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集灯町~白雪とぼくらの四季~  作者: パパパパーン


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第三章 月守屋敷と夏の心

逢魔時。

まさに【魔に逢う時間】だ。


 明るい世界から、暗い世界へと移り変わるこの時間帯は、

「この世」と「あの世」の境界がゆるみ、異形の存在が姿を現しやすくなる

 と、昔から言われている。


 ぼく達の目の前には、大きな塀に囲まれた日本家屋が、

おどろおどろしい雰囲気を醸し出していた。


 遠くからカラスの鳴き声が聞こえ、

 空のどこかで稲光さえも轟いている。

 古めかしい外観と所々壊れ苔むした壁。

 冷んやりとした風が吹き込み、白雪の冷気と混ざり合いひやりと肌を撫でる。


 そして

 門の前に立ち塞がる大男。


 白い死装束を身に纏い、頭に白い三角の布をつけて、

 こちらをギロリ、ギロリと睨みつけてくる。


 ・・・怖い。


 この一言に尽きる。


 この先が境界線なんだろう。

 ぼく達は今、「あの世」と「この世」の境界線上に立っている。


 中に入るには、まずこの大男をなんとかしないといけない。


 でも怖い。

 この大男からは、はっきりとした恐怖を感じる。

 決して近づいてはいけないと、ぼくの本能が叫んでいる。


 それでも・・・ぼく達は進むんだ。


 自身の本能に逆らい、前へ進む。

 それが、ぼく達トラブルファイブに課せられた【使命】なんだから。


「いざいかん!」


 ぼくは、できるだけ震えない声でそう宣言した。


「たのもーー」


 声を震わせ大男に向かって大声で呼びかける。

 ぼくの後ろでは、藤原雷斗が大男を見ないように顔を伏せて身を震わせている。


「・・・」


 大男は返事もせずにこちらを睨みつけるだけ。

 万来まつりちゃんが顔を伏せ雷斗の服の袖を必死に掴んで震えている。


「たのもーー」


ぼくはもう一度声を振り絞って叫ぶ。

 河原賽ちゃんは目を丸くしたまま大男を凝視している。


「何用だ。」


地響きのような低く野太い声が返ってくる。

やっと話してくれた。


「月守屋敷にある満月を取りに来ました。」

「なんだとーーーーー!!!」


 大地を揺らす様な叫び声と共に大男は巨大な門を、音を立てながら開けた。


白雪はぼくのポケットの中から目だけを出してビックリした様に大男を見ている。


「取れるものなら取ってみよ。だがこの月守屋敷に入ったが最後、無事に出てこれると思うなよ。ガッハッハッハ。」


 大男の高笑いを聞きながら、ぼく達トラブルファイブは門を潜り月守屋敷へと入って行く。


ギギギギギ!


と、大男は高笑いを続けながら大きな音を立てて門を閉め・・・


「ん?あれ?え?」


ギギギギギ!


「あれ!?ん!はぁ!この野郎!!閉まれ!閉まれ!」

 

・・・閉まらなかった。


「あれ?おかしいな建て付け悪いぞこの門。せーの!!え!全然動かなくなっちゃったよ。」


「たのもー。」


「えー!もう来たの!!ちょっ、ちょっと待っててね。この門が閉まらないとダメなんだよ。」


『逢魔時。

まさに【魔に逢う時間】だ。』


「ちょっとママ!ナレーション一回止めて。門が閉まらなくなっちゃった。」


『明るい世界から、暗い世界へと移り変わるこの時間帯は』


「え!これどうやって止めるの?どこ押すの?」


 スピーカーから聞こえるママの声は大音量で外まで聞こえている。


キュルキュルキュルキュル!!!


『逢魔時。

まさに【魔に逢う時間】だ。』


「巻き戻しすぎちゃちゃダメだよ。テープ伸びちゃうからね。あっ、また始まっちゃったじゃん。」


キュルキュルキュルキュル!!!


『逢魔時。

まさに【魔に逢う時間】だ。』


「分かんないわよ。なんでカセットテープなんかで録音したの?全然分かんないじゃない。MDにしてって言ったじゃない。

「ママ。MDも古いからね。」


やめてよパパママ。千葉家の恥が世間様に晒されてるよ。


 冷んやりとした風が吹き込み


「扇風機じゃ全然風行かないよ。」

 

 遠くからカラスの鳴き声が聞こえ


「テープじゃダメだよ。私鳴くね。カーカー」


 空のどこかで稲光さえも轟いている


「あ、カメラのフラッシュやらないと。カメラ、カメラどこ?」


 古めかしい外観と所々壊れ苔むした壁


「もー無理。こんなの一人じゃ出来ないよぉ。」

「ママ、声大きいよ。みんなに聞こえるから。」

「だって無理だもん。手伝ってよパパ。」

「パパはここの門番だからな。門番はここから動けないのだ。ガッハッハッハ」


「たのもー。もう何度も呼んでるんだけど。早く中に入れてよ。」


幼稚園児ぐらいの男の子達がプンプン怒って待っている。その後ろでは親たちがニコニコしながら「まーまーちょっと待ちなよ」とか言いながら微笑んでいる。


「何用だ!!」


『「この世」と「あの世」の境界がゆるみ、異形の存在が姿を現しやすくなる』


「ママ、カセット一回止めてよ。今セリフの途中なんだから。」

「だから分かんないの」


「月守屋敷にある満月を取りに来ました。」

「なんだとーーーーー!!!」

 

 園児達はワクワクは止まらない様でどんどん前のめりに門に近づいてくる。


「ガッハッハッハ元気だなお前達。だがちょっと待って。段取りがあるんだ。段取り通りやらせてくれ。」

「えー、早く行かせてよ。お化け屋敷。」

「ママ、もういいかな。もう抑えられないよ。」

「もう無理。あとは中でなんとかしてくれるでしょう。」

「よし分かった。では・・・取れるものなら取ってみよ。だがこの月守屋敷に入ったが最後、無事に出てこれると思うなよ。ガッハッハッハ。」


 勢いよく門をくぐる園児達は駆け足で屋敷の中に入って行った。

 入った瞬間、ワー!キャー!と楽しげな声が聞こえてくる。

 親達も雑談しながら楽しそうに肝試しを楽しんでいる様子が聞こえてくる。


「たのもーー」

 

「えー!もう次来たの!!ダメだ福大。ちょっと手伝ってくれ。」


ぼくはその言葉を聞いた瞬間。恐怖で震えてしまった。


「ああ、今年もこの瞬間が来てしまった・・・、ぼくの尊厳がまた一つ削られていく。千葉家の恥がまた晒される。こうなるのが怖かったんだ。」


 今年もみんなから笑い者にされてしまうんだ。

 そして早速、雷斗達が体を震わせ涙を流しながら笑い転げている。


ゲラゲラ、ギャハハハ、ププププ


こいつら!!!


毎年恒例の夏の町内会肝試し大会が始まった。


 月守屋敷で行う町内会の肝試しは毎年恒例の夏の行事だ。

 町民が中心になり子供達を楽しませるために行っているんだ。

 門の前にいた死装束の大男はぼくのパパ、千葉直樹。身長2メートルで熊みたいに大きいんだ。小さい頃は毎朝ぽぽぽ牛乳を飲んでたって言うけど、本当に牛乳で大きくなれるのかな?


 白雪はぼくのポケットの中で眠っている。夏の白雪は幼稚園児の様に幼い。どうやら白雪は季節によって姿を変えるみたいだ。

 春は小学6年生ぐらいのお姉さんだったのに、夏が近づくにつれて幼くなり、今ではぼくよりも幼い幼稚園児ぐらいまでになった。

 そんな愛らしい白雪はパパの幽霊姿には興味なかった様だ。


 大きな門をくぐると広い庭が目の前に現れる。庭には沢山ののぼりが掲げられていた。そこに書かれていたのは。


『うらめしやー』

『おどろおどろしい』

『生き霊』

『地縛霊』

『8枚、9枚・・1枚足りない。』

『離婚』


「りこんって何?」

 

『子離れ』


「こばなれって何?」

 

『窓際族』


「まどひわぞく?なに?」


 園児達の疑問に親達は返答に困っている。まぁ、そうだよね。誰だよ。こんな事書いたのは。


・・・どうやら怖い言葉を掲げているみたいだけど、怖さの質が違う気がするのはぼくだけだろうか?


「みんなこっちこっち。はいこれに怖いもの書いて、適当に庭に刺してってね。」


 ママが真っ白なのぼりと墨と筆を渡して回っている。

 

「え?ママ?肝試しだよね。」

「そうそう肝試し。みんなの怖いものをこうやって掲げたら楽しいかなって思って。」

「ママ、さっき音響やってなかった?」

「あーあれ?ママじゃもう無理だからパパに全部任せてきた。」


いやいや。門番しながら音響もって・・・


「何用だ!!」

『逢魔時・・・』

「ガッハッハッハ!!ママママ、これ無理だよ。」

「たのもー」

「取れるものなら、何用だ!!」


 門の方からテンパったパパの声が聞こえるけど・・・うん。無視しよう。ここがパパの正念場だ。

 ガンバっパパ!!

 

「ほら、雷斗くん書いて書いて。雷斗くんは何が怖いの。」

「俺は親父が怖いぜ。【地震雷火事親父】だぜ。」


 雷斗が身体中の雷をバチバチさせながら嬉々としてのぼりに書き殴っていく。


「そうそう、雷斗くんのお父さん怖いよね。まさに雷親父だもんね。昔っからそうなんだよね。それって、全部雷斗の親父さんに当てはまってる言葉だよ。」


ママ、ひとん家のお父さんに怖いは不味いよ。


「まつりちゃんは何が怖い?やっぱりパパやママ?」

「私が怖いのはズバリ!沈黙です。シーーンってなってるのは凄く怖いです。」

「まつりちゃんらしい。まつりちゃんうるさいぐらいに、ずっとお喋りしてるもんね。」


ママ、うるさいは余計なのでは?


「賽ちゃんは?賽ちゃんは何が怖いの?」

「・・・怖くない事が怖い。」

「うーん、なるほど。哲学だね。【饅頭怖い】的な感じだね。分かる分かる。」


ママ、絶対に分かってないでしょう。


「福大は何が怖いの?」

「ぼく?ぼくが怖いのは・・・白雪への愛・・かな。」

『・・・あい?』

「・・・ママはそんな事を恥ずかしげもなくスラリと言える福大が怖いわ。」


はっはっはっ


ぼくとママの笑い声が重なった。


『この家族が一番怖い』


 白雪の冷たい呟きにぼくは全然気付かなかった。


 ぼくのママは千葉玲奈。小柄で小動物みたいな可愛いママ。凄く抜けててズボラなママだけどそこがまた可愛いんだよね。


「みんな書いた?書いたら順番に月守屋敷に入ってね。奥で結月ちゃんが満月持って待ってるから、満月を貰ったら戻ってきてね。分かった?」

「「「「「はーい。」」」」」


 小さい頃から毎年やってる集灯町の恒例行事だ。もう慣れたもんだ。


「じゃあ行ってらっしゃい。」


 ママが笑顔で送り出してくれる。改めて言うけど、これは肝試しだからね。

・・・って言うか、肝試しってこんなんで良いのかな?


【掛け軸幽霊うらめちゃんと影の子供達】

 

 玄関の引き戸をガラガラと開けると、広々とした土間に沢山の靴が並んでいる。

 すでに何人も中に入っているみたいだ。奥から、大勢の笑い声が聞こえてくる。


 目の前には腕を前にダラリと垂らした。白い着物を着た髪の長い美しい女性が立っている。

 今にも「恨めしや」とでも言いそうなまさに日本の幽霊だ。

 と、思ったのは一瞬で幽霊の描かれた掛け軸だ。


「恨めしやー。」


掛け軸の幽霊が少ししゃがれた声を上げてきた。


「うらめちゃん。来たよー。」

「賽ちゃん来てくれたんだ。ありがとー。」


 掛け軸の幽霊うらめちゃんと賽ちゃんが手を取り合って跳ねながら喜んでいる。

 まぁ、いつもの風景なんだけどね。

 

「はーい。5名様ですね。じゃあ、隙間埋ちゃんの部屋が空いたから、そっちから回ってね。トラブルファイブのみんな今年も来てくれてありがとうね。福くん、パパママ頑張ってたでしょう。」

「はい。恥ずかしいくらいに。」

「じゃあ楽しんで来てね。」


 幽霊掛け軸のうらめちゃんは、掛け軸の中から元気に手を振って送り出してくれた。

 普通にしてたら、絶対に怖いと思うんだけどな。うらめちゃんってテンション高いんだよな。


 うらめちゃんに案内されて向かったのは、隙間女の隙間埋ちゃんの部屋だ。

 掛け軸を運んでいるのは黒いモヤモヤとした影。小さな白い点のような目が二つあり手足は長く細い。

 思わずドキッとしてしまう。あれ?どこかで?


「この子達、町を彷徨ってたから呼んで来たのよね。いっぱいいるし、私達の移動の手伝いにちょうど良かったから助かってるの。」


 あ!4月に学校で見たあの影の子供だ。ぼく達は、思わず二度見してしまった。

 こんなところにいたんだ。


「はいはーい。じゃあ説明するね。ここは隙間埋ちゃんの、隙間を埋めるお部屋になります。沢山隙間が開いているから、隙間を埋めてって下さいね。中に埋ちゃんがいて手伝ってくれるから安心してね。ただ、埋ちゃん恥ずかしがり屋だから、あまり見つめちゃダメだよ。じゃあ楽しんでね。バイバーイ。」


 掛け軸のうらめちゃんがテンション高めで一方的に喋って一方的に掛け軸の中からいなくなってしまった。


「うらめちゃん。一人で月守屋敷の案内してる。大変。」


 賽ちゃんが心配そうに掛け軸を見つめている。


「掛け持ちしながら掛け軸の中を駆け回ってるうらめちゃんは掛け値なしでかけがえのない存在だね。」

ふっ、最高に決まったぜ。

 

『福大・・・つまらない』

「寒っ!」

「はぁ?」


ガーン!!

 

 白雪!まつりちゃん!賽ちゃん!ぼくの心を虐めないで。


「じゃあ入ろうぜ。俺が一番な。」


 雷斗だけが、我関せずで部屋の中に入って行った。それはそれで傷つくんだけどね。


【月守屋敷・第一の部屋】

『隙間埋のシンデレラフィットの部屋』


 部屋の中に入ると、そこには広くて少し古風な和室が広がっていた。電気はついているが薄暗く、電灯がチカチカとついたり消えたりしているのが少し怖い。

 畳は新しくも古くもなく家具も普通。棚、タンス、机、座布団、ちゃぶ台、布団。どれも普通なのに


 なぜか、落ち着かない。


 和室のあちこちに、ほんの少しの【隙間】ある。

家具と壁の間、畳と畳の間、障子の端、床の間の花瓶の下。押し入れの襖、天井。

どれも日常にあるはずの何の変哲もない普通の隙間。

なのに


 なぜか『こちらを見ている』ような気配がする。


「な・・・なぁ、・・・なんか・・・見られてねぇか?」


 怖がる雷斗の髪の毛がショボンと元気がなくなっている。

 その言葉にぼくは思わず頷いてしまった。


「やだやだやだ!絶対なんかいるよ!」


 まつりちゃんの言う通り・・・それは分かってる。

 いるのだこの和室には。


「・・・視線・・・する・・・。」


 隙間をじぃーっと見つめる賽ちゃんは、どこかウキウキしている。賽ちゃんって、こうゆうの本当に好きだよね。


『・・・いた』


 白雪の小さな指がタンスと壁の隙間を差したその瞬間。

 その隙間から、白い指がスッと出てきた。


「ひぃぃぃぃ!!」

「きゃー!」

「きゃー♡」


 雷斗とまつりちゃんが悲鳴をあげて畳の上を這うように逃げていき、賽ちゃんは両手で口を覆って喜んでいる。


 隙間から現れた白い指はタンスを掴むようにゆっくりと細い腕を出し、黒く綺麗な長い髪がゆらりと現れる。


「いやダァーー!!」

「無理無理無理無理!」

「きゃー♡きゃー♡きゃーーーーー♡」


 雷斗は恐怖から弱々しい雷撒き散らし、まつりちゃんは半狂乱に叫び散らし、賽ちゃんは喜び回る。


 うん。またこのパターンだね。雷斗もまつりちゃんも分かってると思うんだけど、何でこんなに怖がるのかな?

賽ちゃんは、まぁ・・・こんな感じか。

 ぼくはもう冷めた目でみんなを見ている。だって去年も同じ部屋に入ったよね。


 隙間から現れた黒髪から覗く黒い大きな瞳と眼が合った賽ちゃんは、どこから取り出したのか【隙間埋LOVE】と書かれた団扇を持ち出し目をハートにして


「埋ちゃんLOVE!!」


 と、黄色い声を上げながら小踊りしている。賽ちゃんのホラー好きは異常だよ。


 壁とタンスの隙間からヌルリと滑る様に現れた女性。黒い髪は畳につくほど長く畳を這うように伸びている。

 部屋の気温がグッと一段下がるのが分かる。

 現れた隙間埋はぼく達を見下ろし黒く長い髪の隙間から片目だけでこちらを見つめている。


 雷斗とまつりちゃんは抱き合ってブルブルと震え、賽ちゃんは感動でワナワナと震えている。


「・・・いらっしゃい♡

 ここは・・・【隙間の部屋】・・・

 あなたの・・・隙間を・・・埋めて下さいね♡」


 見た目に反して可愛い声でお出迎えしてくれた。

まぁ毎年のことなんだけどね。


 隙間埋さんは、集灯商店街にある。家具屋の店長さんだ。黒く綺麗な長髪で真っ赤なワンピースが似合うスレンダー美人言えば、誰もが隙間埋さんを想像するだろう。

 隙間をこよなく愛し、シンデレラフィットを生き甲斐としている。

 

 埋さんは、恥ずかしそうにモジモジし始めると、今度はベッドと床の隙間にスルリと入り込んで、こちらを見つめてきた。

 

「ひぃっ……!?」


 雷斗は、埋さんの全ての行動が怖い様でさっきから怯えてばかりだ。

 怖いのは分かったから、雷を撒き散らすのは止めて欲しい。バチバチして意外と痺れるんだよね。


「・・・あ、怖がらせるつもりじゃないの・・・

 ただ・・隙間が好きで・・・♡」

「キャー!埋さーーーん!!」


 賽ちゃんの目が完全にイッている。正直、近寄りたくないくらいのテンションだ。


「・・・この部屋には・・・あなた達の隙間が隠れてるわ・・・見つけて・・・埋めて・・・♡」


「見つけました!!」


 賽ちゃんは言うが早いが、埋さんがいるベッドの下に潜り込んで埋さんに抱きついている。


「私の隙間埋まった!!」

「まぁ♡」


 ベッドの下から埋さんの色っぽい声が聞こえてくる。

 毎年このくだりやってるよね。本当に賽ちゃんはホラー好きだよ。


 気を取り直して、ぼくたちは自分の隙間を見つける為に広い部屋の中を行き来する。


 雷斗が部屋の隅にある布団に近づいて、布団の匂いをクンクンと嗅ぎ始めた。


「雷斗!何やってんの?」

「これ・・・親父の匂いがする。・・・親父の布団だ。」


 布団の中には、ほんの少しの『温かい隙間』がある。


 その隙間に滑り込むように、雷斗は慣れた様子で布団の隙間に潜り込んだ。


布団の中でクンクンと匂いを嗅ぎながら


「・・・なんか昔から親父の布団に潜り込んじゃうんだよな。今でも親父が寝てる布団に入ってるんだぜ。この布団と親父の間の絶妙な隙間が良いんだよな。」


雷斗は布団の隙間にご満悦様だ。


「・・それが・・雷斗くんの『安心の隙間』なのね♡』


埋さんもご満悦の様だ。

 そして賽ちゃんは埋さんの体に頬ずりしながら終始ご機嫌でご満悦の様だ。


 まつりはテーブルの前で2脚の椅子に挟まれて、目の前の椅子を見つめている。

 どこか物憂げでいつも晴れやかなまつりじゃないみたいだ。


「まつりちゃんどうしたの?」

「ん?別に、何でもないよ。なんか見つかんないなー、私の隙間。」


 まつりちゃんがテーブルに頬づえをついて寂しそうに目の前の椅子を眺めている。


カタリ、スッーー


 突然、まつりちゃんの真後ろに小さな椅子が現れ、思わずまつりちゃんが座ってしまう。

 まつりちゃんは2脚の椅子の間の隙間にスッポリと収まる様に座っていた。


「え!」

 

 驚くまつりちゃんの足元から、細く白い腕がスッと出てきて埋さんがまつりちゃんを抱きしめる。


「ひぃぃぃぃ!!」


 埋さんの腕はまつりちゃんを抱きしめたまま頭をぽんぽんと撫でていた。

 

「・・・いい隙間だね・・・♡」

「・・・うん。」


 埋さんの笑顔を見たまつりちゃんは、頬を赤らめ少し恥ずかしそうに話し出した。


「・・・小学1年生になったから一人でご飯食べられるけど・・・。

 去年まではパパとママに挟まれてご飯食べてたんだよね。みんなもきっとそうだよね。

 隣にいるパパとママの間で食べるご飯・・・凄く美味しかったなって思って。

 実は今でも・・・あの隙間で食べたいんだ・・・って、子供みたいだよね私。」


「・・・その隙間・・あったかい♡私も好き・・・その隙間。」

「うん。」


 まつりちゃんは埋さんに頭を撫でられご満悦の様だ。

 埋さんもそんなまつりちゃんを見てご満悦。

 賽ちゃんは、まつりちゃんの足元から現れた埋さんを見て「怖い♡」とご満悦の様子。


「・・・福大君はどんな隙間を埋めたいの?見つかった?」


 押し入れの隙間にスッと入り込んだ埋さんが、隙間からぼくの方を見ている。

 ぼくは雷斗やまつりちゃんとは違うからもう怖がったりはしない。


「去年の福大は・・・パパとママに抱きついて・・・大泣きして帰って行ったけど・・・もう大丈夫な?」

「埋さん、去年のぼくとは違うんだ。ぼくはもう大人になったんだ。」

「小学1年生なのに・・・大人?」

「そうさ。だってぼくは今、恋してるんだから。」

「鯉?」

「恋だよ、恋。鯉じゃなくて恋。likeだよ。ぼくは今、白雪に恋してるんだ。」

 

 ぼくは声高らかに堂々と想いを言葉に乗せた。


「知ってるよ。毎朝毎朝、【木の葉】さんに向けて『白雪好きだー』って叫んでんじゃんかよ。うち、隣だからうるさいんだよあれ。」


 雷斗、そんな事を思ってたんだね。ごめんね。・・・でもきっとやめないよ。


 まつりちゃんも賽ちゃんもコクコクと頷いている。すでに周知の事実でした。


『福大・・・嬉しい。』


 ポケットの中の白雪が頬を赤らめて恥ずかしがっている。白雪から漏れる冷気が火照るぼくの体を冷ましてくれる。

 これはチャンスだ。


「白雪・・・ぼくと結婚しよう。」


『・・・無理』


ガーーーン!


『でも・・・好き。』


 白雪に結婚を断られる度に、心がズタズタに引き裂かれそうになる。


「ぼくは絶対に諦めない。

 この・・・白雪とぼくの隙間を・・・埋めるんだ。

 いつでも一緒にいれるように、

 TVを観てても、ご飯を食べてても、

 側に白雪がいれるように、

 そして隙間が埋まればきっと結婚出来る。」


 ぼくは左手を強く振り上げ、体の中の熱を燃やし宣言した。

 その瞬間、部屋中の隙間が、


ギギ・・・ギギギ・・・


と音を立ててざわついた。


「なんだ!?地震か!?」

「なになに?揺れてる?」


 雷斗とまつりちゃんがビクビクしながら辺りを見渡している。


「・・・違うよ・・・福大君の愛が強すぎて、隙間が怖がってるの。」

「隙間が怖がるほどの愛って・・・,福大、怖い。」

『・・・重い』


 え?嘘!怖い?ぼく怖いの?3人のリアクションにむしろ恐怖を覚えてしまう。

 

「あれ?埋さん?賽ちゃん?白雪まで・・・。

今の宣言結構本気だったんだけど・・・。

全然冗談じゃなかったんだけど・・・。

・・・ダメ・・・なの・・・。」


ガーーーン


 畳に両手両膝をついて落ち込むぼくに白雪がポケットから顔を出してぼくを見つけている。

 

『・・・わたしの隙間は・・・

 福大の胸ポケット・・・

 福大の肩の上・・・

 福大のそば・・・。」


 白雪の消え色そうな小さな声が、ぼくの心に大音量で響くと部屋が静まり返った。


「白雪ちゃんの隙間はもう埋まってるんだね。」

『・・・うん。』

「白雪!結婚しよう!!」

『無理』


ガーーーン!


ぼくが落ち込み、全員が笑った瞬間。


スーーパタン、スーーパタン


と、部屋中の隙間が息を吐くように閉じていく。


「・・・ありがとう・・・

 みんなの隙間が埋まったから・・・

 この部屋も・・・落ち着いたみたい♡

 次の部屋へ・・・どうぞ・・・」

 

『隙間埋のシンデレラフィットの部屋』みんなご満悦で部屋を後にした。


 和室を出ると掛け軸の中からうらめしちゃんが元気に声をかけてくれた。


「はいはーい。次はこっちだよ。」


 掛け軸の中の幽霊なのに、うらめちゃんからは微塵も怖さを感じない。

 毎年思うけど、肝試しなんだよねこれって・・・

 

月守屋敷・第二の部屋

『貧乏神つむぎの【貧乏くじ部屋】』


 部屋の前に着くと、掛け軸のうらめちゃんがゼェゼェしながら待っている。

 掛け軸は壁に貼られたまま、影の子供2体が下から支えている。


「ちょっと待って、私もう無理。なんで私だけこんなに働いてるの?他の掛け軸達何してんの?」


 影の子供に文句を言っているが、影ははしゃべれず、身振り手振りで何かを伝えている。


「え!冷房の効いた部屋でマッサージ?マッサージは誰がやってるの?まさか影達にやらせてるの?あいつら、影達をこき使ってんでしょう。ちょっと行ってくるわ。ああ、みんなは適当に入って楽しんでってね。」


 うらめちゃんは影達に運ばれてダダダダァーっと駆け出して行った。


「なんか俺ら扱い適当じゃね?」


雷斗の呟きにみんな頷いていた。

 

【月守屋敷・第二の部屋】



障子を開けると部屋の中にいたのは

【貧乏神様のつむぎちゃん】だ。

 

 つむぎちゃんは集灯町にある様々な神社仏閣に祀られている神様の1人で、町で一番慕われてる神様だ。

 くすんで汚れている黄色のワンピースを着ていて、身長はぼく達と同じくらいの小学低学年くらい、ちょっとボサっとした茶色の髪と茶色の眼。体は細くいつも元気いっぱいの女の子だ。


「みんなよく来たね。ようこそ、ぼくの貧乏くじの部屋へ」


 畳の上には貧乏くじと書かれた箱がいくつも置いてあり、つむぎちゃんはニコニコしながら立っている。


「さぁ、好きな箱から引いてね。」


 つむぎちゃんは普段から、誰もが目を背ける困り事や、見て見ぬ振りをするゴミ拾いなど損な役回りを自分からやる、貧乏くじの貧乏神様なんだ。

 そんな貧乏くじの神様が作った貧乏くじ引き箱・・・だからこそ、このくじ引きは出来たら引きたくない。


「どうしたの?みんな引いて引いて〜。」


 ドン引きするぼく達を見つめ、不思議そうに首を傾げている。

 そして満面の笑顔で、箱を手に取って「はい」ってぼくの前に持ってくる。


「つむぎちゃん・・・そのくじ引き。当たりってあるの?」

「もちろんあるよ。ハズレなしの全部当たりのくじ引きなんだから。」


なるほど、全部ハズレなんだね。


「わかった引くよ。まず初めに雷斗が。」

「えー!何で俺なんだよ。福大が引けばいいだろう。」

「なに言ってんだよ雷斗。一番初めに引いてこそのヒーローだろう。ヒーローが2番3番に引いてどうするんだよ。そんなのヒーローじゃないだろう。」

「そ、そうか。なら・・・俺が引くぜ。」


 ふっ、チョロいな雷斗。こうゆう時本当に助かる。


「はーい。じゃあ雷斗君からどうぞ。」

「よーし、引くぜ。」


 ちょっと怖いのか、箱の前で固まり髪の毛がバチバチと放電している。

 分かるよその気持ち。分かるから、躊躇なくさっさと引いて欲しい。ビビってなかなか箱の中に手を入れないでいる。


「早く引いてよ。怖いの?」


 まつりちゃんがニコニコしながら煽ってくる。自分も怖がりなくせに、人の不幸を嘲笑うとは。


「怖くねぇし、俺・・・ビビってねぇし。」


 ダメだ。ビビって全然引かない。

 

「どうしたの?引かないの?」


 つむぎちゃんも困り顔だ。普段から喜んで貧乏くじを引いてるつむぎちゃん的には、貧乏くじを引くことになんの躊躇いもないんだよね。


「じゃあ私引くね。」


 ヒョイっとくじを引いたのは賽ちゃんだ。

 カッコいい。なんの躊躇いもなく貧乏くじを引く姿はまさに


「ヒーローだ。」


ぼくは思わず呟いてしまった。


「あっ!」


 雷斗、そんな寂しそうな声を出してももう遅い。これがヒーローなんだよ。

 

「えーっと、なになに?『墓掃除をしよう』」

「うわぁ!怖っ!」

「無理無理。私無理だよ。」


 雷斗とまつりちゃんの即座の拒否反応はもはや定番だ。


「え!ご褒美だよ。みんなで丑三つ時にお掃除に行こう。」

「なんでそんな真夜中に行くんだよ。罰ゲームだろそれ。」

「絶対に無理だよぉ。絶対にお化け出るよぉ。」

「賽ちゃん、普通に昼間にやろうよ。」

「えー、絶対に丑三つ時の方が良いよ。出てくれた方が嬉しいし。」


 賽ちゃんならそう言うよね。分かってたよ。


「じゃあ、その時は私も一緒に行くね。いつでも呼んでね。」

「つむぎちゃんも手伝ってくれるの!やったぁ。じゃあ善は急げだから今日やろう、丑三つ時にみんな集合ね。」

「OK」


 全然OKじゃないよつむぎちゃん。

 ぼく達が口を挟む間もないまま話が進み終わっていた。

 賽ちゃんの行動力が男前だ。でも、いつも巻き込まれるぼく達の事をもう少し考えて欲しいな。


「お、俺は行かないぞ。怖いからじゃないぞ、よ、夜中に子供だけで外に出ちゃうダメだからだ。だから行かないぞ。」

「わ、私も無理無理。パパもママも絶対反対するし。夜は寝ないと。」


 雷斗とまつりちゃんは全力拒否だ。まぁそうだよね。ぼくも真夜中はちょっと遠慮したい。


「大丈夫。みんなのパパとママにも一緒に着いてきて貰うから。それなら大丈夫だよね。」


 つむぎちゃんに頼まれたら、きっとパパママ達も断れないだろうな。

 これぞまさに


「「「「「貧乏くじだ。」」」」」


ぼく達の声は見事に重なった。


「じゃあ次は誰が引く?福大引く?どうぞ。」

「もう十分です。十分怖い思いしましたから。」


 ぼく達は一目散に『貧乏くじの部屋』から逃げ出した。

 今までの肝試しで一番怖かったかもしれない。

 そして、白雪は我関せずでぼくのポケットの中でスヤスヤと眠っている。


 はぁ、今夜はみんなで墓掃除か。


【月守屋敷・中庭】


『八尺お姉さんのぽぽぽ農場大試食会』


 つむぎちゃんの部屋を出ると、目の前に月守屋敷の中庭がぱっと開けた。


 風鈴がチリンと鳴り、日の光が庭を照らしている。

 逢魔時と言っても8月の18時過ぎ、まだまだ明るい。


そして、夕陽を背にしているのは


「・・・でけぇ・・・。」


雷斗が呟いた。


 庭の中央に立っている八尺お姉さんだ。

 麦わら帽子に作業服、背丈は八尺。

 夕日に照らされた影が、庭いっぱいに伸びている。


 その足元では、テケテケ達が牛乳瓶のケースを持って動き回っていた。

 ぽぽぽ農場で働いてるテケテケ達は言葉は喋れず下半身がない子供の妖怪でいつもプカプカと浮いている。

 体を覆う大きなエプロンをしており【ぽぽぽ農場】のロゴが可愛らしい。


 八尺お姉さんは両手を大きく広げて


「ぽぽぽぽぽーー。」


 と、指揮者の様に腕を振り歌っている。テケテケ達はその指揮と歌声に合わせて、テケテケ、テケテケと動き回りぼく達に牛乳を配っていく。

 八尺お姉さんの「ぽぽぽぽぽ」は、ぽぽぽ農場の仲間達への合図なんだ。

 

 テケテケ達はそれぞれニコニコしながらプラカードを掲げている。


【ぽぽぽ牛乳美味しいよ】

と、大きな字で書かれたプラカード

【沢山飲んでね】

と、可愛い字で書かれたプラカード

【ゆっくりして行ってね】

と、丁寧な字で書かれたプラカード

 などなど、テケテケの個性がプラカードの文字に現れていて可愛らしい。


 そして、ぼく達の周りをグルグルと回りながら牛乳を進めてくる。


「きゃー!可愛い♡」


 怖がりのまつりちゃんですら、テケテケの可愛さにイチコロだ。

 小さなテケテケに抱きついている。


 雷斗は八尺お姉さんの前で動けず立ち尽くしている。

 怖くて動けないのかと思って見ていたら


「カッケェ」


 八尺お姉さんに見惚れていた。


「え?雷斗どうしたの?」


 八尺お姉さんは無言で雷斗にぽぽぽ牛乳を渡すと「ぽぽぽ」と話しかける。

 雷斗は

 ぽぽぽ牛乳を見つめ、

 八尺お姉さんを見つめ、

 再びぽぽぽ牛乳を見つめる。


「ぽぽぽぽぽ」


 頬を赤らめ八尺お姉さん見つけた雷斗は牛乳瓶の蓋をポンっと開けて右手を腰に当てて牛乳をグビグビと飲み始める。


「ぷはぁーーー!美味い!!」

「ぽぽぽぽぽ」

「もう一本!!」


雷斗に春が来たようだ。


 中庭には様々な料理が並び、牛乳の甘い匂いやバターが溶ける音と匂い、多くの町民が集まりみんなが笑顔で料理を味わっている。

 料理の前にはそれぞれテケテケ達がプラカードを掲げながら客寄せをしている。


【ぽぽぽチーズ】のテーブルではチーズフォンデュが振る舞われ

【ぽぽぽアイス】はバニラ、イチゴ、チョコレートなど様々なアイスが食べ放題。

【ぽぽぽヨーグルト】や【ぽぽぽバター】などなど、ぽぽぽ牛乳を使った料理が所狭しと並んでいる。


 子供も大人もみんな笑顔で、思い思いの料理を堪能し舌鼓を打っている。

 その間をテケテケ達が忙しそうにでもニコニコと楽しそうに動き回っていた。


「さすが、集灯町でも人気のぽぽぽ牛乳だよね。」


 ぼくはぽぽぽ牛乳を飲みながら白雪に話しかけたが、すでにポケットに白雪はいなかった。

 

 ぽぽぽ牛乳は学校給食でも出されているし、牛乳配達を頼んでいる人も大勢いる。町内や町外のスーパーでも必ず置いているほどの集灯町ではなくてはならない飲み物だ。

 そんなぽぽぽ牛乳を作っている八尺お姉さんは町内でも人気のお姉様なんだ。


「美味い!もう一杯!!」


 雷斗は八尺お姉さんの前から動かずぽぽぽ牛乳を飲み続けている。

 

 賽ちゃんはそんな雷斗の隣で、神様を見る様に

「尊い・・・尊すぎる・・・」

 とか言いながら両手を合わせて拝んでいる。

 

 まつりちゃんは「持って帰って良いかな?」とテケテケを抱きしめたまま離さない。

 

 白雪はぼくのポケットから飛び出し【ぽぽぽアイス】を食べ続けている。

『うまうま・・・おかわり』

 と、食べる白雪は本当に可愛い。


「そろそろ結月ちゃんのところに行くよー。」


 ぼく達はぽぽぽ牛乳の甘い余韻を残したまま、月守屋敷の最後の部屋へ向かった。



【月守屋敷・最奥の部屋】


『結月ちゃんの満月の間』


 廊下を進むにつれて、中庭の喧騒が遠のいて行き、気付くと静寂の中を歩いていた。

 廊下の空気が、さっきまでとは違う。

静かで、澄んでいて、まるで夜の神社に足を踏み入れた時のように、音が吸い込まれ、風が止まり背筋がすっと伸びる。


「・・・なんか、空気が違うね」


まつりちゃんが小声で言う。


「怖いっていうより・・・なんか、凄いな」


 雷斗も珍しく真面目な顔をしていた。その肩辺りでバチッ!と小さな放電が走った。

 雷斗自身は気付いていない、でもぼく達は見た。雷斗の雷が結月様の気配に反応したんだ。

 

 【満月の間】と書かれた部屋の前で立ち止まる。


「・・・ここで良いんだよな。」


 雷斗が声を震わせてぼく達に向かって確認する。

 声と体を震わせ雷斗が平静を装おうとしているのが分かるけど、誰もそれをおちょくる事はしない。

 だって、みんな同じ様に震えているから。

 月守屋敷の結月様、今まで何度もお会いした事もあるし気軽に話した事も沢山ある。

 それでも、彼女から溢れ出る雰囲気は集灯町の住人の誰よりも静かで厳かだ。

 

 障子をそっと開けると、そこは月の光で満たされた部屋だった。


 天井からは白い紙灯籠がゆらゆら揺れ、床には淡い光の模様が広がっている。


 部屋の奥に襖があり、その横に掛け軸幽霊のうらめしちゃんが待っている。

 うらめしちゃんは掛け軸の中で姿勢を正し頭を床につけ静かに正座している。

 襖の前では影の子供達も正座し頭を床につけている。


 スゥーっと頭を上げ、うらめしちゃんはぼく達一人一人をしっかりと見渡す。


「ここが最後の部屋です。」


 ぼく達は、いつもと違ううらめしちゃんの振る舞いと影の子供達の雰囲気に当てられて動けずにいた。


 あれ?いつもこんな感じだっけ?毎年もっと気軽な感じがしてた気がするんだけど。


 体が動かなかった。うらめちゃん達のいつもと違う様子もそうだけど、襖の奥から漂う厳かな雰囲気がぼく達の体と心を金縛りの様に動けなくしている。


『・・・1人づつ、おいで。』


 襖の奥から聞こえた声は、小さいのに胸の奥を震わせる静かで、凛として、優しい声、紛れもなく結月様の声だ。

 でもぼく達は誰も動けないでいた。ただただ圧倒されていたんだ。


『藤原雷斗!』

「はい!!!!」

『・・・おいで』


 雷斗が一歩踏み出した瞬間、足元で青白い光が弾けた。


「うわぁ!」


 雷斗の雷が無意識に結月様の呼び声に応えたのだ。


 雷斗は緊張から足がもつれ、何度も転び何度も起き上がる。

 そして襖が1人でに開いて閉じた瞬間。雷斗の姿が消えていた。


 広大な畳張りの部屋の中央に、白い着物をまとった少女が静かに座っている。

 そして少女を中心に満月が浮かび上がり、白く柔らかい光が部屋中を淡く照らしている。


 部屋の中央、満月の中心に静かに座るのは結月様。

 幼い少女の姿をしており、白髪、白い肌、白い着物。月の様な白を纏った姿と夜空のように深くて優しい瞳。


「・・・よく来たね藤原雷斗。」


 声は小さいのに、胸の奥にすっと届くような響きがある。

 その声に反応する様に、雷斗の髪がフワリと逆立ち、小さな雷が散った。


「は、はい!!」


 ふふふと口元が綻び結月様が手のひらをそっと開く。そこには、まんまるの飴がひとつ。

淡く光る【満月】だ。


「これはね、満月製菓が作った【満月】

雷斗の夜を、優しく照らすお菓子。」


 雷斗は思わず息を呑んだ。飴なのに、光っている。でも全然怖くない。むしろ、あったかい。


「側へ」


 雷斗の体は自然と歩き出し、結月様の前でちょこんと正座していた。

 

「雷斗、あなたの勇気は夜を裂く稲妻。そして希望。月は貴方の光をしっかりと見ているよ。」

「はい。ありがとうございます。」

 

 雷斗は耳まで真っ赤になり、全身に小さな雷を纏っていた。

 そして、差し出されるままに【満月】を受け取る。

 結月様が優しく微笑んだと思ったら、福大の隣に座っていた。


『万来まつり』

「はい!!」

『・・・おいで』


 まつりちゃんがビシッと直立不動で立ち上がり、襖に駆け出して消えた。


 目の前には満月の中心に座る結月様。今まで何度も会った結月ちゃんじゃない、これこそ月守屋敷の主人、結月様の姿だ。


「よく来たね。万来まつり。」


 まつりは、結月様に恐怖し声も出ない。


「側へ」


 結月様の声が聞こえる。でも声に従えない、体は進みたがってるのに、心が行きたくないって叫んでる。


「ふふふ」


 結月様が優しく笑い、ゆっくりと私に近付いてくる。

 結月様が歩くたびに満月も動いている。満月の中心に常に結月様がいる。

 立ち尽くす私をそっと抱きしめてくれた結月様は、私の手に光る【満月】を握らせてくれた。


「怖さは弱さではありません。恐れを抱いて進む心こそ、まつりの強さ。まつりの優しさです。」

「・・・はい。」


 気付けば、大粒の涙を流し大声で泣いているまつりちゃんが隣にいた。


『河原賽』

「はい。」


 賽ちゃんは何の迷いもなく襖に向かい、襖を開けて中へと消えた。


 部屋に移動した賽は気負うことなく結月様に近づき、満月の手前で膝を折り深々と頭を下げる。

 その瞬間、賽の影が二重になる。一つは人間としての影、もう一つは淡く揺れる幽霊としての影。


「結月様。河原賽、参りました。」

「・・・賽。」


 険しい表情で結月様を見る普段の河原賽とは別人がそこに居た。


「お前は【境】を歩む子。人と妖を繋ぐ架け橋となる。」

「承知しております。全ては集灯町のため。」

「あなたの灯火は道を照らす光。どうか消さぬように。」

「お役目、承知しております。」

「河原賽、頼みますよ。」


 河原賽は【満月】を受け取り、深々と頭を下げると福大の隣に座っていた。


『千葉福大。』

「・・・はい。」


ぼくの番だ。

あんなに怖かったのに、

今は・・・怖くはない。

一歩踏み出すと体が熱くなった。

 ふと、白雪に初めて会った時を思い出した。あの時も一歩進む毎に体が熱くなって行くのを覚えてる。

 あの時と違うのは、ぼくのそばに白雪がいる事だ。

 ぼくは胸ポケットにいる白雪を見た。


 って!あれ?白雪がいない。さっきまでポケットの中にいたのに!

 あれ?あれ?白雪?どこ?どこ?

 

 振り向くと白雪は畳の上でちょこんと座って手を振っていた。


「白雪ぃーーー。」


 ぼくは襖に吸い込まれるように消えていった。


 満月の中心にいる結月様は口元を抑えながら大いに笑っていた。


 ぼくは釈然としない気持ちで結月様を見つけていた。

 もう良いから白雪の元に返して欲しい。


「千葉福大。」

「・・・はい。」


 ぼくは思わずムスッとしたまま応えてしまった。


「そう怒るでない。すぐに白雪の元に戻す。」

「別に怒ってなんかいませんよ。」

「そうかそうか。まぁ良い、側へ。」


 結月様の側まで行くと、そっとぼくを抱きしめ小さな手で頭を撫でられた。


「福大。よく無事に帰ってきてくれた。本当に良かった。そなたを救えなかった私は本当に無力だった。」

「・・・ぼくはもう大丈夫ですから。白雪に助けて貰ったから。」

「福大、白雪は好きか?」

「大好きです。ぼく、白雪と結婚するんです。」

「そうかそうか。」


 結月様は、ぼくの目をまっすぐ見つめ心の奥を覗き込む。


「あなたは優しい子。

 その優しさは、時々あなたを苦しめる。

 でもね、あなたの優しさは満ちる月と同じ。欠けても必ず満ちる。

ちゃんと、あなたを照らしてくれる。」


 ぼくの胸がギュッとなった。

なんでだろう。

泣きそうなのに、あったかい。

 結月様に貰った【満月】がぼくの心を優しく癒してくれる。


 気付くとぼく明日皆んなの隣で座っていた。

 雷斗、まつりちゃん、賽ちゃん。

 皆んなぼくの隣で【満月】を持って座ってボーッとしている。


 白雪だけがいなかった。


「白雪!!」


 見渡す限り白雪の姿はない。でもきっとあの先にいるに違いない。

 白雪も結月様に呼ばれたんだ。


 襖の奥へ吸い込まれる様に消えた白雪は、福大達と同じ様に広大な畳の間にいた。


 白雪の目の前にいたのは深々と頭を下げる結月様。

 そして結月様の後ろに多くの妖達が畳に頭をつけ、白雪に向かって頭を下げている。


「・・・白雪様。

 お戻り頂き、一同心からお喜び申し上げます。」

「お喜び申し上げます。」


 結月様の後に続き、無数の妖達が声を揃えて白雪へと感謝を述べる。


 白雪は無言だ。無言で天井を見つめている。


 そして天井から一枚の葉っぱがハラハラと落ち、畳にフワリと舞い降りる。

 葉っぱは、みるみる姿を変えて老人の姿へと変わった。


「白雪様。おひさしゅうございます。」

『・・・』

「あの時の【木の葉】でございます。」


 集灯町に聳え立つ巨大樹【木の葉】。老人は木の葉の化身、木の葉老と呼ばれている。


「お言い付け通り、集灯町の灯を絶やさず灯し続けて参りました。」

『・・・(帰して)』


白雪は無言だ。誰も見ていない。


「数千年の時を経て、白雪様をお迎えできた事、心からお喜び申し上げます。」

『・・・(早く帰して)』


 表情ひとつ変えず、白雪は無言のまま佇んでいる。


「集灯町一同。白雪様を讃え、永遠の忠誠を誓います。」

『帰りたい』


 白雪の声と共に、その姿が幼女から大人へと変貌した。

 そして畳の間は一瞬にして氷に覆われ死の世界へと姿を変えた。


『福大の元に帰して』


 白雪は幼女へと姿を戻し、次の瞬間には福大のポケットで眠りについていた。


「白雪。戻ったんだね。あ、白雪も貰ったんだ【満月】。

 よし、じゃあこれで全員貰ったね。」


 月守屋敷の門の前で結月ちゃんがブンブンと手を振っていた。


「みんなまた来てね。」


 良かった、いつもの結月ちゃんだ。さっきまでの結月様とは本当に別人みたいだ。

 結月ちゃんの後ろには、掛け軸幽霊のうらめちゃんと影の子供達、隙間埋さんに八尺お姉さんとテケテケ達が勢揃いでお見送りしてくれている。


 月守屋敷の外に出ると太陽は沈み、本物の満月が夜空に浮かんでいる。

 やっと肝試しの終了だ。怖いのか怖くないのか全然分からない肝試しだったけど、すごく楽しかった。

 また来年も白雪と来たいな。


「ねぇ白雪。」


 白雪は【満月】を抱きしめてぼくのポケットの中でいつもの様にスヤスヤと眠っている。


「よし、じゃあみんな。今日はこれで終わりだね。また明日。」


 ぼく達は、【満月】を持ちながら月守屋敷を後にした。


「ちょっと待って。皆んな忘れてないと思うけど、今日の深夜2時に白影寺に集合だからね。」

「「「「えー!!」」」」

「えーじゃない!!みんなで楽しくお墓掃除しましょう!」


 賽ちゃんの有無を言わさぬテンションにぼく達は誰1人逆らえなかった。



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