第五話 決闘の合間に
「はぁ……はぁ……」
一戦目を終えたアーシェは肩を揺らしながら会場へつながる通路の端で、地面に座りながら休んでいる。
初戦のジリアを倒したものの、彼の陣営には次鋒や大将となる人材はいない。
次の戦いの相手はキルハ=イジューシア。
王太子殿下の乳兄弟――王子の一番の信頼を得る側付きの男だ。
その男は学内でもかなり成績が優秀で、まともにやり合うのなら局面によっては王子より強い。
そのくらい魔術に秀でており、近接格闘の成績も極めて高い。彼が側付きでさえなければ、学園側が教授として魔術の発展に雇いたいと噂しているほどのものだ。
そんな相手とこんなコンディションで戦わなければならないと思うと、気が滅入る彼だった。
自分が光の魔術に適性さえあればもう少しマシに戦闘を継続できただろうが、そうなれば今度はジリアとの戦闘を乗り越えられなかっただろうから、物も考え方だろう。
そんな彼のもとに一つの影が近づいてきた。
「アーシェ!」
「エレノア様……」
「もういい。お前は精一杯やった。これ以上は体が持たないぞ」
「はぁ……そういうわけにもいかないですよ。こうなった以上、俺も勝たないと、貴族で居られないでしょうし――それに……げほっ、ごほっ!」
会話の途中にすらせき込み、体の限界を見受けさせる。さすがにそんな状態になってまで決闘を続けてほしいなどと思うエレノアではない。
「もういい。貴族という立場でなくなるのが怖いなら、私が進言する。最後にお前くらいは守れる」
「別に貴族で居られなくなるのが怖いわけじゃないですよ」
「じゃあ、なんで――」
「俺は、俺の好きなように生きてます。だから、この決闘だって――俺の好きでっやてるから、問題ありません」
ここで「貴方のため」と言えるだけの勇気があれば、弱っている彼女の意識の中に潜り込むことはできただろうが、結局そこまでのものを彼は持ち合わせていなかった。
「運よくジリアに勝てたが、次の相手はさすがに冗談じゃ済まない。あいつは、殿下に危害が及ぶ可能性があれば手段を問わない。お前を殺しに来るかもしれないぞ」
「それは、大変ですね。でも、大丈夫です」
そう言って彼は立ち上る。
もう次の戦いが近づいているからなのだが、その足取りは酔っ払いの千鳥足よりもおぼついていない。
まともにやって勝てるだなんて彼自身が思っていない。
だが――
「覚悟はしておいてください。でも、できるだけ不幸にする人数は増やしてきます」
そう言って彼は会場に再入場していくのだった。
◇◇◇◇◇◇
格下だと思っていた相手に負けたジリアが、担架で救護室に運ばれている最中――
「ジリア様、ジリア様!」
「フィ、フィアナ……」
「ひ、ひどい――こんな火傷を負うほどの攻撃を仕掛けるなんて」
光の属性――治癒の魔術をすぐに使用し、彼女はジリアの容態を安定させていく。
焦げ付くような匂いも次第に取れて、黒く変色した肌も目に見えて鮮やかに戻っていった。そうなってくると、ジリアの意識もはっきりとしてきて、自分が負けたという事実に押しつぶされ始めた。
「クソッ、負けたのか……」
「じ、ジリア様はがんばりました!」
「でも、俺は――あんな経験のない相手に……すまねえ、キルハ」
「そんなに謝らなくてもいい。相性が悪かった。というより、君が魔法武器への対策を怠ったことが原因だね。多分、彼、相当加減して術を撃ったんじゃないかな」
「は……?」
ありえないことを言われたとばかりにジリアの表情がゆがむ。それもそうだろう。
格下、格下と馬鹿にしていたが、アーシェに実戦経験が明らかに不足しているのは明らかだった。なんせ、ほぼずっとジリアが戦闘を支配していた。ほんの一瞬で形勢を反されたが、それは慢心が原因ではなかった。
実際ジリアの戦い方は実戦で勝つ戦い方だ。
本来なら彼の打撃力や運動能力を考えれば、拳が入った時点で相手の戦意を削いだりといくつかの恩恵を受けれた。
しかし、相手があまりにも悪すぎた。エレノアのためならばと、味方がいない状況で決闘に出てくるような男。たとえ殴られようと気が薄れることなどないのだ。
「気持ちの差、というやつですね。あなたはフィアナさんを愛しています。ですが、今回の天秤に乗っているのはあなたではなく、殿下です。そこの差であなたと彼で自力に差が生まれたのでは?」
「クソ、気持ちなんて――後からいくらでもついて、ごほっ!」
「キルハ様、ジリア様は十分戦いました。私はジリア様が無事でいられるのならそれだけでうれしいです」
「それに彼の術はかなり強力なものだったはずです。制御が難しい魔術武器を使い、殺す一歩手前で威力を抑えた。あなたの完敗ですよ」
「クソッ!!」
ジリアは担架に拳を叩きつけたい気分だったが、万が一落下しないように縛り付けられているためにできなかった。
そんな彼にキルハは言う。
「まあ、彼も相当疲弊しきっていたようですがね。本当に紙一重だったのでしょう。これならば私が負けることはありません。綺麗に勝って、あの二人が学園を去った後、殿下たちとゆっくりとお茶でもしましょう」
「あ、あの、なにもできませんが、応援してます」
「はい、怪我をしたら治療お願いしますよ。私たちの女神様」
「は、はわわ……キルハ様、やめてください」
◇◇◇◇◇◇
『これより第二戦を始める――両者前へ』
「よくジリアを倒しましたね。その実力は評価させてもらいます」
「どうも……」
「ですが、もうボロボロじゃないですか。辞退したらどうですか?」
「はぁ……下がんないですよ。あんたがさがれないのと同じ。そういうところはわかりあえると思うんですがね」
「否定はしません。こんな状況でなければ、あなたを殿下の護衛にでもと思いますけどね。ですが、もうその話はできないですよ」
お互い、軽口が飛び合っているとは思えない表情で時間が過ぎていく。
万全のキルハに対して、満身創痍のアーシェ。やはり勝ち目など見えるはずがない。ここから勝てるのはおとぎ話の勇者だけ。
どれだけそれを馬鹿にしてきたアーシェでも、今だけは自分が覚醒しないかと馬鹿なことを考える。
調子がいいとわかりつつも、一つだけの突破口を考える。通用するかは知らない。だからこそ、彼のこの勝負はほぼ賭けとなる。
「では始めましょう。審判――」
『第二戦――始め!』




