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集灯町~白雪とぼくらの四季~  作者: パパパパーン


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第四章 深夜のお墓掃除と秋の訪れ

丑三つ時。

 古くから「草木も眠る丑三つ時」と言われるように、周囲が静まり返り『あの世とこの世』の境目が曖昧になる時間。

 時刻は深夜2時である。


 (なんでぼくはこんな時間に起きてるんだろう?)

 

 白影寺の本堂は、夜の闇を抱き込んだまま沈黙していた。

 白雪の冷気のおかげか、蒸し暑さは感じられず、むしろ肌寒さを感じる。

 

 灯りは祭壇に並ぶ数本の蝋燭だけ。

 その小さな炎が、天井の梁や柱の影をゆらゆらと揺らし、まるで本堂そのものが小さく息をしているかの様だ。


 (なんでぼくは深夜の白影寺に来たんだろう?

 ・・・知ってます。

 全ては・・・『貧乏くじ』のせいです。)


 正面にはご本尊『白木で彫られた少女』の像が鎮座している。


 白い木肌は蝋燭の光を柔らかく返し、その表情は静かで、どこか寂しげで、

今にも歩き出しそうなほど生々しい。


 (なんだか白雪に似てるよね、あのご本尊。って、そう思ってるのはぼくだけかな。)


 像の背後には、巨大樹【木の葉】の根が、まるで守るように絡みつき、ご本尊を包み込んでいた。


 香呂から立ちのぼる『氷香』の煙は、白雪の冷気に触れるたび青白く揺れ、ぼくの鼻の奥を冷んやりと刺す。

 花立の白椿は花弁の縁がうっすらと凍っていいて、銀の燭台の白い蝋燭は、白雪が近づくたび細く震えている。


 (どれも白雪の冷気に反応してるみたいだ。)

 

 その本堂の中央に、白影寺住職・白影白翁が立っていた。

 白髪を後ろで束ね、胸板の厚い僧衣の下には鍛え抜かれた筋肉。

 白い髭は胸まで伸び、白雪の冷気で先端がうっすらと凍っている。


 (白翁様の筋肉、気のせいか普段よりもパンパンに膨れ上がってる気がするんだけど。ここにくる直前にパンプアップでもしてきたのかな?)


 白翁は深く息を吸い、蝋燭の灯りに照らされた顔を上げた。


「・・・皆様。よくぞ、この白影寺へ参られた。」


 その声は低く、静かで、本堂の空気を震わせるような重みがあった。


 (心なしか、いつもより声が弾んでる気がする。良い事でもあったのかな?)


 ぼく達は正座したまま固まり、パパとママは背筋を伸ばして少し震えている。


 白雪はいつもの様にぼくのポケットの中からちょこんと顔出し本堂の中を見渡している。


 貧乏神のつむぎちゃんだけがニコニコして退屈そうに座っている。


 白翁はご本尊の白木像に向かって深く深く頭を下げた。


ポタポタ

 

(あれ?何かが畳に落ちた?・・・白翁様泣いてる?)


「この寺は・・・。古より『白き存在』を敬い、祀ってきた寺である」


 蝋燭の火がふっと揺れ、本堂の空気が一段寒さを増した。


白翁は厳かに続ける。


「千数百年前、この地に降り立った『白き御方』が小さな種を植えられた。

 種は芽を出し、永い時を経て巨大樹【木の葉】となった。

 その根はこの地に広がり今もこの本堂の下を通り、我らを見守っておられる」


 白翁の言葉に呼応する様に、木の葉の根がギィィィッと微かに軋む音を立てた。


 根の音にビビった雷斗が、バチバチっと放電し、ビクッと肩を跳ねさせる。

 まつりちゃんは小さな悲鳴をあげ、俯き両手で耳を塞いでいる。

 

 白翁はご本尊を見て微笑み、ご本尊の前に置かれた『御霜の小箱』にそっと手を添えた。


「歴代の住職は、この『白き御方』を敬い、その御姿を夢に見ては、こうして祀ってきた。

 しかし!しかし!しかし!!」


 白翁は溢れ出す興奮を抑えながらゆっくりとゆっくりと息を整えながら振り返り、本堂の隅に座るぼくの胸元を見つめた。

 手が震え持っている大粒の数珠がカラリと鳴っている。


(今日の白翁様・・・怖い。なんだか目が血走ってるし、ハァハァと息が荒い。まるでお化けを目の前にしている賽ちゃんみたいだ。)


 白翁は上を向き涙を堪えているが、溢れ出る涙を止められないでいる。


「・・・わしは・・・わしは・・・ついに・・・『白き御方』に・・・」


 その瞬間、白雪の冷気が瞬間的に大きくなり、ぼくの胸ポケットが一瞬凍りつく。


「・・・いや。なんでもない。ただ・・・ただ・・・ありがたい・・・」


 声が震え、何かを言いかけて喉を詰まらせている。


 白雪は無表情のまま、福大の胸に顔を埋めると、冷気がふっと弱まった。


 白翁は深く息を吸い、本堂全体に響く声で宣言した。


「さて。では皆様。墓掃除を始めましょう!」


 白翁の声で蝋燭の火が揺れ、白影寺の本堂に静かで不気味な影を落とす。


「では、向かいますよ。」


 白翁が本堂の扉を開けるが誰も立ち上がらない。

 つぐみちゃんだけがケタケタと笑ってる。


「・・・足を崩して、痺れが治ってから行きましょう。」


全員が足を崩し・・・

 

「無理ぃーーー!」

「痺れるぅーー!」

「やばいぃーー!」


と、それぞれ無様に畳に転がった。

 つむぎちゃんだけが、ぼく達の周りを駆け回って笑っている。


怖いながらも、どこか楽しい夜が始まった。

 

本堂の扉が、


ギィィィッ


と重たく開いた。

 夜気が流れ込み、肌を刺すような冷たさが広がる。

 境内は何かに音が吸い込まれる様に静かで不気味な雰囲気が漂っていた。


 白翁が先頭に立ち、境内へと歩き出す。ぼくたちはその後ろに続いた。


ドン!グシャ!グシャ、ドン!


と、目の前に何かが降って来たかと思うと、突然嫌な音が境内に響く。

 何が起きたか分からないぼく達を尻目に白翁様は、何事もない様に本堂から境内へと続く階段を降りていく。

 そして、ぼく達の横を輪郭のハッキリしない薄黒い何かが階段を駆け上がり本堂の中に消えると、


 ダダダダダダッ!


と激しい足音と共に


 ヒューン


 と風を切る音がする。そして再び


ドン!グシャ!グシャ、ドン!

 

 ぼく達の目の前を何かが降り落ち、嫌な音を立てながら、

 

 ドン!と、階段に激突

 グシャグシャ!と階段を転げ落ち

 ドン!!と賽銭箱にぶつかった。


 ぼく達全員は言葉を失っていた。そこには首が折れ、四肢があらぬ方向に折れ曲がった血まみれの女性が倒れている。

 そして、ガクガクと体を振るわせ、折れ曲がった四肢を気にもせずに歪な姿のまま立ち上がり階段を駆け上がって行く。


「・・・・・白翁様」


 かろうじてぼくだけが声を発する事が出来たのは、胸ポケットに白雪がいたからだろう。


「ん?気にするな、飽きるまでやらせておる。かれこれ10年ほど毎晩飛び降りておるぞ。」


 誰も何も言えずただただ白翁様の後ろについて行くしかなかった。


 ただ、賽ちゃんだけが興味津々な様子でマジマジと自殺霊を見続けていた。


ドン!グシャ!グシャ、ドン!


 境内に出ると、まず目に入るのは山門。

 両脇に立つ二体の仁王像。

 

「こちらが『白影仁王』だ。」


 白翁様が頬を赤らめ恍惚とした表情で語り始めた。


「白木で彫られた二体は、片方が口を開けた阿形。

 もう片方が口を閉じた吽形である。

 どちらも白の御方を想い作られたそうで、細い眼と長い髪が特徴だ。本当にお美しい姿をしておられる。

 あの眼を見て欲しい。蝋燭の炎で光っているのが分かるだろう。白影仁王像の眼は青いガラス玉で出来ておるのだ。」


(あの眼・・・どこか白雪に似てる。あの顔も・・・)


 白影仁王像の足元には、ボロボロの僧衣を纏った僧侶の霊達が、白影仁王像を囲み見上げながらお経を唱えている。

 ぼくたちを見ると、静かに頭を下げ、お経を続けている。


「こんばんは。」


 白翁が普通に挨拶すると、僧侶の霊はまた静かに頭を下げた。


(・・・慣れ過ぎでしょう・・・)


 雷斗は震えながら放電し、ぼく達は僧侶の方を極力見ない様に足音も立てない様にゆっくりと進んだ。

 なのに


「こんばんはぁー」

「バイバーイ」


 つむぎちゃんと賽ちゃんは白翁様と同じ様に、友達みたいに挨拶している。


 僧侶達は2人にも軽く会釈しお経を続けている。


 ぼく達は恐怖でドキドキしている心臓の音を必死で抑えながら横を通り過ぎた。

 

 (止めてよ。なんでそんなに気軽に話しかけられるの!!)


 山門を抜けると、五重塔が闇にそびえていた。

「この五重塔の最上階には、白の御方が遥か昔に落としたと言う『氷の欠片』が祀られておる。

 決して溶けることのない『氷の欠片』は今なお五重塔の最上階で光り輝いておる。」


 塔を見上げると窓から、白い影がこちらを覗いていた。


「ひっ!!」

 

 まつりちゃんが悲鳴を上げパパの背中にしがみつく。


「ひぃ!!」

 

 パパはママの背中にしがみつき


「ひひぃ!!」


 ママはぼくの背中にしがみついた。


(なんなんだこの家族は)


 白翁は塔に向かって軽く会釈した。


「今晩は。静かに見守ってくだされ。」


 白い影が、ふわりと揺れた。


「そうだ。今年の年越しは鐘をつきに来て下さい。皆で新年を迎えましょう。」


 白翁様が

「良いことを思いついた。そうだそうだそれが良い」

 と言いながら鐘楼の前を通ると、鐘の中に逆さまの人影が揺れていた。


 白翁は軽く手を合わせる。


「こんばんは。今夜もお静かに、」


 影はゆっくりと鐘の奥へ消えていった。


(・・・怖すぎる。白翁様の普通の対応も・・・怖すぎる。)


 

 句碑の前で俳句を詠む老人の霊が立っていた。


「白き影 冬を抱きて 町を生む」

「・・・良い句だね。」

 つむぎちゃんが声をかけると、老人の霊は満足そうに消えた。


 境内を抜けるだけで、何体もの幽霊を目撃したぼく達の心は、ボロ雑巾の様だ。


 そして墓地へと続く道に現れたのが無縁塚である。

 圧倒される様な数の石が積み重なり、地面からは無数の手が蠢いていた。


「ひぃぃぃぃぃ!!」


 まつりちゃんが取り乱し泣き叫ぶ。


「・・・最高」

 賽ちゃんは目を輝かせて、無縁塚に飛び込もうとするのをみんなで必死に止めるので一苦労だった。


 墓地の手前に小さな川が流れ、その上に石橋がかかっている。

 その川の手前では、子供の霊が石を積んでおり、橋を通るぼく達に向かって、橋の下から白い手が伸びてくる。


「やだやだやだやだ!!」

 

 まつりちゃんが泣きながら雷斗にしがみつき、雷斗も恐怖のあまり放電し2人揃って感電していた。

 

 白翁は橋に向かって軽く頭を下げた。


「イタズラは程々にな。」


 墓地の入り口には門番の様に六地蔵が並んでいる。

 が、よく見ると五体の地蔵の顔が崩れ落ち首なし地蔵になっている。


「酷い事をしおる。」


 白翁様が落ちたお地蔵様の首を拾い上げ元に戻している。


 雷斗は恐怖のあまり、体をバチバチ言わせながらお地蔵様の横を歩くと六体目のお地蔵様の顔もポロリと落ちてしまった。


「おぉーーーーーーーどおぁぁぁぁぁ」


 意味不明の叫び声を上げ半狂乱になる雷斗。

 すると首がガクガクと動き出し突然フワリと浮き上がり、お地蔵様の頭が六体


ケケケケケケケ!!!!


 と不気味に笑いながら飛び回り始めた。

 六体の首はぼく達の隙間を縫う様に掠める様に飛び回る。


「カッカッカッカ!はしゃぎすぎですぞ。」


 白翁はそう言って微笑んでいる。


「良い子たちですな。

 さあ、墓地はすぐそこです」


 胸ポケットの白雪だけが、ずっと無表情のまま境内や幽霊達を見つめていた。


「白雪・・・どうかした?」

『・・・』


 何も言わない白雪だけど、どこか怒ってる様な様子がある。

 心なしか白雪から漂う冷気が少し強くなってる気がする。


【白影寺墓地】

 六地蔵の首から逃げる様に走り抜けると目の前に広大な墓地が広がった。

 白影寺の墓地。

 夜の闇に沈んだ墓地は静かに広がり見渡しても端が見えない。

 様々な形の墓が、段々畑のように延々と続き、どこまでが境内で、どこからが『向こう側』なのか分からない。


 ぼく達は足を止め、墓に圧倒されていた。

 丑三つ時の空気は重く、風は一切吹かず、ぼくたちの鼓動だけがやけに大きく響く。


 墓地の中の墓は墓石だけではなかった。

古く文字が削れて読めない墓。

真新しい墓。

剣が地面に突き刺さっている墓。

十字に結ばれた枝が突き刺さっている墓。

個人の姿を模した精巧な大理石の墓。

嘆き悲しむ天使像の墓。

果ては小さなピラミッドまである。


 地面を這うように霧が墓地全体を漂い、白雪の冷気と霧が触れるたび、青白く揺れている。


 墓が並ぶ細い通路は入り組み、様々な墓が続くせいで方向感覚が狂う。

 まるで終わりのない迷路だ。


 白翁は慣れた足取りで進んでいくが、

ぼくたちは一歩進むたびに恐怖で心臓が飛び出しそうだ。


 ここは・・・境界が交わる場所。


 丑三つ時の墓地は、生者と死者の距離が、ほんの紙一重ほどしかない。

 

【まつりちゃんと、福大パパママ】


 白翁様に促され、ぼくたちは三つの班に分かれた。

 パパ・ママ・まつりちゃんは、墓地の右側を担当することになった。


「ガッハッハッハ・・・い、行こうか・・・。」

 福大パパは竹ぼうきを竹刀の様に構え、手の震えを必死に隠している。


「ガッハッハッハ!安心してくれ、まつりちゃん。何があってもパパが守ってやるからな。」


ハッ!ブン!ハッ!ブン!ハッ!ブン!


 掛け声と共に素振りを行う福大パパは、恐怖を振り払う様に必死に箒を振っている。


(福大パパ・・・怖がってるよね。)

 

ハッ!ブン!ハッ!ブン!ハッ!ヒューン!


「あ!」

「福大パパ・・・。手汗で箒が飛んでった。」

 

 悲しそうな福大パパの声と共に箒が盛大に飛んで行った。


「だ、大丈夫だよ。パパは腕っぷしの方が強いから・・・」

 福大パパは強がるが、声が裏返っている。


 福大ママはというと、雑巾とバケツを持ちながら、すでに半泣きだ。


「福大。・・・ママ、帰りたい・・。」


(私も帰りたいよぉ。)


 私は福大パパの背中にしがみついたまま離れず背中に顔を埋めている。

 

 そんな3人が、ガタガタ震えながら墓地の右側へと歩き出した。


「よし・・・まずはこのお墓から・・」

 福大パパが竹ぼうきを構えた瞬間。


カサ・・・カサ・・・


 石の十字架の裏で何かが動いた。


「ひっ!!」

「ひぃ!!」

「ひひぃ!!」


 3人が同時に固まる。


 お墓の裏から出てきたのは白い布を被った幽霊。目の部分に穴が開いている。


 霊は、福大パパの持つ竹ぼうきをじっと見つめ、ゆっくりと手を伸ばしてきた。


「ひぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

 3人同時に叫ぶが、パパは体が固まって身動きひとつ出来ない。


 霊は、竹ぼうきをそっと掴み


スッ・・・スッ・・・


 お墓の周りを掃き始めた。


スッ・・・スッ・・・


 とても丁寧に掃き、自身の布で石の十字架を磨いている。


「・・・掃除、手伝ってくれてるの?」


 福大ママが震えながら言う。


「え・・・?えぇ・・・?」


 パパは混乱している。

 まつりちゃんは泣きながら叫んだ。


「こわいけど、ありがとうぅぅぅ!!」


 幽霊は照れた様に白い布を揺らし消えてった。


 次のお墓に向かうと、そこにはすでに『先客』がいた。


 背丈ほどのピラミッドの前に座り、

 布でピラミッドを磨いているスフィンクスだ。


 美しい女性の顔で胴体はライオン、尻尾は蛇。ペロペロとピラミッドを舐めながら布で丁寧に磨いている。

 

「・・・あの。」

 福大パパが声をかけると、スフィンクスは振り返り、ギロリとこちらを見つめる。


「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

 3人がまた叫ぶ。


 スフィンクスは、ゆっくりと福大パパに近づき、体の匂いを嗅ぎ


ペロリ


「ぎゃーーー!」


福大パパは悲鳴を上げた瞬間


パンパン!

 

「痛ぁーーーい!!」

「浮気者ぉーーー!!」


 福大ママに往復ビンタをくらい、地面の倒れてしまった。


(霊より福大ママの方が怖い)


 スフィンクスはまつりちゃんに近づき布を渡した。

 

「・・・私にもやれって事?交代?」

 

 まつりちゃんが震えながら言うと、スフィンクスは満足そうに消えた。


「・・・なんか・・・優しいね。」

 

 まつりちゃんが涙目で言う。


「優しいけど2人とも怖いんだよ!!」


 福大パパが叫ぶと、福大ママがギロリと睨んでいた。


 3人が次のお墓に向かうと、地面に突き刺さった剣の柄の上に、白い着物に竹刀を持った女剣士の霊がスッと立っている。


 髪が長く顔が隠れていて表情が見えない。


 女剣士の霊は福大パパをじっと見つめ、おもむろに竹刀を構えた。


「こ、こ、これは勝負・・と言う事かな?」


 福大パパも箒を持って構える。

 女剣士は剣の上からフッと姿を消して、福大パパの前に現れた。

 月明かりを吸い込んだ黒く艶めく長い髪がふわりと揺れ、顔があらわになる。

 黒髪から覗く瞳は妖艶に光り、獲物を捉えたかの様に福大パパを見定めている。


 福大パパはその美しさに息を呑み目を奪われて少し固まってしまう。

 

「・・・美しき剣士よ。いざ、勝」


パン!パン!パン!パン!


 勝負の前に・・・福大ママの往復往復ビンタが炸裂した。


「浮気者!!」

「無念」


 崩れ落ちるパパを見た女剣士の霊は構えをとき、自身が立っていた剣の周りの掃除を始めた。


 ママとまつりちゃんと女剣士の霊が談笑しながら掃除をしたのだった。



【ホラー担当、雷斗、賽ちゃん、白翁様】


 雷斗・賽ちゃん・白翁様の3人は墓地の左側を担当することになった。


 墓地の右側から悲鳴が聞こえてくる。

でも、左側は・・・静かすぎだ。


 風もない。

 虫の声もない。

 ただ、墓石の影だけが濃く伸びている。


「・・・あ、あの・・・白翁様・・」

 オレは震える声を必死に抑えながら尋ねる。


「どうした?」

 白翁様はいつも通りの落ち着いた声だ。こんな雰囲気なのに全然怖がってない。


「・・・なんか、その・・・上手く言えないんだけど・・・空気、重くないですか?」

 竹ぼうきを握りしめる手が汗でびっしょりだ。

 さっきから髪の毛もツンツンに立ちビリビリ放電してる。

 オレの体がここから逃げろと警報してるんだ。


「おお、よく気が付いたな。こちら側は『よく集まる』からな。そのせいだろう。」

 

 白翁様は『さもありなん』と言わんばかりに淡々と言った。


「よく集まる?」

「よく集まる♡」

 オレの声が裏返り、賽ちゃんは黄色い声を上げている。


「ああ、霊がな。」


 その瞬間、一陣の生暖かい風が墓地を吹き抜け、ゾワゾワっと全身に鳥肌が立ちオレの体は硬直した。


カラン


 誰も触っていない墓石の花立が、勝手に倒れた。


「ひっ!!!」

 オレは思わず飛び上がり尻餅をついてしまう。


「おお〜〜〜!!いいねぇ!!」

 賽ちゃんは目を輝かせている。


ヒューー、ドン

・・・

ヒューー、ドン

・・・


 風がヒューっと吹くたびに何かが墓石にぶつかる音が墓地に響く。


ヒューー、ドン

・・・

ヒューー、ドン

・・・


「はぁ、迷惑なもんだ。まったく。他でやればいいものを。」


 白翁様が墓石の横にある大きな樹を見上げて悪態をついている。


「ん?この樹かが気になるか?これは(かや)の古木だ。榧の樹は古くから『境界を守る木』『死者が集まる木』と呼ばれておる。」

 

 榧の古木の幹はねじれ、黒い皮が剥がれ落ち、無数の枝が蜘蛛の脚のように四方へ伸びている。


 夜の闇の中では、枝が空を裂くように広がり、葉は風もないのにざわざわと・・・揺れている。

 

 オレも白翁様が見上げる先を見てみるが何も見えない。ただ墓石の上に榧の枝が伸びてるだけだ。特に何の変哲もない樹だ。

 ・・・いや・・・何かが揺れている?のが・・・見る?


「きゃー!これよ、これよ、これなのよ。これぞJapaneseホラーなのよ。見てよ雷斗完璧でしょう。これこれ、これが見たかったのよ。ね、分かるでしょう雷斗。」

「お、おう。」


 全く分からん。賽ちゃんのハイテンションに一切付いて行けとりあえず返事はしてみたものの何が何だか本当に分からない。


ヒューー、ドン

・・・

ヒューー、ドン

・・・


「あー、鬱陶しい。さっさと掃除を済ませよう。白雪様がいらっしゃると事前に知っていれば、もっと綺麗にしていたものを。」


 白翁様は他はどうでも良いとばかりに掃除を始めた。


「雷斗見て見て。」


 賽ちゃんが墓石の横で何かを避ける様に体をクネクネと動かしている。

 何だ?何が楽しいんだ?墓石の横で何してんだよ賽ちゃんは。


「ねぇねぇ、よく見てよ雷斗、面白いでしょう。」


 賽ちゃんはケタケタ笑いながら体をクネクネ動かして喜んでいる。


ヒューー、ドン

・・・

ヒューー、ドン

・・・


 白翁様と賽ちゃんの異様な光景に眼を奪われた時、何かが視界の端を横切った。


ヒューー、ドン

・・・

ヒューー、ドン

・・・

 

 それはダラリと細長く、薄黒く透けて見え、風に靡くたびに墓石にぶつかっている。


 目の前の光景に目が離せず、オレの体が小刻みに震え出す。

 知らず知らずに『あぁぁぁぁぁぁぁ』と声が漏れる。


 榧の枝から垂れ下がる一本の細い紐。

 その先に・・・人影があった。


ヒューー、ドン

・・・


「はっ・・はっ・・・、息が・・出来ない。」


最初は影にしか見えなかった。

でも、風が吹いた瞬間、月明かりがその『顔』を照らした。


・・・見ちゃダメだ。

 

『眼窩は深く窪み、黒い穴のよう』


・・・見たくない。

 

『口はだらしなく開き、舌が乾いた布のように垂れ下がる』


 ・・・やめてくれ。

 

『首は異様に長く、骨が浮き出ている』


・・・嫌だ、嫌だ

 

『手足は細く伸び、関節が逆に曲がっている』


・・・無理だよ、こんなの見てられない


『肌は土のように灰色で、ところどころ剥がれている』


・・・助けてくれ



ヒューー


風が吹くたびに、その体は ゆっくりと回転し、黒い穴のような目がこちらを向く。


ドン・・・


墓石に当たるたび、骨の砕けるような鈍い音が響く。


 恐怖から逃れたいのに、オレは眼を離すことが出来ないでいた。


ヒューー、ドン

・・・

ヒューー、ドン

・・・


 首吊り死体は風に身を任せ何度も墓石に当たっている。


「ドンドン、ドンドン喧しい。」


白翁様が文句を言いながら掃除を続け


「ドンドン、ドンドン最高!」


 賽ちゃんが風に揺れる死体を交わす様に遊んでいる。

 

 白翁様と賽ちゃんの行動が異常すぎる。こんなのおかしいだろう。


「は、はや、はやく・・早く助けてあげなくちゃ。」


 何も出来ないオレはただ叫ぶしか出来なかった。

 怖くて怖くて体が震えて、涙と鼻水と冷や汗が体中から止まらない。

 指一本動かないし、一歩も動けない。それでもオレにはこんな事しか言えなかった。


「助けたいんだ。助けたいのに・・・足が・・・動かないんだ。」

「ほう、お主優しいな。だが、優しいだけではどうにもならんぞ。」

「雷斗助けたいの?だったら私も手伝うよ。でも大変だよ。・・・こんなにいるんだから。」

「え?」


 賽ちゃんに言われて榧の木を見上げた瞬間、オレの呼吸が止まった。


枝という枝に・・・死体が吊るされていた。


一本だけじゃない。

二本でもない。


枝の先端まで、葉のように、果実のように、無数の死体がぶら下がっている。


風が吹くと、全員が同じ方向に揺れた。


ヒューー、ドン

ヒューー、ドン

ヒューー、ドン


音が重なり、墓地全体がその音で満たされる。

 死体たちの黒い穴のような目が、一斉にオレを見た。


(ひぃ・・ひぃぃぃぃぃ・・)


足が震え、呼吸ができない。


「どんどん増えておるからな。お主はその全てを助けるのか?救いたいのか?」

「良いじゃん。雷斗が助けたいって言うなら私は手伝うよ。樹に登って、1対1対あの紐を切っていくんでしょう。

 切るたびにドスン!グシャ!ドスン!グシャってなるよ絶対。

 考えただけでも怖ーーい♡」

「どうするんだ?」

「どうする雷斗」


 お、オレは!オレはただ・・・。


 恐怖に震えながら何も出来ずに佇む事しか出来なかった。


「さぁ、次に行きますぞ。まだまだ沢山ありますからな。」

「はーい。」


 白翁様と賽ちゃんはさっさと掃除を終わらせて次に向かった。

 オレは何も言えず後について行くしかなかった。


 


 墓地の左側からは、相変わらずまつりちゃんの叫び声と福大パパの悲鳴が聞こえている。あっちも大変そうだ。

 

 墓地の中央は福大達の担当だけど、向こうからは何も聞こえてこない。あっちは大丈夫かな?

 

 ・・・こっちは

 風もない。虫の声も聞こえない。

 ただ、墓石の影が異様に濃い。


 オレは震える手で雑巾を握りしめバケツを持って、白翁様と賽ちゃんの後ろをついて歩いた。


「では、次はここから掃除を始めるぞ」


 白翁様は言うが早いが、最初の墓石の前に立ってテキパキと掃除を始めた。


 オレは震える手を無理やり動かして、雑巾を墓石に当てた。


「ひぃ!」

 

 冷たい。思わず声が漏れた。

 これ、石の冷たさじゃない。

 墓石の内側から何かがオレに触れてくるような冷たさだ。


 手が・・・震える。

 ブルブルガクガク震える。

 恐怖で身体中に電気が走るりビリビリと放電する。

 自分の体なのに全然言う事を聞かない。まるで自分の体じゃないみたいだ。


 雑巾を何度も落とした。

 箒は震えてまともに掃けない。

 バケツの水は手の震えでこぼれ続ける。

 線香に火をつけようとしても、火が揺れて消える。


(なんで・・・なんでこんなに震えるんだ・・・)


 それでも、なんとか一つの墓石を洗い終えた瞬間・・・


ズル・・・


 墓石の中から、真っ白な肌の裸の霊が這い出てきた。


 眼は焦点が合っておらず、口は半開きで、声にならない声を漏らしている。


「ひっ!!」


 霊はオレの足元にまとわりつき、

 冷たい指で足首を掴んだ。


 掴まれた場所が、赤く腫れ上がる。


「・・・一つ洗うと、一体憑く。」

 

 白翁様が淡々と言う。


「凄い凄い最高!!!どんどん増えてく」

 

 賽ちゃんは震えるオレの背中をバンバン叩いて嬉々として掃除に精を出している。


 二つ目の墓石を洗い終えた瞬間、また ズルっと音がして、二体の霊が這い出てきた。


 白い肌。焦点のない眼。口を大きく開け、声にならない声を耳元で『うぅぅぅわぁぁぁぁぁ』っと、吐きかけてくる。


「や!やめ・・ろ!近づく・・・な!」


 霊はオレの腕を掴み、

 頭を掴み、

 足を掴む。


 掴まれた場所が、

 全部赤く跡になっていく。


 オレは涙が止まらず、嗚咽しながら墓石を磨き続けた。


 三つ洗うと三体。

 四つ洗うと四体。


 霊はオレの周りを奪い合うように群がり、耳元で声にならない声を上げ、眼を見開き、口を大きく開けて近づいてくる。


「やだ・・やだ・・やだ・・・!」


 オレは泣きながら雑巾を握りしめた。


 十を超えた時、オレの限界は来た。


「うわあああああああああああああああ!!!!!」


 大声で泣き叫びながら振り返ったオレが見たのは

 視界を埋め尽くす霊に取り憑かれながら掃除する二人。

 白翁様と賽ちゃんだった。


 白翁様の周りには、たぶん数百体の霊がまとわりついている。


 腕に、

 背中に、

 頭に、

 足に、

 霊が何十体もぶら下がっているのに、白翁様はいつも通りの落ち着いた声で言った。


「雷斗、大丈夫か?墓掃除は疲れるだろう。無理はせんでよいぞ。」


 賽ちゃんはというと、

 霊に抱きつき、抱きつかれながらケタケタ笑っている。


「雷斗〜!見て見て!この子たち、押すと声が変わるんだよ!ほらほら『ぶぅぅぅぅ』ってなって可愛いでしょう♡」


(なん・・・なんだこの二人・・・)


 オレは数百体の霊に囲まれ、声も出せず、ただ震えるしかなかった。


 もう驚かない、もう怖がらないと心に決め墓地を進んでいると、オレの足がふと止まった。


 そこだけ・・・空気が違った。


 ヒヤリと冷たく、ズシンと重い。

 音が吸い込まれていくような静けさだ。


 苔むした石垣の奥に、古い井戸がぽつんと口を開けている。

 木の蓋は半分朽ち、縄は黒ずみ、桶はひび割れている。

 井戸の周囲は静けさに包まれ、その口の中は何もかもを吸い込んでしまう様にドス黒ろい。


「・・・なんだよ・・・これ。」


 オレの背中に冷たい汗が流れる。

 髪がツンと逆立ち、肩から腕にかけて バチッ!バチッ!と小さな放電が走った。


(やばい・・・ここ、絶対やばい・・・)


 そんなオレの横で、賽ちゃんがぽつりと言った。


「雷斗・・・知ってる?

 江戸時代から最近までの日本の幽霊って、足がない白い死装束姿の女だったんだよ。」


 声は小さいのに、やけに響く。


「でもね・・・『貞子』が出てきてから全部変わったの。

 長い前髪で顔を隠して、白いワンピースで・・・井戸から出てくる。

 あれが『現代幽霊のスタンダード』になったんだ。」


 賽ちゃんは井戸を見つめながら、うっとりした声で続けた。


「だからね・・・。こういう古い井戸には、絶対いるのよ。『貞子型』が」


「・・・やめてくれよ。」


 オレの声は震えていた。さらに体中にバチッ!と放電が走った


 白翁様は井戸に近づき、何のためらいもなく中を覗き込んだ。


「大丈夫、変な物など入ってない。この井戸の水は美味いぞ。」

「ちょ、ちょっと待っ・・・!」


 オレが止めるより早く、白翁様は桶を井戸に投げ込みグイッと縄を引いた。


ギ・・ギ・・ギ・・

 

縄が・・・軋む。


ギ・・ギ・・ギ・・


ピチャ!


 白く長い指が、井戸の中から伸びてきて縁を掴んだ。

 遠くて微かにしか見えないのに、はっきりと指の白さが分かる。

 

「ひっ・・・!!」


 オレの体がビクッと跳ね、肩から腕に バチバチッ!! と強い放電が走った。


 だが、白翁様と賽ちゃんは一切動じない。


「おや、手が出てきたな。」

「可愛い手。」


(ダメだ・・逃げろ)


 水が入った桶をすくい上げた瞬間、井戸の中から女の顔が浮かび上がった。


 長い黒髪が水で顔に張り付き、

 白い肌は死人のように青白い。

 濁った眼が、

 まっすぐオレを見ている。


「ひっひぃ・・・!」


 オレの足が震え、地面に バチッ!バチッ!と火花が散った。


「ほら雷斗。

 これが『貞子型』だよ。」

 

 賽ちゃんは嬉しそうに言う。


 白翁様と賽ちゃんは、井戸の水を桶に口をつけてそのまま飲み始めた。


「冷たくて美味いな。」

「最高ね白翁様!」


 その横で、女の上半身が井戸からズルリと出た。


 見たくないのに目が離せない。

 逃げ出したいのに体が動かない。

 

 女の肩は不自然に折れ曲がり、

 肋骨が浮き出ている。

 髪は水を滴らせ、

 口は半開きで息をしていない。


「んー!美味いな。こりゃ生き返る。」

「みんな死んでるけどね。」


ハッハッハッハッ

 

(なんで・・・なんで平気なんだよ!なんで・・笑ってんだよ)


 女の体が井戸の外に完全に出た。


 両腕をダラリと垂らし、

 関節が逆に曲がり、

 体が歪んだまま、

 オレの方へ


 バキバキバキ!!!


 っと、骨を鳴らし一瞬で向き直る。


 髪が地面を引きずり、

 水がポタッ・・ポタッ・・と落ちる。


「雷斗も飲め」

「美味しいよ〜」


 二人はオレを呼ぶが、それどころじゃない。

 女が、体を折り曲げながら、

 ゆっくり、ゆっくり近づいてくる。


 賽ちゃんがウキウキしながらは走って水を持ってきた。白翁様も水を持ってきた。

 まるで女など見えない様に追い越して行く。


「雷斗、ほれ。お前も喉カラカラだろう。」

「飲んで飲んで。」


 2人の背中越しに女が近づいて来るのが分かる。

 

(なんなんだよ。なんなんだよこれ、どうしたらいいんだよ。)


 オレは2人から水を受け取り眼をつぶって無理やり飲み干した。


 そして眼を開けた瞬間、女はオレの目の前にいた。

 オレを見下ろすように立ち、髪の隙間から濁った眼が覗く。


 オレはドンっと無様に尻餅をついた。


「おかわり取ってきますぞ」

「すぐ戻るね〜」


 二人は井戸へ戻っていった。


(まっ・・待って・・置いていかないで)


 残されたのは、オレと・・・女だけ。


 女はゆっくり顔を上げ、

 口角がゆっくり、ゆっくりあがり

 

ニタァーーー


 と笑い、口を大きく開けた。


「や!やめ!」


 オレの体が勝手に震え、

 足元で バチバチッ!! と雷が弱々しく走る。


 だが、女は止まらない。


 口を大きく、大きく、大きく開け


(動け動け動け)


 そのまま・・・


(やめろ!来るな!)

 

 オレに覆いかぶさり・・・


(嫌だ、やめろ!やめて・・下さい!)


 丸呑みするように飲み込んだ。


(・・・・・・)


 気付いた時、世界は水の音すらしない静寂に沈んでいた。

 オレは冷たい水の中にいる。

 下半身が水に浸かり息ができない。見上げると、遠くに丸い光。


(・・・井戸の底・・・?)


「た・・すけ・・・・て」


 寒さと恐怖で上手く言葉が出ない。

 助けを求めて震える手を上げると、

 手には無数の長い髪の毛 が絡みついていた。


「うわぁぁぁぁ!!」


 髪を振り払おうとすると、余計に髪が絡みつく。

 

 そんなオレの手を掴む様に・・・・

 水の中からの・・・・手が現れ、

 女の顔が・・・ゆっくり現れる。


 女の顔がオレの目の前で止まり、濁った眼がオレの眼を睨みつける。

 

女の手がオレの顔を掴み・・・

 

ゆっくりと・・・

 

ゆっくりと・・・

 

水の中に押し込んでいく・・・

 

オレはなんの抵抗できず・・・

 

水の闇へ引きずり込まれた・・・


 

 気づけば、井戸に寄りかかって気を失っていた。


 白翁様と賽ちゃんが覗き込んでいる。


「雷斗、大丈夫か?」

「雷斗〜、おかわり持ってきたよ〜」


 掃除はすべて終わっていた。


 オレは震えながら、

 ただ夜空を見上げるしかなかった。


 

【ぼくと白雪と貧乏神のつむぎちゃん】

 

 墓地の中央は、まるで別世界みたいに静かだった。

 さっきまで霊がうようよしていたのが嘘みたいに、涼しい風が通り抜け、虫の声が心地よく響く。


 白雪がそばにいるからだろう。

 彼女の冷気が空気を澄ませている。


 幼稚園児ほどの姿の白雪は、ぼくの横にちょこんと立ち、小さな手でスポンジをぎゅっと握っていた。


「白雪、始めるよ」


 ぼくが声をかけると、白雪はコクンと小さく頷いた。


「うん」


 その声は小さいけれど、ぼくの胸の奥がじんわり温かくなる。


「まずは挨拶からね。

 両手を合わせて・・・礼。

 『今からお掃除をさせていただきます』」


 ぼくが見本を見せると、白雪も小さな手を合わせて真似をする。


「・・・今から、お掃除を・・・させていただきます」


 少し噛んだ。

 でも、それがたまらなく可愛いくぼくの胸がドキンって高鳴った。


「白雪、上手。バッチリだよ」


 白雪は目を伏せて、ほんの少しだけ口元が緩んだ。


(可愛い。白雪が可愛すぎる)


「・・・うん」

「じゃあ次はお掃除ね。まずは水をかけまーす」


 ぼくがバケツを傾けると、


ジャバーン


 水が墓石に流れ落ちる。


「白雪もやってみる?」


「うん」


 白雪は両手でバケツを抱え、

 よいしょ、と持ち上げて


ジャバーン


 水しぶきが白雪の頬にかかる。

 白雪は瞬きをして、ぼくを見上げた。


「・・・ぬれた」


「はは、ごめんごめん。でも上手だよ」


 白雪はまた、ほんの少しだけ笑った。


(可愛い、世界で一番可愛い)


「次はスポンジで優しく拭くよ。

 洗剤やタワシは使っちゃダメ。傷ついちゃうからね」

「うん」


 白雪は小さな手でスポンジを持ち、墓石をそっと撫でるように拭いた。


 その仕草が丁寧で、まるで宝物を扱うみたいだった。


(可愛い。仕草一つ一つが本当に可愛い)


「白雪、すごく綺麗になってるよ」


 ぼくが言うと、白雪は一瞬だけ手を止めて、ぼくの顔を見上げた。


「・・・ありがとう」


 その声は小さくて、でも確かに嬉しそうだった。


(可愛いーーーーー!)


「この文字のところはね、歯ブラシを使うと綺麗になるんだ。

 見てて……ほら、こんな感じ」


 ぼくがこすって見せると、白雪の目がぱっと明るくなる。


「・・・きれい」

「白雪もやってみる?」

「うん」


 白雪は歯ブラシを握り、真剣な顔で文字をこすった。


「・・あ、きれいになった」

「すごいよ白雪。ほんとに上手」


 白雪は照れたように目をそらした。


「・・・うん」


(ダメだ。可愛い過ぎて死にそうだ)


「最後に乾いた布で水気を拭き取ると、水垢が防げるんだよ」

「うん」


 白雪は布で丁寧に拭き、ぼくと一緒に花立に水を入れ、新しい花を供え、線香に火をつけた。


 白雪の冷気で火が揺れたが、白雪はそっと手で風を遮った。


「・・・ごめん」

「大丈夫だよ。ありがとう白雪」


 白雪はまた、少しだけ笑った。


「じゃあ最後に、

 『お掃除終わりました。安らかにお休みください』」


 ぼくが手を合わせると、白雪も隣で小さな手を合わせた。


「・・・おやすみください」


 その声は、夜の空気に溶けていった。


「白雪、すごく綺麗になったね。

 きっとこのお墓の霊も喜んでるよ」


 白雪は墓石を見つめ、小さく頷いた。


「・・・うん。きれい」

「よし、じゃあ次のお墓も一緒にやろう」

「うん」


 白雪はぼくの袖をそっと掴んだ。

 その手は冷たいけれど、ぼくの胸の奥はすでに熱くなっていた。


 ぼくと白雪が墓石を洗い終え、背を向けたると、霊がふわりと現れぼく達に向かってきた。

 でも、白雪のそばに来た瞬間、霊は凍りついた。


 音もなく、

 霜が広がるように白く染まり、

 そのまま パキッ!と砕けて消えた。


 その光景を見ていたつむぎちゃんは思わず後ずさった。

 白雪様の冷気は、夏の幼い姿でも『本質』を隠しきれない。


 白雪は福大の側で楽しそうに墓石を拭いている。

 その小さな手から、淡い冷気が絶えず漏れていた。


(やっぱり白雪様は凄い!)


 つむぎちゃんは胸を高鳴らせ、テンションが爆上がりしている。

 白雪様は千年以上前、この町の『木の葉』を植えた存在。

 集灯町の創生に関わった、つむぎちゃんよりも遥かに上位の存在。


(ひょーー!これが白雪様のお力なんだ。やっぱり白雪様は特別なんだ。)


 だから霊は跪く。

 だから霊は近寄れない。

 だから霊は砕ける。


(凄い凄い。こんな近くで見られるなんて)


  つむぎちゃんはワクワクを抑えようともせずに小躍りして喜んでいる。


 ぼくと白雪は、次のお墓へ向かっていた。

 白雪は、ぼくの手をギュッと握って歩いている。

 その手は冷たいけれど、ぼくはそれが好きだった。


「白雪、次のお墓も綺麗にしようね」

「・・・うん」


 白雪は小さく頷き、ぼくの横に並ぶ。

 その瞬間だった。


 空気が、ふっと変わった。


 ぼくには分からない。

 でも、つむぎちゃんには分かった。


(来た来た来た来たーーーー!!!)


 白雪の冷気に引き寄せられるように、

 墓地の奥から 霊たちがふわりと集まってくる。


 白い影。

 ぼんやりした人影。

 形の崩れたもの。

 顔のないもの。


 どれも、白雪の存在に惹かれている。


 つむぎちゃんは息を呑んだ。


(うわぁぁぁ。いっぱい来た。みんな白雪様に会いに来たんだ。)


 つむぎちゃんは目をキラキラ輝かせて白雪を見つめている。


 霊たちは白雪の周囲に集まり、

 まるで祈るように、跪くように、

 白雪へ手を伸ばした。


 しかし


パキッ!


 一体が凍りついた。


 白雪に近づいた瞬間、

 霊の体が白く染まり、

 霜が広がるように凍りつき、

 そのまま 粉雪のように砕けて消えた。


(ひょえーーー!

 凄すぎるーー!

 白雪様の冷気!凄すぎるよ!)


 つむぎちゃんは震えるどころか、目をキラッキラッさせている。


 霊たちはそれでも白雪に惹かれて集まる。

 跪き、手を伸ばし、近づこうとする。


 でも


パキ・・・ッ!

パキ・・・ッ!


 次々と凍りつき、砕けて消えていく。


 白雪は気づいていない。

 ただ、ぼくの横でスポンジを握っているだけ。


「福大・・・冷たい?」


「え?全然。白雪こそ、ぼくの手熱くない?」


白雪はぼくの手を頬に寄せ


「温かくて・・・好き。」


(最高か!)


「あ、うん。・・・良かった。」


 ぼくの全神経が手に集中し顔を真っ赤にして狼狽えてしまった。


 だからぼくは霊が砕けていることに気づかない。

 白雪は気にしない。

 ただ、つむぎだけが震えていた。


(白雪様凄い。

 霊たちが跪いて・・・

 砕けて・・・

 それでも近づこうとする・・・

 まさにこれが神の領域!!!)


 白雪の冷気は、

 霊にとっては『神の領域』そのもの。


 白雪が次の墓石に手を伸ばした瞬間、

 冷気がふわりと強まった。


 その冷気に触れた霊たちが


パキィィィーーン


 一斉に凍りついた。


 つむぎちゃんは思わず声を上げる。


「っ!」


 霊たちは跪いたまま、

 氷像のように固まり、

 そのまま粉々に砕けて消えた。


 白雪は無表情で墓石を拭いている。


「福大・・・ここ、きれいになった。」

「ほんとだ!白雪、すごいよ!」


 白雪は照れたように目を伏せた。


「・・・うん」


 その横で、

 つむぎちゃんは震える手で胸を押さえていた。


(・・・白雪様

 あなたは・・・

 凄すぎる!)

 

 恐怖ではなく、純粋に感動していた。


 

 ぼくと白雪は並んで手を合わせた。


「お掃除終わりました。安らかにお休みください」


「・・・おやすみください」


 白雪は幼稚園児の姿で、

 小さな手を胸の前で合わせている。

 その横顔があまりに可愛くて、

 ぼくは思わず笑ってしまった。


「白雪、すごく綺麗にできたね」


「・・・うん」


 白雪は照れたように目を伏せる。

 その瞬間、ぼくの胸がじんわり温かくなる。


 そこへ、つむぎちゃんが

 いつもの明るい足取りで近づいてきた。


「白雪様、ちょっといい?」


 白雪は『ん?」首を傾げる。


 つむぎちゃんは、

 まるで今日の天気の話でもするみたいに、ニコニコ笑いながら言った。


「白雪様。

 みんなの神様になってよ!」


 ぼくは思わず固まった。


「・・・・」


 白雪の表情が固まった。


 風が止む。

 虫の声が消える。

 空気が凍りつく。

 白雪の小さな肩が、ビクッ!と震えた。


「・・・やだ」


 その声は小さかった。

 でも、つむぎちゃんは気にしない。


「えー?なんで?

 だって白雪様はみんなの憧れだし、

 木の葉老も妖怪たちもみんなみーんな、ずーっと白雪ちゃんのこと大好きなんだ。だから

 【象徴として祀りたい】って。」


「やだ!!」


 白雪の叫びが、墓地全体に響いた。


 次の瞬間、白雪の冷気が爆発した。


 周囲の霊が一斉に凍りつき、

 跪いたまま、粉雪のように砕けて消える。


「うわぁ!?」


 つむぎちゃんはビックリして尻もちをついた。

 怖いというより、

 『えっ!?なんで!?』という顔だ。


「白雪ちゃん!?そんな怒る!?

 ただのお願いだよ!?

 みんな喜ぶと思って。」


「いや・・・いや・・・いや

 もう・・・いや・・・

 神なんて・・・いや

 絶対に・・・・いや!!」


 白雪は耳を塞ぎ、幼い体を丸めて震えている。


 冷気がさらに強まり、地面に霜が広がる。


「白雪!!」


 ぼくは思わず白雪に駆け寄った。


 その瞬間、白雪の冷気がぼくの腕に触れた。


「冷た!」


 ぼくの皮膚が白く染まり、腕に薄い霜が広がる。


 痛みは・・・ある。

 でも、白雪の震えの方がずっと気になった。


「白雪、大丈夫だよ。

 ぼくはここにいる。

 怖くないよ」


 ぼくが白雪を抱きしめると、

 白雪の体がビクッと震えた。


「ふくた・・・ふくた・・・」


 白雪はぼくの腕を掴み、

 霜のついた部分を必死に擦る。


「いたい?いたい?

 ごめん・・・・ごめ・・ん!

 ふくた・・・ごめん!」


「大丈夫だよ。全然痛くないよ。ね。ね。」


 ぼくは腕をブンブン振り回してアピールする。


(本当は少し痛い。でも、白雪の顔を見たら言えなかった。)


 白雪の冷気は、

 ぼくを傷つけたことに気づいた瞬間、

 急速に弱まっていった。


 凍りついた霊たちも、

 ゆっくり溶けていく。


 つむぎちゃんは凍った髪をさすりながら、ぽかんと口を開けていた。


「・・・え?

 白雪ちゃん・・・

 そんなに・・・嫌だったの・・?」


つむぎちゃんは本気で驚いていた。

 悪気なんて一つもない。

 ただ、みんなの気持ちを伝えただけ。


 でも・・・

 白雪にとっては、

 その言葉は『闇』だった。


 白雪はぼくの胸に顔を埋めたまま、

 震える声で呟いた。


「・・・いや

 もう・・・いや・・

 神なんていや・・・

 ふくた・・・

 いなくならないで・・・

 どこにも・・・行かないで。」


 その声は、

 数千年の孤独が滲んでいた。



【白影寺の朝】


 東の空が白み始めた頃、

 ぼく達はようやく白影寺の境内へ戻ってきた。


 夜の気配がすっと引いていき、

 代わりに柔らかな朝の光が差し込む。

 ジリジリと輝く太陽と蝉の鳴き声が、今日も暑い一日になる事を予感させる。


 白影寺は、

 まるでぼく達を待っていたかのように、

 静かに、優しく輝いていた。


 五重塔の瓦が朝日に照らされ、

 金色の縁がふわりと光を返す。

 その姿は、夜の恐怖を洗い流すような神々しさだった。


 白影仁王像は、

 いつもより穏やかな表情に見えた。

 まるで

「おかえり。頑張ったね。」

と、疲れたぼくらを迎えてくれているようだ。


 境内には霊の気配が一切ない。

 さっきまでいっぱいいたのに、

 今はただ、清らかな空気だけが満ちている。


 白の御方を祀った寺だからだろうか。

 冷気がふわりと漂い、朝の光と混ざり合って、境内全体が淡く白く霞んで見えた。


 その光景は、まるで「おかえり」と言ってくれているようで、ぼくは胸の奥がじんわり温かくなった。


「白雪、暑くない?」

「・・・暑くない」


 白雪はぼくにピトッと抱きつき胸に顔を埋めて離れない。

 表情は分からないけど、いつもの白雪に戻った気がする。

 ヒンヤリと冷たい白雪が、ぼくの熱を冷ましてくれて気持ち良い。


(このまま一生白雪を抱きしめていたい)


そんな事を思っても仕方ないだろう。


 ぼくは白雪を抱っこしたまま、本堂の階段に腰を下ろしてみんなの帰りを待っている。

 

 一緒に帰って来たつむぎちゃんは、まだまだ掃除がし足りないのか、境内の中を掃除し始めた。


「まだまだ、これからだよー。」


 つむぎちゃんごめんね。ぼく達はもう限界ですから。休ませて下さい。


つむぎちゃんが騒ぎながら掃除をしている中、白雪を抱きしめて座っているこの時間が尊く思えて来た。


(本当に、こんな時間が永遠に続けば良いのに)


「疲れたぁーーーー!!!」


 ぼくと白雪の幸せ時間に割り込んできたのは、元気爆発娘のまつりちゃんだった。


チッ!


(思わず舌打ちしてしまったけど、それぐらい許して欲しい。それぐらい良い感じの時間だったんだ。)

 

 まつりちゃんは全身泥だらけで、


「みてー!泥ってあったかいんだよー!」


と、無邪気に笑って戻ってきた。

 どうやったらあんなに泥だらけになれるんだろう。

 まるで、◯と✖️に分かれたパネルに向かって全力疾走して、不正解だった時の様に泥だらけだ。



 パパは顔を赤く腫らして、手足が痣だらけで戻ってきた。

 いったい何があったら、あんな痣が出来るんだろう。


「ガッハッハッハ!パパは自分に勝つ事が出来なかった!」


パパが何を言ってるのか全然分からない。


ママはニコニコしながら剣を握りしめていた。


「ママ、その剣どうしたの?」


ママは剣を抜き、パパに向かって剣を突き出した。

【悪即斬】

ママの牙の様な突きに、パパは全身を震わせて土下座している。


「ごめんなさい。ごめんなさい。」


いったいパパママ達に何があったんだろう。



 雷斗は魂が抜けかけた様に、

あっちにフラフラ〜

こっちにフラフラ〜

と、千鳥足の様に歩いてくる。

ほぼ死にかけていて、肩から バチッ!バチッ!と弱い放電が漏れている。


「・・・帰りたい。帰りたいよぉ」


雷斗・・・泣いてる?


 賽ちゃんは逆にテンションMAXで、

「雷斗、今日の霊、最高だったね!特に井戸のやつ!」


ギャャァーーーー!!!


「お墓にぶつかる幽霊とか」


ヒィーーーーー!!!


「体に憑く沢山の幽霊とか」


イヤァーーーー!!


 賽ちゃんのホラー談義のたびに、思い出したかの様に悲鳴をあげる雷斗。

 あのグループにならなくて本当に良かったと、心から思ったのはぼくだけじゃないと思う。


 白翁様は上半身も裸になり涼しい顔で、両腕を左右に広げて曲げ、力こぶを強調して

【フロント・ダブル・バイセップスゥゥ】

と叫び。


 体を斜めに向け、片方の手首をもう片方の手で握り、胸を高く突き上げ

【サイド・チェストォォォォォ!】

とあらん限りの声で叫んでいる。


白翁様も謎に包まれた人だよね。

全然理解出来ないや。

 

 つむぎちゃんは白雪の冷気で薄っすらと髪を凍らせながら、全身をカチンコチンにして。


「さっきまでの・・・ぼくーーー!!!」


と、ケラケラ!ケラケラ!と笑っている。


そして


ぐぅぅぅぅぅ・・・


 境内に、全員の腹の虫が揃って鳴り響いた。


あっはっはっはっは


全員の笑い声も同時に鳴り響いた。


くぅぅーー


「・・・あ。・・・お腹すいた。」


 白雪のお腹も、小さく、可愛く鳴った。


 白雪はぼくの袖をぎゅっと掴み、

 そのまま胸にぴたっと抱きついてくる。


「福大・・・お腹・・・空いたよ」



うぉぉぉぉーー!!!


 その声があまりに可愛くて、

 ぼくのハートに火がついた。


「トラブルファイブ集合!!」

「「「はい」」」

「今から朝ごはんを作る!」

「「「はい」」」

「白翁様!台所をお借りします!」

「お、おう。」

「よぉーし!最高の朝食を作るぞ!」

「「「はい」」」

「白雪♡何が食べたい?」

「・・・目玉焼き」

「ウィームッシュ!!

「オレは目玉焼きファイブ!

目玉焼きレッド千葉福大!!」

「目玉焼きシルバー白雪!!」

「目玉焼きピンク万来まつり!!」

「目玉焼きブルー河原賽!!」

「いやいや、なんだよ目玉焼きって、オレ達トラブルファイブだろ。」


ギロリ!!!


「雷斗!!名前!!!」

「ひぃーーー!!

目玉焼きイエロー藤原雷斗!!」

「全員揃って!」

「「「「「目玉焼きファイブ」」」」」


チュドーーーン!!!


 ぼくの熱い想いが燃え盛り、ぼくらの背後で5色の爆発が巻き起こる。


「凄ーい。」


 つむぎちゃんがパチパチ拍手をして喜んでいる。


「雷斗、こうなった福大に逆らっちゃダメだよ。」

「だよな。福大のあの眼。幽霊よりも怖かったぜ。まつりも気を付けろよ。」


雷斗とまつりちゃんが共感し合っているが、ぼくは全然気づかない。


「目玉焼きピンク万来まつり!!」

「はい!」

「風呂に入って来い!

そんな泥だらけで朝ごはんが美味しく食べられるか!!

パパママも一緒に風呂だ!」

「「「はい」」」

「福大ママ、福大が怖すぎるんですけど。」

「まつりちゃん。白雪ちゃん絡みでああなった福大に逆らっちゃダメよ。」

「ガッハッハッハ!ああなったらドン引きするぐらい怖いからな。」

「そこ!喋ってる暇があるなら動け!!」

「「「はい」」」


まつりちゃんを筆頭にパパとママがお風呂場に直行して行くのを見届け。


「目玉焼きイエロー藤原雷斗!!」

「いちいちフルネームで呼ぶの面倒くさくない?」

「日和ってる奴いる?」

「え?」

「いねぇよな!?」

「え!えー!」

「ぶっ潰すぞ!」

「えーーー!!」

「雷斗いつまでも泣きべそかいてんじゃねね。お前が今一番やらなきゃいけない事がわかんねぇのか。」

「な、泣いてねぇし。それに全然分かんねぇよ。」

「卵だよ!卵を持って来い!

鶏さんから新鮮な卵を頂いて来るのがお前の仕事だ。

分かったら行けぇーーー!!!」

「はぃぃぃーーーー!!」


雷斗が電光石火で飛び出した。


「わ、私も行くーー」


賽ちゃんも恐怖に突き動かされる様に雷斗を追いかけていく。

ホラー大好き賽ちゃんを突き動かす恐怖ってなんだろう?


「ぼくは?ぼくは何する?ぼくも朝ごはん作りたい!」

「つむぎちゃんには最高の貧乏くじを用意してます。」

「なになに!?どんな貧乏くじ!?」

「納豆ネバネバだぁ!」

「納豆ネバネバ!?」

「全員分の納豆を400回以上混ぜて下さい。

納豆は混ぜれば混ぜるほど旨くなる。

北大路魯山人先生も仰っていました。

出来るな、つむぎちゃん。」

「出来る。ぼくやるよ。目玉焼きレッド!」

「よし行け!つむぎちゃん!美味しい納豆になるかどうかはつむぎちゃんにかかってる。」

「任せてよ!」

「あ、混ぜる前にタレやお醤油入れちゃダメだからね。」

「はーーーい」


つむぎちゃんは脱兎の如く本堂へ走って行った。


「最後に白翁様。」

「ん?ワシも何かするのか?」

「当たり前です。白翁様は白雪に美味しい朝ごはんを食べさせたくないんですか?」

「食べさせたい!

食べさせたいに決まっておる。」

「だったら分かるだろう。

朝ごはんと言えば、美味しい焼き魚だ。

行けるな。」

「え?」

「行けるよな」

「まさか釣って来るのか?

今から?」

「その筋肉は偽物か?

なんのためについてるんだ。

白雪に美味しいお魚を食べて貰うためじゃないのか!」

「そうだ。そうじゃ。

この筋肉は白雪様の為の筋肉じゃ。」

「だったら今使わなくてどうする。

行け!白翁様!

その筋肉で見事魚を釣り上げて来い。」


うぉーーーーー!


白翁様が怒涛の如く駆けて行く。


「・・福大。なに手伝う?」

「白雪はぼくと一緒にご飯を炊こう。

一緒にお米を研いで

一緒にご飯を炊くんだ。」

「うん・・分かった。」

「初めチョロチョロ

中パッパ

赤子泣いても蓋取るな」

「うん。分かった。」


ぼく達はハイテンションで朝ごはんを作り始めた。


「白雪、まずお米研ぐよ。」

「うん。」


 ぼくと白雪は2人で台所に立ってお米を研ぎ始める。

 ぼくよりも小さい白雪は踏み台に乗って、覗き込むようにお米を研ぎ始める。


「まずはお米をすすぐんだ。

すすぎはスピード命。

お水を入れてサッとかき混ぜたら、

サッとお水を捨てるんだ。

一緒にやろう。」

「・・・サッ、サッ。」


 ぼくは白雪の後ろに回って、白雪を後ろから抱きしめるようにそっと両手を添えて、一緒に動かす。


白雪の小さな手が、

ぼくの手の中で一生懸命動いている。


「白雪、上手。」

「・・・うん。」


 白雪の顔が少し赤らんでるのがとっても可愛らしくて、ぼくの胸がキュッとなる。


「お米を美味しく炊くコツはね。

冷たいお水を使ってお米の甘みが引き立たせる事なんだ。

だから、白雪が炊いたご飯は絶対に美味しくなるよ。」

「・・・本当?」

「うん。間違いないよ。」



 鼻歌混じりでご機嫌に戻って来たのはパパだ。


「ガッハッハッハ、良い風呂だった。

お、なんだなんだ?

2人で何してるんだ?

ラブラブか?」


「お米研いでるの、邪魔しないでよねパパ。」


「そうかそうか、

【ゴースト/白影寺の幻】って感じだな。

ろくろを回してるかと思ったぞ。」


「・・・パパ。何言ってるか全然分かんないよ。」


「・・・うん。」



「戻ったぞぉぉぉ!!」


 境内から白翁様の大声が聞こえ出てみると、巨大な魚を肩に担いで帰ってきた。


「白翁様!?

なんですかそのデカい魚は。」


ドン!っと地面に巨大魚を置くと、

ビチビチビチっと巨大魚が暴れ出す。


「こいつはニジマスじゃ。川の主を釣り上げてやったわい。」


 白翁様はビチビチビと暴れる巨大魚を片手で押さえながら豪快に笑っている。


「白雪様に食べて頂きたいと思ったら、筋肉が勝手に動いたんじゃ。

どうだ福大!ワシの筋肉は見せかけてではないだろう。

ハッハッハッハッ!!」

「筋肉すげぇ!!」

「筋肉は裏切らん!!」

「白翁様、そのまま魚を捌いて焼いて下さい。

白雪は焼き魚だ大好きです。」


うぉぉぉぉーーー!!


「白雪様は焼き魚が好きなのか!」


無表情のまま白雪はコクリと頷いた。

 なんだか白翁様を見る目つきがキツイのは気のせいだろうか?


「おまかせ下され!

白影寺住職、白影白翁。

白雪様に最高の焼き魚をお出しして見せますぞ。」


うぉぉぉー


 白翁様は本堂から長薙刀を持ち出し、マグロの解体ショーの様に捌き始めた。


とりゃぁぁぁー


「白雪様、お待ちくだされーー!」


そりゃぁぁぁー


「筋肉が踊り出したぁー」


 白翁様は何かに取り憑かれた様に長薙刀を振り回して、白雪様白雪様と叫んでいる。


「・・・怖い。」

「うん、あれは見ちゃダメなやつだ。あっち行こう。」


ぼく達が本堂へ戻ろうとした時、境内がさらに騒がしくなった


コケーーーー!!!!

コケコケーーーー!!!


「た、た、卵。取って来たぞ。」


全身ボロボロで身体中にニワトリの羽が付き、


コケー!コケー!


と、頭に乗っているニワトリが激怒して嘴で頭を突き。

腕と足に噛みついたままのニワトリ。

複数のニワトリに囲まれ、コケコケと怒鳴られてる雷斗が、カゴいっぱいの卵を抱えて戻って来た。


「福大。どうにかしてくれよ。」


雷斗は半べそだ。


後ろから賽ちゃんがのんびりと帰って来た。


「あー、やっぱりみんな抜け出して来たんだね。」


賽ちゃんが来ると、ニワトリ達は雷斗を嘴で思いっきり突いてから、


痛てぇーー!!


パタパタと賽ちゃんの元に集まっていった。


「今日も沢山卵貰ってありがとう。

みんなの卵貰うね。」


賽ちゃんって、昔から動物に好かれるんだよね。

ニワトリ達も喜んでるみたい。


「ちきしょー!なんなんだよ。

お前ら全員焼き鳥にして食ってやるからな!」


 雷斗の暴言を聞いた瞬間、ニワトリ達が雷斗殺到して


コケコケ!!

カーカー!!

コケコケ!!

クルックー!


と、雷斗と突き足蹴にして行った。

ニワトリ達が去った後には、雷斗の屍だけが残っていた。


なんかニワトリ以外の鳥も混ざっていた気もするが、些細な事だろう。

雷斗から受け取った卵は美味しく目玉焼きにさせて頂きます。


「よし、白雪。次は目玉焼きを作ろう。」

「・・・うん。」


 本堂に戻るとつむぎちゃんが駆け寄って来た。


「レッドー!

納豆400回混ぜたよー!!」


「よし!次はこっちもお願い。」


「え!?まだかき混ぜるの!?」


「全員分やるに決まってるでしょう。

はいはい。テキパキやらないと終わらないよ。だから貧乏くじって言ったでしょう。」


「やる!!ぼくやる!!そんなの全然貧乏くじじゃないよ。みんなに美味しい納豆食べて貰うために、ぼく頑張る。」


 つむぎちゃんは腕をぐるぐる回しながら、納豆を混ぜ続ける。


「ネバァァァーーギブアッーープ!」



ぼく達は台所に戻って目玉焼きの準備を始める。


「白雪、目玉焼きは火加減が命なんだ。

まずはフライパンに油を引いて、弱めの中火で温める。

そぉ〜っと卵を入れたら、

すぐに弱火にする、強火で焼くと焦げちゃうからね。

蓋をしないで、弱火のままじっくり焼くと、

ほら。白身はぷりぷり、黄身は鮮やかなオレンジ色のままの美味しい目玉焼きの出来上がり。」


「福大、すごい。」

「一緒にやろう。白雪もすぐに上手になるよ。」

「・・・うん。」


白雪がぼくの袖をギュッて握ってる。

 無表情だけど、白雪が楽しそうにしているのがぼくには分かる。



コトコト、コトコト

トントン、トントン

ビチビチビチィィィ

サクッサクッ、サクッサクッ

コケコッコーーー

キョエーーー

ギャャァーーーー

ジュゥゥーーーー



 本堂や台所、境内から賑やかな声や音が聞こえてくる。


「できたぁぁぁ!!」


「納豆全部混ぜたよ!!」


「魚焼けたぞぉぉ!!」


「お風呂あったかかったー!!」


 全員が揃い、

 朝ごはんが完成した。


 朝日が差し込む本堂で、

 湯気の立つ味噌汁と、炊きたての白米と、

 焼き魚と納豆と目玉焼きが並んだ。


「それでは皆さん。」


ぼくは全員の前で両手を合わせて


「いただきます!」


「「「「いただきます」」」」


 全員、待ってましたとばかりに朝ごはんへ突撃した。



「私、納豆だいすきー!ねばねば最高ー!」


 まつりちゃん、喋りながら食べるのは止めようね。


「納豆はね、糸を引く感じが『怨念』っぽくて好き」


賽ちゃん、納豆に対して怨念は止めようよ。


「納豆は健康に良い。健康こそ筋肉への最高のご褒美だ。」


白翁様、納豆は健康に良いかもしれないけど、食べ過ぎは体に良くないですよ。


「白雪様〜!納豆混ぜてあげるね〜!」

「・・・ねばねば・・・すき」

「きゃー可愛い」


つむぎちゃんが白雪にギューってくっつき頭をなでなでしている。


「パパは・・・納豆は・・ちょっと・・・」

「私は好きよ。パパは食べなさい」

「ひぃ・・はい、ママ。」


「目玉焼き大好き!塩!お塩ちょうだい!目玉焼きには塩でしょう。」

「まつりちゃんはお塩派なんだね。」


「私はお醤油。絶対に譲れない。」

「賽ちゃん、どうしたの突然。」


「オレはポン酢・・・ポン酢が正義。」


「わしはケチャップですな」


「ぼくはマヨネーズ〜!」


「福大は・・・何が好き?」


「ぼくは・・・白雪が好き。」


「・・・わたしも・・・好き。」


「白雪・・結婚しよう。」


「それは・・・ダメ。」


ガーーーーン!!!



 つむぎちゃんは白雪に納豆を混ぜてあげ、

 白翁様は白雪の皿に焼き魚をそっと乗せる。


「2人とも・・・ありがとう」


 その一言で、

 つむぎちゃんと白翁様の表情がパァーっと明るくなった。


 白雪は焼き魚をぱくりと食べ、

ぼくの方を見て、ふわっと笑った。


 夏の白雪の、幼くて、無垢で、

 世界で一番可愛い笑顔。


 その笑顔がぼくに取って最高のご褒美だ。



 白影寺の裏庭。

 朝ごはんの片付けが終わり、

 白雪は福大の腕の中で眠っている。


 その裏で——

 ひっそりと、しかし妙に緊張感のある『会議』が開かれていた。


【白雪様神格化推進委員会】

 集まったのは、

木の葉老、白翁、賽ちゃん、つむぎちゃん。


 木の葉老はしょんぼりと頭を下げ涙を流している。


「シクシクシク

・・・で、つむぎ。

白雪様は・・・

本当に・・・・

本当に・・・・

怒られたのか?」


「うん!めっちゃ怒ってたよ!

冷気バッキバキで霊がパキーンって!

すごかった〜!」


ウワァァーーーーン



「すごくないわい!!」


「いやぁ、見事な冷気でしたな。

『創生の雪』の片鱗が見えましたぞ。

久しぶりに筋肉が震えましたぞ。」


白翁が上半身裸になって、大胸筋をピクピクと動かし始めた。


「白翁、筋肉を動かすな。」


「白雪ちゃんって、怒るとあんな感じになるんだ・・・

最高・・・もっと見たい・・・」


賽ちゃんはニヤニヤしながら思い出し笑いをしている。


「見たいではない!!

白雪様に嫌われたらどうするのじゃ!!」


「えー?白雪様、最後はニッコニコだったよ。

福大くんにぎゅーってされて、

『・・・おいしい』って目玉焼き食べてたし!」


「つむぎ、それはまことか。」


「うむ。白雪様はお優しい。

 怒りは長く続かぬお方じゃ」



「でもあの冷気・・・

 もうちょっとで誰か死んでたよね」


「賽、やめんか!!」


「でもさー、白雪様って『神様』って呼ばれるの嫌なんだね。

 知らなかった〜!」


「つむぎ!知らなかったでは済まぬわい!!

 わしらは白雪様を『象徴』として祀りたいのじゃ!

 導いてほしいわけではない!

 ただ・・・ただ・・・

 ずっとこの町にいてほしいだけなのじゃ・・・!」


「うむ。白雪様が植えられた『木の葉』が、

この町の始まりですからな」


「白翁、その『木の葉』こそ、ワシなのじゃ。」


「木の葉老の気持ちも分かりますが、白雪様のあのご様子ではな。」


「良いじゃん。

白雪ちゃんが怒っても、

なんか可愛いから大丈夫じゃない?」


「大丈夫ではない!!

白雪様は・・・

本気で嫌がっておられた・・・

あれは・・・

トラウマの反応じゃ・・・」


「じゃあ次はもっと優しく言うね!

『白雪様〜、神様ごっこしよ〜!』って!」


「やめんかぁぁぁぁ!!」


「まあまあ、木の葉老。

 焦っても仕方ない。

 白雪様は変わらぬ。

 わしらも変わらぬ。

 ただ・・・距離の取り方を学ぶだけじゃ。賽、何か良い案はあるか?。」


「そうだね。

 ホラー風に誘うか。

 それとも甘いもの作戦で行くか。」


「白雪様、甘いの好きだよ〜!」



「・・・うむ。

では・・・『甘味作戦』でいくか・・」


「ふむ。秋は栗も芋も美味いしな。」


「じゃあ私は“ホラー栗”作るね!」


「やめんかぁぁぁぁ!!」


 裏庭に木の葉老の叫びが響き渡り、

【第一回白雪様神格化推進委員会】

は幕を閉じた。


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