第二十二話:町長のお宅は、深紅と黒
館へ帰ったその夜、わたくしは書斎で手記を開きました。
そして、その手記へ扇子のご令嬢のことを一筆書き加えました。
「これでヨシ、と」
わたくしはそう言って、手記をパタンと閉じました。
そして、しばらくは、館へ届いた荷物のおかげで、とくに困ることがない、満ち足りた日々が過ぎていきました。
そんなある朝、朝食を終えたとき。
いつものように、マリアと門の外にある郵便受けを見に行きました。
「マリア、お手紙が!」
「はい。大変珍しゅうございます」
郵便受けには、封筒がひとつ入っておりました。
この世界としては、なかなかしっかりしたものでございます。
厚手の封筒は、赤い封蝋でとじられてございました。
わたくしは封筒を手に取って、クルクルと回してみます。
「宛名も、差出人のお名前もございませんわ」
「封蝋にも、紋は押されておりませんね」
「ふぅむ。社交のお手紙でしたら、まずはお名前、それから時候のご挨拶ですのに」
「これだけ立派な封筒でございますから、お手紙も、さぞ長いご挨拶から始まるのでございましょう」
「ええ、読みでがありそうですわ!」
わくわくしながら封蝋を割って、封筒を開けます。
そこに入っていた、三つ折りの紙を開きました。
『ギルドへ来い』
たったそれだけでございました。
あとは、真っ白な余白ばかりでございます。
「……マリア」
「はい、お嬢様」
「時候のご挨拶は、どちらへいってしまったのかしら」
「封筒のほうで、力尽きてしまわれたのかもしれません」
「まあ! まあ! でも、ギルドからのお便りですわ!」
わたくしは紙をマリアにも見せます。
「ギルドへ来いとあるからには、ギルドマスターからでございましょう」
「そうですわよね! わたくしたちを呼び出す手紙ですわ!」
「呼び出し状というよりは、何かの覚え書きのようでございます」
「構いませんわ! きっと、新しいお仕事の依頼に違いありませんもの!」
追放されてこの館へやってきてから、初めて届いたお仕事のお便りです。
ようやく、ギルドのカードを手に入れた意味があるというもの。
わたくしは、嬉しくなりました。
「ねえ、マリア。これは、いったいどんなお仕事かしらね。また新しい悪霊さんのお話かしらね?」
「お嬢様。まだ依頼と決まったわけではございません」
「いいえ、マリア!」
わたくしは力説いたします。
「かのギルドマスターがわざわざ手紙を寄こしてくださったのです! ぜったい、お仕事に決まっておりますわ!」
「ギルドマスター様は、文字をお書きになるのが苦手な方とお見受けいたしました。用件すら省くほどでございますから、何かのお小言の可能性もございます」
「お小言? わたくしたち、何か怒られるようなことをいたしましたかしら?」
「心当たりはいくつもございますが、お嬢様が気にするようなことではないかと存じます」
「それなら安心ですわね!」
「お嬢様」
マリアはいつもの落ち着いた声で、続けました。
「扇子のご令嬢のような案件ならまだしも、ただの力仕事や草むしりの可能性もございます」
「草むしりでも、わたくし、全力でお手伝いいたしますわよ!」
「左様でございますか」
「けれども、ギルドマスターが直々にお呼び出しになるくらいですもの、きっと特別なことに違いありませんわ!」
「お嬢様には恐れ入ります。出かけるのでしたら、支度をいたします。お召し物を整えてまいりましょう」
「ええ、すぐにお願いするわ! ギルドカードも、ちゃんとお財布に入れて持っていかなくては!」
わたくしたちは一度、館へと戻りました。
玄関ホールを通り抜け、階段を上がって二階の主寝室へ向かいます。
いつもどおり、メリーちゃんとアリスちゃんが窓辺におりました。
「メリーちゃん、アリスちゃん。ギルドへ行ってまいりますわね」
わたくしが声をかけますと、二人はわたくしたちを見送ってくれているように思えました。
寝室のテーブルには、お祓い棒もあります。
「では、お留守番をお願いいたしますね。もし何か困ったことがあっても、テーブルの上のお祓い棒がございますから安心ですわ」
「お嬢様。お人形がお祓い棒を振るうことはございません」
「まあ、振るってくれたらとても頼もしいではありませんの」
「頼もしいというよりは、事件でございます」
マリアが懐から小さな櫛を取り出し、手際よくわたくしの髪を整えてくれました。
ドレスもきれいに伸ばしてくれます。
鏡を見なくても、マリアの手にかかれば申し分なく整うのです。
「お嬢様、お支度が整いました」
「ありがとう、マリア。さあ、町へ出発いたしましょう!」
わたくしたちは館を出て、鉄門を閉めました。
そして、いつも通りに森の木立に囲まれた道を進みました。
王都を追放されてこの館にやってきたときは、いったいどうなることかと思いましたけれど。
いまの暮らしは本当に楽しくて、飽きません。
魔道炉のおかげでお湯も出ますし、メリーちゃんやアリスちゃんという素敵なお友達もできました。
その上、冒険者として登録までできて、こうしてお仕事までいただけるなんて、公爵家にいた頃には考えられないことです!
「お嬢様、あまり早足になられますと、ドレスが汚れます」
「だって、とても楽しみですもの! 手紙をいただいてお仕事に向かうなんて、まるで本物の冒険者のようですわ!」
「本物の冒険者でございます」
「そうでしたわね! わたくしたち、もう立派な冒険者でしたわ!」
「はい。登録は済んでおります」
マリアの淡々とした返答に、わたくしはくすくすと笑ってしまいました。
森の道を抜けて、木々が開けました。
そして、毎度の町並みが見えてまいりました。
石造りの町です。そこには、荷車を押す商人さんや、買い物籠を提げた町の人々が通りを行き交っております。
「さあ! 冒険です!」
わたくしたちは、中央広場を横切ります。
そして、冒険者ギルドの建物へと向かいました。
パァン! と、冒険者ギルドの重い木製の扉を開けました。
昼前のギルドには、数人の冒険者たちが席について、お酒を手に雑談をしておりました。
わたくしたちが入ってまいりますと、何人かがこちらを見ましたが、すぐに雑談へ戻りました。
受付嬢のクラリスさんが、いつもの様子で受付カウンターにいらっしゃいました。
「ようこそ、冒険者ギルドへ」
「はい。ごきげんよう」
「アリシア様、マリア様ですね。用件は伺っております。こちらで少々お待ちください」
そう言って、クラリスさんは、豪華な黒い扉へと向かいます。
しばらくすると、ギルドマスターのガストンさんがクラリスさんと一緒に出てきました。
ガストンさんはわたくしたちの姿を認めるなり、鋭い目を向けております。
「ごきげんよう、マスター! 手紙を拝見して、すぐに飛んでまいりましたわ!」
「……来たか、嬢ちゃんたち」
ガストンさんは、お太い声で言いました。
「マスター、手紙には何も書かれておりませんでしたけれど、いったいどんなご用件ですの? 新しい悪霊のお話かしら?」
わたくしが尋ねますと、ガストンさんは渋い顔をして、首を横に振りました。
「町長の案件だ。ついてこい」
「まあ、町長様が? わたくしたちにご用事ですの?」
「俺に聞くな。行けばわかる」
ガストンさんはそれだけぶっきらぼうに言います。
詳しい説明を一切口にせずに、歩き出しました。
「クラリス。留守を頼む」
「はい、承知いたしました」
そのままギルドの出入り口へと向かいます。
わたくしたちも慌てて、ガストンさんを追いました。
ギルドを出たガストンさんは、ずんずんと通りを進んでいかれました。
中央広場を抜け、少し入った通りへと進んでいきます。
この通りは人通りも少なく、落ち着いた家々が見えておりました。
前を歩くガストンさんは、風を切りながら、無言で歩き続けます。
わたくしは小走りでついていきながら、マリアに話しかけました。
「ねえ、マリア。町長様からの案件だなんて、大出世ではありませんこと?」
「はい。前回の件で目をつけられたのかと存じます」
そんな会話をしておりますと、ガストンさんが足を止めました。
「ここだ」
ガストンさんがそれだけ言って、顎髭をさすりました。
「まあ、ここが町長様のお宅ですのね」
「ああ、そうなるな」
そこにあったのは、小ぶりな石造りの二階建ての家でございました。
外見は、この通りにあるほかの家と何ひとつ変わりません。
飾り気のない灰色の石が積み上げられ、なんとも素朴な木の窓や扉でございます。
ヴィクトリアさんのお住まいと聞いて、もっと大きなお屋敷を想像しておりましたので、ちょっぴり意外に思いました。
「マスター、中へは入られないのですの?」
「俺は入らねえよ。町長の家なんぞ、長居するもんじゃねえ」
ガストンさんは忌々しそうに吐き捨てました。
「嬢ちゃんたち、いいか。相手はあの町長だ。変な真似をして機嫌を損ねるんじゃねえぞ」
「はい、心得ておりますわ!」
「……まったく、頼りにならねえ返事だぜ。じゃあな」
ガストンさんはそれだけ言い残しますと、そのまま足早に去っていかれました。
本当に、案内だけをして帰ってしまわれたのです。
「あらあら、行ってしまわれましたわね」
「町長には逆らえない、というお立場のようでございますね」
「ふふ、ギルドの皆様をひと睨みで黙らせるマスターでも、町長様は苦手なのですわね」
わたくしは戸口に立ちました。
扉を叩いてご挨拶をしようと、手を伸ばしかけた、そのときでございます。
木製の扉が、勢いよく押し開かれました。
立っていらっしゃったのは、ヴィクトリアさんご本人でございました。
お腰まである銀色の髪に、深紅のドレスのお姿でございます。
鋭い目で、まっすぐにわたくしたちを見据えていらっしゃいます。
「遅いぞ、貴様ら。いつまで外でうろついている気だ」
「まあ! ヴィクトリアさん、ごきげんよう! まさかご自身でお出迎えしてくださるなんて、とてもご親切ですわね」
わたくしが笑顔でご挨拶を申し上げますと、ヴィクトリアさんは鼻を鳴らしました。
「ふん。騒々しい小娘だ。さっさと中へ入れ。いつまでも戸口に人を立たせておくわけにはいかん」
「失礼いたしますわ!」
わたくしとマリアは、ヴィクトリアさんに促されて、家へと足を踏み入れました。
「わぁお!」
思わず、変な声がでました。
ヴィクトリアさんのご自宅は、どこを見ても、家主の好む色と形で余すところなく塗りつぶされておりました。
深紅と黒の世界でございます。
たとえば、窓には重厚な深紅のカーテン、さらに繊細な黒いレースが重ねられております。
黒い鉄の燭台には、まだ火の入っていない細い蝋燭が立っておりました。夜に灯をともしたら、どれほど美しいことでしょう。
外の地味な石積みからは予想もつかないほど、厳かで気品のある美しさでございます。
「お嬢様」
マリアに言われて、お口に手を当てます。
そうでした、わたくしは淑女。礼儀作法を守らねばなりません。
こほん、と咳払いをいたしました。
「素晴らしいですわ!」
わたくしが声を掛けますと、ヴィクトリアさんはじろりとこちらを見ました。
「ここは見世物ではない」
「それにしても、とても素敵なご趣味ですわ。わたくし、こういう暗くて美しい雰囲気、大好きですの!」
「ふん。小娘に褒められても嬉しくなどない」
ヴィクトリアさんはそう言いながらも、少しだけ満足そうな顔をしております。
本当に分かりやすいお方ですこと。
そういえば、入ってすぐのところに、ひときわ目を引くものがありました。
それは、実に堂々とした大きな姿見でございました。その大きさは、人の背丈ほどもございます。
黒く磨かれた木枠には、蔓草のような細かい彫刻が施されております。
「どうだ。私の自慢の品だ」
「はい! 本当に見事な姿見でございますわね!」
「そうだろう、そうだろう」
珍しく、ヴィクトリアさんがわたくしの言葉に、小さく頷いております。
「特にこの木枠の彫り物、職人の方の素晴らしい技を感じますわ!」
「ふん、貴様のような変わり者でも、物の値打ちくらいはわかるようだな。この街の鈍感な連中には、この良さがさっぱり伝わらんのだ」
マリアも、丁寧にお辞儀をいたしました。
「大変見事な調度品でございます」
「当たり前だ。この私が選んだのだからな」
ヴィクトリアさんは満足そうに鼻を鳴らすと、くるりと背を向けました。
「貴様らを呼んだのは、私の自慢の品を愛でさせるためではない。用件はこっちだ。ついてこい」
「はい、喜んで!」
わたくしたちはヴィクトリアさんの後に続きました。




