第六話 疾風のごとく、雷とともに
開始の合図と同時にアーシェは攻勢に出る。
一戦目の勝負を決めた雷の矢で、攻撃を始めた。
しかし、相手のキルハは強力な技を前にしても一切慌てることなく彼の適正である風の魔術を使用した。
局所的な暴風の発生により、アーシェの一撃は軽く霧散されてしまう。
さすがに想定していたものの、こう軽く受け流されてしまうと彼としても思うところがある。
「落ち着いていればこの程度……ジリアも負けることなかっただろうに」
「この感じ、俺の適性が割れてるな。教授たち以外にはあんまり喋ってなかったんだけどな」
「あまり僕の情報網を舐めないでいただきたい。まあ、本気で隠していればそうできただろうに。怠慢だね」
「別に端から隠す気はないよ。まあ、でもこうやって対策を気にしなきゃいけないなら隠して生きるのもアリかもな」
そう言って彼は距離を詰めようとする。しかし、どうにも向かい風のせいでうまく体を動かすことができない。
魔術の基本三属は火、水、風――大半の人間がこの三つの属性に適性を持つ。あとの半分はそれ以外の有象無象。
基本三属以外の属性の魔術の利点は、いまだ解析されていないことも多く、不意打ちも多く通ずる。しかし、さすがにそれにも限度があり、先に調べられていれば難しい。
逆に基本三属は多くの人が使えるがゆえに洗練され、扱い方も教えられることで修得できる。その代わりに、不意打ちじみたことは難しい。
キルハの使う風属性の魔術は、他の基本属である火に比べて火力に劣り、水に比べて扱いにくい。
威力やベクトルなど扱う情報が多いわりに威力が出ない。だが、代わりに使用者によって扱い方は多岐にわたる。
すでに決闘場にはすさまじいほどの風が吹いている。
キルハにその場を支配されているのだ。しかも――
「ぐっ……」
「早く投降したほうがいいよ。時間をかけるだけ苦しくなるだけだ」
風の中に攻撃を忍ばせているのか、見えない斬撃がずっとアーシェを襲い続けている。
今の彼にできることはただ防御すること。攻撃を見極め、隙を窺うしかない。
(魔力がほとんど残ってないせいでそこら辺の探知はできないが、よく目を凝らせ……。風によって攻撃を成立させるのなら、必ず斬撃の部分は空気を圧縮して固めなくちゃならない)
腕で顔を覆い、わずかな隙間から周りを見渡す。
よく目を凝らし、風の中を見ていると、少しずつ空気のゆがみのようなものが見えてくる。
そう、彼の読み通り風の斬撃は空気の圧縮によって硬化させて、人体を斬る技。
つまり、周りとの空気の密度が変わる。
(何でかは知らないが、そうなったらただの空気とは違って目視ができる)
空気の動きを捉えた彼は、最低限の動きで真正面からの斬撃を避け始める。さすがに背中に目はついていないため、四方八方のすべての攻撃を防げるというわけではないものの、それでもダメージは最小限となっていた。
「まさか、僕の結界への対処法を見つけるとは――ですが、それを防いだところで何も変わりませんよ」
そう言うと、キルハは攻撃の第二陣を放つ。
一般に『ウインドナックル』と呼ばれる魔術――圧縮した空気の塊を風で押し出し、打撃を加えるもの。斬撃を避けるので精一杯なアーシェからすれば回避不能の一撃だった。
「がっ……!?」
「先ほどのジリアとの戦いで中距離戦以下に持ち込まれると面倒なのはわかっている。君に触れると、微弱な電気で動きを阻害されるのだろう。でなければ、あの男がいきなり倒れるなどということはあり得ない」
前回の戦いも種を見抜かれてる。
それならば、彼はもう一枚手札を斬らないといけない。だが、一戦目で出さなかったそれは、リスクが存在しているからだ。
その手札を斬るのはあまりにも覚悟が鈍る。
「ちっ、体張るって決めても――痛みを知ってるから、気持ちがどんどん後退してく」
◇◇◇◇◇◇
観客席から戦いの様子を見ていたエレノアは、歯がゆい展開に拳を握っていた。
「くっ、さすがにキルハ相手では……」
相手が悪いと考え、自分が何をすべきか考えていると、近くから怒号にも似た声が飛び交ってくる。
「もっと腹を抉るように攻撃しろ!」
「ウインドカッターの精度悪いんじゃないの。もっとボコボコしないと!」
「ほら、さっさと沈めアーシェ」
先ほどの逆転を見せたアーシェの活躍で、今回も彼の活躍を見たい観客が盛り上がっている中でアーシェの敗北を求める声が聞こえてくる。
その声の主たちは、エレノアの取り巻きたちだった。
「あいつら……!」
奴らは彼女を裏切り、すでに取り巻きとはいえない関係せいだが、それでも長く一緒にいた間柄だ。そんなにも負けを求めて怒号を飛ばす意味が分からない。
彼女視線が元取り巻きたちに移っている間に、観客たちの声が一気に静まり返る。
はっとした彼女はすぐにアーシェの雄姿に視線を戻すが、すでに彼は服が破け、立っていることそのものがもう限界というのが見てわかるほどにボロボロになっていた。
「アーシェ……!」
もうその姿を見たくない。最後に自分の全部を使ってでも彼だけは守る。だからもう、この決闘は負けてもいい。
殿下のことなどすでに彼女の頭から離れていた。ただ、自分に尽くしてくれる男を殺さないために。
「き、棄権だ!」
◇◇◇◇◇◇
エレノアの声は決闘の場にも大きく響き、アーシェとキルハの両名。そして、審判の耳にも届いていた。
決闘元の人の宣言。これで決闘は終わるはず。だが、とめようとした審判の声などすべてを無視して、戦闘の意思を見せるアーシェに、キルハは攻撃をやめることはなかった。
『ふ、二人とも、これ以上は――』
「審判、止める必要はない。僕の相手はまだ戦いたいようだからね」
審判よりも圧倒的に高い位のキルハの言葉で審判は黙る。
キルハはもう理解している。完膚なきまで倒さないと、アーシェは絶対に引かない。
暴風の中、いまだに防御姿勢を崩さない彼を前にとどめとばかりにキルハはひときわ強い魔術を起動する。
「彼女の判断は極めて正しかったと思うけどね。骨が折れるくらいは覚悟することだよ。まあ、フィアナさんが治してくれますから」
「治療が必要なのは、お前もだよ」
そう彼が静かに言ったと思えば、彼は性懲りもなく魔術を起動する。
「この期に及んで悪あがきか――貴族らしくないね」
「昔からそう言われてきたよ。少しは結婚相手探せってな!」
その瞬間、キルハの視界からアーシェの姿が消えた。




