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婚約破棄してわたくしを追放するのは結構ですが、殿下の後ろにいる女は人間ではありません  作者: 速水静香
第四章:コトリバコ

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第二十二話:町長のお宅は、深紅と黒

 館へ帰ったその夜、わたくしは書斎で手記を開きました。

 そして、その手記へ扇子のご令嬢のことを一筆書き加えました。


「これでヨシ、と」


 わたくしはそう言って、手記をパタンと閉じました。


 そして、しばらくは、館へ届いた荷物のおかげで、とくに困ることがない、満ち足りた日々が過ぎていきました。


 そんなある朝、朝食を終えたとき。

 いつものように、マリアと門の外にある郵便受けを見に行きました。


「マリア、お手紙が!」

「はい。大変珍しゅうございます」


 郵便受けには、封筒がひとつ入っておりました。

 この世界としては、なかなかしっかりしたものでございます。

 厚手の封筒は、赤い封蝋でとじられてございました。

 わたくしは封筒を手に取って、クルクルと回してみます。


「宛名も、差出人のお名前もございませんわ」

「封蝋にも、紋は押されておりませんね」

「ふぅむ。社交のお手紙でしたら、まずはお名前、それから時候のご挨拶ですのに」

「これだけ立派な封筒でございますから、お手紙も、さぞ長いご挨拶から始まるのでございましょう」

「ええ、読みでがありそうですわ!」


 わくわくしながら封蝋を割って、封筒を開けます。

 そこに入っていた、三つ折りの紙を開きました。


 『ギルドへ来い』


 たったそれだけでございました。

 あとは、真っ白な余白ばかりでございます。


「……マリア」

「はい、お嬢様」

「時候のご挨拶は、どちらへいってしまったのかしら」

「封筒のほうで、力尽きてしまわれたのかもしれません」

「まあ! まあ! でも、ギルドからのお便りですわ!」


 わたくしは紙をマリアにも見せます。


「ギルドへ来いとあるからには、ギルドマスターからでございましょう」

「そうですわよね! わたくしたちを呼び出す手紙ですわ!」

「呼び出し状というよりは、何かの覚え書きのようでございます」

「構いませんわ! きっと、新しいお仕事の依頼に違いありませんもの!」


 追放されてこの館へやってきてから、初めて届いたお仕事のお便りです。

 ようやく、ギルドのカードを手に入れた意味があるというもの。

 わたくしは、嬉しくなりました。


「ねえ、マリア。これは、いったいどんなお仕事かしらね。また新しい悪霊さんのお話かしらね?」

「お嬢様。まだ依頼と決まったわけではございません」

「いいえ、マリア!」


 わたくしは力説いたします。


「かのギルドマスターがわざわざ手紙を寄こしてくださったのです! ぜったい、お仕事に決まっておりますわ!」

「ギルドマスター様は、文字をお書きになるのが苦手な方とお見受けいたしました。用件すら省くほどでございますから、何かのお小言の可能性もございます」

「お小言? わたくしたち、何か怒られるようなことをいたしましたかしら?」

「心当たりはいくつもございますが、お嬢様が気にするようなことではないかと存じます」

「それなら安心ですわね!」

「お嬢様」


 マリアはいつもの落ち着いた声で、続けました。


「扇子のご令嬢のような案件ならまだしも、ただの力仕事や草むしりの可能性もございます」

「草むしりでも、わたくし、全力でお手伝いいたしますわよ!」

「左様でございますか」

「けれども、ギルドマスターが直々にお呼び出しになるくらいですもの、きっと特別なことに違いありませんわ!」

「お嬢様には恐れ入ります。出かけるのでしたら、支度をいたします。お召し物を整えてまいりましょう」

「ええ、すぐにお願いするわ! ギルドカードも、ちゃんとお財布に入れて持っていかなくては!」


 わたくしたちは一度、館へと戻りました。

 玄関ホールを通り抜け、階段を上がって二階の主寝室へ向かいます。

 いつもどおり、メリーちゃんとアリスちゃんが窓辺におりました。


「メリーちゃん、アリスちゃん。ギルドへ行ってまいりますわね」


 わたくしが声をかけますと、二人はわたくしたちを見送ってくれているように思えました。

 寝室のテーブルには、お祓い棒もあります。


「では、お留守番をお願いいたしますね。もし何か困ったことがあっても、テーブルの上のお祓い棒がございますから安心ですわ」

「お嬢様。お人形がお祓い棒を振るうことはございません」

「まあ、振るってくれたらとても頼もしいではありませんの」

「頼もしいというよりは、事件でございます」


 マリアが懐から小さな櫛を取り出し、手際よくわたくしの髪を整えてくれました。

 ドレスもきれいに伸ばしてくれます。

 鏡を見なくても、マリアの手にかかれば申し分なく整うのです。


「お嬢様、お支度が整いました」

「ありがとう、マリア。さあ、町へ出発いたしましょう!」


 わたくしたちは館を出て、鉄門を閉めました。

 そして、いつも通りに森の木立に囲まれた道を進みました。


 王都を追放されてこの館にやってきたときは、いったいどうなることかと思いましたけれど。

 いまの暮らしは本当に楽しくて、飽きません。

 魔道炉のおかげでお湯も出ますし、メリーちゃんやアリスちゃんという素敵なお友達もできました。

 その上、冒険者として登録までできて、こうしてお仕事までいただけるなんて、公爵家にいた頃には考えられないことです!


「お嬢様、あまり早足になられますと、ドレスが汚れます」

「だって、とても楽しみですもの! 手紙をいただいてお仕事に向かうなんて、まるで本物の冒険者のようですわ!」

「本物の冒険者でございます」

「そうでしたわね! わたくしたち、もう立派な冒険者でしたわ!」

「はい。登録は済んでおります」


 マリアの淡々とした返答に、わたくしはくすくすと笑ってしまいました。

 森の道を抜けて、木々が開けました。

 そして、毎度の町並みが見えてまいりました。

 石造りの町です。そこには、荷車を押す商人さんや、買い物籠を提げた町の人々が通りを行き交っております。


「さあ! 冒険です!」


 わたくしたちは、中央広場を横切ります。

 そして、冒険者ギルドの建物へと向かいました。


 パァン! と、冒険者ギルドの重い木製の扉を開けました。


 昼前のギルドには、数人の冒険者たちが席について、お酒を手に雑談をしておりました。

 わたくしたちが入ってまいりますと、何人かがこちらを見ましたが、すぐに雑談へ戻りました。


 受付嬢のクラリスさんが、いつもの様子で受付カウンターにいらっしゃいました。


「ようこそ、冒険者ギルドへ」

「はい。ごきげんよう」

「アリシア様、マリア様ですね。用件は伺っております。こちらで少々お待ちください」


 そう言って、クラリスさんは、豪華な黒い扉へと向かいます。


 しばらくすると、ギルドマスターのガストンさんがクラリスさんと一緒に出てきました。

 ガストンさんはわたくしたちの姿を認めるなり、鋭い目を向けております。


「ごきげんよう、マスター! 手紙を拝見して、すぐに飛んでまいりましたわ!」

「……来たか、嬢ちゃんたち」


 ガストンさんは、お太い声で言いました。


「マスター、手紙には何も書かれておりませんでしたけれど、いったいどんなご用件ですの? 新しい悪霊のお話かしら?」


 わたくしが尋ねますと、ガストンさんは渋い顔をして、首を横に振りました。


「町長の案件だ。ついてこい」

「まあ、町長様が? わたくしたちにご用事ですの?」

「俺に聞くな。行けばわかる」


 ガストンさんはそれだけぶっきらぼうに言います。

 詳しい説明を一切口にせずに、歩き出しました。


「クラリス。留守を頼む」

「はい、承知いたしました」


 そのままギルドの出入り口へと向かいます。

 わたくしたちも慌てて、ガストンさんを追いました。


 ギルドを出たガストンさんは、ずんずんと通りを進んでいかれました。

 中央広場を抜け、少し入った通りへと進んでいきます。

 この通りは人通りも少なく、落ち着いた家々が見えておりました。

 前を歩くガストンさんは、風を切りながら、無言で歩き続けます。

 わたくしは小走りでついていきながら、マリアに話しかけました。


「ねえ、マリア。町長様からの案件だなんて、大出世ではありませんこと?」

「はい。前回の件で目をつけられたのかと存じます」


 そんな会話をしておりますと、ガストンさんが足を止めました。


「ここだ」


 ガストンさんがそれだけ言って、顎髭をさすりました。


「まあ、ここが町長様のお宅ですのね」

「ああ、そうなるな」


 そこにあったのは、小ぶりな石造りの二階建ての家でございました。

 外見は、この通りにあるほかの家と何ひとつ変わりません。

 飾り気のない灰色の石が積み上げられ、なんとも素朴な木の窓や扉でございます。

 ヴィクトリアさんのお住まいと聞いて、もっと大きなお屋敷を想像しておりましたので、ちょっぴり意外に思いました。


「マスター、中へは入られないのですの?」

「俺は入らねえよ。町長の家なんぞ、長居するもんじゃねえ」


 ガストンさんは忌々しそうに吐き捨てました。


「嬢ちゃんたち、いいか。相手はあの町長だ。変な真似をして機嫌を損ねるんじゃねえぞ」

「はい、心得ておりますわ!」

「……まったく、頼りにならねえ返事だぜ。じゃあな」


 ガストンさんはそれだけ言い残しますと、そのまま足早に去っていかれました。

 本当に、案内だけをして帰ってしまわれたのです。


「あらあら、行ってしまわれましたわね」

「町長には逆らえない、というお立場のようでございますね」

「ふふ、ギルドの皆様をひと睨みで黙らせるマスターでも、町長様は苦手なのですわね」


 わたくしは戸口に立ちました。

 扉を叩いてご挨拶をしようと、手を伸ばしかけた、そのときでございます。

 木製の扉が、勢いよく押し開かれました。


 立っていらっしゃったのは、ヴィクトリアさんご本人でございました。

 お腰まである銀色の髪に、深紅のドレスのお姿でございます。

 鋭い目で、まっすぐにわたくしたちを見据えていらっしゃいます。


「遅いぞ、貴様ら。いつまで外でうろついている気だ」

「まあ! ヴィクトリアさん、ごきげんよう! まさかご自身でお出迎えしてくださるなんて、とてもご親切ですわね」


 わたくしが笑顔でご挨拶を申し上げますと、ヴィクトリアさんは鼻を鳴らしました。


「ふん。騒々しい小娘だ。さっさと中へ入れ。いつまでも戸口に人を立たせておくわけにはいかん」

「失礼いたしますわ!」


 わたくしとマリアは、ヴィクトリアさんに促されて、家へと足を踏み入れました。


「わぁお!」


 思わず、変な声がでました。


 ヴィクトリアさんのご自宅は、どこを見ても、家主の好む色と形で余すところなく塗りつぶされておりました。

 深紅と黒の世界でございます。


 たとえば、窓には重厚な深紅のカーテン、さらに繊細な黒いレースが重ねられております。

 黒い鉄の燭台には、まだ火の入っていない細い蝋燭が立っておりました。夜に灯をともしたら、どれほど美しいことでしょう。


 外の地味な石積みからは予想もつかないほど、厳かで気品のある美しさでございます。


「お嬢様」


 マリアに言われて、お口に手を当てます。

 そうでした、わたくしは淑女。礼儀作法を守らねばなりません。

 こほん、と咳払いをいたしました。


「素晴らしいですわ!」


 わたくしが声を掛けますと、ヴィクトリアさんはじろりとこちらを見ました。


「ここは見世物ではない」

「それにしても、とても素敵なご趣味ですわ。わたくし、こういう暗くて美しい雰囲気、大好きですの!」

「ふん。小娘に褒められても嬉しくなどない」


 ヴィクトリアさんはそう言いながらも、少しだけ満足そうな顔をしております。

 本当に分かりやすいお方ですこと。


 そういえば、入ってすぐのところに、ひときわ目を引くものがありました。

 それは、実に堂々とした大きな姿見でございました。その大きさは、人の背丈ほどもございます。

 黒く磨かれた木枠には、蔓草のような細かい彫刻が施されております。


「どうだ。私の自慢の品だ」

「はい! 本当に見事な姿見でございますわね!」

「そうだろう、そうだろう」


 珍しく、ヴィクトリアさんがわたくしの言葉に、小さく頷いております。


「特にこの木枠の彫り物、職人の方の素晴らしい技を感じますわ!」

「ふん、貴様のような変わり者でも、物の値打ちくらいはわかるようだな。この街の鈍感な連中には、この良さがさっぱり伝わらんのだ」


 マリアも、丁寧にお辞儀をいたしました。


「大変見事な調度品でございます」

「当たり前だ。この私が選んだのだからな」


 ヴィクトリアさんは満足そうに鼻を鳴らすと、くるりと背を向けました。


「貴様らを呼んだのは、私の自慢の品を愛でさせるためではない。用件はこっちだ。ついてこい」

「はい、喜んで!」


 わたくしたちはヴィクトリアさんの後に続きました。


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