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婚約破棄してわたくしを追放するのは結構ですが、殿下の後ろにいる女は人間ではありません  作者: 速水静香
第四章:コトリバコ

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第二十六話:ギルドマスターに、お願いがありますの

 翌朝、わたくしたちはさっそく町のギルドへ向かいました。


 ギルドの頑丈な両開きの扉を押し開けます。

 そこでは、朝からジョッキで乾杯をしている冒険者たちの姿が見えました。

 そして、受付カウンターには、受付嬢のクラリスさんがいらっしゃいました。

 羊皮紙の書類をめくっておられます。

 わたくしは、歩み寄って声をかけました。


「クラリスさん、ごきげんよう! マスターはいらっしゃいますかしら?」

「アリシア様、マリア様。ただいまお呼びいたしますので、少々お待ちください」


 クラリスさんはそう言って、執務室へ呼びに行かれました。

 しばらくすると、ガストンさんがクラリスさんと一緒に出てまいりました。


「マスター、ごきげんよう!」


 ガストンさんは、わたくしたちの姿を見るなり、顔をしかめました。


「……お前さんたちか。朝っぱらから何の用だ。あの箱の件なら、俺は何も聞いてねえぞ」

「うふふ、そのことで、お願いがあって参りましたの」

「お願いだと? 正直、あまり関わりたくねえんだがな」

「まあ、そう仰らずに。マスターにしかお頼みできないことですのよ」

「……くそっ。どうせ、あとで呼びつけられるのは俺だ。言うだけ言ってみろ」

「実は、調べていただきたい土地がございますの」

「土地の調査だと? そんなものは地図でも見りゃ済む話だろうが」

「普通の地図には載っていないような、古い土地のことでございます」

「古い土地だと?」

「ええ。町長のヴィクトリアさんから預かった古い綴りに出てくる土地なのですわ」


 わたくしがヴィクトリアさんのお名前を出した瞬間でした。

 ガストンさんの渋いお顔が、ますます渋くなりました。


「……ここで町長の名を出すなよ、嬢ちゃん」

「あら、どうしてですの?」

「あの方の名前を出されたら、俺が断れねえのを知ってて言ってやがるな?」

「まあ! 滅相もございませんわ。ただ、事実を申し上げただけでしてよ」

「本当にお嬢様の仰る通りでございます。町長様のお宅に届いた品に関わる綴りでございまして、どうしても昔の様子を確かめたいのでございます」


 マリアの淡々とした説明に、ガストンさんは頭を抱えました。

 ヴィクトリアさんには、本当に頭が上がらないご様子でございます。

 とても面白い光景でございました。


「まったく、次から次へと厄介なことを持ち込みやがって……」

「厄介ですの?」


 わたくしの言葉に、ガストンさんがため息をつきました。


「……こうなっちゃ、知らぬ存ぜぬで追い返すわけにもいかん」

「まあ! 引き受けてくださいますのね!」

「話を聞くだけだ。それに、こんなところで大声で話すような内容でもねえな」


 ガストンさんは酒場の席にいる冒険者たちを横目で睨みつけました。

 冒険者たちは、さっと視線を逸らします。


「執務室へ来い。お前さんたち」

「ありがとうございます、マスター!」


 わたくしたちは、ガストンさんのあとについて、黒く豪勢な扉の執務室へ通されました。

 ガストンさんは棚から、年季の入った分厚い帳簿を取り出しました。

 そして、それが机に、どすんと置かれます。

 昔の依頼や買い取りの控えが、細かく書き留められた帳簿でした。


「で、その土地の名はなんだ」


 マリアが、綴りに書かれていた土地の呼び名を告げました。

 すると茶色く変色した頁を、ガストンさんがめくっていきます。


 やがて、ガストンさんは帳簿から顔を上げました。


「……その土地なら、帳簿にも昔の記録が少し残ってるな。それにすこしばかり聞いたことがあるな」

「まあ! ご存じでしたのね!」

「昔の話だ。その辺りは、街道の要所として大いに賑わっていた場所だそうだ。旅人や商人が集まって、栄えていたらしい」

「学術書に書かれていた通りの繁栄ぶりでございますね」

「ああ。だがな、それは大昔の栄華だ。いまはもう、人がすっかり離れて寂れちまってる」

「人が離れて、寂れてしまいましたの?」

「そうだ。いつの頃からか、誰も寄らなくなっちまった。人は減り、建物も朽ち果て、いまじゃ名前ばかりの廃墟同然だ」

「行商人のかたがたの噂はどうですの?」

「行商人のあいだでも、あの辺りへ立ち寄る者はもういないって話だ。わざわざ寄る理由もなけりゃ、商売になる相手も残っちゃいねえからな。寄り道するだけ時間の無駄だとさ」

「なるほど……。旅慣れた商人たちですら、近寄らない場所になっておりますのね」

「ああ。いまあそこへ行く奴なんて、道を間違えた旅人くらいのもんだ」


 ガストンさんは帳簿をぱたんと閉じました。


「どうだ、役に立ったかよ」

「ええ、大いに助かりましたわ!」

「礼には及ばねえよ。町長に文句を言われずに済むなら、それでいい」


 ガストンさんはぶっきらぼうに言いながら、腕を組みました。


「マリア、やはりあの綴りの結びは、本当のことでしたわね」

「左様でございますね、お嬢様。学術書にあった繁栄の時代を経て、綴りにあるように人々が立ち行かなくなり、やがて土地そのものが寂れてしまった……という流れが、ギルドマスター様のお話で裏付けられました」

「ええ! 手掛かりがつながってまいりましたわ!」


 ガストンさんが、怪訝そうな顔をしました。


「おいおい、なんの話だ? つながっただあ?」

「ふふ、ちょっとした謎解きをしておりますのよ」

「謎解きだと? お前さんたち、いったい何を調べてやがるんだ」

「マスター、少しお聞きになってくださる? わたくしたちが手に入れた手掛かりを、簡単に紹介いたしますわね!」

「おお、まあ……」


 ガストンさんが頷く前に、わたくしはお話を続けました。


「まず、小箱の性質についてですわ! あの子は、ヴィクトリアさんのお家の卓へ、必ず戻ってしまいますの」

「戻ってくる、だと?」

「そして次の手掛かりは、あの古い綴りですわ。マリア、お願いできますかしら」

「はい、かしこまりました。町長様から頂きました綴りによりますと、小箱が来た家では、どこでも長くは平穏が続かず、家が落ちぶれておりました。そして家が衰えると、小箱はいつの間にか次の家へと移っていくのでございます」

「移っていく? ああ、持ち主が売っ払うってことか?」

「いいえ、マスター。綴りには、誰が持ち出したかも、どのようにして次の家へ渡ったかも書かれておりませんでした。ただ、いつの間にか家にあった、とだけ延々と記されていたのです」

「……気味が悪すぎるだろうが」


 ガストンさんは渋い顔のまま、唸るような声を漏らしました。


「そして最後の手掛かりは、わたくしが受け取ったあの子の気配ですわ!」

「お嬢様が、小箱に語りかけられたときのことでございますね」

「そうですの。ヴィクトリアさんのお家で語りかけたとき、小箱のなかにいるものは、とても落ち着かない様子でしたのよ」


 あのときのことを思い出します。

 小箱から伝わってきた、落ち着かない気配。

 わたくしは最初、あの子が帰る場所を探しているのだと思っておりました。

 けれど、昨日マリアが読んでくれた綴りを思い返すと、違和感があったのです。

 帰る場所を探しているにしては、あちこちの家を渡り歩きすぎております。


「わたくし、昨夜からずっと引っかかっておりましたの。でも、マスターのお話を伺って、ようやく分かりましたわ」

「どういうことでございましょう」

「あの子が帰る場所を探しているのなら、綴りの最後のお屋敷の土地へ戻ればよいはずですわ。あの土地には、もう誰も寄りつきませんもの。止める者など、誰もおりませんのに」

「ですが小箱は、あの土地へは戻っておりません」

「なるほど……やっぱり、そういうことですのね!」


 わたくしは確信を込めて、口を開きました。


「あの子は、帰る場所を探していたのではなくて……次の居場所を探していたのですわ!」

「次の居場所、でございますか」

「ええ! そうですのよ、マリア! あの綴りを思い出してくださいまし。小箱は、どのお家でも手放されたとは書かれておりませんでした。家が落ちぶれると、いつの間にか次の場所へ移っていたのですわ。あの子は、ただ移っていたのではありませんの。次のお家を、自分で選んでいたのです!」

「なるほど……。移る先まで、小箱が選んでいた、と」

「その通りですわ! 小箱は、自分で居場所を選び、そこに居ついて家を傾かせ、立ち行かなくなると、また次を探して移っていく……。あの子はずっと、その繰り返しをしてきたのですわ!」

「居ついては傾かせ、また次を探す……。果てしない物語でございますね」

「ええ。あの綴りのお屋敷の土地は、もう居られる場所ではなくなりましたもの。あの子はまた、次を探さなければならなくなったのですわ。だから、落ち着きをなくして、そわそわしていたのですわ!」

「そしていま、選ばれたのが……」

「ヴィクトリアさんのお家、ということですわね!」


 わたくしの推理に、マリアは深く頷きました。

 すべての辻褄が、見事に合います。


「前世で聞いたコトリバコのお話では、その小箱は人の手で送りつけられるものでしたわ。けれど、この子は、自分で居場所を選んでおりましたのね」

「こと……なんだって?」

「コトリバコ、ですわ、マスター。あの子が何を思い、何を願っているのかまでは分かりません。ですが、その行動だけは、はっきりと見えてまいりましたわ!」


 ガストンさんが、たまらず口を挟んできました。


「おいおいおい、待てよ嬢ちゃん! そんなとんでもねえ呪いの品だってんなら、なおさら手に負えねえぞ。森へ捨てに行ったのも、うちの連中に斧を振るわせたのも、この俺だ。傷ひとつ付かねえで、斧の柄が折れる始末だ」

「ええ、存じておりますわ、マスター。捨てても戻ってきますし、壊そうとしても傷ひとつ付きませんもの」

「くそっ、じゃあ誰か別の奴に押しつけりゃいいじゃねえか!」

「それも無駄でございますわ」

「なんでだよ!」

「わたくしたち、先日あの子を館へ連れ帰ったのですけれど……翌朝には、ヴィクトリアさんのお家の卓へ、綺麗に戻ってしまっておりましたの」

「……誰かに渡しても、元に戻っちまうってのか」

「そうですのよ。あの子はいま、ヴィクトリアさんのお家を選んで居ついておりますから、他人のところへ持って行っても、すぐに戻ってきてしまいますの」


 ガストンさんは、うぐっと言葉を詰まらせました。

 打てる手が、次々に消えていきます。


「じゃあ……町長の家にそのまま置いておくしかねえのか? まあ、あの町長の家なら、多少どうかなっちまったところで、どうってことねえだろうがな」

「いいえ、マスター。そうはいきませんわ」

「なんでだ」

「小箱をヴィクトリアさんのお家にあるがままにしておけば、いずれあの綴りに書かれていたのと同じことが起きますわ。ヴィクトリアさんが立ち行かなくなってしまいますのよ」

「……それは、困るな」


 ガストンさんが苦い顔で呟きました。

 どれほど反発していても、ヴィクトリアさんがいなくなっては町が困ることを、ガストンさんはよく分かっておいでのようなのです。


「それなら、あの子とじっくりお話し合って、成仏していただくのはどうかしら、とも考えましたの」

「対話、でございますね。いつものお嬢様のやり方でございます」

「ええ。でも、あの子はお話に応えてくれませんでしたの。語りかけても、ただ頑なに黙り込むばかりで、心を交わすことができませんでしたわ」

「言葉による説得も無理、というわけでございますね」


 マリアがまとめます。


「捨てることも、壊すこともできない。誰かに譲ることもできず、そのままにしておくこともできない。話を聞いて解決することもできない……。これでは、打てる手がございません」

「いいえ、マリア。ひとつだけ、残っておりますわ」


 わたくしは、ぱんと両手を打ち鳴らしました。

 だって、答えは、もう出ておりますもの。


「あの子を、動けなくして差し上げるのですわ!」

「動けなく、でございますか」

「ええ、封印ですわ! 決めましたわ! あの子のお相手は、わたくしがいたします!」

「封印だと……!? そんな真似、お前さんたちにできるのかよ!」

「もちろんですわ! 任せてくださいまし!」

「待て待て、仮に封印するとして、そのやばい小箱をどこへやる気だ? 町長の家にあるままじゃ、気味が悪くて暮らせねえだろうが」

「あら、ヴィクトリアさんのお家に封印しておくわけがありませんでしょう?」

「じゃあ、どこに封印するんだよ!」


 わたくしは、にっこりと微笑んで答えました。


「わたくしたちの館の客間ですわ!」


 ガストンさんが、とんでもない者を見たという表情で固まりました。


「……は? お前さんたちの館……あの、人形の館にか?」

「ええ。あの客間は、ずっと空いておりますもの。お迎えするのにぴったりですわ!」

「馬鹿言ってんじゃねえぞ嬢ちゃん! そんなヤバイ呪いの品を、自分の家に持ち帰って封印する奴がどこにいる!」

「ここにおりますわ」

「平然と答えるんじゃねえ!」


 ガストンさんの怒鳴り声にも、わたくしはまったく動じません。

 わたくしには、ちゃんと見立てがございますもの。


「だって、マスター。あの子がお家を駄目にしてしまうのは、自分で動いて、居場所を選べるからですわ。動けなくしてしまえば、もうどこのお家も駄目にはなりませんもの」


 まあ、これはわたくしの見立てで、実際はやってみないと分からないことではございますけれど。

 ですが、理屈としてはとても美しいと思いませんこと?


「お嬢様のお見立ては、筋が通っておりますね」

「まあ、マリアもそう思ってくださる?」

「はい。小箱が自分で居場所を選んで、移った先で害をなすのであれば、動けぬようにしてしまえばよいかと存じます。そうすれば、害をなすこともできません」

「でしょう! ふふ、さすがマリアですわ。わたくしの言いたいことを、実に見事に汲み取ってくださいます!」


 マリアが、恭しく頭を下げました。


「おいおい……本気で言ってるのかよ、お前さんたち……」


 ガストンさんは、すっかり気圧されたご様子で、机に手をつきました。

 これでは、荒くれ者を束ねるギルドマスターが、形無しでございます。


「小箱の封印、絶対に成功させてみせますわ!」


 わたくしは、高らかに宣言いたしました。

 ことりちゃんを動けなくして、わたくしたちの客間にお迎えするのです。

 これで進むべき道は、しっかりと定まりました。


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