第二十話:ギルドカードを手に入れました!
あの方をお見送りした、翌朝でございます。
宿には、いつものようにゆったりとした時間が流れております。
「おはようございます、マリア」
宿の部屋で身支度を整えたわたくしは、声をかけました。
「おはようございます、お嬢様」
マリアも一礼を返しました。
テーブルには、昨夜のハサミがございます。
「布で包みます」
マリアはそう言って、ハサミをくるりと布で包みました。
「ふぅむ、マリア。では冒険者ギルドへまいりましょう」
「はい、お嬢様」
わたくしたちは、布の包みを手にして宿を出ました。
朝の町は、すでに多くの人々で賑わっております。
通りでは、焼きたてのパンの香ばしい匂いが流れており、八百屋の店先には、新鮮な野菜が見えます。
昨夜の静まり返った広場の様子が嘘のように、町は活気に満ちております。
わたくしたちはぐんぐんと、通りを進みました。
やがて、目的の建物が見えてまいりました。
冒険者ギルドでございます。
その重い扉を、わたくしは押し開けました。
建物の中には、いつもどおりの匂いがしました。酒と煙の匂い。そして、朝早くから仕事を探しに来た冒険者たちが、まばらに腰掛けております。
カウンターには、ギルドマスターのガストンさんが立っておられました。
受付の席では、クラリスさんが手慣れた様子で書類を整理しております。
わたくしたちは、カウンターへと近づきます。
「なんだ、嬢ちゃんたちか」
ガストンさんが話しかけてきました。
「朝っぱらから何の用だ。口裂け女に腰を抜かして、ここに泣きついてきたわけじゃねえだろうな」
「まあ! 泣きつくなんてとんでもございませんわ。約束通り、お役目をしっかりと果たしてまいりましたのよ」
わたくしが胸を張って答えますと、ガストンさんは怪訝な顔を向けました。
「……ほう。あの悪霊を、きっちりとお前さんたちが片付けたってのか」
「ええ、そうですわ! とても素晴らしい対話ができましたの」
「……対話、だと?」
ガストンさんは信じられないといった様子で、髭を弄っております。
「ギルドマスター様。こちらが、あの悪霊が消えたときに残された品でございます」
マリアは手にした布の包みを、カウンターへとおきました。
ゴトリと、重い鉄の音がいたしました。
マリアが厚手の布を解きます。
「なっ……これは……!」
ガストンさんがそのハサミを見て、声を上げました。
「ちょっと、借りるぞ」
「ええ、どうぞ」
わたくしの言葉を聞くや否や、ガストンさんはハサミを持ち上げました。
その重厚な造りを手にして、あちこちをじっくりと検分しております。
そして、持ち手のあたりを見ていた時です。
そこには、あの小さな文字がございます。
「……これは、前にいた町長の……娘のものか」
ガストンさんがポツリと口にしたのは、その一言だけでございました。
「これは、俺が預かっておく」
「ええ、よろしくお願いいたしますわ」
わたくしは笑顔で頷きました。
「まさか、な」
感心したかのように、ガストンさんが語りだしました。
「あの悪霊を、本当にお前さんたちが解決しちまうとはな」
ハサミを見ただけですべてが分かったようです。
なんと、聡明な方なのでしょう。
「なるほど、そのハサミには意味がおありですのね?」
「ああ。半信半疑だったが、このハサミを見せられちゃ疑いようがねえ。これでギルドの面目も立つ」
ガストンさんは、ハサミの意味を詳しくはおっしゃいません。
けれど、わたくしも深くは問いただしません。
それよりなにより――。
「お役に立てて何よりですわ!」
「よし。約束通り、お前さんたちを冒険者として登録してやる」
ガストンさんはカウンターを軽く叩いて、受付へと顔を向けました。
「クラリス、手続きだ。特例で、新しくFランクを設けてこの二人を登録しろ」
呼ばれたクラリスさんが頷きました。
「かしこまりました。Fランクの新規登録手続きを開始いたします」
クラリスさんはカウンターから、平たい金属のプレートを取り出しました。
ギルドの魔道具でございます。
「こちらでお名前を刻み込みます。少々お待ちください」
クラリスさんはプレートへ、まっさらな金属のカードを一枚置きました。
ギルドカードです。
「アリシア様。こちらへ手をかざしてください」
「分かりましたわ」
わたくしは、プレートに置かれたカードへ手をかざします。
青い光がブゥンと灯って、カードに文字が刻み込まれてまいります。
魔法の使えないわたくしたちでも、こうして作っていただけるのでございますね。
光が消えると、クラリスさんはもう一枚のカードを置きました。
「マリア様。こちらへ手をかざしてください」
「はい」
マリアも同じように手をかざしました。
そのカードにも、文字が刻み込まれました。
「お待たせいたしました。こちらがお二人のギルドカードとなります」
こうして、二枚のギルドカードが出来上がりました。
わたくしは、その一枚を手にしました。
カードは、金属らしくひんやりとしております。
そしてそこには、わたくしの名前であるアリシアの文字が、美しい筆跡で刻まれておりました。
『F』の文字も、はっきりと刻み込まれております。
――まあ! 本当にわたくしの冒険者証ができてしまいましたわ!
わたくしは、心の中で小さな歓声を上げました。
「マリア! わたくしたちの名前と、新しいランクが刻まれておりますわ!」
「はい、お嬢様。本当に堅牢な造りのカードでございますね」
マリアも手にしたカードを見つめ、言葉を返しました。
「ギルドカードのお渡しは完了いたしました。それでは続いて、冒険者登録料のお支払いをお願いいたします」
「……登録料、でございますの?」
「はい。ご登録の際には、お納めいただいております」
わたくしは、いただいたばかりのカードを見ました。
けれども、わたくしのお財布は、この町のお買い物で空っぽにしたままでございます。
――まあ、どういたしましょう。このカード、お返ししなくてはなりませんの?
マリアがすっと片手を挙げました。
「ギルドマスター様。登録料につきまして、ご相談がございます」
ガストンさんが首を捻りました。
「なんだ、メイドのお嬢ちゃん」
「私どもの登録料につきましては、町長様からお預かりの礼金から、直接差し引いていただきたく存じます」
マリアはまったく悪びれる様子もなく、淡々とその提案を口にいたしました。
ガストンさんの顔が、見る見るうちに渋い表情へと変わっていきます。
「……なんだと? お前さんたち、最初からそのつもりで試験を受けたんじゃねえだろうな」
「滅相もございません。ただ、現在私どもの手持ちは少々心もとない状態にございます。礼金から差し引いていただければ、余計な現金のやり取りも省け、双方にとって都合がよろしいかと存じます」
そのマリアの正論に、ガストンさんは頭を抱えました。
「やれやれ……とんでもなく抜け目のないメイドだな。嬢ちゃんよりよっぽど手強い」
「お褒めの言葉、恐れ入ります」
「褒めてねえ!」
ガストンさんは太い息を深く吐き出しました。
「……まあいい。広場の悪霊を片付けてもらった借りもある。今回の登録料は礼金から差し引いておく」
「寛大なるご配慮、心より感謝申し上げます」
マリアは恭しく頭を下げました。
クラリスさんが手早く帳簿に羽ペンを走らせたあと、革袋を取り出しました。
「こちらが町長からの礼金です。登録料はこちらから、差し引きさせていただきます」
クラリスさんはその革袋から、銀貨を何枚か抜き取りました。
残りの入った革袋は、マリアが受け取りました。
これでお金の問題も、無事に解決いたしました。
「さて、帰りましょう。それでは、失礼いたしますわ」
「ああ、またな」
ガストンさんは、はぁ、とため息をつきました。
「またのご利用お待ちしております」
クラリスさんが頭を下げました。
「はい。ごきげんよう」
わたくしの挨拶とともに、マリアもお辞儀をいたしました。
そして、そのままギルドから出ようとしたときでした。
前にここを訪れたとき、わたくしたちを見て鼻で笑った男が、ジョッキを片手に声を上げました。
「おいおい、嘘だろ……! あのお嬢ちゃんたち、本当にあの広場の悪霊を何とかしちまったのかよ!」
男は大きな口を開けて笑いました。
半分からかい、半分は認めるような口調でございます。
「悪霊退治のお嬢さんたち、大したもんじゃねえか! まさかマスターに新設のFランクまで作らせちまうとはな!」
男の威勢のいい声に、居合わせた冒険者たちも笑い声を上げました。
「悪霊退治のお嬢さんたちか!」
「ハハッ、見た目はか弱そうな令嬢なのに、やるじゃねえか!」
広間にいた冒険者たちから、悪霊退治のお嬢さん、Fランクのお嬢さんと、次々に呼び名が飛んでまいります。
けれども、わたくしたちは悪霊を退治したわけではございません。
あの方に淑女の礼儀作法を教え、お辞儀を交わして見送っただけでございます。
「ふふ。少し大げさですけれど、悪くありませんわね!」
「はい。その呼び名に悪い意味はないようです。そのまま受け取っておくのが得策かと存じます」
マリアの判断に、わたくしは深く頷きました。




