第三話「巻き戻った時間」
――目が覚めた。
ぼんやりとした視界の中、見慣れた天井が広がっている。
討伐隊の寄宿舎。
木目の走る、簡素な天井。
何度も見てきたはずのそれを、ティアはしばらく見つめていた。
(……生きてる?)
その感覚は、どこか薄かった。
体を起こす。
痛みはない。
血の匂いも、焦げた空気もない。
代わりに――
窓の外から、鳥の声が聞こえた。
遠くで人の話し声が混ざる。
朝の空気が、静かに流れ込んでくる。
あまりにも、いつも通りだった。
ついさっきまで、戦っていたはずなのに。
崩れた大地。
仲間の亡骸。
最後に残った、自分。
(時間をうまく巻き戻せた……!?)
ティアはふらつく足で立ち上がり、机へと向かった。
机に手をついたとき、違和感があった。
右目が何も映さない。
(……そうだ)
思い出す。
宝珠の力を使うには代償がいる。
右目は、もう見えていない。
落ち着くために深呼吸をする。
そして、ノートを開く。
書かれている日付を、何度も目でなぞる。
――就任式の前日。
「……就任式の前じゃん……」
思わず、声が漏れた。
巻き戻っている。
理解が、ゆっくりと追いついてくる。
ふと、視線が鏡へ向いた。
そこに映る自分。
薄い水色の髪が肩で揺れている。
淡い紫の瞳。
見慣れたはずの姿。
鏡に映る右目は、すでに光を失っていた。
それを確かめるように、一度だけ瞬きをする。
それだけで終わりにする。
(大丈夫、大丈夫……)
そう言い聞かせるように、ティアは視線を逸らした。
部屋の外に出る。
廊下に出た瞬間声をかけられた。
「やっほー! 君も討伐隊に呼ばれた子?」
明るい声が飛び込んできた。
顔を上げる。
そこにいたのは――
ピンク色の髪を頭のてっぺんでまとめたネコ獣人の少女。
黄緑の瞳が楽しげに細められている。
(……ミリーネ。)
思考が、止まる。
「……あたし、ミリーネ! 君は?」
何も知らない顔で、そう笑う。
死んだはずの仲間。
喉が詰まる。
言葉が出てこない。
ほんの一瞬の空白。
「あ、……僕は、ティア」
遅れて、名乗る。
「ティアね! よろしく!」
ミリーネは嬉しそうに笑って、そのまま手を掴んだ。
「さっきさ、あっちに討伐隊の編成貼り出されてたんだよ! 一緒に見に行こ!」
ぐいぐいと引かれる。
いつも通り。
何も変わらない。
ティアは小さく息を吸い、そのまま歩き出した。
廊下に出ると、人の流れができていた。
ざわめき。
笑い声。
すべてが、あの時のまま。
その中に、自分もいる。
何事もなかったかのように。
その時、横から影が差した。
軽く、肩がぶつかる。
「……前見て歩けよ」
低い声。
視線を向けると、青い髪の少年がこちらを一瞥した。
金色の瞳が、わずかに細められる。
「あ……ごめん」
少し遅れて、言葉が出る。
「きゃー、今の人ちょっと怖くない?」
ミリーネがくすっと笑う。
その軽さに、ティアはわずかに口元を緩めた。
(……後で、仲間になるんだよ)
心の中でそっと呟く。
自分は全部、知っている。
けれど――
誰も、それを知らない。
これから何が起きるのかも。
誰が、どこで、失われるのかも。
視線の先で、ミリーネが笑っている。
――今度は。
ほんのわずか、息を吸う。
胸の奥に残る違和感を押し込めて。
今度は、同じ終わりにはしない。




