第二十一話:ただいま、人形の館
ギルドを後にしたわたくしたちは、昼過ぎの道を歩いて館へと戻ります。
「ふう」
わたくしは、思わずため息をつきました。
昨晩とは違って、今の中央広場は荷車や呼び込みの声でにぎわっております。
あの方と向き合った場所を、町の皆様がなにごともなかったように行き交っていらっしゃいます。
「お嬢様」
「ええ。メリーちゃんとアリスちゃんが待っていますわ」
そのまま、わたくしたちは町を抜けました。
森の小道。
わたくしとマリアは、静かな木立に囲まれた小道を進んでおりました。
「ねえ、マリア。何度見ても、うっとりしてしまいますわね」
わたくしはギルドカードを太陽にかざしながら、歩いておりました。
「お嬢様。かざしながらお歩きになりますと、落とされます」
「落としませんわよ。こんなに大切なものですもの」
「大切なものほど、よく落とされるものでございます」
「……しまっておきますわ」
わたくしはしぶしぶ、カードを革のお財布へしまいました。
お財布には、大切なものが入りました。
「礼金のほうは、私がお預かりしております。これで、また食料と魔石を買い足すことができます」
「ええ。しばらくは、おなかを空かせずに済みますわね」
「しばらくは、でございます。次のお仕事も、いずれ入り用になります」
「まあ、望むところですわ! 次はどんな悪霊さんにお会いできるのかしら」
「お嬢様がお待ちなのは、悪霊のほうでございますか。お仕事のほうでございますか」
「両方ですわ!」
マリアはそれ以上、何も申しませんでした。
これからの暮らしに対する不安など、少しもございませんでした。
やがて、高い石塀が見えてまいりました。
木々に囲まれた、わたくしたちの住まう館でございます。
「ふふ。宿も快適でしたけれど、やっぱりおうちがいちばんですわね」
「町の方々がお聞きになったら、耳を疑われると存じます」
町の皆様にとって、ここは人形の呪いがかかった恐ろしい館でございます。
けれど、わたくしにとっては、帰ってくるおうちでございますもの。
大きな鉄門の前に立ちました。
その門の外には、頑丈な造りの大きな郵便受けが据えられております。
以前、町へ出向いた際に注文しておいた、生活の品々を受け取る場所でございます。
わたくしは郵便受けを、力を込めて開けました。
そこには、大きな荷物がおられました。
「まあ! マリア、見てごらんなさい! 頼んでおいた荷物が、ちゃんと待っておりましたわ!」
わたくしが声を弾ませますと、マリアも郵便受けを見ます。
「左様でございますね、お嬢様。注文いたしました生活の品々が、無事に届けられたようでございます」
「配達人の方、ここまで来てくださったのですわね。せっかくですもの、ひと言お礼を申し上げたかったですわ」
「お礼を申し上げに門から出ましても、お相手は走ってお逃げになるかと存じます」
「まあ。失礼ですわね、わたくしは噛みついたりいたしませんのに」
わたくしたちは郵便受けから、大きな荷物を抱え出しました。
麻の布で厳重に包まれた荷物は、抱えるとなかなかの手応えがございます。
「重いですわ……! こんなにたくさん頼みましたかしら」
「お嬢様がお小遣いをすべてお使いになった荷物でございます」
「そうでしたわね。わたくしのお小遣いが、ぜんぶここに入っておりますのね」
鉄門を押し開け、前庭を通り抜けて、館の玄関へと向かいました。
アリスちゃんが眠っていたブナの木も、変わらずさわさわと葉を揺らしておりました。
そのまま、玄関の扉を開けますと、ひんやりとした空気がわたくしたちを迎えてくれました。
宿の夜は静かすぎて物足りませんでしたけれど、この館の静けさには、どこからか気配を感じるのでございます。
やはり、こちらのほうが落ち着きますわ!
「ただいま戻りましたわ!」
わたくしが声をかけますと、マリアが扉を閉めました。
「お返事は、ございませんね」
「あったら、それはそれで素敵ですのに」
荷物を玄関ホールに置いて、わたくしはまず二階の主寝室をのぞきました。
窓辺には、メリーちゃんとアリスちゃんが、出かけたときのままにおられました。
青いドレスのメリーちゃんと、赤いお洋服のアリスちゃんでございます。
「メリーちゃん、アリスちゃん。お留守番、ありがとうございました」
わたくしはお財布からカードを取り出して、二人に見えるようにかざしました。
「聞いてくださいな。わたくしたち、冒険者になりましたのよ!」
もちろん、お返事はございません。
それでも、お帰りなさいと言っていただけたような気がいたしました。
テーブルのお祓い棒も、ちゃんとお留守番をしておりました。
わたくしは寝台に、そっと腰を下ろしてみました。
ふかふかの感触が、わたくしを受け止めてくれます。
宿のベッドも館に負けないくらいでしたけれど、やはり、このベッドがいちばんでございます。
「お嬢様。荷物がお待ちでございます」
玄関ホールから、マリアの呼ぶ声がいたしました。
「はぁい、いま参りますわ!」
それから二人で荷物を厨房へ運び、床へどさりと下ろしました。
マリアはさっそく厨房の水を出して、確かめております。
「水は、出かける前と同じように出ます。魔石は、留守のあいだも持ったようでございます」
「よかったですわ。帰ってきたら真っ暗で、お水も出ない、なんてことになったら大変ですもの」
「そのための魔石も、この荷物に入っております」
「ほどくのは、お茶を一杯いただいてからにいたしましょうか」
「かしこまりました。お湯を沸かしてまいります」
マリアが竈に火を入れる支度を始めました。
わたくしはお財布から、もう一度カードを取り出しました。
Fの文字が刻まれたギルドカード。
「うふふ」
思わず、わたくしは笑みを浮かべてしまいました。




