第二話「宝珠の力」
――重い空気が漂う。
先ほどまであれほど荒れ狂っていた戦場は、音を失っている。
立っているのは、ティア一人。
足元には、仲間の亡骸。
呼びかけても、返事はない。
視界の先。
魔王は、そこにいる。
確かに、追い詰めたはずだった。
なのに――
まるで何事もなかったかのように、そこに立っている。
「お前で最後か」
低く、淡々とした声。
それは確認であって、問いではなかった。
ティアは、動けない。
魔力はほとんど残っていない。
身体も、もう限界だった。
戦う術は、ない。
脳裏に、声が浮かぶ。
笑い声。
呼びかける声。
どうでもいい会話。
――温かかった時間。
伸ばせば届きそうなのに、もうどこにもない。
目の前で、消えていった。
ひとりずつ。
――どうして。
胸の奥で、何度も同じ問いが繰り返される。
あれだけやれたはずなのに。
あと一歩まで、追い詰めたはずだったのに。
⸻
その時、ふとひとつの記憶が浮かんだ。
⸻
「魔王は、ただ倒すだけじゃダメだと思うんだ」
穏やかな親友の声。
自信なさげで、少し頼りない――それでも、どこか確信めいた響き。
「どういうこと?」
あの時は、何気なく返した言葉。
「……うまく言えないけどさ」
少し困ったように笑って、
「心臓を潰さなきゃいけない、みたいな……そんな感じがする」
曖昧で、形のない言葉。
その時は、深く考えもしなかった。
⸻
――でも。
ティアの視線が、ゆっくりと魔王へ向く。
傷は、もうほとんど残っていない。
削ったはずの命が、そこに在り続けている。
違う。
何かが、違う。
喉の奥で、かすれた息が漏れる。
「……あぁ」
それは、納得に近い音だった。
遅すぎる。
伝える相手は、もういない。
戦う力も、残っていない。
ここから覆す術なんて、どこにもない。
それでも。
ティアは、ゆっくりと手を動かした。
震える指で、胸元に触れる。
そこにあるのは――宝珠。
願いじゃない。
祈りでもない。
これは。
「……もう一度」
かすれる声で、呟く。
選択だった。
宝珠が、淡く光を帯びる。
空気が軋む。
世界が、揺れる。
その瞬間。
視界が、歪んだ。
片側だけ、暗くなる。
距離感が、狂う。
触れているはずの感覚が、遠い。
何かが、削れていく。
それでも、止めない。
止まれない。
光が、溢れる。
音が、消える。
すべてが、引き剥がされていく。
――そして。
世界は、巻き戻った。




