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婚約破棄してわたくしを追放するのは結構ですが、殿下の後ろにいる女は人間ではありません  作者: 速水静香
第三章:口裂け女

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第二十話:ギルドカードを手に入れました!

 あの方をお見送りした、翌朝でございます。

 宿には、いつものようにゆったりとした時間が流れております。


「おはようございます、マリア」


 宿の部屋で身支度を整えたわたくしは、声をかけました。


「おはようございます、お嬢様」


 マリアも一礼を返しました。

 テーブルには、昨夜のハサミがございます。


「布で包みます」


 マリアはそう言って、ハサミをくるりと布で包みました。


「ふぅむ、マリア。では冒険者ギルドへまいりましょう」

「はい、お嬢様」


 わたくしたちは、布の包みを手にして宿を出ました。


 朝の町は、すでに多くの人々で賑わっております。

 通りでは、焼きたてのパンの香ばしい匂いが流れており、八百屋の店先には、新鮮な野菜が見えます。

 昨夜の静まり返った広場の様子が嘘のように、町は活気に満ちております。

 わたくしたちはぐんぐんと、通りを進みました。


 やがて、目的の建物が見えてまいりました。

 冒険者ギルドでございます。

 その重い扉を、わたくしは押し開けました。


 建物の中には、いつもどおりの匂いがしました。酒と煙の匂い。そして、朝早くから仕事を探しに来た冒険者たちが、まばらに腰掛けております。

 カウンターには、ギルドマスターのガストンさんが立っておられました。

 受付の席では、クラリスさんが手慣れた様子で書類を整理しております。

 わたくしたちは、カウンターへと近づきます。


「なんだ、嬢ちゃんたちか」


 ガストンさんが話しかけてきました。


「朝っぱらから何の用だ。口裂け女に腰を抜かして、ここに泣きついてきたわけじゃねえだろうな」

「まあ! 泣きつくなんてとんでもございませんわ。約束通り、お役目をしっかりと果たしてまいりましたのよ」


 わたくしが胸を張って答えますと、ガストンさんは怪訝な顔を向けました。


「……ほう。あの悪霊を、きっちりとお前さんたちが片付けたってのか」

「ええ、そうですわ! とても素晴らしい対話ができましたの」

「……対話、だと?」


 ガストンさんは信じられないといった様子で、髭を弄っております。


「ギルドマスター様。こちらが、あの悪霊が消えたときに残された品でございます」


 マリアは手にした布の包みを、カウンターへとおきました。

 ゴトリと、重い鉄の音がいたしました。

 マリアが厚手の布を解きます。


「なっ……これは……!」


 ガストンさんがそのハサミを見て、声を上げました。


「ちょっと、借りるぞ」

「ええ、どうぞ」


 わたくしの言葉を聞くや否や、ガストンさんはハサミを持ち上げました。

 その重厚な造りを手にして、あちこちをじっくりと検分しております。

 そして、持ち手のあたりを見ていた時です。

 そこには、あの小さな文字がございます。


「……これは、前にいた町長の……娘のものか」


 ガストンさんがポツリと口にしたのは、その一言だけでございました。


「これは、俺が預かっておく」

「ええ、よろしくお願いいたしますわ」


 わたくしは笑顔で頷きました。


「まさか、な」


 感心したかのように、ガストンさんが語りだしました。


「あの悪霊を、本当にお前さんたちが解決しちまうとはな」


 ハサミを見ただけですべてが分かったようです。

 なんと、聡明な方なのでしょう。


「なるほど、そのハサミには意味がおありですのね?」

「ああ。半信半疑だったが、このハサミを見せられちゃ疑いようがねえ。これでギルドの面目も立つ」


 ガストンさんは、ハサミの意味を詳しくはおっしゃいません。

 けれど、わたくしも深くは問いただしません。


 それよりなにより――。


「お役に立てて何よりですわ!」

「よし。約束通り、お前さんたちを冒険者として登録してやる」


 ガストンさんはカウンターを軽く叩いて、受付へと顔を向けました。


「クラリス、手続きだ。特例で、新しくFランクを設けてこの二人を登録しろ」


 呼ばれたクラリスさんが頷きました。


「かしこまりました。Fランクの新規登録手続きを開始いたします」


 クラリスさんはカウンターから、平たい金属のプレートを取り出しました。

 ギルドの魔道具でございます。


「こちらでお名前を刻み込みます。少々お待ちください」


 クラリスさんはプレートへ、まっさらな金属のカードを一枚置きました。

 ギルドカードです。


「アリシア様。こちらへ手をかざしてください」

「分かりましたわ」


 わたくしは、プレートに置かれたカードへ手をかざします。


 青い光がブゥンと灯って、カードに文字が刻み込まれてまいります。

 魔法の使えないわたくしたちでも、こうして作っていただけるのでございますね。


 光が消えると、クラリスさんはもう一枚のカードを置きました。


「マリア様。こちらへ手をかざしてください」

「はい」


 マリアも同じように手をかざしました。

 そのカードにも、文字が刻み込まれました。


「お待たせいたしました。こちらがお二人のギルドカードとなります」


 こうして、二枚のギルドカードが出来上がりました。


 わたくしは、その一枚を手にしました。

 カードは、金属らしくひんやりとしております。

 そしてそこには、わたくしの名前であるアリシアの文字が、美しい筆跡で刻まれておりました。

 『F』の文字も、はっきりと刻み込まれております。


 ――まあ! 本当にわたくしの冒険者証ができてしまいましたわ!


 わたくしは、心の中で小さな歓声を上げました。


「マリア! わたくしたちの名前と、新しいランクが刻まれておりますわ!」

「はい、お嬢様。本当に堅牢な造りのカードでございますね」


 マリアも手にしたカードを見つめ、言葉を返しました。


「ギルドカードのお渡しは完了いたしました。それでは続いて、冒険者登録料のお支払いをお願いいたします」

「……登録料、でございますの?」

「はい。ご登録の際には、お納めいただいております」


 わたくしは、いただいたばかりのカードを見ました。

 けれども、わたくしのお財布は、この町のお買い物で空っぽにしたままでございます。


 ――まあ、どういたしましょう。このカード、お返ししなくてはなりませんの?


 マリアがすっと片手を挙げました。


「ギルドマスター様。登録料につきまして、ご相談がございます」


 ガストンさんが首を捻りました。


「なんだ、メイドのお嬢ちゃん」

「私どもの登録料につきましては、町長様からお預かりの礼金から、直接差し引いていただきたく存じます」


 マリアはまったく悪びれる様子もなく、淡々とその提案を口にいたしました。

 ガストンさんの顔が、見る見るうちに渋い表情へと変わっていきます。


「……なんだと? お前さんたち、最初からそのつもりで試験を受けたんじゃねえだろうな」

「滅相もございません。ただ、現在私どもの手持ちは少々心もとない状態にございます。礼金から差し引いていただければ、余計な現金のやり取りも省け、双方にとって都合がよろしいかと存じます」


 そのマリアの正論に、ガストンさんは頭を抱えました。


「やれやれ……とんでもなく抜け目のないメイドだな。嬢ちゃんよりよっぽど手強い」

「お褒めの言葉、恐れ入ります」

「褒めてねえ!」


 ガストンさんは太い息を深く吐き出しました。


「……まあいい。広場の悪霊を片付けてもらった借りもある。今回の登録料は礼金から差し引いておく」

「寛大なるご配慮、心より感謝申し上げます」


 マリアは恭しく頭を下げました。

 クラリスさんが手早く帳簿に羽ペンを走らせたあと、革袋を取り出しました。


「こちらが町長からの礼金です。登録料はこちらから、差し引きさせていただきます」


 クラリスさんはその革袋から、銀貨を何枚か抜き取りました。

 残りの入った革袋は、マリアが受け取りました。

 これでお金の問題も、無事に解決いたしました。


「さて、帰りましょう。それでは、失礼いたしますわ」

「ああ、またな」


 ガストンさんは、はぁ、とため息をつきました。


「またのご利用お待ちしております」


 クラリスさんが頭を下げました。


「はい。ごきげんよう」


 わたくしの挨拶とともに、マリアもお辞儀をいたしました。

 そして、そのままギルドから出ようとしたときでした。

 前にここを訪れたとき、わたくしたちを見て鼻で笑った男が、ジョッキを片手に声を上げました。


「おいおい、嘘だろ……! あのお嬢ちゃんたち、本当にあの広場の悪霊を何とかしちまったのかよ!」


 男は大きな口を開けて笑いました。

 半分からかい、半分は認めるような口調でございます。


「悪霊退治のお嬢さんたち、大したもんじゃねえか! まさかマスターに新設のFランクまで作らせちまうとはな!」


 男の威勢のいい声に、居合わせた冒険者たちも笑い声を上げました。


「悪霊退治のお嬢さんたちか!」

「ハハッ、見た目はか弱そうな令嬢なのに、やるじゃねえか!」


 広間にいた冒険者たちから、悪霊退治のお嬢さん、Fランクのお嬢さんと、次々に呼び名が飛んでまいります。

 けれども、わたくしたちは悪霊を退治したわけではございません。

 あの方に淑女の礼儀作法を教え、お辞儀を交わして見送っただけでございます。


「ふふ。少し大げさですけれど、悪くありませんわね!」

「はい。その呼び名に悪い意味はないようです。そのまま受け取っておくのが得策かと存じます」


 マリアの判断に、わたくしは深く頷きました。


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