第11話:ノックアウト強盗事件その2
「どうしたんです、仮名頭さん?」
常田シロウは仮名頭リンが言った疑問符の言葉を聞き逃さなかった。
「あ、いや…大したことじゃないと思いますが…」
リンは余計なことを言ってはいけないという普段の引っ込み思案な自分が出ていることを自覚している。
自分の違和感などこの捜査の役に立つはずがないとの思いが彼女の思考全体を支配し始めていた。
(どうしよう…)
「大したことじゃないかどうかは捜査の過程でわかることです。今は一つでも多くの手掛かりを見つけることが何よりも重要なんです。何でも構わないので話してください。」
常田はイライラするわけでもなく、本気でリンの意見を聞こうとしている。
それは自分の考えが間違っていたと思わせるのに十分な説得力があった。
(流石、現場で活躍するだけのことはある)
リンは改めて後輩刑事に尊敬の念を抱いた。
「あ、ありがとうございます。えっと、この右側の前から2、3、4、5番目に停まっている自転車なんですけど…」
リンは防犯カメラのモニターを指差した。
カメラには中央に通路、その左右に上下二段式の自転車ラックが映し出されている。
「これですか?」
常田が指差した先にはドロップハンドルタイプの自転車がある。
色は黒一色だった。
「はい、それです。それの本体って言うのかな、前輪と後輪の間の」
「フレームですかね」
「ええ、そのフレームに何かくっついていますよね」
「これは携帯式の空気入れだと思いますよ」
「そうなんですね。私には警戒棒のように見えたので、もしかしたら凶器の可能性もあるかなと思ったんです」
「ふむ…」
常田は目を凝らして件の自転車のフレームを凝視した。
ズームができると聞いたのでキーボードを操作する。
しかし、解像度が悪いのかはっきりとその物質が空気入れか否かは判らなかった。
「この自転車がいつ持ち込まれて、いつ出庫したのか見てみましょうか」
そう言って常田は防犯カメラ映像を巻き戻し始める。
そして、今度は早送りを行い、それらを何度も繰り返した。
リンも必死になってモニターを見つめる。
「アッ!」
リンは驚きの声を上げた。
「こいつ怪しいですね」
常田もリンに同意する。
自転車の持ち主は若い男性に見えた。
全身黒ずくめの服装で同じく黒いリュックサックを背負っている。
やはり黒いマスクを着けており、はっきりとした素顔は判らない。
男は入庫後に一度駐輪場へ戻り、フレームに付いていた棒状の物を持ち出していたのだ。
「入庫時間が3月●●日の23時48分で、出庫時刻は犯行日の3時21分。犯行時刻の後に出ているし、何より棒を持ち出してる。こいつが犯人の可能性もありますよ!」
防犯カメラの解像度が低いことで細かい特徴の特定は困難であるが、この自転車の足取りを追う価値は十分ある。
「地下駐輪場の防犯カメラ画像の提供をお願いしたいのですが…」
常田が警備員と話をしている間、リンは初めて自分が捜査に加わり僅かでも貢献できた喜びに打ち震えていた。
(けど、犯人逮捕が一番大切なこと!)
気持ちを入れ替えるリンだった。
常田とリンが商業施設『A』の防犯カメラ映像を取得して捜査本部へ持ち帰って以降、映像に映っていた自転車と持ち主の捜索が重点的に行われることとなった。
リンは引き続き常田とコンビを組み、周辺施設の聞き込みを行っている。
しかしながら、有力な手掛かりを得ることができずに数日間が経過した。
ある日の捜査が終了した夜、リンは帰宅途中にコンビニへ立ち寄った。
ペットボトルのミルクティーと夜食用のカップサラダを購入して店を出たその時だった。
「あれっ?」
コンビニの斜向かいにある雑居ビルの前に、防犯カメラで見たものに酷似した自転車が停まっている。
(どうしよう、常田さんを呼んだ方が良いかな?それとも近くの交番に応援要請しようか…)
思案した結果、彼女は常田に電話した。
常田の声からは明らかに驚愕が感じられた。
「仮名頭さん、そこから動かないでくださいね。下手に相手と接触したりしないように。とにかく早くそちらへ向かいます。所轄に応援要請もしますから、落ち着いて逐次状況を知らせてください!」
「わかりました」
常田との通話を終えると、リンは集中して目の前の自転車を見つめていた。
(早く常田さんが来ると良いのだけれど…)
彼女は腕時計に目をやりながら、常田たちの到着を待つ。
「!?」
すると、背後に何者かの気配を感じた。




