第二十七話:しめ縄と紙垂と、手作りのお社
ギルドマスターのガストンさんは机に手をついたまま、しばらく口をつぐんでおりました。
「それで、封印ってのは、いったいどうやってやる気なんだ」
「まあ、簡単なことですわ。材料と道具をそろえて、封印の作法どおりに支度を整えるのです」
「作法だあ?」
「そうですの。マスター、こちらのギルドで材料と道具を分けていただけませんこと?」
わたくしは、にっこりと微笑みかけました。
ガストンさんは太い腕を組み、怪訝そうに目を細めます。
「分けてくれって言ったって、うちにあるもんかよ。ここは冒険者のギルドだぞ。怪しげなまじないの道具なんざ置いてねえぜ」
「まじないだなんて人聞きの悪い。れっきとした作法ですわ。わたくしたちが欲しいのは、特別な品ではございませんの」
「そうかよ……」
ガストンさんは、心底胡散臭そうなものを見る目でこちらを見ております。
「まず、倉庫にある麦わらと、白い紙をいただきたいのです。それから、木を切るためのノコギリも分けてくださいまし」
「麦わらぁ? そんなもん、倉庫にいくらでも転がってるが、何に使うんだよ」
「しめ縄を綯うのですわ!」
「しめ……なんだって?」
「しめ縄ですわ。あの子がお休みになる場所をぐるりと囲って、外へ出られないようにするための縄ですのよ」
わたくしは胸を張って答えました。
「本当は、稲わらがよろしかったですのよ。前世の作法では、稲わらを使って縄を綯うのが正しい習わしでしたから。でも、この町には麦わらしかございませんでしょう? ですから、麦わらで代用いたしますわ」
「わけがわからんが……麦わらでいいなら、いくらでもあるぜ」
「それから、白い紙ですわ! 掲示板に貼る依頼書の、まだ何も書かれていない真っ白な紙を分けていただきたいのです」
「依頼書の紙だと? まあ、受付にまだ何も書いてねえのが積んであったはずだが……あれを使うのか」
「ええ! どうしても真っ白な紙が欲しいのですわ!」
「まあ、いいだろう」
ガストンさんは、渋々という顔です。
「それに道具だったな。ノコギリなら、昔誰かが置いていった古い奴が転がってたはずだ。少し手入れをすりゃ使えるだろうが」
ガストンさんはぶつくさ言いながら、執務室を出ていきました。
「マリア、いよいよ封印の準備が始まりますわね」
「左様でございますね、お嬢様。材料さえ揃えば、あとは私の手仕事でなんとかなるかと存じます」
「頼もしいですわ! あの子がどんなお顔をするか、今からとても楽しみですの」
「お嬢様、小箱に顔はございません」
マリアが淡々と訂正してくれます。
しばらく待っておりますと、重い足音とともにガストンさんが戻ってまいりました。
抱えてきたものを、机にどさりと置かれます。
大量の乾いた麦わらに、白い紙、それに年季の入ったノコギリでした。
「ほらよ。これで全部だろ」
「まあ! ありがとうございます、マスター!」
「礼はいいがよ、嬢ちゃん。これ全部持ってくなら、代金はどうすんだ。紙だってただという訳にはいかねえぞ」
「ふふ、もちろんヴィクトリアさんのつけでよろしくてよ!」
「……はあ!? 町長のつけだあ!?」
ガストンさんは大声を上げ、頭を抱え込みました。
「ちょっと待てよ! なんで俺が町長に請求書を回さなきゃならねえんだ!」
「だって、町長のお困りごとを解決するための支度ですもの。当然、町のお金から出していただくのが筋というものでしてよ」
「はい。町長様からのご依頼に関わる経費でございますから、ギルドから町へ請求していただくのが最も正当な手続きかと存じます」
マリアが平然と援護いたしました。
「……くそっ。町長に請求書を回したら、また何を言われるか分からねえが……何もしていないと睨まれるよりはマシか」
ガストンさんは苦い顔のまま、乱暴に頭を掻きました。
「持ってけ! その代わり、これ以上、町長から文句が飛んでこないようにしろよ!」
「うふふ、お任せくださいまし!」
わたくしは、机に置かれた白い紙を両手でそっと持ち上げました。
手触りは、驚くほど滑らかでした。
「見てくださいまし、マリア! 真っ白な紙ですわ!」
「はい、お嬢様。とても上質な紙でございますね」
「これまで、ずっと買えずにおりましたものね。ようやく手に入りましたのよ!」
「ギルドの紙でございますけれど」
「細かいことはよろしいのですわ! これで、あの子のための紙垂が作れますもの!」
わたくしは嬉しくてたまらず、白い紙を胸に抱きしめました。
手に入らなかったものが、こんな形で巡ってきたのです。
「お嬢様、材料と道具をまとめましょう。館へ戻り、お支度を始めなければなりません」
「そうですわね! さっそく館へ戻りましょう!」
わたくしたちはガストンさんにお礼を言い、ギルドをあとにいたしました。
館へ戻ると、わたくしたちはさっそく食堂で手仕事を始めることにいたしました。
分けていただいた材料と道具を、長卓に広げます。
「マリア、お願いがございますの。この麦わらをより合わせて、太いしめ縄を綯ってくださいませんこと?」
「かしこまりました。縄でしたら、私の手仕事の内でございます」
公爵家にいたころ、お祓い棒を削るわたくしに手を貸してくれたのも、このマリアでございました。
今度は、前世で見たしめ縄と紙垂を、この世界の麦わらと白い紙でこしらえるのです。
「わたくしは、紙垂を作りますわ。マリア、裁縫の鋏をお借りしてもよろしいかしら」
「はい、お嬢様。ただいまお出しいたします」
マリアは裁縫道具から、しっかりとした大きな鋏を取り出しました。
刃先を自分に向け、柄をわたくしへと差し出してくれます。
「どうぞ、お嬢様。お怪我をなさいませんよう、慎重にお使いくださいませ」
「ええ、分かっておりますわ。ありがとうございます、マリア」
厨房の包丁は頑として譲ってくれないマリアも、裁縫の鋏なら使わせてくれるのでございます。
わたくしは白い紙を広げ、鋏を入れました。
そして、切り分けた長方形の白い紙を、丁寧に折っていきます。
段々に折り重ねて、稲妻のような形にするのです。
「お嬢様、それが紙垂というものでございますか」
縄を綯う手を休めずに、マリアが尋ねてまいりました。
「ええ。前世では、しめ縄にこうして紙垂を下げておりましたの。縄で囲われた場所は特別なところですよ、というお知らせですわ」
「白い紙が、お知らせになるのでございますね」
「そうですの。ですから、どうしても真っ白な紙が欲しかったのですわ」
マリアは、また縄へと目を戻しました。
マリアの手で、麦わらがみるみる縄になっていきます。
食堂じゅう、麦わらの乾いた香りがいたしました。
「まあ、マリア、手際が素晴らしいですわ!」
「長年、お嬢様の思いつきにお付き合いしてまいりましたから。手先だけは勝手に慣れてしまうものでございます」
「まあ、思いつきだなんて人聞きの悪い。由緒正しい淑女の作法ですわよ」
「悪霊を封じるための縄を綯うことが、淑女の作法だとは存じ上げませんでした」
マリアは表情ひとつ変えずに、淡々と縄を綯い続けます。
やがて、しめ縄と紙垂の支度がひと通り落ち着きました。
次は、お社とお柱を作る番でございます。
マリアが貯蔵室から、積んであった薪を抱えて戻ってまいりました。
「お嬢様、お社とは、どのようなものでございましょう」
「あの子に入っていただく、小さなお家ですわ。前世では、こうした小さなお家をお社と呼んでおりましたの」
わたくしは厨房の竈から炭のかけらをひとつ借りてきて、薪に線を引いていきました。
まっすぐに引けるよう、紙垂の残りの白い紙を二つに折って、その折り目を当てます。
お社の外壁になるところ、三角の屋根になるところ。
前世で見たお社の形を、一本ずつ線を引いて設計していくのです。
「お嬢様。お上手です。お家の形ができますね」
「うふふ。これでも、お社は前世で何度か作ったことがございまして」
「お見事です」
わたくしは、マリアに褒められて、とってもよい気分になりましたわ。
もちろん、その間も、お社の設計を進めております。
そして、わたくしがノコギリへ手を伸ばそうとしたとき。
「お嬢様。刃物の扱いは危険でございますので、ノコギリは私が挽きます」
やはり、ノコギリはマリアが譲ってくれないのでございます。
「では、マリア、この線のとおりに切ってくださいまし」
「かしこまりました」
マリアは薪をしっかりと押さえ、ノコギリの刃を当てました。
ぎこぎこと、心地よい乾いた音が立ちます。
わたくしは、マリアに応援の声をかけました。
「頑張ってくださいまし、マリア!」
「はい、お嬢様。お声がけをいただくのはありがたいのですが、木屑が舞いますので少し離れていてくださいますか」
「まあ、失礼いたしましたわ」
わたくしは素直に少し下がり、紙垂を整え続けました。
マリアが、薪をわたくしが引いた線のとおりに切り分けていきます。
細かな木屑が、パラパラと落ちてまいりました。
「お嬢様。切り分けました」
「ありがとう、マリア」
そうして、切り分けられた木を、今度はわたくしが組み合わせていきます。
わたくしが木を合わせ、マリアも押さえてくれます。
こうして、小さなお社が出来上がりました。
贅沢な装飾などない、素朴で簡単な代物でございます。
けれど、三角の屋根が乗り、小箱を収めるのにちょうどよい形をしておりました。
「まあ、とても立派なお社ですわ!」
「職人様が作るような細工はございませんが、しっかりと安定しております」
「ええ、これで十分ですのよ。あの子のお家として、とても温かみがございますわ」
続いて、縄を張るための柱に取り掛かりました。
「お嬢様、綯った縄は、どこにかけるのでございましょう」
「お柱を立てて、そこへ渡しますの。客間の机を、お柱でぐるりと囲むのですわ」
「家具に結んではいけないのでございますか」
「ええ。家具に頼ると、その家具が動いただけで、囲いの形が崩れてしまいますもの。ですから、お柱には台をつけて、お柱だけで立つようにいたしますの」
「なるほど。お柱がひとりで立っていれば、囲いは崩れないのでございますね」
「その通りですわ!」
わたくしは厚みのある薪に、柱と台の線を引きました。
マリアがそれを挽き、わたくしが台に柱を立てていきます。
そして、長卓に置いても倒れない柱が出来上がりました。
「これでしたら、客間の床でも、倒れる心配はございませんね」
「ええ。このお柱で、あの子のお休みになる場所を囲んで差し上げますのよ」
窓の外は、すっかり暗くなっておりました。
長卓には、手作りの品々が並んでおります。
どれも、とても簡単な代物でございます。
けれど、わたくしは深く満足しておりました。
「ふふ、見事な出来栄えですわね」
「お嬢様のお見立て通りに仕上がりましたでしょうか」
「ええ、大満足ですわ! 出来の良し悪しは問いませんの。形を整えておくことが大事なのですわ」
「形が大事、でございますね」
「そうですの。道具そのものに力があるわけではございませんもの。大事なのは、お祈りですわ」
「お嬢様の仰る通りでございますね。どれほど贅沢な品を並べても、祈りがなければ意味がございません」
「ええ、そうですわ。これで、支度はすべて整いましたわね」
「はい、お嬢様。あとは、町長様のお宅から小箱をお迎えするだけでございます」
小箱はいま、ヴィクトリアさんの家の卓にございます。
もう大丈夫。
わたくしたちが、あの子に静かに休める場所を差し上げるのでございます。
「明日、ヴィクトリアさんのお家へ小箱を受け取りにまいりましょう!」
「かしこまりました、お嬢様。明朝、一番に向かいましょう」
わたくしは頼もしいメイドの言葉に、力強く頷きました。
ことりちゃんをお迎えする準備は、万全でございます。




