↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄してわたくしを追放するのは結構ですが、殿下の後ろにいる女は人間ではありません  作者: 速水静香
第二章:人形の館

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/33

第十話:赤いドレスを仕立てましょう

 土から掘り出したアリスちゃんは、まだ土まみれでございます。

 このままお部屋へお連れするわけにはまいりません。


「マリア。アリスちゃんの汚れを落としてあげましょう!」

「かしこまりました、お嬢様。井戸の水で洗ってまいりましょう」

「ええ、すぐに参りましょう!」


 わたくしはアリスちゃんとメリーちゃんを抱きかかえました。

 マリアは二本のシャベルを手にしております。

 わたくしたちは館の中を通らず、前庭から裏庭の洗濯場へと回りました。


 マリアはシャベルを勝手口の近くに立てかけます。

 わたくしもメリーちゃんを勝手口の石段に座らせました。


「メリーちゃん、そこでアリスちゃんのお支度を見ていてくださいね」


 マリアが手際よく井戸の水を汲み、木桶を満たしてくれます。

 勝手口からは、白布も何枚か持ってきてくれました。

 アリスちゃんの着ていた古い服は、土が固まって、布地もボロボロとなっておりました。


「お嬢様、この古いお召し物は、脱がせたほうがよろしいかと存じます」

「そうですわね。もう生地が擦り切れておりますもの」


 わたくしは、古い服を脱がせました。

 それは手で触れるだけで、ビリビリと破れてしまうほどでございます。

 これはもう、役目を終えたのだと分かりました。


 わたくしは木桶の前にしゃがみ込み、アリスちゃんを両手で支えました。


「アリスちゃん、少し冷たいですけれど、我慢してくださいね」


 足のほうから、そっと水へ浸していきます。

 まるで、水浴びをさせているようでございます。

 手で水をすくってお顔を優しくこすりますと、桶の水が茶色く濁っていきました。

 あらわれた肌は、とてもお綺麗でした。


「まあ! マリア、ご覧になって! とても綺麗なお顔ですわ!」

「はい、お嬢様。ひび割れすら、ございませんね」

「本当によかったですわ。こんなに綺麗なのですもの」


 わたくしは嬉しくなって、手足も髪も、水の中でゆすいでさしあげました。

 マリアが新しい水を汲んでくれましたので、もう一度すすぎます。

 土は面白いほど落ちていきました。

 乾いた白布で、アリスちゃんの全身の水気を拭き取ります。

 布のお身体は、白布で何度も押さえて水気を吸わせました。


 磁器のお肌は、白く澄んで見えました。


「さあ、これで綺麗になりましたわ!」

「お顔も手足も、見違えるようでございます」

「ふふ、次は主寝室へ戻って、お身体を直してあげなくてはなりませんわね」


 さっぱりとして、アリスちゃんも誇らしげでございます。


 わたくしは白布でくるんだアリスちゃんと、石段のメリーちゃんを抱き上げます。

 マリアは、シャベルを貯蔵室へ片付けてくれました。


 そのまま勝手口から館へ入り、わたくしたちは主寝室へ戻りました。

 テーブルへアリスちゃんを寝かせます。

 メリーちゃんは、ベッドに座らせました。


「さて、マリア。お身体のほつれを直さなくてはなりませんわね」

「かしこまりました。道具を持ってまいります」


 マリアは旅行鞄から、裁縫道具を取り出してまいりました。

 金属ケースのなかにあるのは、針と糸と鋏でございます。

 マリアは、アリスちゃんの胴体を確かめました。

 ほつれた縫い目や、外れかけた腕の付け根。

 それらを直すのです。


「マリア、直せそうですかしら?」

「はい、お嬢様。問題ございません。すぐに修繕いたします」


 マリアは迷いのない手つきで、針に白い糸を通して、ほつれた縫い目を一針ずつ縫い合わせていきます。

 外れかけていた腕の付け根も、縫い留められました。

 もう、少し触れたくらいではびくともいたしません。


「まあ! なんて綺麗な縫い目なのかしら!」

「これくらいは、お仕えする身の嗜みでございます」


 マリアはそう答えながら、懐から小さな櫛を取り出しました。

 アリスちゃんの髪を、一本ずつほどくように梳いてまいります。

 無理に引っ張らず、少しずつ解きほぐしていきました。

 乱れていた金の髪が、さらさらと落ち着いてまいりました。


「すばらしいですわ、マリア! まるでお店に並んでいるお人形さんのようです!」

「ありがとうございます。ですが、お召し物がございませんね」

「ええ。こんなに可愛らしくなったのですもの、すてきなお洋服を着せてあげなくては可哀想ですわ!」


 わたくしは腕を組み、考え込みました。

 わたくしたちの着替えでは、サイズがまったく合いません。

 ですが、着せる服がなくては、アリスちゃんも困ってしまいます。

 『何か良いものはなかったかしら?』と、わたくしは知恵を絞りました。


 ふと、あることを思い出しました。


「マリア! 子供部屋へ参りましょう!」

「子供部屋、でございますか」

「ええ、あそこに良いものがありましたわ!」


 わたくしは主寝室を出て、子供部屋へと急ぎました。


 そして、その木製の扉を開けますと、小さなベッドや玩具が、静かに置かれておりました。

 そこには子供用の服も、綺麗なまま残っておりました。

 わたくしは、鮮やかな赤い子供服を一枚、手に取りました。

 しっかりとした赤い布で作られたお洋服でございます。


「ご覧になって、マリア。この赤い子供服を使えば、アリスちゃんにぴったりのドレスが作れますわ!」

「左様でございますね。これならば布もしっかりしております」

「それから、これも持っていきましょう!」


 わたくしは、小さな木製の椅子が一脚あるのを見つけました。

 ちょっと背が低い、愛らしい椅子でございます。


「このお椅子、アリスちゃんにお座りいただくのに、ちょうどよい大きさではありませんこと?」

「はい、お嬢様。ちょうど良い寸法かと存じます」


 マリアが小さな椅子を抱え、わたくしが赤い子供服を持って、主寝室へと戻りました。

 テーブルに寝かせていたアリスちゃんの上から、赤い子供服を当ててみます。

 お洋服のサイズを、アリスちゃんのお身体と見比べました。


「まあ、ずいぶんと大きいですわね」

「子供服でございますから。お人形さんには、布がたっぷり余ってしまいます」

「でしたら、ちょうどよいですわ! このお服を裁ち直して、アリスちゃんにすてきなドレスを作りますわ!」

「お嬢様が、お縫いになるのでございますか」

「ええ、もちろん、わたくしが縫いますわ! メリーちゃんとお揃いの形にいたしますの。余った布で、髪のリボンも作りますわ!」


 わたくしは腕まくりをいたしました。


「前世では、針も糸もずいぶん使いましたのよ」

「左様でございますか。では、鋏をお渡しいたします」


 マリアから鋏を受け取り、わたくしは思い切りよく赤い布に刃を入れました。

 ジョキ、ジョキ、と小気味よい音が立ちました。

 アリスちゃんのお身体に合わせて、身頃とお袖の布を切り出します。

 そして、余った布からは、髪に結ぶための布も一本切り取ります。この布を、リボンとして使う予定です。

 切り口がちょっと不格好になってしまいましたけれど、縫ってしまえば分かりませんわ!


「さあ、針と糸をお貸しくださいな」

「はい、お嬢様。どうぞ」


 マリアから銀の針と、赤い糸を受け取りました。

 ここからが、わたくしの腕の見せ所でございます。


「では、参りますわよ」

「お手元にお気をつけくださいませ」


 針を布に通します。

 ぷつり、と布を突き抜ける手応えがしました。

 赤い糸を、スルスルと操ります。


「アリスちゃん、もう少しの辛抱ですわよ。すぐに素敵なドレスにしてさしあげますわ」


 一針、また一針。

 わたくしの手は、前世での手芸をちゃんと覚えておりました。

 縫い目は細かくはありませんけれど、ちゃんと見られるものでございます。


「ふふ、楽しいですわね、マリア」

「お嬢様が楽しそうで、何よりでございます」


 一枚の子供服から、人形用の赤いドレスが姿を現してまいります。

 そして、先ほどの余った布で、細いリボンも仕立て上げました。


「できましたわ! アリスちゃんの赤いドレスです!」

「お嬢様、一度、お見せいただけますでしょうか」

「ええ、どうぞ」


 マリアはドレスを受け取ると、アリスちゃんのお身体にあててみました。


「お人形のお身体は小さいので、少し詰めませんと落ちてしまいます」


 そう言って、マリアが縫い直しながら、その寸法を調整しております。


「ふぇぇえ!」


 わたくしは、そう言うしかありませんでした。

 マリアの裁縫は、わたくしよりずっと綺麗で速いのです。


「お嬢様、調整が終わりました」

「ありがとう、マリア! やっぱり、マリアには敵いませんわね」


 わたくしは直してもらったばかりの赤いドレスを手に取って、アリスちゃんへと近づきました。


「アリスちゃん、お待たせいたしました。新しいドレスですわよ」


 アリスちゃんのお身体を起こして、お洋服を着せていきます。

 マリアが調整してくれたおかげで、袖も裾も、ちょうどよい長さとなっておりました。

 メリーちゃんの青いドレスと同じ、すっきりとした赤いドレスでございます。

 首元を整えて、裾を広げてあげました。

 そして、先ほどマリアが梳かした金髪には、赤い布のリボンを結びます。


「まあ……! なんて可愛らしいのかしら!」


 思わず声を上げてしまいました。

 土にまみれていたあの子が、すっかりおめかしいたしました。

 白い磁器の肌に、鮮やかな赤のドレスが実によく映えております。


「本当にお似合いでございますね」


 マリアも満足そうに頷きました。


「さあ、ふたりを窓辺へご案内いたしましょう!」

「はい、お嬢様。お椅子のご用意をいたします」


 わたくしはベッドからメリーちゃんを抱き上げました。

 窓の外には、前庭のブナの木が見えております。

 青いドレスのメリーちゃんを、窓辺の椅子に座らせます。

 白布を細長く折って、たすきに掛けました。

 背もたれへ、白布を結び留めます。


 これで、元どおりでございます。


 メリーちゃんは、穏やかなお顔で窓の外を見つめておいでです。


「マリア、アリスちゃんのお椅子を、お隣へおいてくださる?」

「かしこまりました」


 マリアが子供部屋から運んできた小さな椅子を、窓辺へおきました。

 窓辺から外が見える椅子が、二脚となりました。

 わたくしはテーブルからアリスちゃんを抱き上げました。

 その小さな椅子に、そっとお座りいただきます。

 赤いドレスを綺麗に整えてあげます。

 それから、白布を手に取ります。

 その白布をアリスちゃんの胸元へと掛けて、たすきにして背もたれに結びました。

 これで、メリーちゃんもアリスちゃんも、同じように白布のたすきを掛けて、ご一緒に座られております。


「まあ! ふたりとも、とっても素敵ですわ!」


 わたくしは思わず、手を打ち鳴らしましたわ。

 どちらも澄んだガラスの目で、窓の外を見つめておいでです。


「マリア、ご覧になって。とってもお似合いですわ!」

「左様でございますね。椅子も、ちょうどよい高さでございました」

「ええ。今日からは、おふたり並んでお過ごしいただきますわ」


 そこには、青いドレスと赤いドレスを着た、メリーちゃんとアリスちゃんが仲良くいらっしゃるように見えました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。