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婚約破棄してわたくしを追放するのは結構ですが、殿下の後ろにいる女は人間ではありません  作者: 速水静香
第二章:人形の館

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第五話:二階で、お人形さんを見つけましたわ

 一階を見終えたわたくしたちは、いよいよ二階へと足を進めておりました。


「この階段も豪華ですわね」


 わたくしは、マリアと一緒に階段をゆっくりと上ってまいりました。


「はい、お嬢様。よく足元をご覧になってお進みください」

「分かっておりますことよ!」


 階段を上りきりますと、そこは広々とした踊り場になっておりました。

 廊下は、そこで二手に分かれております。

 片方の廊下には、重厚な扉が一つだけございました。

 もう片方の廊下には、扉が二つございます。

 二階にあるお部屋は、全部で三室だけのようでございました。


「マリア。二階も、とてもお静かですわね」

「はい、お嬢様」

「悪霊の気配は、今のところ感じられませんわ」


 やはり、誰の姿も見当たりません。


「まずは、あちらのお部屋から見てみましょうか」

「かしこまりました。足元にお気をつけてお進みください」


 わたくしたちは、まずその重厚な扉へと向かいました。

 真鍮の取っ手が付いておりました。

 わたくしは取っ手に手を添えて、扉を押し開けました。


「ご立派な部屋ですこと」

「はい、お嬢様。なんともご立派な部屋でございます」


 お部屋に入ると、最初に大きな書き机が目に留まりました。

 黒っぽい立派な机でございます。

 その机には、肘掛け椅子が添えられておりました。

 座り心地を試してみようといたしますと、マリアが声をかけてまいります。


「お嬢様、まずは探索が先でございます」

「あら、座り心地を少し確かめてみようと思っただけでございますのに」

「お嬢様が一度腰を落ち着けてしまわれますと、そのまま動かなくなる恐れがございますので」

「人聞きの悪いことをおっしゃいますのね。わたくし、そこまで横着ではございませんわ」


 ふくれっ面をしてみせますけれど、マリアは平然としております。

 難しい綴りの書かれた本が、本棚いっぱいに詰め込まれておりまして、頭が痛くなりそうでございます。

 どれも学術書ばかりでございます。


「ここは書斎でございますね」

「そのようでございますわね。お勉強をするためのお部屋かしら」

「お嬢様が読まれるような、絵入りの本などはございませんね」

「失礼ですわね。わたくしだって、難しい学術書くらい読めますわよ?」

「以前、公爵家のお屋敷で家庭教師の先生から分厚い歴史書を渡されたとき、わずか三呼吸でお眠りになっておいででした」

「う……、それは昔のお話ですわ」

「昨年のことですから、それほど昔のことではございません」

「マリアったら、余計なことばかりよく覚えていらっしゃいますのね」

「お嬢様のお世話をすることが、私の務めでございますので」


 マリアの記憶力には本当に参ってしまいますの。

 お部屋を見渡しました。

 机と本棚のほかには、特に何もございません。

 悪霊の気配も感じられませんでした。

 噂のお人形さんも、ここにはいらっしゃらないようです。


「このお部屋は、あまり使うこともなさそうですわね」

「はい。当面は、立ち入ることもないかと存じます」

「そうね。閉めておきましょうか」

「はい、お嬢様」


 わたくしたちは書斎を出て、扉を閉めました。


 二手に分かれていた廊下の、もう一方へと足を進めます。

 こちらの廊下には、お部屋が二つございました。


 まずは、一つ目のお部屋からです。


「次はこちらですわね」

「開けますね、お嬢様」


 マリアが取っ手に手をかけ、ゆっくりと扉を開けてくれました。

 お部屋には、小さなベッドがございました。

 大人が横になるには、ずいぶんと小ぶりなベッドでございます。

 子供用にしつらえられた、可愛らしい作りでございます。

 他にも木を削って作られた小鳥や、小さなお馬の置物などがありました。


「ここは子供部屋ですわね」

「はい。子供のために整えられたお部屋のようでございます」

「小さなベッドに、可愛らしい木のおもちゃ……。なんとも温かみのあるお部屋ですわ」

「そのようでございますね」


 ふと見ますと、棚に服が丁寧に畳んでございました。

 わたくしは、その布に目を留めました。

 畳まれていたのは子供用の服で、そのうちの一枚が、とても鮮やかな赤色をしておりました。


「まあ、お洋服が畳んで置いてありますわ」

「おや、本当でございますね」

「いつから、ここにあったのかしらねえ?」

「それは存じませんが、品はよさそうですね」


 お部屋を見回しても、やはり人の気配はございません。

 悪霊の冷たい空気も感じられませんでした。

 そして、探しているお人形さんの姿も、ここにはございません。


「ここにも、いらっしゃいませんでしたわね」

「残るは、あちらのお部屋だけでございます」

「では! いよいよですわね!」


 わたくしは子供部屋を出ました。


 ひときわ大きな扉に行き着きました。

 このお部屋に、きっとあのお人形さんがいらっしゃるはずですわ。


「ここが最後のお部屋ですわね」

「はい。扉の造りからして、主寝室かと存じます」

「いよいよご対面かしら」

「いらっしゃらないほうが良いのですが、お嬢様」


 わたくしは真鍮の取っ手に手をかけました。

 ゆっくりと、押し開けます。

 お部屋に入ると、最初に大きなベッドが二つ、目に留まりました。

 どちらも、とても立派なベッドでございます。

 わたくしは、そのうちの一つへと歩み寄りました。

 そして、そのベッドに、ちょこんと座っているものがございました。


 青いドレスを着た、ビスクドールでございます!


「まあ……! いらっしゃいましたわ!」


 わたくしは思わず声をあげてしまいました。


 だって、そのお人形さんは静かに座っておられるのですから!


 磁器で作られた白いお顔。そして、澄んだ青色のガラスの目。

 さらに、ふわりと波打つ金色の髪が、肩まで綺麗にそろっております。

 身に着けていらっしゃるのは、上品な青いドレスです。

 その襟元や袖口には、細やかなレースがあしらわれておりました。


 小さな手は、きちんと重ねられております。

 こちらへ話しかけてくる様子はございません。


 ただただ、手の込んだ作りでございます。


「お人形さん……! 本当にいらっしゃいましたわ!」

「はい、お嬢様。見事なビスクドールでございますね」


 マリアも、お人形さんを見つめております。


 青いドレスを着た愛らしいお人形さんを見つめていると、前世の記憶がふつふつと思い出されてまいりました。

 前世で暮らしていた世界で耳にした、都市伝説のお話でございます。

 電話口から少しずつ近づいてくる、あの有名な怪談のお人形さん――。


「今日からあなたは、メリーちゃんですわ!」


 わたくしは嬉しくなって、そのお人形さんに名前をつけました。


「メリーちゃんでございますか」


 マリアが淡々とした調子で問いかけてまいります。


「ええ! とても愛らしいお名前でしょう? メリーちゃん、ご機嫌よう」


 名づけられたメリーちゃんは、もちろん返事などいたしません。

 けれど、澄んだ青いガラスの目で、こちらをじっと見つめているように思えました。


「マリア、このメリーちゃんこそが、あの噂の中心に違いありませんわね」

「はい、お嬢様。間違いなく、このお人形でございましょう」


 わたくしたちは言葉を交わしました。

 この離宮にまつわる噂は、わたくしたちも王都を出る前から耳にしておりました。

 けれど、世間に広く出回っているお話のほかに、もっと詳しい噂が囁かれておりましたわね。


「噂によれば、このメリーちゃん、館から運び出しても、川に流して捨てても、必ず戻ってくるそうですのよ」

「戻ってくる、でございますか」

「ええ。荷車に積んで遠くの町まで運ぼうと、森へ捨て置こうと、いつの間にかこの館の元の場所へ戻っているのですって。この館が大好きで、離れたくないのですわね。なんて健気なのかしら」

「健気で済むお話とは思えませんが」

「まだございますのよ。外へ運び出そうとしたり、粗末に扱ったりした者の寝室にも、いつの間にか現れるそうですわ。夜にお布団の中へ潜り込んでくるのかしら。まるで甘えん坊の猫のようですわね」

「寝室に現れる人形を、猫にたとえる方は初めてでございます」


 わたくしは、とっておきのお話を打ち明けるように、噂の続きを語りました。


「それにね、マリア。この呪いは、館の敷地へ一歩でも足を踏み入れた時点で、もう始まっているそうですのよ!」

「足を踏み入れた時点で、でございますか」

「ええ! しかも、館から外へ逃げ出しても解けませんのよ。どこまでも追いかけてきて、最後には気が狂って果てるか、原因も分からないまま命を落とすんですって!」

「世間では、足を踏み入れれば憑かれて変死する、とだけ聞いておりました。どのような死に方かまでは存じません」

「それは、広く出回っているお話ですわ。けれど、わたくし、王都を出る前に、詳しい噂まで聞き集めておきましたの」

「いつの間に、そのようなことを」

「入った時点で始まって、逃げても追いかけてくる……。場所だけでなく、足を踏み入れた人そのものに取り憑く呪いですわよ! なんて手の込んだ呪いなのかしら!」

「お嬢様、目が輝いておいでです」

「だって、こんな呪いには、めったにお目にかかれませんもの」

「ですから、町の商人たちも、この館の中へは決して入ろうとしないのでございますね」

「そういうことですわ。あの大きな郵便受けが門の外にあったのも、きっとそのためですのよ!」

「門をくぐれば最後、生きては戻れない。町の方々は、そう信じておいでなのでございますね」

「町の方々にとっては、命がけの噂ですもの。おかげで、わたくしたちがこうして広いお屋敷を住まいにできたのですから、噂にも感謝しなければなりませんわね」

「お嬢様のように、悪霊や呪いを前向きに捉える方は、王国中を探してもおいでにならないかと存じます」

「あら、わたくし、とても前向きな性格ですのよ?」

「前向きすぎて、時折まわりがついていけなくなるのが玉に瑕でございます」

「そそ、そんなことはないですわ!」


 わたくし、そうは申しましたけれど。

 ちょっと心当たりがありましてよ。

 それより、悪霊や呪いを見てみたいのが正直なところでございます。


「お嬢様。もはや、私たちは敷地どころか二階の寝室まで入ってしまいました」

「手遅れかしらねえ?」


 そうは言いながらも、わたくしはいまさら恐れて引き返すつもりなど毛頭ございませんでした。


「世間の噂通りであるならば、とっくに手遅れでございます」

「ふふ、手遅れだなんて言われますと、かえってやる気が湧いてまいりますわ!」

「お嬢様が恐れるご様子を見せないのは、いつものことでございますが」


 はい。マリアが言う通りです。

 だって、これらはすべて世間で囁かれている噂にすぎません。

 ここの呪いがどういったものなのかは、実際に呪われてみないと分かりませんわ。


 いまのところ、この館ではメリーちゃんが、ただ青いドレスを着て座っているだけでございます。

 これに悪霊が取り憑いているのかどうかも、今はまだ定かではありませんでした。


「でも、もしその噂が本当なら、放置しておくわけにはまいりませんわね」

「はい。命を落としてしまっては、これからの生活が成り立ちません」

「なら、やるべきことはひとつですわ!」

「はい、お嬢様」

「除霊をいたしましょう!」


 わたくしは両手を合わせ、高らかに宣言いたしました。

 除霊なら、前世から培ってきたわたくしの得意分野。今から腕が鳴りますわ。


「かしこまりました」


 マリアは、いつもと変わらない声で応じました。


「では、一階から祓いの道具を運んでまいります」

「ええ、お願いねマリア!」


 言うが早いか、マリアはくるりと踵を返しました。

 わたくしは、メリーちゃんに向かってにっこりと微笑みかけました。


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