第十六話:前世の知恵で、べっこう飴を作ります
大通りへ戻る道中、わたくしは得られたお話を頭の中で整理いたしました。
知れば知るほど、実に興味深いものが見え隠れしております。
「マリア、先ほどの話ですけれど! あの男、きれいだと褒めたのに、口を裂かれておりましたわ」
「はい、お嬢様。町で集めた噂では、不気味だと叫んだ者や、きれいではないとけなした者は、口を裂かれた、ということになります」
マリアが淡々とした口調で、聞き集めた事実をまとめました。
「まあ。変な方!」
「そのようでございますね。どちらを答えても、裂かれる結末は変わらないようでございます」
「ということは……お顔の見た目について何かを言うこと自体が、裂かれるきっかけになっているのではありませんこと?」
「左様かと存じます。容姿についての言葉を口にした時点で、相手の術中にはまる仕組みとお見受けいたします」
「ふふ、面白いですわね! どちらを選んでも罠だなんて、とても悪霊らしい意地悪な問いかけですわ!」
わたくしが感嘆の声を上げますと、マリアは静かに頷きました。
「それから、出現する状況にも決まりがあるようでございますね」
「ふぅむ」
「先ほどの男性たちも二人連れでした。町の人通りが途絶えた場所で、少人数の者を狙って現れる傾向がございます」
「人けのない場所で、少人数のときに出るのですわね。条件がはっきりしてまいりましたわね」
わたくしは、前世で聞いた口裂け女のお話を思い浮かべました。
あちらのお話でも、女の問いにどう答えようと、ただでは済まなかったのでございます。
けれど、あのお話には、ちゃんと逃げ道も語られておりましたの。
わたくしは立ち止まり、名案を思いついてマリアを振り返りました。
「マリア、とても良い返し方を知っておりますわ!」
「良い返し方、でございますか」
「べっこう飴ですわ!」
「べっこうあめ、でございますか?」
マリアが首を傾げました。
「そのようなお菓子は、一度も耳にしたことがございません」
「まあ、ご存じありませんの?」
「飴といえば、果汁を煮詰めたものか、ハチミツを固めたものくらいでございます。それらとは違うのでございますか」
この世界には、べっこう飴が無いのかもしれません。
「全然違いますのよ、マリア! 果汁もハチミツも使いませんわ。使うのは、純粋なお砂糖とお水だけでございますの!」
「お砂糖とお水だけで、飴ができるのでございますか」
「ええ! とても簡単で、甘くて美味しいお菓子ですの。火にかけてじっくりと煮詰めていくと、水分が抜けて、琥珀色に透き通る美しい飴になりますのよ」
わたくしは誇らしげに説明を続けました。
「わたくしの前世で聞いた口裂け女のお話では、ですね」
「はい」
「口裂け女にべっこう飴を差し出すと、女が飴に気を取られるのです。その間に逃げるのですわ!」
「悪霊が、飴に気を取られるのでございますか」
「ええ! あの女は、べっこう飴が大好物だったらしいのですわ」
「飴そのものに除霊の力があるわけではなく、相手の興味をそらすための道具、ということでございますね」
「そうですわ。あの大きな口を動かして飴を舐めるのに夢中になってくだされば、こちらは悠々と立ち去れますでしょう?」
「なるほど。試してみる価値はございますね」
マリアは冷静に受け止めてくれました。
さすがはわたくしの専属メイドですわ。
「そうと決まれば、さっそく材料を集めなくてはなりませんわね!」
「何が必要でございますか」
「お砂糖とお水、それから平らな天板に塗る油と、持ち手にする棒が二本あれば十分ですわ。わたくしとマリアで、一本ずつですの」
材料を集めるのは、とても簡単でございました。
大通りで、香ばしい煙を上げている焼き串屋さんの露店を見つけました。
余っている木の串を二本分けてほしいとお願いすると、気前の良い店主さんが快く手渡してくれたのです。
それから、わたくしたちは町一番の宿へと戻りました。
宿の方にお願いして、厨房をしばらく貸していただきました。
砂糖と油も、宿の蓄えから分けていただけました。
「なかなかですわね!」
「なかなか、お広い厨房でございます」
宿の厨房は、石造りの落ち着いた台所でございました。
昼下がりのこの時間は、宿の料理人さんたちも仕込みを終えて休んでおり、わたくしたちだけで広々と使えます。
調理台には、分けていただいた白砂糖と、少量の油、そして焼き串屋さんから譲り受けた二本の串がございます。
マリアが手際よく、平らな鉄の天板を持ってまいりました。
油を薄く布に染み込ませて、クッキングシート代わりに、天板へ丁寧に塗り広げております。
「お嬢様、準備が整いました」
「手際が良いですわね、マリア! では、わたくしが火にかけて差し上げますわ!」
わたくしが飴を煮るのは、本当に久しぶりのことでございます。
うふふ。腕が鳴りますわ。
「お嬢様は、鍋を見ていてくださいませ」
「まあ。わたくしも手鍋を持って、お料理を作りたいですのに」
マリアは手鍋に、白い砂糖をざらざらと入れました。
「お砂糖の量は、これくらいで足りますか」
「ええ、ちょうどよろしくてよ! そこへ、お水を少しだけ注ぐのですわ」
少しのお水を注ぎ入れると、白い砂糖が水を吸って、しっとりと落ち着きました。
マリアが手鍋を竈の火にかけます。
「さて、ここからが腕の見せ所ですわね」
「はい。火加減を保ちます」
わたくしが調理台のスプーンを取ろうとすると、マリアが首を横に振りました。
「なりません、お嬢様。砂糖を煮詰めているあいだは、かき混ぜてはならないのでございます」
「あら、そうでしたかしら? お料理はよく混ぜるものだと思っておりましたわ」
「かき混ぜてしまうと、砂糖がしゃりしゃりとしたものになって固まります」
「まあ! 飴ってそうでしたかしら!」
なにせ、わたくしが飴を作ったのは前世以来です。
細かなところは、マリアに従う方が間違いありません。
「はい。白く濁ってしまい、おそらく琥珀色にはなりません。じっと見守るのが肝要でございます」
「ええ、触りませんわ。じっと我慢して見つめておりますわね!」
わたくしは、手鍋を穴があくほど見つめます。
火に温められた手鍋では、砂糖が水となじんでいきます。
しばらくすると、ぷつぷつと小さな泡が立ち始めました。
泡は次第に大きくなり、ぽこぽこと音を立てて弾けます。
透明な液体が、熱を受けて激しく煮立ってまいりました。
「マリア、泡がたくさん出てまいりましたわ!」
「はい。余分な水分が抜けていく段階でございます」
「甘い匂いが、ほんのりとしてまいりましたわね」
「まだでございます。もう少し熱を通します」
水分が少なくなってきたせいか、泡が細かく、小さく密集してまいります。
ふつふつ、パチパチと、耳に心地よい音がいたします。
無色透明だった液体が、ごく淡い黄色みへとなってまいりました。
そこからの変化は、とても早いものでした。
その色がみるみる濃さを増し、美しい琥珀色へと染まっていきました。
それと同時に、厨房じゅうに香ばしい香りが満ちてまいります。
砂糖を焦がした、あの甘くて懐かしい匂いでございました。
「お嬢様、飴に色がつきました」
「まあ、なんて綺麗な琥珀色ですこと!」
「この色でよろしゅうございますか」
「ええ、この色ですわ!」
「これ以上火にかけると焦げてしまいます。下ろします」
マリアは素早く手鍋を火から下ろしました。
濡らした布に鍋を当てると、じゅっと音が立ちました。
厨房の甘い香りが、いっそう濃くなりました。
「ここからは、急ぎますわよ!」
「かしこまりました。熱いうちに落とすのでございますね」
「そうですの! 天板に棒を寝かせて、棒の先へ丸く落とすのですわ」
マリアは油を引いた天板に、持ち手の棒を一本寝かせました。
大きなスプーンで、琥珀色のとろりとした液をすくい上げます。
棒の先へ、ぽたり、と落とします。
熱い液は綺麗に広がり、見事な丸になりました。
「素晴らしい手際ですわ、マリア! わたくしもやってみます!」
「火傷には十分お気をつけくださいませ」
わたくしも、残る棒を寝かせて、スプーンを使って、手鍋から琥珀色の液をすくいました。
とろりとした飴は、思ったよりも重みがございます。
棒の先を目掛けて、そっと液を落としました。
ぽと、ぽとと垂らすうちに、丸というよりは、ひょうたんのような形になってしまいました。
「あら……? 少しばかり、個性的なお姿になってしまいましたわ」
「お嬢様の飴は、独創的でございますね」
「マリアの飴は、どうしてそんなに綺麗に整っておりますの? まるで職人さんが作った売り物のようですわ!」
「余計な力を入れず、まっすぐ落とすのがよろしいかと存じます」
マリアが淡々と教えてくれました。
マリアの飴は、棒の先に、見事なまでに整った丸を描いておりました。
わたくしが作った飴はといえば、何とも独特なくびれがございます。
ですが、どちらも透き通った琥珀色に輝いていて、とても美味しそうでございます。
「ふふ、形はいびつでも、琥珀色の輝きは同じですわね!」
「ええ。冷えればしっかりと固まるかと存じます」
わたくしたちは、天板の二本の飴を見つめました。
立ち上っていた湯気が徐々に薄れ、熱が引いていきます。
熱いうちは柔らかかった飴が、冷たい空気に触れるにつれて、しっかりと硬さが出てまいりました。
ちょっとだけ触れてみると、つるつるに冷え固まっております。
「むむむ」
わたくしが、飴を天板から持ち上げてみると、パキリと小気味よい音を立てて綺麗に外れました。
透かしてみると、向こうが見えるほど澄んだ琥珀色でございます。
「完成ですわ、マリア! 見事なべっこう飴ができました!」
「上手くいきましたね、お嬢様」
「ええ! これなら、あの悪霊も絶対に夢中になってくださるはずですわ!」
わたくしは確信に満ちた声で申しました。
美味しいものに目を奪われてしまうのは、生きていても悪霊になっても同じはずでございます。
この甘い飴を差し出せば、口裂け女も、夢中になって舐め始めるに違いありません。
「お嬢様、飴を収める袋を用意いたしました」
マリアが取り出したのは、清潔な布で縫った二つの小袋でございました。
口には紐が通してあって、きゅっと絞れるようになっております。
マリアは飴にひとつずつ袋をかぶせ、飴のすぐ下で、棒ごと紐を絞りました。
マリアの作った綺麗な飴と、わたくしの作った少し不格好な飴が、仲良く袋に入りました。
布越しにも、甘く香ばしい匂いがふわりと立ち上ってまいりました。
「お砂糖と油のお代は、町長様へのお勘定につけていただきました」
「うふふ。町長様には、後でたっぷりとお礼を申し上げなくてはなりませんわね」
「依頼を解決することが、何よりのお礼になるかと存じます」
「それもそうですわね!」
マリアから手渡された、わたくしのべっこう飴の棒を手に取ります。
マリアも、自分の一本を手にしております。
厨房の後片付けを手早く済ませ、わたくしたちは宿の玄関へと向かいました。
「さあ、冒険ですわよ」
「お嬢様、足元にお気をつけください」
こうして、わたくしたちはべっこう飴を一本ずつ手に、宿から出ました。




