表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
正義のススメ ~夜ごはんなんて最初から無かった~  作者: ふじわら・D(ダイナマイト)・B(ボンバー)・しのぶ
14/34

友情論 悪魔超人サンシャインは言った。「悪魔にだって友情はあるんだぜ?」

 かかったな、間抜けが‼

 悪魔に友情などないわ―‼ 

 食らえ、サンシャインマグナム乱れ撃ち‼

 

 BY アシュラマン


 父と母の愛など知らぬ。恋人はおろか友などいた試しはない。


 俺は孤独だ。


 だが孤独とは決して惨めな境遇ではない。

 群れの中に身を置く事で強くなっていると勘違いをしている連中こそ襟を正すべきだろう。


 孤独とは決して逆境ではない。むしろ孤独の中にあってこそ人は強くなれる。

 誇り高き孤独はやがて孤高となり、人としてより高みに達する事が出来る。

 群れの中でその他大勢として過ごしているものなど決して届かぬ高い場所を知る事が出来るのだ。

 

 世間では孤高の者をぼっちと言って貶めているがそれは違う。

 為政者が群衆の中にいろと諸人に命じるのは単に名札をつけて管理した方が、より家畜を飼育するには都合が良い、それだけの話だ。

 人が家畜の身分に甘んじるのならそれでも良かろう。

 かつての封建社会とはそういうものだった。

 故に時の権力者たちは人の言葉を何かに残す事を特に禁じた。


 この国では「安政の大獄」とでも呼べばよいのだろうか。


 だが暴力い慢心した権力者たちは人の魂に刻まれる言葉の力に屈したのだ。

 ペンは剣よりも強いわけではないし、その逆でもない。

 如何なる苦境にも動じぬ心の強さこそが肝要なのだ。

 

 重ねて言おうか、人よ誇り高き孤独たれ。その先にしか望む何かを見出す事もないのだから。


 だが私は寂しいのが嫌いだし、夜はニャンコタンが側にいないと眠れない。


 ふじわらしのぶは身体はウルヴァリンやセイヴァートゥースと同じアダマンチウム製の骨格を持つ超人だが、やはり前述の二人同様に心は弱い。

 いや弱いではなくたまに人が側にいないと失禁する事もある。だからポイントと感想とブクマといいねをね?忘れないでくれると嬉しいりゅん‼



 というわけで今回の話は孤独の反対、友人についての話をする。


 だがその前に前提として私に友人はいない(マジで)。


 いた試しがない(マジマジ)。


 社会人ゆえ他の人間とのつきあいはあるが素っ気ないものだ。

 大体仮面ライダーやガンダムの話なら24時間くらいオッケーだが、それ以外の話は…ねえ?

 そもそも人間嫌いの私は自分が人と打ち解けている場面を想像するだけでゲロが出そうになる。


 (超聖神ふじわらしのぶ様に)誓って言うが、私は他者を馬鹿にしているわけでも特に嫌っているわけでもない。単にめんどくさいだけだ。


 ――、というような出オチみたいな逆説から話を始めようと思う。


 昔と今は違う。昔は人と人の出会いは近親者を通じてか、或いは学校のような閉鎖的な空間に限定されていた。一人一人が携帯電話を所有するような未来は誰も想像していなかった。

 だがネット環境が整い、携帯電話が普及してSNSという新しい交流環境が生まれて世界に劇的な変化が起こったのではないかと私は考える。

 事の成否は私のような時代遅れの化石人間には答えかねる。

 マッチングアプリやラインなど理解の範疇を越えているのだからこれは仕方ない。

 

 議論すべきは交友関係という物を見直す時が来ているのではないかという話だ。つまり従来の互いの社会的な立場の違いを背景とした依存関係から、真の意味での対等な立場での関係性の確立である。

 

 ラノベの世界での友人関係は特に人間力格差を背景とした友人関係が色濃く出ている傾向がある。

 主にそれは特別な人間がお慈悲で一般人に関わってやっているという形態だ。


 「僕たち友達だろ」と言って社会的優位性による恩恵をチラつかせながら他者を隷属させているのだ。

 そして当然のように私利私欲の為に使い潰す。


 これが人間として正しい成長かどうかは甚だ疑問である。

 ゆえに彼らの対話というものは「雑魚であるお前らの意見は聞いていない」のを前提として成立している。

 人間の成否など後世の歴史家がするものであって、今を生きる人間はやってはいけない事だ。


 失敬、まだ私は田中芳樹に毒されているようだ。


 翻ってSNS社会では肩書など通行手形にすぎない。

 リアルタイムで進行し、情報更新が為されている世界で極めて流動的な社会的地位など路上のボミほどの価値も無い。

 仮に私のようなゴミクズが「東大出ています」と嘘をついても誰も信用しまい。

 少し古典的な言い回しになるが「ぶっちゃけそれでどれくらいフォロワーいるの?」と突っ返されてしまうだろう。

 それが実力社会というものだ。故に我らは新しい時代に相応しい関係性を築く必要があるのだ。

 開けっ広げな惰性で続く共生依存ではなく真の意味での対等な関係を。

 おそらくは今までの生ぬるいものではない。少しの肌寒さを伴うものとなるだろう。

 だが、それこそが転換の時ではないかと私は考える。


 そして私は生ける神なので当然例外だ。

 誰でも無条件で私の話を聞き入り、一日三回は私を拝みなさい。

 この世で私だけが特別で、例外なのだ。


 さあ、崇めよ。讃えよ。

 超絶究極正義神ふじわらしのぶ様のいと高きその名を。


 神に貢物としてポイント、ブクマをよろPく!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ