第三十三話:大きな鏡を探しておりますの
わたくしたちは、来た道をそのまま町へと戻りました。
石造りの建物が立ち並ぶ町の道を進み、あのいつもの雑貨屋に着きました。
木の戸を押し開けます。
店主さんは、棚の商品を手入れしておりました。
「いらっしゃい」
「ごきげんよう、店主さん。大きな鏡を探しておりますの。どこかにありませんかしら」
わたくしが尋ねますと、店主さんは首を横に振りました。
「あいよ。大きな鏡かい? そんなものは倉庫にもないな。うちにある鏡なら、そこにある棚の小さいやつだけだ」
店主さんが示した棚には、小さな手鏡が置かれておりました。
わたくしはその棚へと近づきます。
それは、素朴な手鏡でございました。手に収まるほどの大きさです。
それを手に取り、そっと持ち上げてみます。
「まあ、やはりこれでは、小さすぎますわね」
「左様でございます。あの畑では適さないのだと存じます」
「店主さん。このお店以外に、鏡を取り扱っているようなお店はご存じ?」
「いいや? いや。うーん……」
店主さんは少し考えてから、尋ねてまいりました。
「そもそも、どれくらいの大きさが要るんだ?」
「そうですわね……お広い畑の向こうからでも、ご自分のお姿がすっかり見えるくらいの大きさですわ!」
「畑に、鏡だと? そんなでかい鏡を、いったい何に使うんだ?」
「悪霊さんに、ご自分のお姿をお見せして差し上げますの!」
「……はぁ」
店主さんは、すっかりげんなりとしたお顔になりました。
あらあら、失礼なお顔ですこと!
「お嬢ちゃん。そんなもん、この辺境の町じゃあ、いくら探したって売っちゃいねえよ。特注で職人に頼むか、どこぞの金持ちの屋敷にでも行くんだな」
「特注で作っていただくには、ずいぶん時間がかかりますの?」
「職人次第だが、長い日数がかかるに決まってるだろ」
「まあ、そんなにかかりますのね」
それでは、麦畑の悪霊が待ちくたびれてしまいます。
「あいよ。そういうわけだから、諦めな」
「教えてくださってありがとうございます」
わたくしたちは雑貨屋を出て、町の通りへ戻りました。
通りには町の人々が行き交っております。
荷車を押す人や、買い出しの籠を抱えた人が歩いておりました。
わたくしは歩きながら、左右を見回しました。
「困りましたわね、マリア。他にお店はございませんかしら」
「この町で日用品を扱っている店は、先ほどの雑貨屋だけでございます」
「大きな鏡を売っているようなお店は、ないのですわね」
「はい。店主様もおっしゃっておりました通り、なかなか手に入らない品でございましょう」
マリアが言葉を続けました。
「大きなガラスを平らに仕上げ、裏に銀を施す作業には、大変な技術と手間がかかります。手鏡であってもそれなりの品でございますから、人の背丈ほどもある鏡となれば、なかなかの贅沢品でございます」
「贅沢品ということですのね」
「左様でございます。貴族の屋敷や、大商人の館にしか置かれない品でございます」
「まあ、アシュフォードのお屋敷には、あちこちに立派な鏡がございましたのに」
「あちらは王国有数の公爵家でございますので」
「ふふ、そうでしたわね」
わたくしたちは通りを歩きながら、考えあぐねました。
あの麦畑にいる白い悪霊に、ご自身のお姿を見ていただくには、どうしても大きな鏡が必要なのです。
小さな手鏡を何枚も何枚も敷き詰めるわけにもまいりません。
「どこかに、大きな鏡をお持ちの方はいらっしゃらないかしら」
「仮にどなたか持っていたとしても、そのような贅沢品を貸してくださるかどうか……」
困ってしまいました。
町には大きな鏡を売るお店もなく、一般のお家にもないのです。
そのとき、マリアが足を止めました。
「……そういえば、お嬢様」
「まあ、何か思い出しまして?」
わたくしが振り返りますと、マリアは静かに頷きました。
「一つだけ、心当たりがございます」
「まあ! どこですの?」
「町長様の家でございます」
「町長様……ヴィクトリアさんのお家ですのね!」
「はい。以前、町長様のお宅を訪ねた際、家に入ってすぐのところに、大変見事な姿見がございました」
「姿見!」
「左様でございます。人の背丈ほどもある、脚のついた大きな姿見でございました」
「まあ! そうでしたわ! 思い出しましたわ!」
わたくしは嬉しくなって、ぱんと手を打ちました。
確かに、ヴィクトリアさんのお家を訪ねたとき、入ってすぐの場所に立派な姿見がございました。
マリアが見事な調度品だと褒めていた、あの品でございます。
「あの大きな姿見なら、遠くからでもご自身のくねくねが分かることでしょう!」
「はい。あのような立派な姿見であれば、畑の悪霊を間違いなく映すことが叶いましょう」
「さすがマリアですわ! よく覚えていてくださいましたわね!」
「調度品としての出来栄えが優れておりましたので、記憶に残っておりました」
わたくしは浮き立って、歩き出そうといたしました。
ですが、マリアが話しかけてきました。
「しかしながら、お嬢様」
「何かしら、マリア」
「これより、町長様のお宅へ伺うのでございます」
「ええ、ヴィクトリアさんのお家ですわね」
「町長様は以前、『用がなければ呼ぶものか』とおっしゃっておられました」
「ええ、そうおっしゃっていましたわね!」
「今回は、町長様から呼ばれたわけではございません」
「ええ、こちらから向かうのですわ」
「つまり、私どものほうから、頼み事をするために押しかけることになります」
マリアは表情を変えずに続けました。
「ふふ、用があるから伺うのですから、あの方のお言葉通りではありませんこと?」
「言葉の綾としてはその通りでございますが、町長様のご機嫌を損ねる可能性がございます」
「まあ、どうしてですの? とても大事な用件ですのに」
「ご用件が『麦畑の悪霊を退治するために、自慢の姿見を畑にまで貸してほしい』というものでございますから」
「とても分かりやすくて、正当な理由ですわ!」
「正当かどうかは、町長様のご判断によるかと存じます」
マリアはそう言いました。
「あの町長様でございますから、開口一番、怒鳴られる覚悟は必要かと存じます」
「まあ、ヴィクトリアさんは冷たいように見えるだけで、本当はとても親切な方ですもの。きっと貸してくださいますわ」
「その楽観的な見通しが当たることを祈るばかりでございます」
「ふふ、マリアったら心配性ですわね」
「メイドとしての当然の備えでございます」
怒鳴られるかもしれないと分かっていても、あんなに立派な姿見があるのなら、お願いしてみる価値は十分にございます。
「さあ、善は急げですわ! ヴィクトリアさんのお家へ参りましょう!」
「畏まりました、お嬢様。お供いたします」
わたくしたちは、ヴィクトリアさんの家へと向かいます。




