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婚約破棄してわたくしを追放するのは結構ですが、殿下の後ろにいる女は人間ではありません  作者: 速水静香
第四章:コトリバコ

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第二十八話:ことりちゃんを、もう一度お迎えします

 ヴィクトリアさんの家の卓には、今朝も小箱がございました。

 冷たく重い嘆きの気配は、相変わらずでございます。

 そして、卓には、今日も焼き菓子の皿がございました。

 ヴィクトリアさんは、わたくしたちを鋭く睨むように見てきます。


「ふん。来たか。その箱を引き取りに来たというわけか」

「ええ、ヴィクトリアさん! 準備が整いましたので、お迎えにあがりましたの」

「貴様ら、本当にその厄介な代物をどうにかできるのだろうな」

「もちろんですわ」

「ずいぶんと自信があるようだな」

「ええ! ご説明しますわ!」

「ああ、説明しろ」

「この小箱は、自分で居場所を選ぶのです」

「居場所を選ぶだと?」

「そうですの。そして、その場所を衰退させてしまう悪霊の箱なのですわ」


 わたくしは笑顔で説明いたしました。


「放っておけば、いずれこのお家も落ちぶれてしまいますのよ」


 ヴィクトリアさんは、ふん、と小さく鼻を鳴らしました。


「この家を落ちぶれさせるだと? そんなふざけた真似、私が許すと思うか。この私に仇なすような箱を、いつまでもそのままにしておく気など毛頭ない。さっさと持っていけ」


 即決でございました。


「人形の館で、しっかりと封印して差し上げますわ!」

「ああ、結果だけを持ってこい」

「お任せくださいまし!」


 マリアが持参した布を広げ、慣れた手つきで小箱を包んでいきます。

 嘆き声が聞こえてくるでしょうに、マリアは平然としておりました。


「町長様、確かにお預かりいたします」

「ふん。さっさと行け」


 わたくしたちは丁寧に一礼し、応接間をあとにいたしました。


 人形の館へ戻ると、わたくしたちはまっすぐ客間へまいりました。

 あの小箱が、一晩で姿を消した机のある部屋でございます。

 食堂から、昨日に手作りした品々を運び込みます。

 マリアが机を軽く払いました。


「お嬢様、この机でよろしいのですね」

「ええ! あの子が一晩を過ごした机ですもの。お迎えするなら、やはりこの机ですわ」

「左様でございますね。一度お泊まりになった机でございますから」


 マリアは淡々とうなずきながら、小さなお社を両手で持ち上げました。

 そして、机に据えます。

 素朴な三角の屋根がついた、木のお社でございます。


「マリア、お柱は、机をぐるりと囲むように立ててくださいまし」

「かしこまりました」


 マリアは台のついた柱を、わたくしの言う場所へ立てていきます。

 手で柱を軽く押さえ、ぐらつきがないかを確かめてくれました。


「お嬢様、お柱の立ち具合に問題はございません」

「素晴らしいですわ、マリア! どっしりとしておりますわね! では、しめ縄を張りましょう」


 わたくしは、昨日食堂で綯った麦わらの縄を手に取りました。


「マリア、結び目は、お柱にしっかりと締めてくださいまし。ここが大事なところですの」

「かしこまりました」


 わたくしが縄を持って、柱から次の柱へと渡していきます。

 縄が床に落ちず、たるまないように持ち上げておくのが、わたくしの役目でございます。

 柱に着くたびに、マリアが結び目を固く締めてくれました。

 柱から柱へと縄が結ばれ、机をぐるりと囲む輪が出来上がっていきます。


「まあ! とても綺麗に縄が張れましたわ!」

「お嬢様が、たるまないようにしてくださったおかげでございます」

「うふふ。さあ、いよいよ、わたくしが折った紙垂の出番ですわね!」


 わたくしは、白い紙垂を手に取りました。


「マリア、紙垂はわたくしが下げますわ。縄のねじれ目を、少しだけ開いていてくださる?」

「かしこまりました」


 マリアが、麦わらのねじれ目を少しだけ開いてくれます。

 わたくしはそこへ紙垂を差し込んで、丁寧に折り返すことで挟み込みます。

 手を離すと、白い紙垂が麦わらの縄からさらりと垂れ下がりました。


「見てくださいまし、マリア! 上手に留められましたわ!」

「見事でございます、お嬢様。とても綺麗な形で下がっておりますね」

「ふふ、褒めていただけて嬉しいですわ! この調子で、残りも下げてまいりましょう」


 わたくしたちは、しめ縄に白い紙垂を次々と下げていきました。

 紙垂を挟み、見栄え良く整えていくのでございます。

 麦わらの縄には、白い紙がよく映えました。

 そして、机をぐるりと囲む形が、どんどん整っていきます。


「ふふ、見事な囲いが完成いたしましたわね!」

「はい、お嬢様。机とお社を囲む形が、申し分なく整いました」

「こうして形が整うと、気持ちが引き締まりますわ」

「お嬢様らしい仕上がりかと存じます」

「では、マリア。あの子を置きましょう」

「かしこまりました」


 マリアが布を解いて、小箱を差し出してくれます。

 包まれて運ばれてくるあいだも、その冷え冷えとした気配は少しも変わりませんでした。


「まあ、相変わらずとても元気な気配ですこと!」

「左様でございますね。町長様のお宅にあった時から、少しも衰えておりません」


 わたくしは小箱を両手で受け取り、お社へ納めました。

 小箱は、ぴったりと収まりました。


「ぴったりでございますね、お嬢様」

「ええ、とても素晴らしい収まり具合ですわ。さて、仕上げのお祈りですわね」

「お嬢様、お祓い棒をお持ちになりますか」

「ええ! 主寝室から連れてまいりますわ」

「かしこまりました。お供いたします」


 わたくしたちは一度客間を出て、主寝室へ上がりました。

 窓辺には、いつものようにメリーちゃんとアリスちゃんがおられます。

 お祓い棒は、いつものようにテーブルにございました。


「メリーちゃん、アリスちゃん。少しの間だけ、お祓い棒をお借りいたしますわね」


 お返事はございません。

 わたくしはテーブルから、お祓い棒を手にしました。


 そして、客間へ戻ると、わたくしはお祓い棒を手に、お社へ向き直りました。

 準備は終わりました。

 あとは、心を込めて祈るだけでございます。

 わたくしは姿勢を正し、前世の作法に従って、祈りを捧げ始めました。

 目を閉じ、心を澄ませて、祈りを捧げてまいります。

 部屋が、しんと静まり返った気がいたします。

 しばらくして、祈り終えると、わたくしはお社へ向けて、優しく語りかけました。


「ことりちゃん。ここで、ゆっくり休んでくださいましね」


 もちろん、返事はございません。

 小箱は、お社にあるがままでございます。

 封印が本当に効いたのかどうかは、まだ分かりません。

 それが分かるのは、明日の朝でございます。

 けれど、わたくしたちにできることは、すべて行いました。


「ふふ、これで今日のところは大丈夫ですわね」

「はい、お嬢様。あとは小箱が落ち着くのを待つばかりでございます」


 わたくしはお祓い棒を下ろして、お社を見つめました。


「マリア、参りましょうか」

「かしこまりました、お嬢様」


 わたくしたちは、客間を出ました。


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