第十九話 掴み取った心臓
エレノアは五分と待たずに動き出した。彼女の思惑通りなら、ここまでのすべての行動が裏目に出ていると理解したからだ。
すぐさまビオラのもとに駆け付け、倒れている二人のうちの片方を抱え上げる。
「脱出するぞ。最低限この二人だけでも――」
「そ、そんな、まだギィブルが……」
「わかっている! だが、このままでは全滅する」
彼女の鬼気迫る表情にビオラも残りの一人を抱え上げて動こうとする。
だが、魔物はこちらを逃がそうとしてくれなかった。
「ピギャアアアアア!」
雄たけびを上げて離脱しようとする二人を追いかけ始める。
「うそでしょ!? ボスは最奥の部屋から出てこないはずなのに!」
「おそらくこのダンジョンに寄生した別の何かなのだろう。ボスではないから、自由に動けるのだろう」
「じゃあなんで今まで――」
「誘われてたんだ! 救難信号も何もかも、お前たち以外の人間を誘い出すために」
「そんな、じゃあギィブルは……」
「アーシェも無事じゃ済まないだろう」
「ならなんで逃げるんですか。このままじゃ誰も助からな――」
「だからだ! このままならアーシェも気付く。なら私は、あいつの稼ぐであろう時間で脱出する!」
そう言って彼女はもう一度走り出す。
その道中、先ほどの白い生物に寄生されたアンデットに遭遇した。
索敵を怠っていたエレノアは目の前に出現したアンデッドに反応が遅れる。
しかし、彼女はできるだけ素早い装填で魔術を発動し、アンデッドを吹き飛ばした。
だが、どちらも男一人を抱えて走っているこの状況。速度なんて出るわけがなかった。
少しずつ魔物が近づいてきており、もう追いつかれそうなところにまで来ている。
彼女の体感時間でしか時を測る手段がないものの、いまだ3分ほどしか経過していない。
だというのに、明らかにスタミナ切れが早い。
それもそのはずだ。
彼女はこのダンジョンに来て常に領域を開き続けていた。
休憩中こそ、安全地帯での領域は閉じていたが、それでも警戒時間のほうが長い。
故に彼女の魔術の燃料――魔力が切れ始めている。
万人に取って魔力は重要なもの。
あれば万能の魔術を持って叡智を切り拓ける。しかし、なくなれば強い倦怠感を引き起こし、魔術の行使が不能になる。
魔術師であるエレノアにとってそれはかなり致命的なものだ。
だが幸いにも魔力を補填する手段はある。
それをふんだんに内包した魔石を砕くこと。それが魔力の充填方法だ。
特殊な魔道具を除き、使い捨ての魔石は高い魔力を内包している。それを砕くことで、自身に魔力を流すことができる魔術師にとっての生命線ともいえるものだ。
だが、それを使ってもこの状況の打開は難しい。
領域を使うだけなら少しずつ減っていくだけなのだが、先ほどのような攻撃性の高い魔術は効率がとにかく悪い。
かなりの魔力を使いながら扱うため、このダンジョンに来た時とは比にならないレベルのスピードで魔力を消耗していってしまうため、脱出前に魔術が撃てなくなり、行動ができなくなってしまう。
(まずい……かなりの数のアンデットも寄ってきている。脱出までの道のりもまだ一割にも満たない。私がここに残ってビオラを先に逃がしても何の意味もない。クソ……なにか打開策を)
「ピギャアアアアア!!」
エレノアが打開策を思いつく前に魔物が攻勢に出る。
蠢く体の一部が盛り上がり、彼女たちに襲い掛かる。
「くっ……!」
飛び出してきた攻撃の勢いのまま衝突すれば重症は免れない。
だからこそ彼女は自分の魔術で勢いを殺そうとして、火を放った。
すると、突然魔物の攻撃の勢いが鈍った。
正確には、魔物が攻撃するための職種のような何かを引っ込めたのだ。
(なんだ……? いや、もしかして――)
なにかに気付いた彼女は通路に火を放っただけで、その場を走り出す。
火が放たれた通路は、轟々と燃え盛り閉鎖された空間内を熱が支配し始める。
すると、魔物は火に怯み、それ以上はこちらに向かってこない。僥倖とばかりにおいて彼君のエレノアはビオラに追いつくように走る。
「え、エレノアさん、もう大丈夫なんですか?」
「しばらくは大丈夫だろう。まあ、燃えるものも少なかっただろうし、閉鎖空間で魔力の供給がない炎はすぐに消えるからな。あまり大した時間稼ぎにはならないはずだから、さっさと逃げるぞ」
「くっ、ギィブル……」
それからまたしばらく走り、すでにアーシェの宣言した五分が過ぎたころ。
エレノアの感知していた熱が一つ消滅した。
「え……?」
危ない状況ではあった。
だが、アーシェなら必ず死なない。自分を置いてどこかに言ったりはしない。どこかそう思っていた。
だからこそ、今のこの状況は痛く響いた。
消えた熱源は魔物の中で移動を続けていた存在のうちの一人。
片方より、より激しく動いていたほうだったのだが、突然その反応がなにかに飲み込まれるように突然消えたのだ。
「エレノアさん、速く逃げないと……?」
「ビオラ、すまない。こいつも抱えて脱出してくれ」
「で、でも――」
「いいから、ここは私が――」
『その必要はない』
突然彼女にとって聞きなれた声が周囲に響く。
今しがた死んだと思った彼は、次の瞬間にエレノアの隣に現れた。
「アーシェ……!」
「ビオラ、ギィブルはこいつで合ってるか?」
「あ――ぎ、ギィブル!」
彼は目的の男も回収し、いよいよ残りは目の前の間もというところまでやってきた。
エレノアは彼と並んで魔物と対峙する。
しかし、もうアーシェはその魔物に目もくれない。
「なにをしているアーシェ、あいつを倒さないと」
「なにを言ってるんですか、エレノア様――」
「は? いや、だから――」
「もうあいつ、死んでますよ」
彼がそう言うと眼前に迫っていた魔物の全身から突然電気が放電され始めた。
「ギヤアアアアアアア!!!!」
ダンジョンを震わせるような断末魔の後、”跡形もなく”消滅した。
「す、すごい……」
「調査のほうはできませんでしたけど、脅威は排除しました。エレノア様、行きましょう」
「あ、ああ――その、助かった」
気絶した三人を抱えて数時間かけてダンジョンを脱出する。ただ、魔力が尽きて、あまり長時間歩けないエレノアのために休憩をはむことが多くなってしまった。
しかし道中の寄生されたアンデットはなぜか三人によりつくことがなく、行きの時よりも楽に歩くことができたのは、不幸中の幸いというべきだろう。




