第七話 届かない手
「なっ、消えた!?いや――」
視界の中から突然消えたアーシェを捉えようとすぐにキルハは周りを見渡すが、彼を捕えることはできない。その代わり、彼の目に映るのは彼が通った軌跡のような光だけ。
(高速移動……?だが、往々にしてそう言った攻撃は背後を取る!)
考えをまとめ、背後を振り返りながら拳を見舞う。
相手のスピードを考えるなら魔術を使って迎撃するより、拳のほうが早いと判断した結果だ。彼の予測は正しく、その振るわれた拳はわずかにとらえた彼の軌跡の先を捉えようとしていた。
しかし、キルハの拳はアーシェを捉えることはできず、見えていたはずの軌跡すらなくなっていた。
(攻撃を仕掛けない? なにが目的だ。いや、さすがに高速機動は長時間続かないはず。彼の残存魔力を鑑みれば、攻撃に出ないなどありえない。――いや、また背後を……)
もう一度振り返ろうとしたところに、彼の腹部に衝撃が走る。
全く警戒していなかったわけではないが、想定外の攻撃にキルハはしっかりとしたダメージを受けた。
そして、攻撃はそれで終わらずに、二回三回と彼の突撃が絶えず行われる。
「かはっ!? くっ、どこから……」
真正面に打たれたと思えば、背後からも側方からも攻撃が飛んでくる。
おそらく彼自身が飛び込んで、速度で攻撃をしてきているのだが、キルハの目に映ることがない。となれば、キルハの取るべき行動は一つだけ。
「このくらいで僕が負けれるわけないだろ!」
自分を中心とした半径一メートル内に暴風の結界を作る。しかも、その領域に足を踏み入れれば、ろくな動きもとれないままキルハに感知されるもの。
これを使えば速かろうが関係ない。
結界を張った数瞬後、キルハの探知に反応があった。
「そこっ!」
迷いなく魔術を放ち、アーシェにとどめを刺す。しかし、もうそこに彼の姿はなかった。
そうなればと、キルハは魔術を起動――自分を中心にして、先ほどの結界を少しずつ開きながら範囲攻撃を仕掛ける。
これなら会場のどこにいても関係ない。
「はぁ……はぁ……」
地面は風によって綺麗に整地され、なにも空間に存在しなかった。
アーシェは吹き飛ばされたのか、それとも。
観客たちも次の展開を読むことができず、ごくりと息をのむ音だけが響いた。
その瞬間、空が光った。
その場にいた誰もが反応できなかった。誰もが空に視線を置いた時には、すでにアーシェはキルハの背後を取っていたから。
「この勝負、引き分けだな」
「はっ――なんのっ!」
キルハは反撃に出ようとしたが、次の瞬間には彼に羽交い絞めにされて身動きが取れなくなっていた。
しかも、彼は明らかに魔術を起動して何かの攻撃を仕掛けようとしている。それを警戒しないわけがない。
キルハが身をよじりながらどうにか脱出しようと試行錯誤をするが、どうやっても彼を振りほどけない。しかも、彼の雷の魔術が彼を中心に発動してしまっている。
魔術は放電し、周囲に電撃を降りかからせる。
「くっ、何のつもりだ」
「もう魔力がないからな。この攻撃で終わりだ。まあ、さっきの攻撃は誰も殺さないために魔力を空に近づけただけだしな」
「待て、まさか――」
先ほどの言葉からキルハは彼が何をしようとしているのか理解し、どうにか脱出を試みる。
こんな無様なことはないとばかりに、先ほど以上に必死だった。
そんな彼らのもとに声が届いた。
「もういい! もうやめるんだ!」
観客席からエレノアが叫んでいた。
「君の、決闘主がやめろと、言っているよ」
「わかってる。でもな、あの人がなんと言おうと、もう決めたんだ――できる限り、お前らを不幸にするってな」
「くっ、貴族らしい誇りを持っていると思ったが、見当違いだったようだ」
「アーシェ! そこまで命を張る必要はない! もういい。私は決闘を放棄する!だから――」
エレノアは力の限り叫んだが、もう遅かった。
バチバチと音を立てて放電を繰り返すアーシェの魔術は、キルハを羽交い絞めにしたまま大爆発を起こす。
焦げ付いた黒煙が少しずつ晴れていくと、気絶したアーシェとキルハが見つかる。
――自爆攻撃。決闘第二戦、アーシェの決まり技で引き分けとなり、両者戦闘不能による終結。
アーシェの退場により残兵の喪失。この決闘エレノア陣営の敗北となった。
◇◇◇◇◇◇
決闘終了後、両名ともに体に甚大な被害を受けていたが、王太子陣営にいたフィアナの治癒魔術により、特にこれといった後遺症もなく済んだ。
しかし、決闘の結果から王子とエレノアの婚約は破談。
王宮から王子とフィアナの婚約は反対されているために、事実上は王子の婚約者がいない状態となって、この剣は幕を閉じた。
終了から数時間後、アーシェは個室のベッドの中で目を覚ました。
部屋の中を見渡し、エレノアの姿を見つける。
「起きたのか……」
「すいません、勝てませんでした」
「いい、お前はよく頑張った。学園側としてもあれだけの戦果を残せるお前を手放すのは惜しいらしい」
「――何を言って……」
起きて早々、アーシェは彼女の要領の得ない言葉に困惑する。
「私は廃嫡――良くても、他家に売られるだろう。政治的に見ても、アヴィジリア家あたりが妥当だろうな。だが安心しろ。もう教員たちとは話をつけて、お前の退学は見送ってもらっている。あとは私が父を説得すれば……」
「待って、ください。俺は王子との決闘に敗れたんです。俺だって覚悟は――」
「そんなことにまでお前を巻き込むわけにはいかない」
彼女はそれだけ言って部屋を立ち去ろうとする。
さすがにそれだけで納得できるわけないアーシェは彼女を追いかけようと、ベッドから出る。
「待ってくだ――ぐっ……」
「あんな魔術の行使をしたんだ。キルハもそうだが、お前も見えないところの損傷が激しいらしい。あの女が治癒をしたことでしばらくすれば治るらしいから安静にしておけ」
「待ってください。エレノア様――」
「アーシェ、お魔だけでも味方でいてくれたこと――」
彼には、一瞬だけ見えた。
ほんの一瞬だけ見えた彼女の頬には、一筋の涙が流れていた。しかし、彼女はそれを見せようとせずに、振り返らず、一言だけ彼に投げた。
「――嬉しかったぞ」
傷の痛みで追いかけられないアーシェを置いて、パタンと部屋の扉は閉じられた。




