第十四話:町長からの試験は、悪霊退治ですって!
乾いた音がしました。
ギルドの頑丈な木の扉が、パァンと開かれておりました。
そこにおりましたのは、ひときわ目を引く美しい女性でございました。
銀色の髪がお腰まであって、雪のように白い肌。紅い瞳が、値踏みするようにこちらを見据えております。
深紅の豪奢なゴシックドレスを着こなしておられます。
アリスちゃんの赤い服とお揃い、とは申しませんけれど。
「おい、ガストン!」
よく通る、凛とした声でございました。
「うっ、町長」
ガストンさんが、そう小さくうめきました。
きっと、この方が町長さんなのでしょう。
「ふん。何やら騒がしいではないか」
町長さんは冷ややかな笑みを浮かべ、受付へと歩み寄ってまいりました。
その赤いドレスの黒いレースが、歩くたびに優雅に揺れております。
「……これはこれは、町長。わざわざ何の用で」
「とぼけるな、ガストン。口裂け女の件だ。進展を聞きに来た」
町長さんは、とても凛々しい佇まいの方でございました。
ギルドマスターのガストンさんは、太い手で後頭部を掻いております。
町長さんは腰に手を当てて、険しい眼差しを向けられました。
「私の街の通りを悪霊がうろつき、民を脅かしている。腕利きを集めてさっさと片付けろと、前々から命じておいたはずだ」
妥協を少しも感じさせない、気迫に満ちた声でございます。
「そう言われても、な……。腕自慢の連中も、相手が悪霊と聞いて腰が引けてる。剣も魔法も通じねえ相手とやり合うのは、誰だって御免だ」
ガストンさんは困り果てたように、顎髭を手でさすりました。
その時、町長さんがふと、こちらへ目を向けられました。
わたくしたちの姿を、上から下へとじっくり見ております。
「ほう……。貴様らが公爵家の娘とメイドか。あの森にある呪われた館に住み着いたという噂の者どもだな」
町長さんはわたくしたちへと近づいてきて、その胸を張られました。
「特別に、私直々に名乗ってやろう。私は、この街の町長、ヴィクトリアだ」
「まあ! ヴィクトリアさんとおっしゃいますのね!」
こんなにお美しい方が町長様だなんて、素敵な町でございますわ。
「わたくしはアリシアと申しますわ。こちらはメイドのマリアですの。お目にかかれて光栄ですわ!」
わたくしがお辞儀をしてご挨拶をいたしますと、ヴィクトリアさんは目を細められました。
厳しい眼差しで、わたくしの顔を見つめてまいります。
「まさか、公爵家の娘ともあろう者が、辺境の呪われた館に住み着くとはな」
「はい、その館に住んでおりますの」
「この私の街で良からぬことを企てているのではないかと、呼びつけて問いただすつもりでいたところだった」
「まあ! お招きくださるおつもりでしたのね!」
「招きではない。問いただす、と言った。……ちょうどいい。これで、呼び寄せる手間が省けた」
厳しい口調ではございますが、ご自分の治める町を荒らされたくないというお気持ちが、言葉の端々から伝わってまいります。
「悪さだなんて、思いもよりませんわ! わたくし、ただ悪霊のお話がしたくて、このギルドへまいりましたの!」
「……何? 悪霊の話がしたい、だと?」
ヴィクトリアさんは怪訝そうな声を漏らされました。
わたくしは笑顔を浮かべたまま、元気よく言葉を続けました。
「ええ、そうですの! 町の皆様を困らせている悪霊がいるなんて、とても興味深いではありませんか! ぜひ、わたくしにお任せくださいまし。直接お会いして、お困りごとを聞いて差し上げたいのですもの!」
ヴィクトリアさんは呆気にとられたご様子でございました。
マリアが頭を下げて、落ち着いた声で申しました。
「町長様、お嬢様のお言葉に偽りはございません。お嬢様の頭の中には、悪霊と出会ってお話を聞くこと以外の考えは一切ございません。町で政治的な企てを巡らせるような知恵も野心も、持ち合わせておられませんのでご安心ください」
「ちょっと、マリア! それは褒めてくださっていますの?」
「事実をありのままにお伝えしたまででございます」
マリアの言葉を聞いて、ヴィクトリアさんは息を吐き出されました。
先ほどまでの厳しい警戒の様子が、すうっと解けてまいります。
「……ふん。都からとんでもない物好きが流れてきたものだ」
「まあ! 物好きだなんて、照れてしまいますわ」
「褒めてはおらぬ。……公爵家の娘、悪さを働く気がないというなら、その言葉、ひとまず信じてやろう。私の街の平穏を脅かさぬばかりか、悪霊を片付けるというのなら、使わぬ手はない。この口裂け女の件、貴様らに任せる」
ヴィクトリアさんは、そう言い放たれました。
「待ってくれ、町長! 勝手に話を進められちゃ困る!」
ガストンさんはカウンターを強く叩かれました。
「ギルドにはルールってもんがある! こいつらは魔法も剣も一切使えねえんだ。そんな素人に悪霊の討伐を任せるなんて、冒険者ギルドの看板にかけて許可できるわけがねえ!」
「黙れ、ガストン」
ヴィクトリアさんは冷ややかな眼差しで、ガストンさんを一喝なさいました。
「ギルドのルールなど知ったことか。私の街の安全のほうが、よほど大事だ。腕自慢どもが怯えて逃げ回っている間に、また民が襲われたらどうする。貴様が責任を取るのか。できる者がいるなら、その者にやらせるがいい」
「うぐっ……! そ、それはそうだが……」
ガストンさんは言葉に詰まり、唸り声を上げられました。
町長さんの強い要求と、ギルドの厳格なルールの間で、すっかり板挟みになっておられます。
受付のクラリスさんも、困ったように手元の書類をめくっておられます。
「ギルドマスター様、ギルド規程の原則といたしましては、適性確認を通過していない者への依頼斡旋は禁止されております」
「分かってる、分かってるさ! ルールはルールだ。いくら町長の頼みでも、こればかりは譲れねえ」
ガストンさんは太い腕を組んだまま、頑として首を縦に振りませんでした。
「……ほう。ならば、この街での貴様のギルドの認可を取り消す」
「な……! そ、そんな馬鹿な!」
ガストンさんのお顔から、さっと血の気が引きました。
「この町はギルドで回ってるようなもんだぞ! 魔物の討伐も、商人の護衛も、素材の買い取りも、全部うちが請け負ってる。ギルドが無くなったら、町が立ち行かねえ!」
「それがどうした。別の者を立てて、ギルドを作り直すことなど造作もないことだ」
ヴィクトリアさんは、顔色ひとつ変えずに言い放たれました。
「う、うむむ……」
先ほどまでの威勢はどこへやら、ガストンさんはすっかり小さくなってしまわれました。
「……町長。それだけは、どうかご勘弁を」
「ならば、私の言うとおりにしろ。登録していない者に依頼は回せぬのだろう? ならば、依頼にしなければよい」
「……は?」
「この口裂け女の件を、ギルドの試験としてこの二人に課せ。片付けたら合格だ」
「し、試験……ですか」
ガストンさんが、助けを求めるようにクラリスさんをご覧になりました。
クラリスさんは書類に目を落とし、静かに口を開かれます。
「……規程の上では、登録のための試験であれば、未登録の方にも課すことができます」
「そういうことだ」
「で、ですが、受かったところで、魔法も剣も使えねえ者を載せるランクなど、ギルドにはございませんで……」
「無いなら、作ればいい。この二人のためだけのランクをな。それが試験の褒美だ」
「……は、はあ。では、Eの下に、Fランクというのを……」
「好きにしろ」
ヴィクトリアさんは、深紅のドレスをひとつ払われただけでございました。
ガストンさんは、がっくりと肩を落とされました。
お二人とも、ご自分のお役目にまっすぐだからこそ、こうしてぶつかってしまうのでございましょう。
「……聞いてのとおりだ。この口裂け女の件、ギルドの試験として、お前さんたちに課す。片付けて戻ってきたら合格だ。新しく作るFランクの冒険者と認めてやる」
「まあ! 本当ですの、マスター!」
「ああ、男に二言はねえ」
「ありがとうございます、マスター!」
わたくしが元気いっぱいにお礼を申し上げますと、ガストンさんは小さく息を漏らされました。
クラリスさんは事務的な表情のまま、ガストンさんの判断を書きとめて、羽ペンを置かれました。
「引き受けるからには、相手を知っておけ。クラリス、被害の記録を出せ」
その声に応じ、クラリスさんが一枚の羊皮紙を差し出されました。
ガストンさんは書類を受け取り、険しい表情で内容を告げ始めました。
「町の連中が口裂け女と呼んで怖がってる悪霊だ。夕暮れか夜、人気のなくなった通りに出るらしい」
「夕暮れや夜ですのね。どんな姿をしているのかしら?」
「それがな、町の連中はこの話になると口をつぐむ。俺も詳しいことは知らねえ」
「口をつぐむのも無理はない。日が落ちると、広場から人が消えた。私の街の活気を、あの女に奪われたままだ」
ヴィクトリアさんの声は静かでございましたが、その紅い瞳には、はっきりと怒りが浮かんでおりました。
「ああ。それと分かってるのは、その女に出くわした奴が、口を裂かれるか、どこかへ連れ去られるってことだ」
ガストンさんの声は、低く沈んでおりました。
「ご質問、よろしいですか?」
めずらしく、マリアが怪談話に乗り気でございます。
「なんだ? メイドのお嬢ちゃん」
「なぜ、連れ去られたことが分かっているのでしょう?」
「さあな。記録にはそうとしか書いてねえ。連れていかれた奴は、いまだに見つかってねえらしいがな」
ガストンさんは渋い顔で首を横に振られました。
「教会にも手は打たせた。神官どもに祈らせ、清めの水を撒かせ、魔物を寄せつけぬ結界を町に張らせた。だが、あの女は出続けている」
ヴィクトリアさんが、忌々しそうに言い捨てられました。
「結界が効かない、というのはどういうことでして?」
「結界は、魔物の魔力を拒むものだ。だが、あの女からは魔力がまるで感じられぬらしい」
「ふぅむ」
「神官どもは匙を投げちまった。祈りも通じねえ相手だ。お前さんたちで、本当に大丈夫なんだろうな」
ガストンさんはわたくしを信じていらっしゃらないご様子です。
「安心してくださいまし! わたくしにお任せいただければ、何とかしてみせますわ!」
わたくしは笑顔で胸を張りました。
口裂け女という呼び名。口を裂いたり、人を連れ去ったりする悪霊。
それは、わたくしが前世でよく知っていた、あまりにも有名な悪霊のお話でしたから。
まさか、この異世界で出くわすとは!
ぜひお会いして、どうしてそんなことをなさるのか、じっくりお話を聞いてみたいものですわ!
「ふん、少しは役に立ちそうな顔をしているではないか」
ヴィクトリアさんが満足そうに頷かれました。
「公爵家の娘、メイド。貴様らには町一番の宿を用意してやる」
「まあ、宿を用意してくださるのですか?」
「当然だ。夕暮れや夜に出る悪霊を探すのに、あの森にある館から通っていては間に合うまい」
「お気遣い、ありがとうございます!」
「費用はすべて町が持つ。片付けたなら、礼金も私が出してやる。ギルドの褒美はランクだけだろうからな。ガストン、礼金は預けておく。貴様から渡せ」
「……へい」
「勘違いするな、貴様らのためではない。私の街の平穏を、一刻も早く取り戻すためだ」
「ありがとうございます、ヴィクトリアさん! とっても助かりますわ!」
わたくしがお礼を申しますと、ヴィクトリアさんは優雅に背を向けられました。
「結果を持ってこい。しくじったときは、私の街から叩き出す」
そう言い残すと、ヴィクトリアさんはギルドの扉から出て行かれました。




