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「図書館都市のリディア」~砂漠の王にさらわれて、陰謀渦巻く後宮へ~  作者: 高瀬さくら
2.ヴァルハラ宮編

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81.金髪


「そんなことよりも、もうすぐメルクリッサ神の宴よ。リディアも陛下への捧げものを考えないと」

「え?」

「前にも言ったじゃない。妃嬪達は必死だって」

「……黄妃は何をするの?」


 好きでここにいるわけじゃないのに、そう思いながらリディアは訊ねる。


「僕は楽団を呼んだよ。蒼妃はいつも通り、詩吟を詠むんじゃないかな」

「……」

「さてと、そろそろ行かなきゃ」


 そういって、黄妃は自分の侍女に合図して立ち上がる。


「どこに?」


 リディアは気にもしていなかったが、キーファは鋭く尋ねる、確かに「行かなきゃ」という用事はここの姫たちにはない。王に呼ばれない限りは。


「黄花宮。僕のいわゆる愛人、宰相が来るんだよ、あいつが楽しみにね」


 直接的な表現に、リディアは目を見開く。ただ動くことはできなかった、黄妃がわざとそれを口にしたのだとわかったからだ。どこかなげやりな言い方、暗い目。リディアはその姿をじっと見つめる。


 なぜ、そこまで伝えたのだろう、適当にごまかすこともできたのに。


(こういう時人は、何も言わずに流すと思うけど)


 何かを口にしたら、その続きを言わなくてはいけない。訊いた先の責任を持たなきゃいけない。でも何も言わなければ、そのまま。


(大丈夫、と聞く?)


「何が」と聞かれる? 「大丈夫じゃない」と言われたらどうする?

「そうか」


 リディアが逡巡している間に、キーファは淡々と答えた。聞いたから返事をした、それだけという様子だけど、それも情報として大事なことなのかもしれない。

意を決してリディアは口を開く。


「黄妃」

「――なに、リディア」


 『何?』の言葉は、自分の発言に何を言うの? という言葉が込められていた。『嫌でしょう?』なんて。


 嫌に決まってる。そうじゃなきゃいわない。こんな自嘲気味な口調で言わない。

 座る彼の前までたつ。考えたのは一瞬、おもむろにリディアは彼をぎゅっと抱きしめる。


「ちょっと、何!? リディア?」

「――ごめん。私がそうしたくなっただけ」


 胸の中に彼の頭を抱きしめて、少しだけ力を緩める。髪型も化粧も崩さないように背中を撫でる。


 嫌ならば突き飛ばされる。それも覚悟した。自分だって抱きしめられたらぎょっとする。


『――リディアは抱きしめられ慣れていないからだよ。たくさん抱きしめられればいいんだ』


 ――過去の誰かとの会話が蘇る。もちろん親しくない相手から抱きしめられることは通常嫌だし、それ以上に人と接触すること自体が嫌な人もいる。


 でもこの会話は、嫌な思い出ではない。哀愁、それから慰められて力が抜けた。穏やかでホッとしたのだ。それは、この相手の雰囲気、抱きしめ方からかもしれない。


 本当は触れることに断りが必要だったかもしれない。でも、彼の方がじっとリディアを見て試している気がした。何かを言ってくれる、何かをしてくれるの? と。

緊張していたのか、彼の力が抜けていく、張っていた背中から力が抜けていく。


 黄妃は、いつもリディアに対して実質的な距離が近い。でもそれはわざとのような気がしている。彼の言動はすべて計算。何を考えているのかわからない。


 でもそれは彼自身を緊張させている気がする。


「――リディアは、柔らかいね。いいにおいがするし」


 腕の中で彼が漏らしたその言葉、嫌がられていない。最初に会った時の距離間の近さ、時々漏らす言動。彼はわかって欲しいのじゃないかと思っていた。


 でもそれも大きな勘違いで彼の方がよほど狡猾な可能性もある。


「嫌じゃない?」

「リディアの方が、緊張してるね」


 ふふっと笑う声に、リディアの方も力を抜いた。


「黄妃。嫌な気持ちや、想いをしたら、すぐにここに来て。そしたら私がこうするから。上書きして」


 どうしてかはわからないけれど、黄妃を感じて、彼の体に自分の心を重ねてみる。彼の呼吸がゆっくりになっていく。黄妃はリディアが手を離すと珍しく、何も言わずに背を向けて出て行った。




 黄妃が帰った後、振り返ればキーファは強張った顔をしていた。拳を握り、足の上に置いている。


「――俺が言いたいことはわかっているとは思いますが」

「ええ。黄妃は男性だってことでしょ。私がしたことはセクハラで黄妃だっていやだったかもしれない。心を開いてくれたような様子は、演技だったかもしれない」

「そうじゃなくて」


「黄妃の方が狡猾の可能性もある。でも、宰相の所に行きたいとは思ってなさそう」


 しばらく気づまりのように二人は黙ったままだった。というよりも、キーファが考え込んで顔をのぞかせたペトラに合図をして仕切り直しのお茶を頼む。


「ディアン達に聞いていると思うけど――」


 キーファはリディアに目を向けた。その視線だけで『知っている』、そして『相談にのります』と返事をしてくれたのだとわかる。


 すでに塔の中に入ったこと、その中でリディアがどう答えたのか知っている。どうして彼は先を読んで、人を安心させてくれるのだろう。


「その少女をリディアは廃宮(伯花宮)地下水でも見えたのですね。そして『助けたい』と思った」

「塔の中では確かにそう。地下水の中では揺らいで他にもいろいろな思いを感じたの」


 青い衣を着たキーファが椅子に座り、蒼い瞳を伏せて考え込んでいる。どんな水よりも綺麗な蒼。今朝もペトラがキーファの容姿についてはしゃいでいた。女性と思っていても魅了してしまうらしい。


「リディアが助けなければいけない、と思うのならばそれを『絶対』だと思います。誰かからの思いを強く受け取るあなたです。塔の主だとしても、拒否しているのは本音ではない。助けてほしいのに受けられない、そういう時もあるでしょう」

「自己犠牲とか」


 キーファは少し安心させるように笑った。


「そう本人が思い込んでしまう時もありますよ。時に人は“自分だけ”がやらなければと周りから追い詰めさせられてしまうことが。それを解いてやればあなたにその入口を開けてくれるのではないでしょうか。リディアはそれが――得意です」


 キーファの言葉に、リディアは肩の力を抜いた。どこかあの子を助けなければと焦っていた気がする。その方法がわからなくて、時間がどんどん失われていく気がしていた。


「俺のそんな思いをリディアが解放してくれて、そして魔法が使えるようになりましたから」


 まっすぐでありながら、穏やかな瞳に安心させられる。


「塔の中では不思議の国のアリスのように縦穴を落ちて行ったの。その横に自分の記憶が流れて、あなたもいて、知らない人と自分もいて。俯瞰的に見てた。私は、あなたの教師をしていたのよね」


 そういうとキーファは嬉し気に目を細めて笑う。


「どんな場面でしたか」


 少し距離をつめ、前のめりな気がした。リディアは目を瞬き、思い出す。恥ずかしいより、思い出してくれて嬉しいという感じだ。


 そんな純粋に喜ぶ姿に、照れると同時に自分も笑う。自分が思い出したと聞いただけで喜ぶ。もしかしたら、恥ずかしい部分かもしれないとキーファは思うこともない。


 自分にやましいとこがないのかも。実際に全くそんなところを感じさせないし。リディアが彼を思い出しているのかと感じてか目を緩めた。


「いつも、あなたを思ってますよ。それを下心と言えばそうなりますね」

「き……」


 ここで言って大丈夫? ファズーンの後宮なのに。


「大丈夫。後宮では姉妹()の恋愛は大目に見てくれます、うちの侍女は私があなたに熱をあげていると思っています、そのように会話で仕向けたら応援してくれてます」



 「むしろその方が頻繁に出入りしやすいので」と、くすりと笑うキーファは大胆だ。益々絶句してしまう。


「それで、どんな場面でしたか?」

「えーと。あなたは眼鏡をかけて、背が高くてかなり体格が良くて男性の姿をしていた、もちろん。でもなぜか、今のあなたと一致するのよね」

「変身魔法は自分と魔法師団で開発した新しい物で、認知をゆがめるものです。でも、誰にも看破されない自信があります、ただ認知してしまえば、同一人物だと思われてしまうものですね。それから普段は眼鏡をしていました、視力はそこまで悪くないので、支障はありません。視力矯正をしていないのも妃嬪になる条件です」


 って、ファズーンは既にキーファが男性だと知っているのだ、ヤバいじゃない。


「……大丈夫なの?」

「平気です。自分自身にかけた魔法は、ここでは有効。例えジャイフでも俺の姿自体は見抜けません。ただ男性とは彼らには見抜かれていますが。それをどう責めてくるか、様子をみているところです」


 なんて大胆なんだろう。リディアの心配はいらないみたい。でも、やっぱり心配。だからせめて自分が足手まといにならないようにしたいのだけど。


「ほかには?」

「教壇に立って、何人かの男性と話してた。色々な髪の毛の子がいたし、あとはディアン達もいた。あとは――すごく幼い自分がいて」


 そこでリディアは口を止めた。子供の自分はいつも怖がっていた。ぼんやりとしてさみしい思いをしていた。家族に怯える表情を見せていたが、感情は伝わってきていない。


 彼は案じたように目の色を陰らせる。リディアの方に身を寄せる。


「何か気になることがありましたか」

「――ううん」


 これってキーファとの思い出を聞かれているのよね?


「えーと。あなたとは実習室で片付けているのと、あとは大きな化け物の中で闘っているのを私が駆け寄っていくとこ。あとは喫茶店でパフェを食べていた」


 そこまで聞いて、キーファは息を軽くついた。


「全部俺にとっては、大事な思い出です」

「全部当たり!?」

「最後のはデートですよ」


 リディアは息を止めかけて、「そうなんだ」と言いかけて、「そうだったんだね」と言った。好意を持たれているのはわかっている。リディアにくすりと笑ったキーファがどこまで何を思っているかわからない。


「辛い思い出はないですか?」

「――わからない。自分のことじゃないみたいだった。ただ、赤い目の男性がその子を『守っている』と言っていた」


 そう言いながら、思い出す。あの時、抱きしめるのに慣れていない、そう穏やかな時の中で彼と交わした会話。すぐに消えていくけれど、もしかしたらその人としたのかもしれない。


 目の前のキーファが軽く頷いて意識をこちらに戻す。


 彼の身体は女性のような丸みはない、けれど男性のように筋肉質でもないから違和感もなく美しいのだろう。


「その男性には心当たりがあります。俺達の同級生で、バーナビーと言います」

「バーナビー?」

「赤い目とオリーブ色の肌は彼の一族でも他にいないとか。ただ、師団が既に問い合わせていますが連絡がとれません。学生時代からその不思議な力であなたと繋がっているようでしたから、夢を通して会いに来たのかも」

「どうなのかしら」


 リディア、という呼びかけは親しくて。自分よりも情報があって、言い聞かせるようだった。


「彼があなたの娘を守っている、と聞いても俺は驚きません。あなたをそういう形で守るタイプだったように思います」

「……」

「最もあなたに娘がいるというのは複雑です、その父親が俺であればいいと思います」

「えっと」


 キーファの冗談めかした話し方。答えなくていいですよ、と先制されてしまっても流してしまうのが悪いような。


「その人は女性だったの。長い白金(プラチナ)に近い髪で少なくとも十代後半から二十代前半くらいかな。少し幼い気もした」

「……金髪の」


 キーファが少し言いよどむ、それでリディアも気づいた。


 ディアンが父親ならば白金に近い髪の子が産まれる可能性は少ない。彼は黒髪だ、混じったとしても茶髪程度。その子が髪を染めたのかもしれないけれど。


 そうなると自分の子なのか、そうであってもディアンの子なのかわからなくなる。


 落ちた沈黙にキーファは話を変えるようにリディアの刺繍に目を留めた。


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ありがとうございます。楽しんでいただけますように。
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