↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄してわたくしを追放するのは結構ですが、殿下の後ろにいる女は人間ではありません  作者: 速水静香
第二章:人形の館

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/28

第九話:ブナの木の下に、もうひとり

 気がつきますと、身体のすべてが動かなくなっておりました。


 ――また、あの夢ですのね。


 二度目ですもの、もう驚きません。

 ただ、今度は光ばかりではございませんでした。

 窓が見えます。


 窓から見えるのは、前庭でございました。

 大きなブナの木が、堂々と枝を伸ばしております。

 わたくしの目は、その木の下へ向いておりました。

 緑の草のなかに、茶色い土がのぞいております。そこだけ草が生えていないのです。

 ほかを見ようとしても、目はそこから動いてくれません。

 ただ、じっと、その土を見つめ続けておりました。


 あそこには何があるのかしら、と考えておりますと――。


 ふっと、身体に感覚が戻ってまいりました。


 目を開けますと、主寝室の天井でございました。

 そのまま、わたくしはベッドで身体を起こしました。


 ――まあまあ、また不思議な夢でしたわ。


 今度の夢は、前よりもずっと、何かを見せたがっているようでございました。

 わたくしはベッドから抜け出しますと、窓辺へと近づきました。

 窓辺の椅子には、メリーちゃんが腰掛けておいででした。

 けれど、そのお顔は、いつの間にか窓の外へ向いておりました。

 昨夜は、お部屋のほうを向いたまま、おやすみなさいと申し上げましたのに。

 わたくしはしゃがみ込んで、話しかけます。


「おはようございます、メリーちゃん。また、昨夜も、あなたが夢を見せてくださったのかしら?」


 メリーちゃんは何も答えません。

 けれど、その澄ましたようなお顔を見ているだけで、今はなんだか心が通じ合っているような気がしてまいります。

 マリアは、もう身支度を済ませておりました。


「おはようございます、お嬢様。すでにお目覚めでございましたか」

「おはようございます、マリア。ちょうど今、起きたところですわ」


 マリアはお辞儀をし、朝の着替えの支度を始めました。

 手際よくドレスを整え、ブラシを手にしてわたくしの髪を梳かしてくれます。

 わたくしは梳かされる心地よさを味わいながら、口を開きました。


「マリア、昨夜、不思議な夢を見ましたの」

「左様でございますか」

「ええ。窓の外が見えて、前庭の大きなブナの木の下を見ておりましたの。そう、草が生えていないところを、ずっと見ておりましたわ」


 マリアの動かしていた手が、ふと止まりました。


「前庭の、ブナの木でございますか」


 マリアはそれだけを申しますと、またブラシを動かし始めました。

 わたくしは窓辺のメリーちゃんを見ました。

 メリーちゃんは、窓の外を見ていらっしゃいます。

 夢で見えたのは、あそこの窓から見た景色でございました。

 あの夢は、きっとメリーちゃんから見たものに違いありませんわ。


「それにですね。マリア、ご覧になって? メリーちゃん、また窓から外を見ていらっしゃいますわ」

「……昨夜は、お部屋のほうを向いておいででしたが」

「ええ。一晩のうちに、あのようになったのです。なんともご自由なことですわね」


 外を見たいのだろうと窓辺へお移ししたときと、同じ考え方でございます。

 きっと、ブナの木の下に何かがあるのです。


「マリア、前庭へ行ってみましょう!」

「前庭、でございますか」

「ええ! メリーちゃんが見ている場所へ、行ってみなくてはなりませんわ!」


 マリアは髪を整え終えますと、ブラシをテーブルへと戻しました。


「かしこまりました」

「それと、ですね! 貯蔵室から、あの鉄のシャベルを持ってまいりましょう」

「なるほど、シャベルでございますか」

「掘ってみますわ! きっと何かがあるのです!」


 わたくしたちは身支度を済ませますと、主寝室を出ました。

 わたくしは、たすきをほどいたメリーちゃんを、しっかりと抱きかかえております。

 この子が気にしている場所へ行くのですから、一緒にお連れするのが一番です。


 わたくしたちは貯蔵室へ立ち寄り、そこにある鉄のシャベルを持ち出しました。


「マリア。これです」

「はい、お嬢様」


 昨日使ったものと同じ、頑丈な鉄のシャベルでございます。

 わたくしはメリーちゃんを持っておりましたので、マリアが二本のシャベルを持ってくれました。


「外ですわ!」

「お嬢様、足元に注意してください」


 わたくしは、玄関の扉を開けて前庭を進みます。


 前庭には、穏やかな風が通り抜けておりました。

 そして、大きなブナの木が、どっしりと立っております。

 太い幹からたくさんの枝が伸び、青々とした葉を茂らせておりました。

 わたくしたちは、ブナの木へと進みます。


 そして、その場所へと辿り着きました。


 そこには、夢で見た景色がそのまま広がっておりました。

 木の下では、草の生えていないところがございます。そこでは茶色い土が、そのままなのです。

 ほかの場所には、草がびっしりと生えているにもかかわらず。


「本当に、ここだけ草が生えておりませんわね」

「左様でございますね。土がそのまま、むき出しになっております」

「ええ。夢で見たとおりですわ!」


 わたくしは抱えていたメリーちゃんを、草の上にそっと下ろしました。

 木に背中を預けるようにして、丁寧にお座りいただきます。


「ここで見ていてくださいね、メリーちゃん。今から掘ってみますわ」


 メリーちゃんは座ったまま、こちらを見つめております。

 わたくしは立ち上がり、鉄のシャベルを両手でしっかりと握りました。

 昨日、裏庭で土をかぶせたばかりですから、シャベルの持ち方は覚えております。


「さあ、参りましょう、マリア!」

「はい、お嬢様。無理をなさらず、危なくなったらすぐにお止めください」

「ふふ、大丈夫ですわよ。せーの、でいきますわ!」


 わたくしたちは、草の生えていない土へとシャベルを突き刺しました。

 サクッ、と軽い音がいたします。

 シャベルに足を乗せ、力をぐっとかけました。

 刃先が土へと沈み込んでまいります。

 地面は柔らかく、シャベルがズブズブと入っていきました。


 そのまま、地面をほじくり返していくと、たちまち土の山ができていきます。

 マリアも無駄のない動きで、シャベルを入れて、土を掻き出していきました。


「よいしょ、っと!」

「お嬢様、急ぎすぎてはいけません。何かが埋まっていたら、シャベルで壊してしまいます」

「ああ、そうですわね! 慎重に、慎重に、ですわ!」


 わたくしたちは、大胆かつ慎重に土を掘り進めてまいりました。

 シャベルで掘る穴は少しずつ深くなり、わたくしの足首を越え、すねほどの深さになってまいりました。


 けれども、特に何かが出てくるわけでもございません。


 さらに周囲を掘り進めていきます。

 サクッ、ぽい。サクッ、ぽい。

 土をかき分けて、そこに何かが埋まっていないか、確認するのです。


 その時でした。


 何かの手応えが手のひらへと伝わってまいりました。

 土の柔らかさとは異なるものでございます。


「っ……! マリア、止まってくださいまし!」


 わたくしは慌てて声を上げ、シャベルを止めました。

 マリアもすぐにシャベルを土から引き抜きました。


「何かに当たりましたでしょうか」

「ええ、当たりましたわ! けれど、石ではありませんの」

「左様でございますか。では、これ以上シャベルを使うのは危険でございますね。傷つけてしまうかもしれません」

「ええ、手で掘りましょう!」


 わたくしたちはシャベルをおいて、膝をつきました。

 土でドレスが汚れることなど、少しも気になりませんでした。

 わたくしは両手で、慎重に土を掻き分け始めました。

 マリアも、丁寧に手際よく土を払いのけていきました。


 何かに触れました。


 湿った布のような、ざらざらとした手触りでございます。


「ありましたわ、マリア! 布ですわ!」

「はい、お嬢様。こちらにも、何か硬いものがございます」


 わたくしたちは息を合わせ、土を優しく払っていきました。

 土の中から、少しずつ何かが形を現してまいります。


 細い腕のような形。

 ほつれた布の胴体。


 そして、白く滑らかな磁器の丸みが、土から顔を見せました。


『まあ……!』


 わたくしは両手を差し入れ、土ごとすくい上げるようにして、抱き上げました。

 土の中から、ぽろぽろと泥をこぼしながら、そのお方が姿を現しました。

 小さなお人形さんでございました。


 土まみれになった、ビスクドールでございます。

 草の上に座っているメリーちゃんによく似た、別のお人形さんでございました。

 メリーちゃんよりも一回りくらい小さい姿をしております。


 長いあいだ埋まっていたのでしょう。


 メリーちゃんとうり二つの金色の髪には土が固まり、ぼさぼさに乱れておりました。

 胴体は布で作られておりますけれど、ところどころほつれてしまっております。

 そして、片方の腕が外れかけておりまして、少し動かすだけで取れてしまいそうなほど、頼りなくぶら下がっております。

 それに、着ている古い服は擦り切れてぼろぼろでございました。土で茶色く染まり、もともと何色の布だったのかさえ見当もつきません。


 けれど。


 磁器で作られたその小さなお顔には、傷ひとつございませんでした。


「お人形さんですわ……! メリーちゃんと同じ、ビスクドールですわ!」


 わたくしは思わず、その小さなお人形さんを抱き寄せました。


「お嬢様、服が土だらけになってしまいます」


 マリアがハンカチを取り出しながら、忠告を口にいたしました。


「いいえ、マリア、構いませんわ! こんな土の中に、ずっと一人で埋まっていたのですもの。早く温めてあげなくては可哀想ですわ!」


 泥がついたって、洗えば落ちますもの。

 そんなことよりも、この小さな子がこうして見つかったことのほうが、何倍も大切でございます。

 マリアは、わたくしが抱いたお人形さんを、じっと見つめました。


「メリーちゃんによく似ておりますね。ですが、お身体が少し小さくございます」

「ええ、一回り小さいですのね! そうです! わたくし、この子の名前を決めましたわ!」

「もうお決めになったのでございますか」

「ええ、もちろんですわ! アリスちゃんですわよ。メリーちゃんとアリスちゃん。おふたりとも、とっても可愛らしいと思いませんこと?」


 わたくしがそう告げますと、マリアは一礼をいたしました。


「アリス様、でございますね。かしこまりました」

「様はいりませんわ、アリスちゃんです!」

「かしこまりました、アリスちゃん」


 勝手に名づけてしまいましたけれど、絶対にこの名前がぴったりですわ。

 もちろん、アリスちゃんは何も話しません。

 ただ、わたくしの腕の中におられます。


「マリア、そのハンカチをお貸しくださいな」

「……お召し物ではなく、でございますか」

「ええ。この子のお顔ですわ」


 わたくしはハンカチを受け取り、アリスちゃんの小さなお顔の土を拭ってあげました。

 ぽろぽろと土が落ちてまいります。

 その紺碧のガラスの目が、澄んだ色をしておりました。


 わたくしはメリーちゃんに振り返りました。

 メリーちゃんは、静かにこちらを見つめておりました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。