第七話「任務スタート」
馬車の車輪が、規則正しい音を立てる。
御者台で手綱を握るディオが、軽く手首を返す。
馬は落ち着いた足取りで進み続ける。
荷台の上では、早くも落ち着きのない声が上がっていた。
「ねえ、まだ着かないのー?」
「さっき聞いたばっかだろ」
即座に返すゼンに、ミリーネはむっと頬を膨らませる。
「だって暇なんだもん」
「騒ぎ過ぎた。任務前にへばるなよ」
ディオが振り返りもせずに言うと、ミリーネは「はーい」と笑った。
その横で、レオが周囲を確認しながら、地図と照らし合わせるように視線を巡らせる。
「このまま進めば、日が傾く前には着くな」
「へーい、さすがリーダー様」
ゼンが気の抜けた声を返す。
「その呼び方やめろ」
「じゃあ隊長?」
「変わってねぇよ」
軽口が続く。
その様子を、少し離れた位置からクロードが見ていた。
視線はやり取りではなく、周囲の森や地形に向けられている。
「この辺り、視界が悪ですね。警戒は怠らないように」
「分かってる」
レオが短く応じた。
荷台の端では、セレナが柔らかく微笑んでいる。
「皆さんとても仲良しですね」
「ほんとだよねー!」
ミリーネが勢いよく身を乗り出す。
「なんかさ、このメンバーいい感じじゃない?」
「どこがだよ?まだ一緒に戦ってもねぇのに」
ゼンが呆れる。
「だってそんな気がするんだもん。ほら、連携とかも上手くいきそうじゃん?」
「まだ何もしてねぇだろ」
「気分の問題!」
くるくると表情を変えるミリーネに、ディオが小さく笑った。
「まあ、悪くない空気だな」
その言葉に、レオもわずかに頷く。
自然とまとまりつつある。
まだ始まったばかりなのに、不思議と噛み合っていた。
ふと、ミリーネが思いついたように振り返る。
「そういえばさ、ちゃんと話してなかったよね。みんなのこと」
「今さらかよ」
「今だからでしょ。ほら、遠征中だし!」
楽しげに手を叩く。
「じゃあさ、出身とか! どこから来たの?」
「急だな……」
ゼンが呆れつつも口を開く。
「俺はクローバー街だよ。ここからそんな遠くねぇ」
「雑ぅ」
「うるせぇな」
軽く言い合いながらも、会話は続いていく。
セレナは神殿育ちだと話し、
ディオは各地を回ってきたと簡単に答える。
やがて、ミリーネの視線がティアに向いた。
「ティアは? やっぱ海の方?」
一瞬だけ、視線が集まる。
ティアは小さく頷いた。
「うん。海辺の町、サンゴ出身」
「やっぱり! だって人魚だもんね」
そのやり取りに、ティアはわずかに目を細めた。
「実際どうなの? 海の中って」
「……静かだよ。音も、光も、ふわふわ漂ってる感じ」
「へぇ〜……楽しそう」
素直に感心するミリーネの横で、ゼンが肩をすくめる。
「想像つかねぇ」
「ゼンは一生分かんないでしょ」
「分かんなくていい」
そんなやり取りに、小さく笑いがこぼれる。
今度は、ミリーネがもう一人へ視線を向けた。
「エイルは? エルフってさ、あんまり見ないよね」
エイルは少しだけ目を瞬かせてから、静かに答える。
「……半分だけ、だけど」
「ハーフでも珍しいよ!」
「森の中にあるエルフの里からあまり出ないと聞きますしね」
セレナが穏やかに補足する。
エイルはわずかに視線を逸らした。
「……呼ばれたからね。仕方なく」
それ以上は語らない。
けれど、その距離感もどこか自然だった。
会話は途切れず、また別の話題へ流れていく。
誰かが笑って、誰かが返して。
馬車は変わらず進み続ける。
ティアはその中にいる。
同じように揺られ、同じように言葉を交わして。
何も変わらないはずの時間。
――なのに。
(……懐かしい)
ふと、胸の奥に浮かぶ感覚。
ミリーネの声も、ゼンの言い方も。
レオやエイルとのやり取りも、ディオの手綱の引き方も。
全部が懐かしい。
ティアは静かに目を伏せた。
目の前の光景は、あまりにも穏やかだった。
馬車は進む。
同じ道を、なぞるように。
懐かしくて、心地よかった。




