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令嬢は王子に狂わされ、俺は彼女を護るために騎士の道を捨てた。~ただの取り巻きだった男が、すべてを失った彼女を笑顔にするまでの物語~  作者: 波多見錘
第一章:さよなら、美しき絶望の日々

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第十話 一夜明けて

 公爵家から姿を消したアーシェとエレノアは、現在帝国に向かう御者の荷台の中で丸まっていた。

 令嬢であるエレノアを拐かしてから最速で御者のもとへとたどり着き、計算通りなら明後日中に国境を超えることができる。そこからは数日ほどで目的の街へと到着でき、少なからず持っている路銀で宿でも取ろうと考えている。


 公爵令嬢のエレノアにとっては狭苦しい数日になるだろうが、やったことがやったことなだけに仕方がないと割り切っている。


(あとは国境を抜けるまでに俺たちの情報がいかなければいいが――幸いこの国の遠距離の伝達方法は人の足以外存在していない。俺たちが最速で動き続ける限りは、国境の検問が警戒態勢になっていることはないだろう……)


 心配の必要はないとはわかっているが、どうにも警戒して顔を隠すようにしてしまう。

 そんな中、彼らの警戒心を知らない御者の男が話しかけてくる。


「帝国にはどんな用なんだい?まあ、王国から出るってんならダンジョン攻略でも夢見てんのかい?」

「まあ、そんなところですかね」

「俺が言うのもなんだが、ちゃんと準備して、実力を過信しちゃいけないぞ。王国は土地柄、強い人材も多いが、それでも適性を間違えれば簡単に死ぬ。それが帝国のダンジョンってやつだ」

「わかってますよ。でも、王国で暮らせないってなったら、帝国で一発稼ぐっていうのは有名でしょう?」

「そんなに有名なのか?俺が帝国出身だからあんまり知らないだけかもしれないけど、冒険者ってのはいわばなんでも屋のその日暮らしの集まりだからな。国内で自分の子供がなりたいなんて言ったら、真っ先に反対されるようなものだぞ」


 別にアーシェが帝国の内情を知らないわけじゃない。

 しかし、今の彼らにとって帝国というのは少々都合がいい。


 王国と同盟関係に無い帝国は王国と指名手配を共有することはかなり稀。それに、騎士職が少ない代わりに、冒険者という職がかなりメジャーな国だからこそ、身分のはっきりしない二人にとって働いて金を稼ぐにはちょうどいい。


 戦争の可能性はあるだろうが、そうなれば帝国近辺の国に逃げ込むにも冒険者という名は非常に使いやすい。

 冒険者は帝国以外でもあくまで在野の活動者として扱われるためだ。


「なあ、アーシェ――これからうまくいくだろうか」

「いきますよ。なにがなんでも」

「私も、お前にこの行いの後悔はさせないようにする。だから、二人で頑張ろう……」

「はい、命にかけても」

「……すまないな、眠くなってきた。少し肩を借りるぞ」


 そう言うと彼女は彼の肩に寄り掛かりながら眠りにつく。

 少しずつ時間が経ってくると、彼女の姿勢は少しずつ崩れてきて、彼の腿を枕にして眠ることになるが、彼にとって些末なことだった。


 ◇◇◇◇◇◇


「ご報告申し上げます。今朝がたにグラメスタ家からの連絡で、アーシェ殿が学園を自主退学、その後行方をくらましたとのことです」

「はぁ……やはりか。ふむ、どうこの件は処理しようか」


 エレノアが攫われてから一夜明け、公爵家は少し慌ただしくなっていたが、それに反して公爵であるエレノアの父はどこか冷静だった。


「父上、やはり昨夜の犯人は――」

「アーシェ君だろうなあ……まさかここまでの凶行に出られるほどの胆力があるとは。やはり、彼は王国の騎士となれば相当心強い人材になったに違いない」

「ただ、そこまでの男が誘拐犯ですか。この後はどうしますか?」

「お前は、彼がこれからどう動くと思う?」


 そう言って公爵は自分の息子――エレノアの兄に聞く。

 兄は、ありふれた意見ながらも自分の考えを言った。


「これは私ならばという話ですが、誘拐犯となり、王国内で過ごすことは無理でしょうから、とにかく国外に逃げるでしょうね。その中で一番現実的なのは帝国かと」

「やはりお前もそう思うか。あの二人なら冒険者稼業でもそう簡単に死なないとは思うが……」

「父上も意地が悪いのですよ」


 エレノアの身を案じているような言葉に兄が苦言を呈す。

 元はと言えばと言わんばかりに、父を非難する。


「父上が手を回せば彼にエレノアをあてがうことはできたでしょうに。当初も、アヴィジリア家へ嫁がせる以外に、彼のもとへ預ける選択肢もあったでしょう?」

「そうなのだがな。エレノアは自分の意見を言わなかった。なら、貴族としての立場を優先するのであればと私は選択したまでだ。直前になってやっぱりというのであれば、私はまだ嫁ぎ先を変えるくらいはしたし、そのくらいは聞いていたさ」

「ですが、どうしますか?念のために手を回していた少年がこういう凶行に出るのは少々困りますが……」


 大事な一人娘をあまり好ましくない家に嫁がせる。

 その選択を真っ向から否定し、愛娘を奪っていったグラメスタ家のアーシェ――本来なら彼を同盟国内で一斉に指名手配するところだが、どうにも公爵家としての心象はあまり悪くないようだった。


「誘拐犯がアーシェ君というのは伏せておこう。表向きはエレノアのことを探していくことにはするが、あとは彼に任せよう」

「わかりました。そのように手配しておきます。アヴィジリア家との婚約の話は――」

「破談に決まっているだろう。これから見つかるはずもない令嬢を婚約させておく道理はないさ。なに、政敵というほどの脅威ではない。適当にあしらっておこう」


 それを聞いてからエレノアの兄は公爵の執務室を出ていく。

 いまだ慌ただしく騒ぐ屋敷を無視して、今しがたやってきたアヴィジリア家の使いのもとへと向かう。


(まったく、父上もエレノアも素直になればいいのだ。あんな男のもとに嫁ぐくらいなら、最後まで裏切らなかったアーシェ君のほうがよっぽど優れているだろうに。学園での研究も聞けば、面白そうなことをしているじゃないか。本気で取り込めば、親子ともども幸せだったろうに)


 過ぎたることを想っても仕方がない。だが、それなりの人材を失ったのは、決闘の内容を見ても明らか。だからこそ、もっとうまく立ち回るべきだったと後悔する。


(まあ、これからの君に期待かな。エレノアをよろしく頼むよ)


 アーシェに期待を寄せながら着いた先には、エレノアの婚約先の家の使いがいる。

 その使いの前に立った兄は、ただ一言だけ伝える。


「申し訳ないが、私の妹エレノアは何者かによって攫われた。総力を挙げて捜索しているが、結果は芳しくない。今は一旦お引き取りください」

一旦一章の区切りがいいので、リアルの生活もあり数日ほど投稿が空くかもしれません

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