第二十九話:町長へ、ご報告にまいりました
翌朝は、身支度もそこそこに客間へ急ぎました。
「お嬢様、開けてもよろしゅうございますか」
「ええ、マリア。お願いしますわ」
「かしこまりました」
マリアが扉を開けます。
「まあ! いらっしゃいますわ!」
わたくしは思わず声をあげてしまいました。
しめ縄も、白い紙垂も、昨夜のままでございました。
そして、お社には、あの小箱がちょこんとおります。
昨晩納めたそのままの姿で、お社にじっと留まっておりました。
「お嬢様。そこにおられますね」
「ええ! ちゃんとここにいてくださいますわ!」
「左様でございますね。お社に、しっかりとおさまっておいでです」
わたくしは、お社の小箱をじっと見つめます。
小箱からは、冷え冷えとした気配が立ちのぼっておりました。
重く沈み込むような、深い嘆きの気配でございます。
「ふふ、ことりちゃん。おはようございます!」
もちろん、返事はございません。
「お嬢様、やはり返答はございませんね」
「いいのですわ、マリア。こうして大人しく留まってくださっているだけで、大成功ですもの!」
「はい。封じ込めの形は、十分に保たれているようでございます」
「ええ。これなら、ヴィクトリアさんのお家へ行ってしまうこともなさそうですわね」
「左様でございますね。町長様へ、その旨をお伝えにあがりましょうか」
「もちろんですわ! 町長様へご報告にあがれば、あの恐ろしい小箱が本当に戻ってこなかったことに、きっと驚かれるに違いありませんわ」
わたくしたちは客間を出て、町へ向かいました。
ヴィクトリアさんの家の応接間でございます。
卓に、あの小箱の姿はございません。
嘆きの気配も、ここにはもうございませんでした。
卓にあるのは、焼き菓子の皿だけでございます。
「ふん。朝から揃ってやってきたか」
「おはようございます、ヴィクトリアさん! とても清々しい朝ですわね」
「貴様らの能天気な挨拶を聞くために通したのではない。結果はどうなったのだ」
「ご安心くださいまし! あの小箱は、今朝もわたくしたちの館の客間にしっかりと留まっておりますわ」
「ほう。人形の館に留まっているのか」
「はい、町長様。客間の机にお社を据え、縄と紙で囲いを作り、小箱をしっかりと留め置いてございます。今朝も、昨晩と変わらぬ様子でそこにおられました」
マリアが丁寧に頭を下げ、淡々と事実を報告いたしました。
「あの忌々しい箱が、本当に戻ってこないとはな。今朝起きてこの卓を見たとき、何かの見間違いかと思ったぞ」
「まあ! 驚いていただけて光栄ですわ!」
「褒めてはおらん。貴様らのような得体の知れない者たちを、私が信用したと思うなよ。貴様らが何を企んでいようと、私には関係のないことだ。公爵家の名など、この街では何の価値も持たんからな」
「ええ、存じ上げておりますわ!」
「だが、貴様らは悪霊とやらが心底好きなだけの、無害な奴らだということは分かった。ふん、呆れた物好きどもだ」
「わたくしたち、無害な物好きとお認めいただけましたのね!」
「喜ぶところではない。ただの事実を口にしたまでだ。まあ、この私の街で、またぞろ似たような得体の知れない厄介ごとが起きたなら、貴様らに回してやろう」
「まあ! 本当ですの!?」
「おい、変な勘違いするな。貴様らのためではない。私にとっても好都合だというだけの話だ。街の平穏を保つための手駒として、有効に使ってやるだけだ」
「ふふ、喜んでお引き受けいたしますわ! 悪霊に関わることでしたら、いつでも大歓迎ですもの!」
ヴィクトリアさんは、紙の包みをこちらへ突き出しました。
「ほら、これを持っていけ」
「まあ、焼き菓子ですわね」
「勘違いするなよ、これは余ったのだ。一人で食べるには少々、量が多すぎる。かといって、まだ食べられるものを無駄に捨てるのも業腹だからな。さっさと受け取れ」
――まあ! あの時とそっくりですわ!
小箱を押しつけてこられた時と、まったく同じ言い方でございます。
「まあまあ! では、喜んで処分をお引き受けいたしますわ!」
「ふん。さっさと帰れ」
「町長様、ありがたく頂戴いたします」
マリアが、両手で丁寧に包みを受け取りました。
包みからは、甘い匂いがいたします。
「では、失礼いたしますわね、ヴィクトリアさん。また何かございましたら、いつでも呼んでくださいまし!」
「用がなければ呼ぶものか。二度と私の手を煩わせるな」
ヴィクトリアさんは、ドレスの裾をひとつ払いました。
わたくしたちは深く一礼し、応接間を後にいたしました。
夕方、わたくしたちは館へ戻ってまいりました。
マリアの手には、ヴィクトリアさんから押しつけられた焼き菓子の包みがございます。
「お嬢様、まずは客間を確認いたしましょうか」
「ええ、マリア。あの子の様子を見に行かなくてはなりませんわね」
客間では、小箱が朝と同じように、お社に収まっておりました。
冷たい嘆きの気配も、朝のままでございます。
「ふふ、ことりちゃん。ただいま戻りましたわ」
お返事はございません。
「お嬢様、気配は少しも変わっておりませんね」
「ええ。でも、もうどこへも行けませんわ」
「左様でございますね。静かにしておいでです」
「ふふ、頑固なところも可愛らしいですわね」
わたくしたちは客間を出て、主寝室へ上がりました。
メリーちゃんとアリスちゃんは、何も仰いません。
やはり、客人がいることに問題はないようです。
こうして、この館に住人が、もう一人増えたのでございます。




