第三話 勝ち目なき開戦
王子主催のパーティーで決闘の宣言をしてから一夜明けて――
いつもの部屋にエレノアとアーシェが二人で話をしていた。
普段通りならば彼女と取り巻きの数人で話をしているのだが、今日はどうにも様子が違った。
「そうか、お前以外が仕組んだのか……」
「本当にすいません。もっと俺が気を付けていれば」
「気に病むな。お前は魔術の適正も特殊で、研究で多忙だったからな。無理強いはできないさ。だが、私は人望がないな」
「そんなことは――」
「かばうな。あればもとよりこんなことにはなっていない」
明らかにエレノアは昨日の今日で衰弱している。
決闘を申し込んでたかを括っても、結局王子に見限られたのは同じこと。多分勝っても彼女の思うようにはならない。
それがわかっていても、彼女は自分の婚約者を取り戻したい。
しかし、決闘の勝ち筋はゼロに限りなく近い。なにせ、戦える人材がアーシェ一人なのだから。
大して相手は3人。しかも、この学年の成績上位優秀者たちだ。
普通にやったら勝ち目などない。
「決闘の方式は1対1の剣技による対決を繰り返し行うやり方か……集団戦を選択しないあたり、確実にお前を警戒しているな」
「あの時に手札を見せてしまったがために……」
「気に病むな。決闘を申し込まれたあちら側に方式の決定権はある。それに、殿下のいるメンバーの中にはジリアがいる。あれは剣の腕だけならうちの学年なら最高レベルだ。勝ち筋は、薄いだろうな」
自分の取り巻きのことを信じたいが、状況がそうさせてくれない。もう彼女の選択肢など一つしかなかった。
「お前はこの決闘を降りろ」
「は……?」
「冗談じゃなく、相手は強い。ただじゃ済まないかもしれない。そうなると、お前もお前の家も罰を受けることになるだろう。ただ、唯一私の見方で居続けたんだ。せめてそう影響がないように手配はするが――」
「ですが、エレノア様は」
「私は、よくて実家に軟禁。最悪、地方貴族に身売りをすることになるだろうな。もう、殿下との婚姻関係にない私など政治的な価値などないからな。心配はするな」
そう言われても、彼の心は晴れることはなかった。
なにせ、アーシェの見たい彼女の顔はそんな悲しみに暮れるものではない。そう考えれば、彼の取るべき行動など一つだけだ。
「決闘は下りません。やれるところまでやります」
「だが、相手はお前より爵位の高い者たちだ。万が一決闘に出て、やり合うことになればそれこそ相手の家が黙ってない。方便を垂れて、うちの家でも、かばいきれない」
「わかってます。わかってますけど――俺にも譲れないものがある」
――あなたのために
とまでは口にできないが、彼の信念はもうすでに決闘の方へ向いている。その後もエレノアは彼をかばうために何度も決闘をやめるように言ったが、結局彼は一人で結党に参加する旨と決闘のルールに関しての同意を行うために、渡された書面にサインをして王子たちのもとへと向かっていった。
「そうか、エレノアの取り巻きのお前だけが決闘に出るのか」
「さすがに不公平じゃないか?」
「そうですね。当日までにもう二人の参加は認めてあげましょう。あくまでこれは神聖な決闘です。不公平の内容にしましょう――後で、人数不利で負けたとごねられても困りますからね」
どこまで他人を見下したような言葉。
いや、正確には彼らにとって優しさなのだろう。自分たちが成績で絶対有利と取られている。この状況で向かってくるなど無謀に等しい。
「人数追加は必要ない。もとより集まるとも思っていない」
「じゃあ、わざわざ負けに来るって言うのか?」
「無論、ただで負けるつもりはない。本気でやれよ。じゃないとケガじゃ済まなくなるぞ」
「はっ、ちょっと適性が珍しいからって喚くなよ。学生の分際で実戦経験もないやつが魔術なんて使わせてもらえると思うなよ」
アーシェのちょっとした大口にジリアという男が反応する。
彼は確かに実家の管理下のもとで冒険者の真似事をしていた男だ。相当な場数を踏んでいる。そんな彼から強い自尊心を感じるのは当たり前のことだろう。
まともにやれば勝てない。彼が言うには魔術も使わせてもらえない。
彼の行く末はどうなるか。それはエレノアには理解などできるはずもなかった。
――決闘当日
「この日が来てしまったな……」
「そうですね」
「ふっ、実家にもすでに怒られた。この決闘で負けた場合は――」
「絶対に、絶対に――」
「そう気負うな。私のことはもういい。ここまで一緒にいてくれただけで、少し楽になった。だから、これからお前は、自分の幸せを目指して生きてくれ」
「なら俺がここで引く理由はありません」
もう覚悟は決まった。彼は闘技場の入場口を超えて、観客の前に姿を現す。
観衆の中には自分たちを裏切った元取り巻きたちがにやにやとしている。少なくとも奴らにだけは何かしらの報いを受けさせなければならない。
それがいつかの未来にやることになったとしても。
まあ、その前に公爵家が黙っていないだろうが。
「なんだ、結局人数は集まらなかったみたいだな」
「やっぱり先鋒はあんたか」
王子側の先鋒として出てきたのはジリア。
ここで彼らも終われば楽に済むと思っているのだろう。
「ジリア様、頑張ってください!」
「おうよ! お前の応援があれば百人力だぜ!」
『では、先日交わされた契約をもとに決闘を執り行う。両者構え――』
審判の声に合わせて、二人は腰に携えた剣を抜く。
もう彼らの耳に届くのは剣と鞘がこすれ合う音だけ。極度の集中が場を支配する。
今、決闘の名で取り繕われた殺し合いが幕を開ける。
「――始め!!」
合図とともにジリアは地面にを蹴り、急速にアーシェに接近する。
彼の目でとらえるのが難しいほどの速度で肉薄し、一本を取ろうとする。
だが、アーシェも学年上位ではないにしろ、それなりに優秀な学生だ。
彼の培ってきた剣術で受け止めて対応した。
ここだけ見ればいい試合ができそうな雰囲気。だが、それをジリアはぶち壊す。
突然剣で競り合っていたジリアの剣が突然脱力する。
急に抑え込まれていた力がなくなったことで体勢を崩したアーシェは、前面に体を倒していく。
「くっ……!」
「やっぱ、甘いな」
そう聞こえた瞬間、彼のこめかみに衝撃が走る。
グンと頭が震えるような感覚に襲われるものの、慌てて相手の手元を見ると――
握られた拳が振り抜かれた後だった。
「ちっ、剣での勝負じゃねえのかよ」
「だから言ってんだろ。実戦経験が足りねえって」
「違うぞ。そういうのは――」
少し頭に血が上ったアーシェはすぐに冷静になる。
平静を保っていないと、魔術の起動をうまくできない。相手がそう来るのならだ。
「――姑息って言うんだよ」




