第八話 手を届かせる
決闘の翌日からアーシェに言い渡されたことは、停学という名の療養だった。
二週間ほど休み復学しろということで、彼は王族に背いたのにも関わらず、退学という処分にはならなかった。
あとで彼が聞いた話によると、公爵令嬢を最後まで裏切らなかった気概とエレノアの進言によって、彼への罰は非常に軽いものになったということ。
だが、エレノア本人への罰は重いものだった。
学園は退学という形で除名。数日ほど彼女の実家に軟禁状態だったが、最近になって彼女の行く末がわかった。
エレノアが最後に彼と話した時の予測と同じ家の令息との結婚。半ば売られる形で家から追い出されることになった。
廃嫡となり、貴族という立場を失うよりはよっぽどマシな処分で張ったが、彼女結婚相手の評判はすこぶる悪い。
正確には、その令息の性根を彼女は死ぬほど嫌っていた。
そんな相手に嫁入りしなければならないとなると、彼女も二度と笑顔を見せることはないだろう。
ただでさえ今までも立場故に険しい表情であることが多く、笑顔なんて数えるほどしか見たことない。だが、アーシェはその笑顔が好きだった。
子供の頃にしか見れなかった愛らしい笑顔もいまだに覚えている。
彼女のこと一番知っているのは、一番長く彼女に仕えた彼だ。だからこそ、この結婚を彼女が望んでいないことなど容易にわかる。
「じゃあ、俺がなにをすべきか、か……」
ともかく停学中の彼はやることがなくて、とにかく暇だった。余計なことを考えてしまうほどに。
◇◇◇◇◇◇
「なんでしょうか、父上」
「お前の嫁入り先が決まった。もう薄々わかっていたとは思うが、アヴィジリア家だ」
「やはり、ですか……」
「正直こちら側に引き込まなくとも障害があるわけではないが、問題を起こしたお前を渡して陣営に引き込めるのなら悪くはない。文句はないな?」
「はい、殿下に婚約破棄されながら身受け先を見つけていただきありがとうございます」
親子の会話とは思えないほど冷淡な会話をし、自分の行く末を考えながらエレノアは実家の時間を過ごしていた。
もうここで過ごすのもあとわずか。嫁入りをすれば、家に自由に変えることもかなわない。
だが、相手の家が悪人の家というわけではない。
地方領主で嫁入りすれば一定の身分は保証される。公爵時代ほどの使用人などがおらず、自分でやらないといけないことも多いだろうが、それでも身分のすべてをはく奪されるよりはよっぽどマシだ。
王子のように気高い意志もなく、なにかを成そうという気概も一つも感じられない令息であるがゆえに彼女は上昇志向もなにもない無気力な男という烙印を押して、あまり好みに思っていない相手だったが、どうにも相手にはエレノアを気に入っているらしく、今回の婚約にノリノリだった。
「そういえば、アーシェ=グラメスタの処遇についてはどうなったでしょうか」
「連絡は――取っていないのか。お前の進言通り、退学やら諸々は免除するように手を回しておいた。王宮としてもアーシェ君の行動は好ましいものだったらしく、騎士への推薦の話もついでに上がっている。なんせ、裏切らないということが今回のことでわかったからな」
「そう、ですか――」
「他の取り巻きについてはなにも思わないのか?」
「いえ、なにかあったのでしょうか?」
「当家を裏切ったのだぞ。これ以上言葉は必要か?」
「いえ……」
父親のその言葉だけで、彼女はアーシェ以外の身になにが起きたのかを察した。
ここでまさか決闘の外にいた貴族たちが裁きを受けるとは思っていなかったため、少し清々しい気分になった。
自分に最後までついてきてくれた男は制裁が特に無いようで安心し、彼女の未練はもうなくなっている。
「身受けは急だが、明日だ。そこまで多い荷物でもないだろうが、家を出る準備はしておけ」
「……わかりました」
「お前が望むのなら、もう少し違う家にでも婚約の話を持っていけたのだがな」
「……これ以上、家に迷惑をかけるわけにはいきません」
「そうか……」
もうこれ以上のやり取りはできないと、父と娘の会話は終わる。
本当に結婚前夜とは思えない淡白なもの。それに対して両名ともに寂しさは覚えるが、それを口にすることはない。
二人とも、根っからの貴族なのだ。
エレノアは重い足取りで自室に入る。
もう今日までかと自分の生活の後をじっくりと眺めていると、自室に使用人が入ってきた。
「エレノア様、えっと――ご結婚」
「気にしなくていい。それより、今日で最後だな」
「そ、そうですね」
「あいつとともに、よく私に長らく仕えてくれた。私がいなくなった後は、勝手も違うだろうが頑張ってくれ」
「は、はい――私は、エレノア様が幸せならどこでもお慕いしています」
使用人との会話も終え、いよいよ夜も更けてくる。
明日のための荷物の整理を終え、何もすることがなくなった彼女は、ベッドで横になっていた。
しかし、そうしていると自分のなにがいけなかったのかと嫌な気持ちがふつふつとわいてくる。
小さい頃から王子に尽くしてきた。彼の妻として、王妃となるものとして最大限の努力をしてきた。彼の鉱物も把握し、国で一番のものを提供する店を頭に入れていたりとできる限りのことはしてきた。
だというのに、学園に入ってから王子の気持ちが離れていくのを感じていた。
一緒にお茶に行ってもどこか上の空で他人の誰かを考えていることははたから見ても明らかだった。
そんなときにフィアナという女と一緒にいる王子を見た時は強い嫉妬にかられた。
彼女が見たことない笑顔をその顔に貼り付けており、自分のなにがいけないのかと何度も何度も考えた。
だというのに、答えなんて一つだって見つからない。
ベッドに入り、悶々と考えても結局今までと同じだった。
もう考えるだけ無駄。明日には、彼女は他の誰かのものになる。
(殿下、私はあなたを愛していました。ですが――ですが、なにが足りなかったのでしょうか……)
その時、突然彼女の部屋の窓が割れ、人影が飛び込んできた。
「な、なんだ!?」
侵入者は真っ黒な外套に身を包んでいたが、まるで正体は隠す気はないとばかりに顔は一つの布ですら覆われてなかった。
その男の顔を見て、エレノアは誰が来たのか理解し、頭が真っ白になる。
「エレノア様、お迎えに上がりました」
侵入者――アーシェは彼女の手を取った。




