第12話:ノックアウト強盗事件その3
「おい、姉ちゃん!」
仮名頭リンは背後から粗野な男の声が聞こえてきたので振り向いた。
すると、彼女から僅かな距離の所に背の高い男が立っているではないか。
リンの身長が162㎝、その彼女が見上げる背の高さだったため、180㎝を優に超えていると理解した。
年齢は20代前半、もしかすると10代後半かもしれない。
金髪を逆立てたヘアスタイルに鋭い眼差し、無精ひげをたくわえている。
服装は青いワイシャツにオフホワイトのジャケットと同色のスラックス。
いかにも半グレといった佇まいをしている男が突然現れたことで、リンは激しく動揺した。
「あ、あぁ…」
初めて危難に遭ったことを自覚せずにはいられない。
それ以上に刑事らしい毅然とした態度を取ることのできない自分に苛立つリンだった。
「俺は単なるコンビニの客さ。だからそんなにビビらなくてもいいぜ。ところでお姉ちゃん、さっきから向かいのビルを見張ってるようだけど何かあったの?」
半グレ男はリンに対して完全にマウントを取ったかのように馬鹿にした態度で接してきた。
しかし、簡単にこの場からは逃がさないぞという威圧感が大きく、リンの恐怖心は止まない。
(どうしよう…怖い…けど、私は刑事!)
リンは目を見開いて半グレ男を真っ直ぐに見た。
(今は捜査段階だから簡単に刑事だと明かすわけにはいかない。ここは一旦引いて常田さんたちと合流しよう)
「いえ、ここで人と待ち合わせしていたんですけど、いつまで経っても来ないのでボーッと向かいを見ていただけです。それでは失礼します」
状況を誤魔化してその場を離れようとするリンだったが、半グレ男が彼女の腕を掴んで離さない。
そして、男は人目につかないようにコンビニの脇へとリンを強引に連れてきた。
「何をするんですか?離してください!」
リンの口調が荒くなる。
「そんなこと信じられるかよ!お前は明らかにあのビルの様子を窺ってやがった。いや、ビルよりもあそこに停まっているチャリンコを気にしてたな!」
半グレ男は見た目に反して推理力と観察力に長けているようだ。
リンはどうすればここから逃げることができるか思案する。
「お前警察だろ?何を調べてやがるんだ?」
男がリンを詰問しようとしたその時、リンを掴んでいた右腕の力が若干弱まった。
(隙ができた!)
リンは掴まれていた左手の五指を開き、そのまま内側から外側へ回した。
「!?」
驚いた半グレ男の体勢が崩れると、リンは男の右手に手刀を打ち込んで距離を取ることに成功する。
(よし!)
リンはそのまま走り出した。
うまく逃げることができたと思ったその刹那、彼女は何かにぶつかった。
「痛っ!」
そこには半グレ男の仲間だと思しき男が立ちはだかっていたのだ。
「アニキの見立て通りッスね!この女素人じゃねぇッスよ!」
仲間の男は子分らしい。
兄貴分よりもさらに背が高く、相撲取りと言っても通用するほどの体格だった。
リンはあっという間に子分男に捕まってしまった。
「その女逃がすなよ、ジャンボ!」
半グレ男がゆっくりとジャンボと呼んだ子分の元へ近づいていく。
「手間かけさせんなよ!」
半グレ男はそういうとリンの鳩尾の辺りを思いきり殴った。
「ガフッ…」
あまりの痛みと息苦しさにリンの思考能力は完全にストップしてしまう。
「連れてけ。周りにバレねえように気をつけろよ!」
半グレ男とジャンボはリンを黒いワンボックスカーに乗せて何処へと去っていった。
「グッ…」
リンはようやく思考を取り戻すことができた。
失神はしていないものの、長い時間激痛に喘いでいたのだ。
(ここどこ?)
リンが周囲を見回すと明かりが点いていることがわかる。
どこかのマンションの一室のようだ。
周りは殺風景で家具の類は何も置かれていない。
リン自身は冷たいフローリングの上に横たわっている。
さらに彼女は両腕を後ろ手に縛られており、両足も縛られて身動きができない状況だった。
「アニキィッ、女が目ェ覚ましたッスよ!」
声のする方向をリンが見やると、ジャンボが大声を上げてこちらを見下ろしていた。
ジャンボの奥にはこの部屋にある唯一の家具であろうソファーに半グレ男が座っている。
「仮名頭リンさん?M県警捜査一課の刑事さんなんだね…」
男は冷たく抑揚のない口調で話しながら、リンのバッグの中を物色していた。
そこで警察手帳を発見されていたのだ。
帰宅途中だったので拳銃は署へ置いてある。
刑事だとバレてしまったことは不徳の致すところであるが、拳銃を奪われなくて良かったとホッとするリンだった。
「一課の刑事が俺らに何の用だったのかなぁ?」
半グレ男の目が不気味に光った。




