最後のファイル
巣山地区について
巣山地区は江戸の初期に開拓された土地であったが、土地は痩せており、近くを流れる川も氾濫を繰り返し、また周りを囲む山々も大雨のあとは時折、崖崩れを起こしていた。それでも村人たちはその土地を離れることはなかった。彼らの多くは他国から逃げて来た者や豊臣方の落ち武者といったはぐれものだったから。彼らは協力し、知恵を絞り自然に立ち向かった結果。村として機能し始め、農作物の収穫も年々増えていき、村人は脅威に感じていた自然を敬い、そして自分たちの神として崇め祀った。しかしそんな隠れ里が長く続くわけもなかった。
幕府に見つかり、粛清されることとなる。
村人達は願った。
自分たちの村が蹂躙され、命が一つ、また一つと消されていく様をその目に映しながら。彼らは自分たちの神に願った。
そしてその願いが叶ったのか村を焼き払った者には不幸が訪れたという。
それでも幕府によりこの土地には新たに巣山という名前が与えられ、直轄領となり人が入れない何十年も禁足地として扱われた。その後、解放され新たな村ができ、石高を上げる為に開発が進められたが一向に進まず、村人達は神社と寺を建て、神と仏に祈った。
そしてまた願いは通じたのか村は発展することとなった。
明治になり、寺は壊され、神社は人目につかないところへと移された。
巣山に二神あり。
不幸を叶える神と幸を叶える神
その二柱は今は同じ場所に祀られている。
その名前を与えられぬまま。
その姿は忘れられたまま。




