第二話:追放先は、あの『人形の館』ですって!
その後、わたくしは王城から屋敷へと戻りました。
沙汰はすぐに届きました。
殿下の仰せを受けて、その日のうちに家が決めたのだそうです。
父であるアシュフォード公爵は姿も見せず、使者が書状を持ってきただけでございました。
その書状には、わたくしを公爵家から追い出すための口実が、これでもかと書かれておりました。
まあそれは覚悟の上でしたけれど。
こうして、妹のリアナは殿下の新しい婚約者となり、わたくしは、お役御免となりましたの。
リアナはずいぶん哀れんだ様子で、わたくしを見ておりましたけれど。
わたくしにとっては、どうでもよいことですの。
「これは!」
思わず、わたくしは書状を手に一人で叫んでしまいました。
だって、書状の終わりには、こう書いてございました。
わたくしを家から遠く離れた古い離宮へ送り、そこの管理人にする、と。
そして、その離宮の名前は――。
「人形の館!」
うふふ。
わたくしは驚きを止められずに、思わず声に出してしまいます。
それは建前としては、新しい役目を与えられた形になっております。
けれども、あそこへ送られるのは、死罪に等しいと誰もが知っております。
だってそこは、恐ろしい噂ばかりの呪われた館でしたから。
普通の令嬢でしたら、お父様に許しを乞うところかもしれませんわね。
「ようやく、本物の悪霊を拝見できますわね」
わたくしは、破棄された婚約のことなど忘れて喜んでおりましたの。
「お嬢様、お支度を始めます」
マリアが部屋へ入ってまいりました。いつもの平らな声でございます。
「ええ、頼みますわ」
マリアは、聞いているのかいないのか、いつもと変わらぬ手つきで、旅行鞄を二つ広げておりました。
「マリア! あなたもご存じでしょう? あの離宮のお噂!」
「はい、存じております。呪われた人形がいる、と」
「そう、それですわ!」
わたくしは噂を思い出しながら、言葉を続けました。
「屋敷へ一歩でも足を踏み入れれば、その人形に憑かれる、ですって!」
「憑かれた者は変死する、とも聞いております」
「変死! 一体どんな死に方かしら?」
「存じません」
「皆、語らずに亡くなってしまうのですものね! なんとも気になりませんこと?」
「いいえ、まったく気になりません」
マリアは手際よく、荷物を詰めてまいります。
わたくしの鞄には、着替えを重ねております。
そして、マリアは、自分の着替えを折りたたむと、金属ケースを取り出しました。
これは、マリアが自らのお給金で揃えた、裁縫道具一式でございます。
布を留める針と、丈夫な糸と、よく切れる鉄の鋏が入っておりますの。
「ふぇええ」
思わずわたくしは令嬢らしからぬ声を出してしまいました。
マリアの手際のよさに、感心したのです。
けれども、マリアはわたくしを無視して、作業を続けております。
少しの無駄もない動きで、淡々と。
今、マリアはお茶の葉の入った小さな缶を、旅行鞄に入れております。
「お茶の葉ですわねえ」
「はい、お嬢様」
ようやく、マリアがひとこと、言葉を返しました。
けれど、その手を休めずに、マリアは荷物をまとめてまいります。
「お嬢様、持ち出せるものは以上となります」
「うむ、くるしゅうない!」
わたくしは、精一杯おどけて言ったのですけれど。
追放される令嬢のわたくしが、この公爵家から持ち出せるものは、もうこれくらいでございました。
いえ、他にも持ち出せるものがありました。
まず、祓いの道具です。これは、木を削って作ったお祓い棒を、布で包んだものでございます。
何を隠そう、これはわたくしの手作りでした。
そう、木をわたくしが削り、さらにマリアが手を貸してくれました。
それから、これまで書き溜めてまいりました、オカルトの手記。
その手記には、思い出した前世の記憶や祓いの作法など、悪霊の記録がぎっしり書き記されておりますの。
わたくしには、これさえあれば十分でございました。
まあ、お屋敷では、ごみ同然に扱われてきた品々でしたけれど。
「マリア、あなたの裁縫道具には期待しておりますわ」
わたくしは、手にした手記を持ち上げて見せました。
「お召し物のお繕いでございますか」
「いいえ。わたくしも前世では、針も糸もずいぶん使いましたのよ」
「……鋏は、よく切れるものをお入れしております」
マリアは着替えを畳みながら、表情ひとつ変えずに返事をいたしました。
「その手記も、お持ちになるのでございますか」
「もちろんです! あちらの離宮には素晴らしい悪霊がたくさんいらっしゃるはずですのよ? 失礼のないよう、お迎えの作法を確認しておきませんと」
「あちらへ着いてから、まず温かいお茶を淹れるのが私の役目でございます」
「お茶よりも、ご挨拶が先ではなくて?」
「お腹が空いていては、悪霊とお話しになる気力も湧きません」
「気力なら、今から満ちあふれておりますわ!」
「お嬢様はいつもそうでございます」
マリアは小さく息をつきました。
けれど、その手は迷いなく動いておりました。
何も言わずに、マリアは裁縫道具一式を自分の鞄へと丁寧に入れました。
「その大きな鋏も持っていくのですの?」
「布を断つには、これくらいしっかりした鋏でなければ困りますので」
「お裁縫までなさるおつもり?」
「破れた服をそのまま着せるわけにはまいりません」
マリアはそれだけ答えました。
なるほど。この子はいつも、必要だと思うものを黙って用意いたしますの。
部屋の入り口にある荷物に目をやりました。
公爵家が用意してくださった、わたくしの荷物でございます。
管理人への着任を証明する書状が収められておりました。
それから、体裁を取り繕うためだけの、ごくわずかな衣類が入っているだけでした。
とてもではありませんけれど、それだけで人が暮らしていけるわけもありません。
「お父様も、ずいぶんと分かりやすい荷物を持たせてくださったものですわね」
「体裁だけでございますね。お嬢様があちらで生き延びることなど、最初から考えておいでではありません」
「まあ、はっきりおっしゃいますのね」
「事実でございますので」
「でも、書状には離宮の管理をすべてわたくしに任せると書いてありますわ」
「好きにしてよいということでございますね」
「ふふ。では、悪霊たちと仲良く暮らすお屋敷に整えましょう」
「まずは雨漏りを直すのが先かと存じます」
公爵家の荷物から書状と衣類を取り出して、祓いの道具と一緒に、わたくしの旅行鞄へと入れます。
そして、手記をポケットへとしまいました。
そうしていると、マリアは二つの旅行鞄を、ぱちりと閉じました。
ああ、これで公爵家の支援は打ち切りでございます。
今、わたくしにあるのは、この鞄にあるものと。
これまでに貯めてきた、わずかなお小遣いだけでございます。
そのお小遣いの入った革袋を持ちますと、なんとも頼りないほどに軽うございました。
「ところで、マリア」
「なんでしょうか、お嬢様」
「あなた、どうして荷造りをなさっているの?」
わたくしは首をかしげました。
「お嬢様のお荷物をまとめるためでございます」
「いいえ、そうではなくて。ご自分の鞄にも、着替えを詰めていらっしゃるでしょう?」
「はい。私の荷物も詰めております」
「ついていらっしゃるおつもりなの?」
「当然でございます」
わたくしは目を丸くしてしまいましたわ。
だって、あまりにも当たり前の顔で言われましたのよ。
「マリア、わたくしは公爵家から追い出される身ですのよ? お給金も出せませんわ」
「私はお嬢様の専属メイドでございます。それ以外の仕事は教わっておりません」
「衣食住の保障もございませんのよ?」
「私の裁縫道具とお茶の葉がございます」
「死罪のようなものだと言われている場所ですのよ?」
「お嬢様がいらっしゃる場所が、私の職場でございます」
「苦労なさるかもしれませんのに」
「お茶を淹れる、お相手がいなくなるほうが、私には困ります」
給金も出ない、僻地へ主人が追放されるというのに。
この優秀な専属メイドは朝のお茶を淹れるのと同じ顔で頷いてみせましたわ。
理由を長く語ることはありませんけれど。
わたくしといっしょにいるのが当たり前だと信じ切っているお顔でした。
「ふふ。では、お願いしようかしら。頼りにしておりますわね、マリア」
「かしこまりました、お嬢様」
わたくしたちは、それぞれの荷物を手に持ちました。
気がつけば、もうすっかり夕暮れどきでした。
随分と準備にお時間がかかってしまっていたようです。
門を出ると、見送る者の姿はなく、一台の馬車だけが待っておりました。
御者さんは、こちらをご覧にもなりません。
「よろしくお願いしますわ!」
「……」
わたくしがご挨拶を申し上げましても、御者さんは、返事のひとつもございませんでしたわ。
それでも、乗り込むなり、馬車はすぐに走り出しました。




