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婚約破棄してわたくしを追放するのは結構ですが、殿下の後ろにいる女は人間ではありません  作者: 速水静香
第五章:くねくね

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第三十三話:大きな鏡を探しておりますの

 わたくしたちは、来た道をそのまま町へと戻りました。


 石造りの建物が立ち並ぶ町の道を進み、あのいつもの雑貨屋に着きました。

 木の戸を押し開けます。

 店主さんは、棚の商品を手入れしておりました。


「いらっしゃい」

「ごきげんよう、店主さん。大きな鏡を探しておりますの。どこかにありませんかしら」


 わたくしが尋ねますと、店主さんは首を横に振りました。


「あいよ。大きな鏡かい? そんなものは倉庫にもないな。うちにある鏡なら、そこにある棚の小さいやつだけだ」


 店主さんが示した棚には、小さな手鏡が置かれておりました。

 わたくしはその棚へと近づきます。

 それは、素朴な手鏡でございました。手に収まるほどの大きさです。

 それを手に取り、そっと持ち上げてみます。


「まあ、やはりこれでは、小さすぎますわね」

「左様でございます。あの畑では適さないのだと存じます」

「店主さん。このお店以外に、鏡を取り扱っているようなお店はご存じ?」

「いいや? いや。うーん……」


 店主さんは少し考えてから、尋ねてまいりました。


「そもそも、どれくらいの大きさが要るんだ?」

「そうですわね……お広い畑の向こうからでも、ご自分のお姿がすっかり見えるくらいの大きさですわ!」

「畑に、鏡だと? そんなでかい鏡を、いったい何に使うんだ?」

「悪霊さんに、ご自分のお姿をお見せして差し上げますの!」

「……はぁ」


 店主さんは、すっかりげんなりとしたお顔になりました。

 あらあら、失礼なお顔ですこと!


「お嬢ちゃん。そんなもん、この辺境の町じゃあ、いくら探したって売っちゃいねえよ。特注で職人に頼むか、どこぞの金持ちの屋敷にでも行くんだな」

「特注で作っていただくには、ずいぶん時間がかかりますの?」

「職人次第だが、長い日数がかかるに決まってるだろ」

「まあ、そんなにかかりますのね」


 それでは、麦畑の悪霊が待ちくたびれてしまいます。


「あいよ。そういうわけだから、諦めな」

「教えてくださってありがとうございます」


 わたくしたちは雑貨屋を出て、町の通りへ戻りました。

 通りには町の人々が行き交っております。

 荷車を押す人や、買い出しの籠を抱えた人が歩いておりました。

 わたくしは歩きながら、左右を見回しました。


「困りましたわね、マリア。他にお店はございませんかしら」

「この町で日用品を扱っている店は、先ほどの雑貨屋だけでございます」

「大きな鏡を売っているようなお店は、ないのですわね」

「はい。店主様もおっしゃっておりました通り、なかなか手に入らない品でございましょう」


 マリアが言葉を続けました。


「大きなガラスを平らに仕上げ、裏に銀を施す作業には、大変な技術と手間がかかります。手鏡であってもそれなりの品でございますから、人の背丈ほどもある鏡となれば、なかなかの贅沢品でございます」

「贅沢品ということですのね」

「左様でございます。貴族の屋敷や、大商人の館にしか置かれない品でございます」

「まあ、アシュフォードのお屋敷には、あちこちに立派な鏡がございましたのに」

「あちらは王国有数の公爵家でございますので」

「ふふ、そうでしたわね」


 わたくしたちは通りを歩きながら、考えあぐねました。

 あの麦畑にいる白い悪霊に、ご自身のお姿を見ていただくには、どうしても大きな鏡が必要なのです。

 小さな手鏡を何枚も何枚も敷き詰めるわけにもまいりません。


「どこかに、大きな鏡をお持ちの方はいらっしゃらないかしら」

「仮にどなたか持っていたとしても、そのような贅沢品を貸してくださるかどうか……」


 困ってしまいました。

 町には大きな鏡を売るお店もなく、一般のお家にもないのです。


 そのとき、マリアが足を止めました。


「……そういえば、お嬢様」

「まあ、何か思い出しまして?」


 わたくしが振り返りますと、マリアは静かに頷きました。


「一つだけ、心当たりがございます」

「まあ! どこですの?」

「町長様の家でございます」

「町長様……ヴィクトリアさんのお家ですのね!」

「はい。以前、町長様のお宅を訪ねた際、家に入ってすぐのところに、大変見事な姿見がございました」

「姿見!」

「左様でございます。人の背丈ほどもある、脚のついた大きな姿見でございました」

「まあ! そうでしたわ! 思い出しましたわ!」


 わたくしは嬉しくなって、ぱんと手を打ちました。

 確かに、ヴィクトリアさんのお家を訪ねたとき、入ってすぐの場所に立派な姿見がございました。

 マリアが見事な調度品だと褒めていた、あの品でございます。


「あの大きな姿見なら、遠くからでもご自身のくねくねが分かることでしょう!」

「はい。あのような立派な姿見であれば、畑の悪霊を間違いなく映すことが叶いましょう」

「さすがマリアですわ! よく覚えていてくださいましたわね!」

「調度品としての出来栄えが優れておりましたので、記憶に残っておりました」


 わたくしは浮き立って、歩き出そうといたしました。

 ですが、マリアが話しかけてきました。


「しかしながら、お嬢様」

「何かしら、マリア」

「これより、町長様のお宅へ伺うのでございます」

「ええ、ヴィクトリアさんのお家ですわね」

「町長様は以前、『用がなければ呼ぶものか』とおっしゃっておられました」

「ええ、そうおっしゃっていましたわね!」

「今回は、町長様から呼ばれたわけではございません」

「ええ、こちらから向かうのですわ」

「つまり、私どものほうから、頼み事をするために押しかけることになります」


 マリアは表情を変えずに続けました。


「ふふ、用があるから伺うのですから、あの方のお言葉通りではありませんこと?」

「言葉の綾としてはその通りでございますが、町長様のご機嫌を損ねる可能性がございます」

「まあ、どうしてですの? とても大事な用件ですのに」

「ご用件が『麦畑の悪霊を退治するために、自慢の姿見を畑にまで貸してほしい』というものでございますから」

「とても分かりやすくて、正当な理由ですわ!」

「正当かどうかは、町長様のご判断によるかと存じます」


 マリアはそう言いました。


「あの町長様でございますから、開口一番、怒鳴られる覚悟は必要かと存じます」

「まあ、ヴィクトリアさんは冷たいように見えるだけで、本当はとても親切な方ですもの。きっと貸してくださいますわ」

「その楽観的な見通しが当たることを祈るばかりでございます」

「ふふ、マリアったら心配性ですわね」

「メイドとしての当然の備えでございます」


 怒鳴られるかもしれないと分かっていても、あんなに立派な姿見があるのなら、お願いしてみる価値は十分にございます。


「さあ、善は急げですわ! ヴィクトリアさんのお家へ参りましょう!」

「畏まりました、お嬢様。お供いたします」


 わたくしたちは、ヴィクトリアさんの家へと向かいます。


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