第十八話:飴をなめながら、作戦会議ですわ
宿の部屋に戻ると、マリアは自分のべっこう飴を机におきました。
「灯りをつけます」
「ありがとう、マリア」
マリアが手際よく灯りをともしてくれました。
部屋に柔らかな光が満ちて、ほっと落ち着く心地がいたします。
マリアは休む間もなく暖炉へ向かい、やかんを火にかけて湯を沸かし始めました。
わたくしは木製の椅子に腰を下ろして、手にしていたべっこう飴をなめはじめました。
「さて、マリア。落ち着いたところで、先ほどの悪霊についてお話しいたしましょう」
「かしこまりました、お嬢様。お茶もお召し上がりください」
沸いた湯を使って、マリアが手早く温かいお茶を淹れてくれました。
陶器のカップから立ちのぼる湯気が、心地よい薬草の香りを運んでまいります。
わたくしはカップを手に取り、ゆっくりと一口いただきました。
喉を通る温かさに、頭の中がすっきりと冴え渡ってまいります。
「ふふ、とても美味しいお茶ですわ。ありがとうございます、マリア」
「恐れ入ります」
マリアは淡々と頭を下げました。
わたくしはカップをテーブルにおいて、ふうっと息を吐きだしました。
「まず、飴の件でございますわね」
「はい、お嬢様。ご立派に仕上げたべっこう飴でしたが、まったく目もくれませんでした」
「ええ。あの手の悪霊には、べっこう飴を差し出すのが一番のはずでしたのに、全くダメでしたわ」
わたくしはべっこう飴を、もうひとなめいたしました。
香ばしい甘さが、口いっぱいに広がります。
「こんなにおいしいですのに」
「では、わたくしもいただきます」
マリアも机にある一本を取って小袋を外し、丸い飴を口へ運びました。
わたくしたちは飴をなめながら、静かに考えを巡らせました。
「それに前世のお話と、この町に出る悪霊に、明らかな違いがございました。前世のお話の女は、口元を布で覆っておりましたの」
「路地の悪霊は、優美な扇子で口元を隠しておりました」
「そうですのよ! そして何より、身につけていらした衣服ですわ!」
わたくしは路地で見た女性の姿を、思い出します。
「あの方は、とても見事な令嬢のドレスをお召しになっておりましたわ。生地の質も良く、仕立ての素晴らしい、ご貴族の令嬢が着るようなドレスでした」
「はい。刺繍の細やかさや布地の様子から見ても、なかなか手に入るような品ではございません」
「ええ。それに扇子も、なかなか見事な工芸品でしたわ」
「そうでございますね。仕上げが美しゅうございました」
マリアが相槌を打ちます。
「そして、問いかけてきた言葉が『わたし、きれい?』です!」
「はい。唐突に美醜を尋ねてまいりました」
わたくしは、じっくりと考えを巡らせました。
昼間にお話を伺った男性は、きれいだと褒めたのに口を裂かれました。
けなした方も、同じでございます。
どちらを答えても同じなら、あの方が知りたいのは、お顔の答えではないのかもしれません。
「マリア、あの方は、ご自身のお顔の美しさを褒めてほしいのではないのではありませんこと?」
「お顔の美しさではない、とお考えなのでございますか」
「そうですわ!」
「では、あの方はいったい何をお求めなのでしょうか?」
わたくしは少し考えました。
「ふぅむ、マリア。実はわたくしですね。一つ考えがありますの」
「はい。なんでございましょうか?」
「淑女の目であの方を見直してみますのよ」
「はい、淑女の目でございますね」
「そうですわ、マリア。あの方の振る舞いをご覧になって、何かお気づきになりませんでしたこと?」
「振る舞い、でございますか」
マリアは無表情のまま、少しだけ視線を宙へ向けました。
マリアらしい実務的な観察眼から、あの悪霊の動きを思い出しているようでございます。
「令嬢の装いをしておりながら、お辞儀のひとつもいたしませんでした。初対面の相手に対する礼を、まったく欠いておられました」
「まあ! よく気づいてくれましたわ、マリア! まさにそこですのよ!」
わたくしは嬉しくなりました。
「仕立ての良いドレスをまとい、優雅な扇子を手にしておきながら、名乗りもいたしませんでしたわ! けれど! 淑女であれば、誰かに名乗りもせず、お辞儀もせずに立ち尽くすなど、決してあってはならないことですの!」
「確かに、礼儀作法としては極めて不作法でございますね」
「不作法どころの騒ぎではありませんわ! 淑女の風上にも置けませんことよ!」
わたくしが幼い頃から厳しく教え込まれてきた礼儀作法。それは、もはや淑女の在り方そのものでございます。
どれほど美しい衣をまとっていても、礼を欠く者は決して淑女とは呼べません。
「問うているのは顔の美醜ではなく、淑女としての在り方なのですわ!」
わたくしは確信を込めて、マリアを見つめました。
「礼を欠いたまま、いきなり他人に自分の美しさを問うだなんて、あまりにも恥ずべき振る舞いです!」
「はい。お嬢様」
「ですから、あの方は、ご自身が淑女として美しくあれているのかどうか、その在り方を問うているのではなくて?」
「なるほど。お嬢様の解釈には、筋が通っております」
静かにマリアが頷きました。
「装いと振る舞いが噛み合っていない自分自身への問いかけ、ということでございますね」
「ええ、そうですのよ!」
わたくしは、その推理の結論を続けました。
「淑女のドレスをまといながら、淑女としての在り方を見失ってしまった己を、正してほしいのかもしれませんわ!」
「では、お嬢様。次にあの悪霊と対峙した際、どのように応じるおつもりでしょうか」
「決まっていますわ、マリア!」
わたくしはにっこりと微笑み、胸を張りました。
「あの方の不作法を、しっかりと叱って差し上げるのですわ!」
「叱るのでございますね」
「ええ、そうですのよ! 淑女の道を踏み外したお方に、正しい礼儀というものを教えて差し上げなくてはなりませんもの!」
「かしこまりました。それでは、その方針で準備を進めましょう」
マリアは淡々と頭を下げ、空になったカップや、もう飴のない棒たちを片付け始めました。
うふふ。わたくし、これでもこの世界で淑女として長年生きてまいりましたの。
しっかりと叱って差し上げないと、とわたくしは心に誓いました。




