生命の価値~君は死ぬには早すぎる。死んではいけない~
当方、炎上覚悟で苦言を呈する。
最近、命を軽んずる輩が増えてはいまいか?
命の価値とは即ち、己が矜持の価値。これを疎かに扱う事は罷りならぬ。
それは一族郎党の栄光を汚す事にもなり、果ては子々孫々にも影を落とす事にもなり得る。
汝、人ならば汝の一言には神が宿ると知れ。
その言行は常に衆人の耳目があるものと思え。不埒な言動は一族に千年の恥辱を遺す愚行と知れ。
故に命の価値は無限にして塵芥。
生かすも殺すも己の心罪一つなり。
私憤に惑わされるな。
甘言に耳を傾ける必要無し。
清廉潔白に生き、不言実行と一心不乱に生きよ。
さすれば命の輝きは尚煌々と増し、やがて天地を照らす極光となる。
人よ、己の命はやがて太極すら動かす市場の宝である事を心得よ。
栄誉栄華を超える至宝の輝きは己が掌中にこそある。
うおおおおっ‼
死にてええええええええええっ‼
人生リセットしてええええええええっ‼
毎日布団の外に出ないでオナニーだけして過ごしてええええっ‼
でも人に尊敬されてええええええッ‼
適当な知識をひけらかして威張りてえええええええっ‼
…コホン、人生など所詮こんなものだ。
私の言う事など所詮は妄言の類だ。気にする必要は無い。
さて今回は美味しいキンピラゴボウの作り方だっけ?
スーパーのお惣菜コーナーに行きなさい。以上。…。
ではなくて今回はなぜ生きなければならないか?という事を語って行きたいと思う。
昨今は親ガチャなどという下世話な言葉ばかりが目立って諸人は生の意味を意味を取り違えているのではないかと思う。
生の価値とは親の財産で決まるわけではない。
そういう逃げ道に走りたい気持ちは十分にわかるがあえて否定させてもらおう。
親の財産は人を幸福にはしない。
何故ならば財産は財産は有限であり、如何に膨大な財産を所有していてもやがては無くなってしまうからだ。
日本の金持ちというのはこの辺りが底抜けになっていて、十円を使って買い物をすると次の日になれば空の財布の中にまた十円が入っていると思っている傾向が強い。
それはね、君のお母さんが君の前途を心配して自分の財布から入れてくれているんだよ?
つまりそういうわけだ。
親ガチャに成功した者は損失というものに疎い重傷者ともなればずっと続くと考えていると思う。
ここまで来るといっそ救いようがないというものだ。
そして低い場所から落ちるよりも高い場所が落ちた方が手痛いダメージを受けるのは諸君もご存知だろう。
多くの著名人が気蹴躓いて一生物の傷痕を得る事は今の世の中珍しくもないだろう。
おっと口が過ぎた。
親ガチャの成功は良い事尽くしというわけではないという話で締めくくろうか。
では財無き者が、才能無き者の命の価値とは何か?
答えは自立と生存だ。
後ろ盾のない人間とは自らの価値を自力で獲得し、それを後世に残す義務がある。
意地の悪い言い方をすれば腰振ってガキを増やす事だけが人間の義務ってワケじゃない。
後世の子孫に残すべきは命の奇跡であり、魂の形である。
血統などというものはその余剰産物にすぎない。
それだけは保証する。
世の為政者の後裔をみれば理解できるだろう。果たして志半ばで果てた大久保卿が今日の日本の姿を望んでいたか怪しいものだ。
生臭いだけの血ではない。
ここに或る事が人が人である事の証だ。命の価値は生存して初めて輝きを増す。
人生はクソだ。
人生に意味はない、
だが君が此処で死んでしまえば、クソのクソたる由縁を伝えられなくなってしまうのだ。
これほどクソな話も無かろう?
まずは人生のクソ加減を骨の髄まで味わってから、文字に変えて書き綴れ。
それが小説家の仕事ではないかと思う。
極論から言うと小説家の生存こそが命の価値そのものだろう。
そして重要な事を忘れてはいけない。
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くれくれくれくれくれくれくれくれくれくれ(丞太郎のオラオララッシュのように)




