第二十八話:ことりちゃんを、もう一度お迎えします
ヴィクトリアさんの家の卓には、今朝も小箱がございました。
冷たく重い嘆きの気配は、相変わらずでございます。
そして、卓には、今日も焼き菓子の皿がございました。
ヴィクトリアさんは、わたくしたちを鋭く睨むように見てきます。
「ふん。来たか。その箱を引き取りに来たというわけか」
「ええ、ヴィクトリアさん! 準備が整いましたので、お迎えにあがりましたの」
「貴様ら、本当にその厄介な代物をどうにかできるのだろうな」
「もちろんですわ」
「ずいぶんと自信があるようだな」
「ええ! ご説明しますわ!」
「ああ、説明しろ」
「この小箱は、自分で居場所を選ぶのです」
「居場所を選ぶだと?」
「そうですの。そして、その場所を衰退させてしまう悪霊の箱なのですわ」
わたくしは笑顔で説明いたしました。
「放っておけば、いずれこのお家も落ちぶれてしまいますのよ」
ヴィクトリアさんは、ふん、と小さく鼻を鳴らしました。
「この家を落ちぶれさせるだと? そんなふざけた真似、私が許すと思うか。この私に仇なすような箱を、いつまでもそのままにしておく気など毛頭ない。さっさと持っていけ」
即決でございました。
「人形の館で、しっかりと封印して差し上げますわ!」
「ああ、結果だけを持ってこい」
「お任せくださいまし!」
マリアが持参した布を広げ、慣れた手つきで小箱を包んでいきます。
嘆き声が聞こえてくるでしょうに、マリアは平然としておりました。
「町長様、確かにお預かりいたします」
「ふん。さっさと行け」
わたくしたちは丁寧に一礼し、応接間をあとにいたしました。
人形の館へ戻ると、わたくしたちはまっすぐ客間へまいりました。
あの小箱が、一晩で姿を消した机のある部屋でございます。
食堂から、昨日に手作りした品々を運び込みます。
マリアが机を軽く払いました。
「お嬢様、この机でよろしいのですね」
「ええ! あの子が一晩を過ごした机ですもの。お迎えするなら、やはりこの机ですわ」
「左様でございますね。一度お泊まりになった机でございますから」
マリアは淡々とうなずきながら、小さなお社を両手で持ち上げました。
そして、机に据えます。
素朴な三角の屋根がついた、木のお社でございます。
「マリア、お柱は、机をぐるりと囲むように立ててくださいまし」
「かしこまりました」
マリアは台のついた柱を、わたくしの言う場所へ立てていきます。
手で柱を軽く押さえ、ぐらつきがないかを確かめてくれました。
「お嬢様、お柱の立ち具合に問題はございません」
「素晴らしいですわ、マリア! どっしりとしておりますわね! では、しめ縄を張りましょう」
わたくしは、昨日食堂で綯った麦わらの縄を手に取りました。
「マリア、結び目は、お柱にしっかりと締めてくださいまし。ここが大事なところですの」
「かしこまりました」
わたくしが縄を持って、柱から次の柱へと渡していきます。
縄が床に落ちず、たるまないように持ち上げておくのが、わたくしの役目でございます。
柱に着くたびに、マリアが結び目を固く締めてくれました。
柱から柱へと縄が結ばれ、机をぐるりと囲む輪が出来上がっていきます。
「まあ! とても綺麗に縄が張れましたわ!」
「お嬢様が、たるまないようにしてくださったおかげでございます」
「うふふ。さあ、いよいよ、わたくしが折った紙垂の出番ですわね!」
わたくしは、白い紙垂を手に取りました。
「マリア、紙垂はわたくしが下げますわ。縄のねじれ目を、少しだけ開いていてくださる?」
「かしこまりました」
マリアが、麦わらのねじれ目を少しだけ開いてくれます。
わたくしはそこへ紙垂を差し込んで、丁寧に折り返すことで挟み込みます。
手を離すと、白い紙垂が麦わらの縄からさらりと垂れ下がりました。
「見てくださいまし、マリア! 上手に留められましたわ!」
「見事でございます、お嬢様。とても綺麗な形で下がっておりますね」
「ふふ、褒めていただけて嬉しいですわ! この調子で、残りも下げてまいりましょう」
わたくしたちは、しめ縄に白い紙垂を次々と下げていきました。
紙垂を挟み、見栄え良く整えていくのでございます。
麦わらの縄には、白い紙がよく映えました。
そして、机をぐるりと囲む形が、どんどん整っていきます。
「ふふ、見事な囲いが完成いたしましたわね!」
「はい、お嬢様。机とお社を囲む形が、申し分なく整いました」
「こうして形が整うと、気持ちが引き締まりますわ」
「お嬢様らしい仕上がりかと存じます」
「では、マリア。あの子を置きましょう」
「かしこまりました」
マリアが布を解いて、小箱を差し出してくれます。
包まれて運ばれてくるあいだも、その冷え冷えとした気配は少しも変わりませんでした。
「まあ、相変わらずとても元気な気配ですこと!」
「左様でございますね。町長様のお宅にあった時から、少しも衰えておりません」
わたくしは小箱を両手で受け取り、お社へ納めました。
小箱は、ぴったりと収まりました。
「ぴったりでございますね、お嬢様」
「ええ、とても素晴らしい収まり具合ですわ。さて、仕上げのお祈りですわね」
「お嬢様、お祓い棒をお持ちになりますか」
「ええ! 主寝室から連れてまいりますわ」
「かしこまりました。お供いたします」
わたくしたちは一度客間を出て、主寝室へ上がりました。
窓辺には、いつものようにメリーちゃんとアリスちゃんがおられます。
お祓い棒は、いつものようにテーブルにございました。
「メリーちゃん、アリスちゃん。少しの間だけ、お祓い棒をお借りいたしますわね」
お返事はございません。
わたくしはテーブルから、お祓い棒を手にしました。
そして、客間へ戻ると、わたくしはお祓い棒を手に、お社へ向き直りました。
準備は終わりました。
あとは、心を込めて祈るだけでございます。
わたくしは姿勢を正し、前世の作法に従って、祈りを捧げ始めました。
目を閉じ、心を澄ませて、祈りを捧げてまいります。
部屋が、しんと静まり返った気がいたします。
しばらくして、祈り終えると、わたくしはお社へ向けて、優しく語りかけました。
「ことりちゃん。ここで、ゆっくり休んでくださいましね」
もちろん、返事はございません。
小箱は、お社にあるがままでございます。
封印が本当に効いたのかどうかは、まだ分かりません。
それが分かるのは、明日の朝でございます。
けれど、わたくしたちにできることは、すべて行いました。
「ふふ、これで今日のところは大丈夫ですわね」
「はい、お嬢様。あとは小箱が落ち着くのを待つばかりでございます」
わたくしはお祓い棒を下ろして、お社を見つめました。
「マリア、参りましょうか」
「かしこまりました、お嬢様」
わたくしたちは、客間を出ました。




