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「図書館都市のリディア」~砂漠の王にさらわれて、陰謀渦巻く後宮へ~  作者: 高瀬さくら
2.ヴァルハラ宮編

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84.ローゼ

 そして彼女は、手をあげた。興味深そうに覗いていたペトラにお茶を頼む。慌てて茉莉花茶を持ってきたペトラが用をすませると、その強い視線で下がらせてしまった。


「――私が魔法師団に入った時は、ちびでがりがりの醜い子だったと言えば、驚くかしら?」


 ローゼは守りに固い第三師団の団長の妻であり副団長。八歳で師団に入ったリディアを夫婦で鍛えてくれたのだと昔話の後に、彼女自身のことを語りだす。


 彼女のたたずまいから、美はその強さからにじみ出ているのだとわかる。

 自嘲を漏らしたのは、彼女の様子から初めてかもしれない。でも同時に乗り越えた強さもある。

 何も答えず当惑しているリディアに、彼女はどこか寂し気に笑う。


「私はね、暗殺集団、第五師団(シャドウ)で闇の仕事に明け暮れていて、人の心なんて失っていた。そして、失敗。――シャドウでの失敗は死をもってあがなう。私は、魔獣の群れに置き去りにされたのよ」


 皇太后からも自己呈示された、でもそれとは違う。あれは、自分にとって都合のいいい箇所の抜き出しかもしれないし、作り事やだましもあるかもしれない。

 人の言う事は、嘘が混じっている。それは自分で自分の過去さえ作ってしまうから。でも、今のローゼは自分の中を振り返りながら話している。その中には何があるのだろう。どんな過去があり、彼女は話してくれたのだろう。


「私はね、母の犯した罰で娼館に売られたの。でも商品になる歳の前にシャドウの団長に助けられて。だから失敗して処罰される時には、それも運命だって受け入れかけた。常に罰を受ける、死ぬ運命だったって。――でも、最後には死ねなかった。人はいつ死んでもいいって思ってても、やっぱり悪あがきしちゃうのよ」


 これは自嘲じゃない。ローゼの目は強い怒りを宿していた。誰にかはわからない。


「武器も、魔力さえも取り上げられていた。でも魔獣を食いちぎり、爪を立て、蹴り、殴り、襲ってきたシャドウの団員と闘っていたら、(あるじ)が声をかけてきたのよ。『生きたいか』って」


 ――(あるじ)。リディアにもいる存在。特級魔法師(グランマスター)が契約しているもので、他者に話してはいけないのに、ローゼはうち明けてくれている。


「『生きたい、生かせろ』って叫んだ。そして私は生き延びた」


 それから何があったかは、ローゼは話さなかった。どうやって助かったか、シャドウからどう逃げたのか、どうして第三師団に移ったのか。


「あなたを最初に引き取ったのは、あなたが私と似ていたから。あまりにも生への執着が薄い。でも、『生きたい』って常に叫んでいるから。そして未だにあなたは叫んでいる」


 他人に、そう見えているとは思わなかった。口を少しだけ開いたままリディアは言葉を失っていた。


「ディアンに任せたけれど、あなたはまだそうなのかもしれない。何かを呼び寄せてしまうのもね」


 何かを呼び寄せてしまう? それは心が弱いから? つけ込む隙があるから?


「……正直、そう見られているとは思いませんでしたし、もしそうだとしてもディアンに責任はありません。私が乗り越えるべき壁です」


 もしくは、成人までに乗り越えなくてはいけなかった壁。


「人に頼っていいのよ。あなたは過去にそれを学んだのに、そうさせてあげられないマクウェルが情けないわ」


(ディアン?)


 情けない、その評価は彼に対してだろうか。厳しい気がする。だってリディアのことなのに。

 リディアは違うと言いかけたけれど、ローゼはリディアの唇に指を置き、言葉を封じる。話すな、反論するなということ。


 

 そして彼女は再度口を開いた。



「“珀蘭”は私の使い魔よ」

「――それって、皇太后が名乗ったもの?」


 何かと思ったけれど、すぐに思い至る。けれどその名が出てくるのはどうして?


「私が、身代わりにしてしまった子」


 ポツリ、と呟く言葉は意味が通らない。


 ローゼは美しく、強さでさえ誰にも負けない無敵さがあるが、珀蘭を語る時は寂しそうだ。


 彼女の手の中でお茶が冷めていく。瞑目してまた目を開ける。少し目に力が戻っていた。


「この世界は、上位の存在があふれている。そしてあの子(珀蘭)は、いずれ神になる存在、私が育てなければいけなかったの」


 その声は震えている。けれど目の前の虚空を見つめる瞳は強い。後悔はしていない、と呟いた。


「私は、あの子を犠牲にしたの。珀蘭は果てしない時を経て神へと育つものだった、けれど食べられてしまったの。あれらの思いにね」

「あれらの思い?」

「この後宮に溢れる――いやアレスティアへの、あの国の怨念みたいなもの。皇太后は珀蘭を食べ、それらの怨念を食べ、食べられた」


 皇太后の気持ち悪さに思い至る。たしかに怨念を取り込んだ存在と言えばすべてが納得できてしまう。もう人ではないもの。

 でも生きている、まだ形がある――そこがやっかいだ。


「皇太后はその存在を呼んだと聞いたけれど第五師団(シャドウ)の団長は出てこない、あの人は興味がなければ、我関せずよ。こちらで鵺は追っているけれど……あなたは深入りしないほうがいい」

「はい」


 もしかして、とリディアは口を開く。全ての事情に通じている。そしてファズーンが子分ということは。


「ローゼは、この後宮にいたの?」

「――いたわ」


 少しの間のあと、彼女が口を開いた。


「伯花宮に幽閉されていたの。――エーロ姫とハラール国王の不義の子は私よ」



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