第四話:呪いの館に到着いたしました
わたくしたちを乗せた馬車が、森の小道をパカパカと進んでおりました。
木立の続く小道を抜けますと、ついに目的の場所が見えてまいりましたわ。
高い石塀が長く続いておりますの。
「大きいですわね」
塀越しに、洋館が見えました。
重厚な鉄門が構えられておりました。
馬車は門で止まりました。
御者さんはわたくしたちの荷物を下ろすと、やはり何もおっしゃいません。
そのまま馬車の向きを変えて、逃げるように木立へ消えていかれましたわ。
「ほぉ」
思わず、変な声が出てしまいましたわ。
そして、そのお屋敷をキョロキョロと見てしまいます。
わたくし、こういう曰くつきのものを見るときは、ついつい興味が出てしまうのです。
門の外には、とても大きな郵便受けがありました。
手紙だけでなく、届いた荷物もそのまま入りそうなほどの立派な大きさでございますわ。
どうやら、屋敷には入りたくない、入れたくないという強い意志が見える設計ですわ。
前世で言うところの宅配ボックスというものでしょう。
「まあ、マリア。あそこにある郵便受け、とても大きいですわね」
わたくしは、その頑丈そうな郵便受けを指さしながら、マリアに話しかけました。
「はい、お嬢様。手紙も荷物も、あそこへ届くことになっているようです」
「あんなにしっかりした入れ物があれば、雨風で荷物が濡れる心配もございませんわね」
「町の方々も、この離宮の敷地の中へは入りたがらないでしょうから。あそこですべての受け渡しを済ませるのが、お互いにとって都合が良いのでございます」
「ふふ、なるほど。門の外で済ませられるのは便利ですわね。町の方々にお手数をおかけせずに済みますもの」
公爵家から追い出されたのに、このような広いお屋敷に住んでよいだなんて、わたくしは本当に運が良いのかもしれませんわ。
長い旅路は大変でしたけれど。
ここに無事にたどり着けただけで、胸がいっぱいでございました。
わたくしたちは門扉へと歩み寄りました。
その鉄門に手を添えてみますと、引っかかることもなく開いてくれましたの。
「入りましてよ」
「はい、お嬢様」
わたくしは、敷地へと足を踏み入れます。
庭には大きなブナの木が一本、立っておりました。
庭を通り抜け、わたくしたちは玄関へと向かいます。
「門をくぐると呪われるというお話でしたけれど、何も起きませんわね」
「呪いよりも、まずはこの重い荷物を下ろしたいところでございます」
「マリアはいつも冷静ですわね」
「呪われたところで、荷物が軽くなるわけではございませんので」
マリアはいつもの調子で、抱えた荷物を持ち直しました。
「玄関ですわ」
わたくしたちは、その立派な玄関に立ちました。
玄関の扉には、真鍮の取っ手が取り付けられております。
わたくしは、その冷たい真鍮の取っ手に手をかけましたわ。
ぐっと押し込みますと、重たい扉は音もなく、ゆっくりと開いてくれましたの。
「お広いですわ!」
玄関ホールは吹き抜けになっておりました。
見上げるほど高い天井でございますわ。
シャンデリア。床は大理石でございます。
上の階へと続く階段がございました。
「まあ……! 本当に、すぐにでも生活を始められそうですわ!」
「そのようでございますね。風通しも悪くありません」
マリアと会話をしながら、玄関ホールへ足を踏み入れます。
玄関ホールには、大炉が堂々とございました。
それはそれは暖をとるための、とても大きな暖炉でございます。
驚いたことに、この離宮はすぐにでも暮らせる状態にありましたの。
「誰かがお掃除をして、迎える支度をしてくださっていたのかしら」
「さあ、それは分かりかねます。ですが、すぐに荷物を下ろせるのはありがたいことです」
「悪霊の皆様がおもてなしをしてくださっているのかもしれませんわね!」
「それなら、温かいお茶の一杯でも淹れて待っていていただきたかったところでございます」
マリアはわたくしに応じながら、大理石の床へと大きな荷物を下ろしました。
わたくしも旅行鞄を一度下ろしまして、見回しましたの。
門には、まだ荷物が残っております。
マリアが麦粉の袋を、わたくしは乾パンと干し肉の入った麻袋を抱えて、二人で何度か前庭を往復いたしました。
最後の荷物を玄関ホールへ下ろすころには、わたくしの腕もすっかり重くなっておりましたわ。
「さて、まずは一階を見て回りましょうか」
「はい、お嬢様。暮らすための場所を確認しておかねばなりません」
わたくしたちは、ホールから続く廊下へと進みました。
最初に入りましたのは食堂でございます。
部屋に入り、綺麗に整頓された椅子に、わたくしは手をかけましたわ。
すっと引いてみますと、心地よい重みがありました。
部屋には立派な長卓と椅子が揃っており、暖炉も備え付けられております。
「ここで二人でお食事をいただきますのね」
「はい。二人で使うには十分すぎる広さでございますね」
「わたくし、ここでマリアとお茶をいただくのが今から楽しみですわ」
「そのためには、まず火を熾してお湯を沸かす段取りを整えねばなりません」
食堂を出て、厨房へと足を進めました。
「ここでお料理を作りますのね」
「はい。町で仕入れた麦粉や乾パンは、こちらへ運び込みましょう」
厨房には、頑丈な竈が据えられております。
竈の鉄の蓋を、わたくしは持ち上げてみましたわ。
煤の匂いは残っておりますけれど、すぐに火を焚けそうな状態ですの。
使い込まれた鍋と包丁も、そのまま残っておりました。
「わたくしも何かお手伝いできるかしら?」
「お嬢様は、竈の火を見ていてくだされば十分でございます」
「まあ、退屈ですわ。少しは腕を振るってみたいですのに」
「以前、お屋敷の厨房で何をお作りになろうとしたか、お忘れですか」
「ただの、お清めの薬草を煎じたスープですわよ?」
「台所じゅうが紫色の煙で満たされ、大騒ぎになりました」
「あれは火加減を少し間違えただけでございますわ!」
「ですから、お嬢様には火に近づかないでいただきたいのでございます」
マリアの言い分には、少しも隙がございませんの。
言い返す言葉が見つかりませんわ。
「マリア、ここから外へ出られるようですわ」
「はい」
さらに厨房には、勝手口がございました。
ここから裏庭へと出られるようでございます。
扉を少し開けてみますと、裏庭に、ごみを焼くための炉が見えました。
もう一つの扉を、わたくしは開けました。
「まあ」
「こちらは貯蔵室でございますね」
高い場所の窓から、光が差し込んでおりました。
その貯蔵室へと入りますと、ひんやりとした空気がそこにあります。
この部屋には暖炉が設けられておりません。
棚には、清潔な寝具や卓布が丁寧に積み上げられております。
そして部屋には、竈ほどの大きさの、黒い鉄の炉が据えてありましたの。
いくつものシリンダーと、ゆっくりと回り続ける車輪のような機構を備えております。
この世界では一般的な魔道具です。
コトコト、コトコト。
規則正しい音が、鳴り続けておりました。
長く無人だったはずのこの館で、これだけが休まずに動き続けておりますの。
「まあ……! 動いておりますわ!」
わたくしは声をあげてしまいました。
「これは、この館を動かす魔道炉でございますね」
マリアも足を止め、その魔道炉を見つめております。
炉には、魔石をくべるための投入口が開いておりました。
そこから伸びる配管は壁や床を通っているので、ここからは見えませんの。
わたくしのいたお屋敷にも、似たものがございました。
ただ魔石を入れるだけで動き出し、館の水回りや灯りへと魔力が巡る仕組みなのです。
けれど、お屋敷の炉は使用人たちの受け持ちで、わたくしは手を触れたこともございませんでしたの。
「マリア、これはどのくらい持つものなのかしら?」
「未使用の魔石であれば、ひとつで一週間ほど動き続けます」
「まあ、よく知っておりますのね」
「公爵家のお屋敷で、炉の番をしていた者から教わりました。お嬢様のお世話には、何が役に立つか分かりませんので」
マリアは魔道炉へ歩み寄りました。
炉には、淡く光を放つ小さな窓のようなものがございます。
「こちらをご覧ください、お嬢様。残りの力は、この小窓の明るさで分かるようになっております」
「目盛りのようなものはございませんの?」
「ございません。魔石の力が減るにつれて光が弱くなり、最後には消えて、車輪が止まります」
「まあ、光で見るのですわね」
「はい。今は、ずいぶんと弱々しくなっております。前の誰かがくべた石が、そろそろ役目を終えるようでございます」
言われて見ますと、小窓の光は、たしかに薄れておりました。
それでも車輪は、ゆっくりと回り続けております。
「車輪は、まだちゃんと回っておりますのに」
「この光のほうが先に教えてくれるのでございます。光が消えますと、灯りも水回りも止まってしまいます」
「では、今夜を越すには、新しい魔石をくべる必要がありそうですわね」
「はい。ですが、肝心の魔石がございません」
「あら……。わたくしたち、魔石は持ってまいりませんでしたわね」
「町でも、魔石までは買っておりません」
「困りましたわね。このまま光が消えてしまったら、今夜は真っ暗なお屋敷で過ごすことになりますわ」
「お嬢様は、暗いのはお嫌いではないかと存じますが」
「悪霊とお会いするなら、暗いほうが趣がございますけれど。お湯が出ないのは困りますもの」
「では、探してみましょう。炉があるのなら、魔石もどこかにあるはずでございます」
わたくしたちは、貯蔵室を見て回りました。
まず、貯蔵室には、館の備品がたくさんございました。
それに丈夫な麻袋や、土を掘ったり灰を掻き出したりするための農具もございます。
薪や炭も、たっぷりと積んでございました。
「まあ、薪も炭もございますわ」
「これで、竈の火に困らずに済みます」
わたくしは、その農具に軽く触れてみました。
「しっかりとした重みがありますわ!」
「はい、しっかりとした作りです。これで、使い終わった石を裏庭へ埋めることもできます」
「お掃除や片付けも、道具があれば心強いですわね」
「お嬢様が土いじりをして泥だらけにならないことを祈るばかりでございます」
「失礼ですわね。わたくしはお手伝いをしたいだけですのに」
けれども、魔石は見つかりません。
「ございませんわね……」
「お嬢様、こちらに」
マリアが、頑丈そうな木の箱を見つけておりました。
そして、その蓋をそっと持ち上げます。
黒緑の石が数個ほど入っておりました。
「魔石でございます」
「まあ! 黒くて、少し深い緑な! 新鮮な魔石ですわ!」
長く無人だったはずの建物で、動き続けている物があるのは、なんとも不思議でございます。
結局、誰が石をくべ続けていたのかは分かりませんけれど。
おかげでわたくしたちは、今夜から快適に過ごせますの。
「では、さっそく一つ、くべてしまいましょうか」
「分かりましたわ!」
うふふ。黒い魔石。
それを見ていると、ついついこれをめちゃめちゃにしたくなりました。
「お嬢様」
マリアの声がいたしました。
「砕いてはなりません」
「まあ、マリアったら。まだ何もしておりませんのに」
「手に力がこもっておいででした。その魔石を粉々にしてしまわれては、無駄になります」
「あら、この石の手触りを確かめようとしただけでございますわ」
そうは言いつつも、わたくしはついつい魔石を砕いてしまいそうになる悪癖がございますの。
これまで何度もマリアに止められておりますのよ。
「ふふふ」
わたくしは小さく笑いながら、魔石をそのまま魔道炉へとくべました。
新しい魔石が入ると、弱りかけていた光が息を吹き返します。
コトコト、コトコト。
低い音が、いくらか力強さを取り戻したように思えました。
暗くなる前にこうして館にあるものを確かめておけたのは、何よりも心強い収穫でした。
貯蔵室を出て、わたくしたちは玄関ホールへと戻りました。
今度は、反対側の廊下へと足を進めます。
こちらの廊下にも、扉がございました。
「マリア。この部屋から確認いたしましょう」
「はい、分かりました」
その扉を開けて、わたくしたちは入ります。
その部屋には、ベッドと机、椅子、そして小さな暖炉が整えられておりました。
「ここは客間ですわね」
「はい。ですが、この館にお客様をお招きする予定はございません」
「誰も泊まらないのは、少しもったいない気もいたしますけれど」
「公爵家からも見捨てられた身でございますし、悪霊の噂を恐れて誰も寄りつかないでしょう」
「それもそうですわね。この部屋はこのままにしておきましょうか」
客間を後にして、さらに廊下を進むと、そこは水回りでございました。
まずは水洗トイレがございます。
その隣がお風呂でございました。
脱衣所にある棚には、白布が畳んで積まれておりました。
一枚を手に取ってみますと、清潔で心地よい手触りでございますの。
脱衣所には鏡もございましたけれど、わたくしの顔以外には特に何も見えません。
それから進むと、シャワーが備えられておりました。
「まあ! 本当にお湯が出ましたわ!」
わたくしが蛇口をひねりますと、シャワーからお湯が勢いよく出てまいりました。
「魔道炉の力が、しっかり届いているようでございますね」
「これで、いつでも温かいお湯を浴びられますわね」
「お嬢様が煤まみれになられても、すぐに洗い流せますので安心いたしました」
「もう、わたくしは煤まみれになどなりませんと言っているではありませんの」
「先ほどから、悪霊を探そうと狭い所へ入ろうとおいでですから、油断できません」
「悪霊へのご挨拶は淑女の嗜みですわ」
「身ぎれいにしておくのも、淑女の嗜みでございます」
マリアが蛇口を閉めました。
お湯はぴたりと止まりましたわ。
これで一階の部屋は、ひと通り見て回ったことになります。
わたくしたちは、再び玄関ホールへと戻ってまいりました。
高い吹き抜けを見上げます。
「それにしても、マリア」
「なんでしょうか、お嬢様」
「一階には、あの噂のお人形さんがいらっしゃいませんでした」
「そのようでございますね」
この離宮には、恐ろしい噂が囁かれておりました。
わたくしもマリアも、その噂は耳にしておりますの。
けれど、一階を見て回った限りでは、噂の素になりそうなものは何ひとつ見当たりませんでした。
あるのはただ、すぐにでも生活ができるお屋敷と、回り続ける魔道炉だけでございます。
不気味な気配どころか、人の暮らす温もりすら感じられるほどでしたわ。
「一階には、悪霊の気配もございませんでしたわね」
「不気味なものがいないのは、何よりでございます」
「つまらないことをおっしゃいますのね。わたくし、とても楽しみにしておりましたのに」
「住まいとして安全であることのほうが大切でございます」
「でも、本当に誰もいらっしゃらないのかしら?」
「それを確かめるには、あちらへ行くしかございませんね」
マリアが見たのは、二階へ続く階段でございました。
わたくしたちは、階段へと歩み寄りました。
手すりに手を添えます。
恐ろしい噂が囁かれている場所だというのに、見えるのは静かで穏やかな様子ばかりでございました。
階段へ足をかけます。
見上げますと、上の階へと続く段差があるだけでございました。




