第一話「敗北」
空気は張り詰め、殺気で満ちていた。
魔王の魔力の奔流が大地を抉り、黒く焦がし、視界を歪ませる。
それでも――
「来るぞ!」
クロードの声が飛ぶ。
「分かってる!」
ゼンが踏み込み、迷いなく前へ出る。
その背を、ティアは見ていた。
――いつも通りだ。
セレナの祈りが重なり、淡い光が仲間たちを包む。
レオが剣を振るい、魔王の懐へと切り込んでいく。
すべてが、噛み合っていた。
ティアは後方から魔術を発動させる。
回復と補助を重ね、仲間を癒し、攻撃を弾く。
ここまで辿り着くまでに、すでに三人の仲間を失っている。
それでも、このパーティはまだ戦えていた。
欠けた穴を埋めるように、互いを支え合い、
言葉を交わさずとも、連携で動き続ける。
――理想に最も近い形。
そう呼べる状態だった。
「いける……!」
誰かが、そう呟いた。
実際、戦況は優勢だった。
クロードの魔術が魔王の動きを縛り、
ゼンの斬撃がその身を切り裂く。
レオの一撃が、確かに届いた。
重い音とともに、魔王の体が揺らぐ。
――効いている。
その確信が、場に満ちた。
ティアは息を整えながら、すぐに次の魔術を発動させる。
傷を塞ぎ、魔力を流し込み、次へ繋ぐ。
まだ、いける。
誰もが、そう思っていた。
違和感は、ほんの一瞬だった。
――おかしい。
ティアの視界に映るそれが、僅かに歪む。
斬り裂いたはずの傷が、塞がっている。
魔力の流れが、変わる。
重く、濁り、底の見えない何かへと。
空気が、変質する。
背筋をなぞるような、不快な感覚。
――終わっていない。
「まだだ!」
レオが叫ぶ。
その声に、全員が応える。
誰も止まらない。
息の合った動きで、迷いなく攻める。
それぞれにできる最善を尽くして。
――それでも。
届かない。
⸻
遅れは、ほんのわずかだった。
それだけで、戦況は崩れ始める。
魔王の魔術が、空間を歪める。
「っ……!」
ゼンの腕が、黒に呑まれる。
次の瞬間には、そこにはもう何もなかった。
肘から先が、消えている。
それでもゼンは止まらない。
「まだ、いける……!」
残った腕で剣を握り、前へ出る。
だが、その無理が、隙になる。
クロードの魔術展開が、わずかに遅れる。
――その瞬間。
放たれた一撃が、真っ直ぐに貫いた。
「……っ」
声にならない音とともに、
ゼンの存在が掻き消え、クロードの体が崩れる。
「ゼン!! クロード!!」
セレナの祈りが乱れる。
光が揺らぎ、形を保てない。
そこへ、追撃。
魔術が脇腹を穿つ。
セレナの体が、ゆっくりと崩れ落ちた。
積み上げてきたものが、音もなく剥がれていく。
「……くそっ!」
レオが前に出る。
ティアも動く。
二人で前線を繋ぐ。
だが、もう攻める余裕はない。
防ぐので精一杯だ。
レオの足が鈍る。
血が流れ、踏み込みが崩れる。
ティアの体にも、傷が増えていく。
それでも――
レオは剣を振るう。
止まらない。
止まれない。
だが。
無情に放たれた魔術が、その体を貫いた。
勝ち目は、もうなかった。
レオは振り返らない。
ただ、前を見たまま言う。
「……お前だけでも逃げろ!!」
その声は、強く、迷いがなかった。
最後まで――信じている声だった。
気づけば。
ティアだけが、立っていた。
守れなかった三人。
そして今、目の前で失った仲間たち。
確かに、追い詰めていたはずだった。
届くはずだった。
なのに。
どうして。
答えは出ない。
ただ、後悔だけが、何度も何度も巡る。
何を間違えたのか。
どこで、届かなかったのか。




