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変わっていくもの

 そして、ユーリクたちは旅立っていきました。最低限の荷物と路銀を持って。私たち町人の見送りを背中に受けて。

 朝靄の中、だんだんと小さくなる三人の背中。彼らを見送るしかできない私の肩に、父さんと母さんの手が乗ってきました。

 大丈夫、大丈夫。

 まだ、大丈夫。




 ユーリクたちは帰ってきました。立派な馬車いっぱいに報酬のお金を積み込んで。

 三人が帰ってきたときにはもう、季節は冬になっていました。でも降りしきる雪の中、私は裸足で三人を出迎え、飛びつきます。

 私の体を受け止めてくれたのは、ユーリク。記憶の中のユーリクよりずっと、たくましくなった私の幼なじみ。

 ぼろぼろのマントと旅着に身を包んだユーリクは私を抱きしめ返してくれました。

 暖かい、ユーリクの体。

 生きている。みんな生きている。

「お帰り」

「ただいま」

 足の冷たさも忘れ、私はただただ、命の暖かさに酔っていました。



 ユーリクたちが帰ってから。毎日が忙しかったです。

 国王陛下にも気に入られ、ユーリク傭兵団……とりわけユーリクはあちこちで引っ張りだこ。うちで一緒に食事を取ったかと思いきや、次の日にすぐ出発。数十日してやっと帰ってきて、また遠征。

 ユーリクがすぐいなくなることは寂しかったけれど、でも嬉しくもありました。

 だって、ユーリクがみんなに認められてるってことですもの。「ユーリク傭兵団」という形で活動することはめっきり減りましたが、それでも私たち四人の心はいつも一緒でした。

 一緒だと、思ってました。




 変化を感じたのは……何度目か分からない、遠征の後。

 ユーリクは国王軍にも籍を許されたらしく、正規兵に混じって遠征することが多くなりました。それでも私の役目は変わらず、三人が帰ってくるのを待ってました。たくさんの包帯やお薬を揃え、今か今かと待っていたのです。


 でも、帰ってきた三人は。傷一つありませんでした。

 てっきり、今回の任務は無事に済んだのかと思ったのです。でも、違いました。

「……国王軍に高名な治癒呪術師がいてね」

 私が問うと、どこか言いにくそうにセオドールが答えました。

「本当にすごい腕だったんだ。あっという間に怪我が塞がって……」

「今回の遠征も、そりゃあすごい戦いだったんだ」

 鞘に収まった剣を置き、珍しくもマックスも少し躊躇いがちに言います。

「でも、城に帰ったらあっという間に怪我を治されて……この通りだ」

 ふん、と上腕に力こぶを固めたマックスの腕に、怪我は見あたりません。それどころか、今まで私が拙くも怪我の手当をしていて痕が残っていたはずの古傷も、綺麗さっぱり無くなっていたのです。


 お役御免。

 その言葉が私の頭の中に響き渡ります。

 もう、私は必要ないんです。

 もう、不細工な手当なんて要らないんです。

「シリー、いつものお茶を入れてくれないかな」

 呆然とする私を見かねてか、ユーリクが声を掛けます。彼の体にもやっぱり、傷はありません。

「俺たちくたくたなんだ。でも、シリーのお茶を飲めば元気になりそうだ」

 はっと、その声に私の意識は取り戻されます。ユーリクはいつもと変わらない笑顔で笑っています。マックスとセオドールも顔を見合わせ、心得たように笑いました。

「そうだそうだ! あの紅茶はシリーじゃないとオレは満足できないんだ!」

「まったくだよ。あと、何か茶菓子もほしいな」


 シリーは必要だよ。

 いてくれないと困るよ。

 みんなの言葉の裏には、そういう慰めが込められていて。

 お茶の用意をしながら、私は涙が止まりませんでした。ぐすぐすと鼻水や涙をこぼしながら紅茶を注ぐ私を、三人は優しく見つめてくれました。



 次に変化が現れたのは、年が明けてから。

 雪が解けて、いつものように遠征から帰ってきたユーリクの姿を見て、私は思わず足を止めました。見慣れない「それ」の存在があったからです。

「……やあ、びっくりさせたかな」

 ユーリクは「それ」を撫でながら曖昧に微笑みます。

「国の姫様がくださったんだ。立派だろう?」

 私は目玉だけを動かして「それ」を見上げます。見上げないといけないくらい、高い位置に「それ」の頭があったのです。

 艶やかな毛並みを持つ、茶色の馬。立派な鞍を付けられ、私の拳より大きな蹄を鳴らせる、大きな軍馬。

 ユーリクはお姫様から褒美として馬をもらっていたのです。

 ちなみに、一緒に帰ってきたマックスとセオドールは特に何も持っていません。

「ユーリク、結構姫さんに気に入られたんだよ」

 新しい愛馬を町の人に見せて歩くユーリクの後ろで、マックスがこそりと耳打ちしてきました。

「本当はあの馬、報酬の中にはなかったんだが……いきなり姫さんが馬を連れてこさせて。ユーリクにプレゼント、さ」

「まあ、ユーリクが自分用の馬をほしがっていたのは事実だけれど」

 セオドールも、馬に乗って町の人の喝采を浴びるユーリクを眩しそうに見つめていました。

「……かなり、期待されているみたいだ。次の勇者は、ユーリクじゃないかって……」

「おい、セオ!」

 咎めるようにマックスが振り返って唸りましたが、セオドールはどこか悲しそうな眼差しで私たちにほほえみかけ、荷物を担いでそそくさと去っていきました。

「……次の勇者、ね」

 ぼそりと私がつぶやいた言葉を聞きつけたのでしょう、マックスは太い眉をぎゅっと寄せて私を見下ろしてきます。

「深く考えるなよ。それに、ユーリクには俺たちがついている。シリーはあんまり気に病むんじゃない」

「……うん」



 ユーリクが勇者になるかもしれない。それをセオドールから聞いても、私はちっとも嬉しくなれませんでした。

 ユーリクが強くなるのは嬉しい。有名になるのは嬉しい。でも。

 勇者様なんて肩書きがなくても、ユーリクはユーリクなのに。

 家に帰るというマックスとも別れて、私は一人、町の側を流れる小川の所まで歩いていきました。夕日を浴びて小川の水は淡いオレンジ色に染まっています。ひょこっと私が身を乗り出すと、オレンジ色の水面に私の顔も映ります。

 今にも泣きそうな、情けない顔が。

「……シリー?」

 ぽくっぽくっという蹄の音。私の大好きな、低い声。

「こんなところにいたのか」

「ユーリク、もう挨拶は終わったの?」

 悲しい顔を引っ込めて精一杯の笑顔で振り返ると、馬の手綱を引いたユーリクがそこにいました。一人でいるところから、わざわざ私を探しに来てくれたんでしょう。

「ああ。いろんな人に触られまくって、こいつもご機嫌斜めなようだから」

 こいつ、とはもちろん従えている馬のこと。国の姫様からもらったという馬は私を一瞥して、馬鹿にしたようにフンと鼻を鳴らした……ように見えました。


 水面に、ユーリクの顔も映ります。

「……すごい馬ね」

 とりあえず、間を持たせるためにそう言ったところ、ユーリクは一瞬驚いたように目を瞬かせ、そして照れたように笑いました。

「そうかな? ありがとう。といってもまだ全然乗りこなせないけどな。これから、こいつに乗って戦えるよう訓練するつもりなんだ」

 なあ? とユーリクがその鼻面を撫でると、嬉しそうにユーリクの脇腹に顔をこすりつけています。そしてついでのように、私に向かってブヒ、と鼻を鳴らせて。


 どうしてでしょう。

 こうして、隣り合って同じ場所を見つめているというのに。

 どうしてこれほど、ユーリクが遠い人に見えてしまうのでしょう。

「……ねえ、ユーリク」

「うん?」

「……ユーリクは……」

 勇者になりたい? と言う意地悪な質問は、のどの奥まで出かけてすぐに引っ込みました。ユーリクの困った顔は見たくなかったから。そして、答えを聞くのが怖いから。

 開きかけた口をいったん閉じ、私は軽く首を振りました。

「……これから先、どうしていきたい?」

「俺が?」

 質問を変えると、ユーリクはうーん、と唸った後、考え考え答えました。

「そうだなー……もう少し傭兵家業を続けて、報酬を貯めておきたいな。金はいくらあっても、余ることはないし、うちの町をもっと潤したいから」

「……そうね」

「で、それが終わったら……陛下には申し訳ないけれど、国王軍からは脱退しようと思う」

 すっぱり言い切られ、私の方が怯んでしまいました。私の予想の斜め上を行く、ユーリクの答え。

「え? どうして、軍を退くの?」

「これは俺のやり方じゃないんだよ」

 陽気な光を収め、すっと目元を暗くしてユーリクは言います。

「俺はね、気の合う仲間同士で気楽に傭兵をしていきたいんだ。そりゃあ、今いる軍隊も戦う分にはもってこいだけれど、俺には堅苦しすぎる。治癒呪術師だって、すごい面倒くさそうに俺たちの手当をするんだ。悪いけど、いい雰囲気とは思えなくてね」

 そんなことがあったんだ、と私は目を丸くしてしまいました。てっきり、ユーリクは軍での生活を満喫しているかと思っていたのに。

「あそこはね、昇格絶対主義なんだ。格が高いほど偉い。格が低い者は見下される。貴族社会では当然なんだろうが、俺には耐えられない」

 まっすぐ、迷いのない目でユーリクは言います。

「だから、いずれ俺は軍を辞する。それで、また四人でユーリク傭兵団を再開するんだ」

「……そう、だったのね……」

「シリーはどう?」

 話を振られ、私は一瞬面食らいつつ答えました。

「……私も、ユーリクたちと一緒に仕事したいわ。私には治癒の魔法は使えないけれど、簡単な手当ならできるし、お菓子やお茶を作ることもできるから……」

「十分だよ」

 ユーリクは笑い、私の肩を引き寄せました。本当に、何気ない仕草なのにひとつ、私の胸が鳴ります。

「シリーはそれでいい。俺たちはずっと、四人で傭兵団だ」

「……うん、四人一緒だよね」

 ユーリクに肩を抱かれ、私はもう一度、水面を見下ろします。

 そこに映る私は、なぜか悲しそうに目元を歪ませていました。



 ずっと一緒にいる。四人で協力する。

 そう、約束したのに。

 運命は、残酷でした。

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