第四話「回帰の代償」
昼の寄宿舎は、喧騒に包まれていた。
結成式を明日に控え、廊下では荷物の確認や書類の受け渡しが続いている。
集められた戦士たちが、わいわいと雑談をしている。
何も起きていない世界。
ティアはその中を歩きながら、ぼんやりと考えていた。
(本当に、戻ってきたんだ)
あの崩れた戦場も、仲間の亡骸も、今はどこにもない。
瞬きをして、辺りを見渡す。右目は何も写さない。
薄く息を吐く。
これは、最初からだった。
巻き戻した瞬間に、すでに代償は始まっている。
昼の廊下を歩く。
すれ違う人の声、笑い声。
その中にミリーネの姿があった。
「ティア、ちょうどよかった!ご飯行こ!」
腕を引かれる。
拒む理由はない。
食堂は混んでいた。
パンとスープの皿を受け取る。
一口、食べる。
味がしない。
ティアは一瞬だけ手を止めた。
(……味が薄いな)
隣ではミリーネが楽しそうに食べている。
「このスープ、ちょっと味が濃いね」
その言葉に、ティアはわずかに目を伏せた。
――違う。
自分が、感じていないだけだ。
食事のあと、廊下を歩く途中で積み上げられた木箱が崩れた。
音を立てて木箱が落ちてくる。
反射で体をずらす。
だが、ぶつかった感覚がない。
ただ、木箱が床に散らばるだけだった。
「おい、大丈夫か?」
ちょうど通りかかったゼンが声をかけてくる。
ティアは少し遅れて頷いた。
(痛みが、ない)
そこにようやく確信が落ちる。
壊れているのは、視界だけじゃない。
昼が進むにつれて、違和感は増えていく。
休憩後に訓練所を訪れた。ミリーネとゼンも一緒に。
軽い水魔法を試すために、手を掲げた。
水が生まれる。
いつも通りのはずだった。
だが――形が崩れる。
流れが定まらない。
意図した形にならないまま、弾けるように散った。
「わっ……!」
近くにいたゼンが水浸しになる。
「お前……何やってんだよ」
睨まれる。
ティアは小さく手を下ろした。
「ご、ごめん……」
(制御できない)
水を扱う感覚が、明確に抜け落ちていた。
もう一つの術も試そうと、杖を構える。
回復の詠唱。
それは、何も狂わない。
いつも通り、傷を癒す光が生まれる。
ティアはそこで気づく。
(できるものと、できないものがある)
——————
夕方、寄宿舎に戻る。
窓の外は橙色に染まり始めていた。
ティアは胸元に手を当てる。
そこにある宝珠は、何も答えない。
だが、確信だけはあった。
――これは、代償だ。
戻した未来の“ずれ”が、自分に返ってきている。
誰も知らない。
誰も気づかない。
けれど、自分だけが壊れている。
明日は結成式。
あの時と同じ始まりが来る。
ティアはゆっくりと息を吐いた。
今度は失わない。
そう思う自分が、まだここにいる。
静かな夕暮れの中で、ティアは目を閉じた。




