、参戦の意を示そうとして、ピシャリと言い切られてしまう。
「いや、待て!確かにそう言われた……けど、今のお前は──」
そして、キキョウに反論しようとした、その瞬間────
──────影色の瞳がこちらを見ていた。
「…………あらぁん、あらあらあら!こちらにいっぱいの客人がいらしてよ?グロリアさん」
「────ほう、強者の匂い。我が信仰が試される時よのぉ」
結界の外、本来外敵を阻むそれから現れた新たな侵入者が、俺たちの前に現れた。
そして、〝イベント〟の外から着た魔術師、その二人が不敵に俺たちへと嗤いかける。
────戦いの混沌は渦を巻いて、俺たちを絡め取ろうとしていた。
◆◇◆◇◆
「──────チッ、クソ……新手かよッ!」
俺が言葉を紡ぐ前に突如現れた刺客。
〝イベント〟外から、やってきたということは、初っ端のアナウンスが言っていた魔術師なのだろう。
現れたのは二人……一人は喪服のように全身を黒く染め上げ、生地の薄い顔布までしている。
もう一人は体を鎖帷子で多い、頭と足は白い鎧を着ていて、口ぶりから何らかの宗教の敬虔な信徒を思わせる。
その二人のうち、一人がキキョウ……もう一人が、軍服男に襲いかかった。
まさしく問答無用、だがそれらを対応した軍服男とキキョウは咄嗟に背後にあった建物へと入る。
唐突な展開にあっけを取られた俺たちは、成り行きを見守るしかない。
「うふふ、可愛い子。貴女に決めたわぁ」
「チッ、正直余裕なんてないんだがな……手加減はしねぇぞ」
影を纏った魔術師は、キキョウの方へと襲いかかった。
彼女と一瞬だけ視線が合うが、顔を背けられる。
どうやら無視されてしまったらしい。
「おお、邪魔ものも大歓迎、観客は大勢であるほどいい!」
「…………お主、一番強そうだったけど、なんか合わんのぅ?」
軍服男の拳を受け止めた信徒の魔術師は、突如として身を翻す。
そのまま、軍服男は知らんぷりといった様子で、建物を出る。
すると、今度は外に出た信徒の魔術師は、俺たちの方を見た。
「…………この中では、お主が一番合いそうだ!ならば、我が信仰を試すの時ッ!」
「ん、ナギトは下がって、子供達を避難させて」
レイは、俺たちを手で下がるように促した。
キキョウたちも、どうやらあの建物へと入っていくようだ。
凄まじく状況が移り変わる戦場に、あっけを取られてしまう。
「…………わかった、無茶するなよ」
『私は子供達の保護に周ろう。再生能力が戻ったとしても、体はそのままだ。気をつけて』
言いたいことは多々あった。
しかし、キキョウには言い逃げのように別れ、それに対して何もできなかった後悔だけが残る。
そして、俺たちは、そのままレイに魔術師を任せ、子供たちの避難に徹したのだった。
◆◇◆◇◆
『──────お前は、戦いには参加するな』
『何故?って、そりゃあお前が弱いからだ』
『策を出せる、確かにそうだ。咄嗟に指揮も取れる、けどあくまで素人だろ。アタシは軍人だぜ?指揮くらいなら自分で取れる。それを一番わかってんのはお前だろ』
『なら、お前はここには居なくていい』
『どうあがいても、お前は現実の住人で……戦闘能力を持たない一般人だ』
『これはお前のためでもあり、アタシのためでもある。足を引っ張られでもしたら堪らねぇからな』
『不服か?でも、あの軍服男はかなりやべぇんだ。ここからお前の入ってこれる戦いはねぇ。ま、ありがとな、道中はお前のおかげで助かった』
『クアリは頼んだ。アタシの事は一旦忘れて、お前は目の前の守りたいものに集中しろ』
──────有無を言わさぬ、少女の切れ長な瞳が確かに、揺れているのを俺は見逃さなかった。
◆◇◆◇◆
俺たちは、外側にあるレイから離れた地点まで走ってきていた。
あまりにも無力な自分に嫌気がさし、悪態をつい漏らしてしまう。
「…………クソッ」
「ナギト様、申し訳ありません……」
『彼女らの判断が正しい、君が今することは我々と共に避難することだ』
クアリの謝罪とリティアの言葉が、刺さる。
そんなことは、わかっていた。
しかし、それでもキキョウの状態はあまりに不安定だった。
それに、もしキキョウが万全の状態であれば、後ろ髪引かれることもなかった。
だが、あのまま戦えばキキョウは負ける可能性が高い。
電力も半分を切った中、キキョウはあまりに冷静さを失っている。
────その理由は、俺ならば知っている。
彼女の過去を覗き見たからだ。
知っていること自体、本当は褒められたことではないのかもしれない。
しかし、この場でそれも今、キキョウへと声をかけられるのは……俺だけなんだ。
「…………少なくとも、キキョウは冷静じゃなかった。それに、あの軍服とケルベロスと、オマケに魔術師だ。一人じゃ流石に危なすぎる」
軍服男単体でも勝ち目は薄かったのに、魔術師までついてきた。
少なくとも、これまで戦ってきたキキョウは疲弊しているのだ。
あの時のキキョウは、まるで願うように俺が先頭に参加することを嫌がっていた。
「……ナギト」
ノワ子はどの言葉をかけるか迷っていた。
今、彼に発破をかければ、間違いなく彼は死地に突っ込むことになる。何の力もない彼が。
それは、ノワ子にとってはとても嫌なことだ。
しかし、このまま彼がただ腐っていくところを見ているのも……嫌だ。
すなわち、ノワ子は自らの感情を天秤にかける。
彼女は、どちらが自分にとって嫌じゃないかを考えていた。
問題は子供達だ、彼がいなくなった場合……子供達は誰が守るのか────
「……行ってください、私たちは大丈夫です」
背後からカルネの声がした。
「俺も同じこと考えてた。キキョウ姉はおかしかった。けど、俺たちは何もできないから……代わりに兄ちゃんに頼みたいって!」「オレも!」「ボクも頼みたい!」「キキョウを助けてあげてっ」
彼女を助けたいという思いを持つのはナギトだけではなかったらしい。
なんとまあ、できた子供だ。
「全く、子供は最高だぜ……」
「何故か、犯罪臭がするな」
「ふ、盟友よ、バレなきゃ犯罪ではない、というとてもいい名言がある」
「さらに臭いだしそうなことを言うんじゃない」
そう、俺たちは笑顔を交わし合う。
ノワ子も一応、俺を励ましてくれているみたいだ
そして、俺はクアリに向き直った。
「────クアリ、頼めるか?」
「ナギト様がおっしゃらないなら、私は一人でも行ってましたよ……!」
クアリもまた頼もしいことを言ってくれる。
彼女も、やる気は満々みたいだ。
『ふむ、私は子供達を守った方がいいかい?』
「いや、妖精殿は、盟友について行ってくれ。こう見えてこの子ら(とついでに妾)は軍服男に一発かましてやった猛者だからな。しかし、膝に矢を受けてしまってな」
「思ったより重症じゃねぇか、んなわけあるか」
そうツッコミつつ、俺は決意を固める。
キキョウを助ける、少なくとも俺は目の前の守りたいものに集中するよ。
「────────キキョウ様の元へ、向かいましょう!」
「ああ、あの軍服男をキキョウと一緒にぶちのめしてやろうぜ!」
そして、俺とクアリは笑顔を交わす。
クアリの言葉とともに、俺たち二人はキキョウの元へと赴くのであった。
◆◇◆◇◆
「────────チッ、めんどくせぇ」
「────────混沌、まさしく生を実感する!」
「────────ふふ、面白い子たちだわぁ……持って帰れば昇級間違いなしね」
────────そう言い合った三人の三者三様の攻防が、繰り広げられていた。
キキョウは《機械猟犬》を展開。
速射と機動性、燃費に優れた《形態変》である《拳銃役》で主に軍服男へと果敢に挑む。
片や、軍服男は従魔であるケルベロスを中型サイズに変更。
飲食店や雑貨が並ぶ列をなぎ倒しつつ、キキョウを主に攻めていた。
最後に喪服の魔術師は、その文様のついた目を使って影を操り、戦い合う二人に茶々を入れる。
柔らかい話し方とは裏腹に、どちらかが弱るのを待っているようだった。
キキョウは考える────このまま軍服男と戦い合っていてもジリ貧だろう。だが、喪服の魔術師も参戦してきた。ならば、軍服男と喪服の魔術師を食い合わせることも不可能ではない。混戦の中で、このふざけた野郎のツラに一発ぶち込んでやる────と。
軍服男は狂喜する────またタリアに出会えた。前世では彼女とは長く過ごせなかったが、こちらならば、永遠に彼女を守り抜く自信がある。この面倒臭い黒い蠅も、彼女と遊ぶにはいい材料かもしれない────と。
喪服の魔術師は思う────私、わりとこのタリアって子ガチでタイプなのよねぇ、と。持ち帰ったらアルミラ様にお願いして私付けにしてくれないかしら?というかあの鎧の変態はなぜ、こちらを手伝わないの。まあ、あの厄介そうな子供を足止めしてくれるならいいか────と。
──それぞれがそれぞれの手番を進め、【ゲーム】は進行していく。
「────っ!」
キキョウがハンドガンを乱射し、軍服男とその横にいた喪服女に銃弾をばらまく。
二人はそれぞれ対応するが、どちらも回避せずに受け止める。
一人はケルベロスの能力で反射し……一人は己の魔眼で操る影によって、弾丸を吸い込む。
その様子を見てキキョウは思う……やはりあの時と同じで、ケルベロスの反射を使ってきた、と。
まっくろくろすけの魔術師は、あの眼が光った瞬間に辺りの影が動いて弾丸を吸い込んだ。
物質を吸収する能力か、ならば反射以上に反撃を警戒しなければ、とキキョウは目をギラつかせて、さらに弾を乱射する。
「…………うふ。この《術式》、影に入れたものは潰れてしまうのよ?」
「なんのつもりだ、オバサン?」
そう、喪服女はなぜか能力を自ら明かしてくる。
何かの発動条件か……とキキョウが勘ぐっていると、さらに喪服女が寄ってくる。
「オバッ!?まあ、許しましょう…………私についてこれば悪いことはしません。聖教派は穏健な派閥、敵対の意思はなくてよ?」
「んー、ならあの軍服野郎、一緒に倒してくれれば考えてやる」
どうやら、ただの宗教勧誘だったようだ。
キキョウはそう思って、適当に考えて答えを返す。
「それは無理よ?」
「なら、こっちも胡散臭ぇ宗教勧誘はおことわりだな?」
不敵に嗤い合う二人の間をケルベロスの前足が、分かつ。
さすがに、軍服男を協力して倒すみたいな……この状況を崩す真似はしてくれないか。
それに苦労して倒して、約束を反故にされれば、骨折り損だ。
喪服女にとってはこの三竦み状態こそもっとも都合のいいものであり、キキョウと軍服男がつぶし合うことが一番望ましいのだ。
「────貴女、まさか私の可愛いタリアを誑かそうとしていますか?おお、調子に乗った三流役者は舞台から去るのみ!」
「────いや、ウソ、嘘!やっぱり大丈夫よぉ!?」
そう、軍服男の地雷を痛いほど理解させられてしまった魔術師は、歯を剥いて拒否する。
瞬時に、ケルベロスの逆側から挟み撃ちを仕掛けた軍服男…………絶対絶命かに思えた喪服女は影へとダイブし、キキョウら三者の距離を保った場所に現れる。
影の中を通路にしての移動…………おそらく、本人のみが影の中に入れる。
観察するキキョウと、そして足元の影を纏った喪服女はキキョウと軍服の方を見た。
「────んじゃあ、無理やりにでも連れていくわぁ。意思は後からどうとでもなるものぉ」
「────────ああ、そっちの方がやり易ぃな?」
そう、笑ったキキョウは、しかし一筋の汗が頬を伝っていた。
揺らめく影は、光すら吸収して深淵のように黒く濁っていた。
そんな影を纏った彼女の姿はまさしく、影の女王と言うべき存在。
ただし、キキョウを攫う死神であることは確かだ。
静かに、だが三者の入り混じった色の戦いは────黒く濁っていくばかり。
◆◇◆◇◆
「────────ほう、手数で勝負とは、その小さき身で素早きことよ。む、だからこそ身軽なのか?」
何か言っているが、たぶんあまり中身のないことなのだろう、とレイは思った
ところ変わって、鎧の変態を相手にしているレイは、特に何を考えるわけでもなかった。
「………………ふ」
息を吐き、流れるように信徒の魔術師に拳を叩きこむ。
ほんの一握りの息継ぎで、雨の如し数十の拳を生み出したレイ……しかし信徒の魔術師の強靭な鋼と肉体を超えることはできなかった。
「────げははは、そのような攻撃、我が信仰の前では塵芥にすぎんぞ?」
豪快に笑い、誇らしげにマッスルポーズを決めた信徒男を無視しつつ、レイは思考する。
────問題ない、これはあくまで時間稼ぎ、と。
レイはナギトが、キキョウとともに……軍服男を倒してくれるのをただ待っていた。
そして、キキョウを助けてレイの元へと駆けつけてくれるのだと。
あまりにも、絶大な信頼……もし彼が知れば苦笑いを浮かべただろう。
それでも、決してナギトはそれに否とは言わない。
「ちりつも」
「ほほう、祝捷な心がけよな?ふ、良き戦士だな……私の妻にならないか?」
………………
………………………………
………………………………………………
「────普通にいや」
「ふ……衝撃的だが、この程度ではへこたれんぞ!」
レイは、こんな幼女姿の人間に告白する変態男のヤバさにひいていた。
そして、たぶんこの人モテないから、こんな感じになったんだろうかという予測すら立てていた。
────拳打による雨、それすら涼しいというような信徒男の攻撃を回避していくレイ。
間抜けなのは会話だけで、その中で行われている戦闘は息つく暇もないほどに苛烈だ。
「………ぬぅ、ならばお主を倒し、嫌が応でも付き合ってもらおうぞ!────《我が信仰よ、栄光あれ》!!」
そう何か宣言をした男は、身をひねり自らの掌に魔力を込めた。
すると、彼の手に透き通った魔力性の儀式剣が顕現する。
そして、何を思ったか信徒男はその儀式剣を地面へと突き刺した。
「────?」
「この能力は、単純。私がこの剣の刺さっている領域の半径500メートル以内に居れば我への衝撃とダメージは吸収されるされるという《術式》だ。」
「………………なるほど」
────シンプル、だけど厄介。
レイはその術式をそう評価した。
何故か、能力を説明してくれたが、たぶん言っても勝てると思っているからだろう。
つまりこの信徒男は阿保であるのだろう。
「ふふ、我と一緒に教会へ来てもらうぞ!」
「一人でいけ」
間抜けな男だが、その実力はおそらくレイを上回る。
そして、厄介な《術式》の展開と共に、レイは苦い顔で逃げ回る準備をしていた。
感情の薄いレイでも、ここまで嫌悪を覚えたことは無かった。
──────かくして色々なものを賭けた鬼ごっこが始まる。




